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2部 4章
第二幕 4章 26話 彼の者の声
しおりを挟むまたも青い空、そして白い雲。
災厄の魔女……いや、ツバサはココアと一緒に大きな木の下で談笑していた。
会話の内容は他愛ない、誰々がカッコイイとか大きくなったらケーキ屋さんになりたいだとか、普通の12歳の子が喋るような内容である。
こんな普通の子があの災厄の魔女になるの?
「ツバサー、ココアちゃーん、お昼にしましょー!」
少し離れた場所からパルマの声が聞こえる。
「「はーい!」」
二人は声を重ねて返事をした。
彼女たちがトテトテと走っていくと、そこにはビニールシートが広がっており、その上にはお弁当と、4人の男女が座っている。そのうちの二人はツバサの両親である。あとの二人は……。
「ココア、楽しんでるか?」
「うん、ツバサと一緒だからたのしーよ、お父さん!」
「ふふふ、本当に仲がいいわね」
「とーぜんだよ!お母さん!」
どうやら残りの二人はココアの両親らしい。
家族で仲がいいのか、6人はお昼のサンドイッチを頬張りながら談笑していた。
のどかな風景である。
白の傭兵団に襲われたローランシアは閑散としていて少し不気味だったが、人の生活の音が響くとこんなにも違った雰囲気に思えるものなんだね……のどかで静かで、でも暖かくていい国だなって思った。
だが、そんな幸せな時間に緊張が走る。
この気配はっ!
「っ!」
「どうしたの、あなた?」
気配に気づいたのはツバサの父親である。
彼は戦闘の経験があるのかビニールシートの上に剣を置いていた。
その剣を取ると、気配の方向へ注意を向ける。
茂みから現れたのはオーガである。
オーガはランクCの魔物で、ハイオーク達と同レベルのモンスターだ。
私にしてみればそれほど強いモンスターではない。
だけど、普通の人であれば脅威である……ツバサの父親と共にココアの父親も剣を抜いて立ち上がるが、正直勝てるようには見えない。
マズいね……。
「なんでこんなところにオーガが……」
「わからん、だがこの所、この辺りでは見かけないモンスターが出現していると隊長が言っていた……こいつもそうなんだろう」
「だが、この辺りは警備隊が警戒しているはずだろう?なのに、なぜ?」
「わからん……警備隊の眼を盗んで入ってきたのか……それとも……」
「ちっ、それは考えたくないな」
二人の父親の会話が聞こえてくる。
警備隊がしっかりと警戒しているにも関わらず、これだけの大物モンスターが出現したとなると考えられるのは偶々見逃したか、もしくは人為的に入れられたかだ……恐らく後者だろう、あんなでかいモンスターそうそう見逃したりしないよね。
「お、お父さん……」
「大丈夫だ、俺たちが護ってやるからな」
怖がるツバサに父親がくしゃりと頭をなでる。
だが、その手も震えていた。
やっぱり、お父さんたちではオーガに勝てないのだろう……でも、ツバサなら?
災厄の魔女と呼ばれていた彼女だ、恐らくこの頃から桁違いの魔力を持っているはず、私と同じように……彼女であればオーガなんて簡単に倒せるんじゃないだろうか?
そう思うが、ツバサの心の中には恐怖が渦巻いていた。
そっか、幸せに暮らしていたんならそもそも戦うという経験すらないのかもしれない。
仮に魔力が多くてもケーキ屋さんを夢見るような少女である……自分で戦うなんてこと考えたこともないんだろう。
でも、だとすると……。
「ゴアアアアア!」
「ぐわっ!!」
私が考えている間に、戦いは始まってしまった。
いや、戦いなんて呼べるものではない……オーガが一方的に父親たちを殴りつけていた。
何度も殴られながらも家族を守るために立ち向かう父親たちであるが、それもじきに力尽きてしまった。
「あなた!!」
倒れた旦那を心配する声が響く、完全に地面に倒れ意識を失ってしまった父親たちをオーガは見下ろす。
マズい、トドメを刺される……なんとかしないとっ……そう思うも、私は意識だけの状態で体を動かすことが出来ない……感じられるのはツバサの感じる恐怖だけである。自分が死ぬかもしれない恐怖、家族が殺されるかもしれない恐怖、そして、親友が殺されるかもしれない恐怖。
彼女の中に様々な恐怖が渦巻いていた。
「ツバサ、ココアちゃん逃げて!!」
母親が叫ぶと、オーガは父親たちにトドメを刺すことなくこちらに向かってくる。
子供たちの方を向いていた母親はオーガが近寄ってくることにすぐに気づけず、目の前にまで来てその存在に気付く。
「……え?きゃあっ!!」
「お母さん!!」
オーガが腕ふるうとパルマはまるで毬玉のように地面を転がった。
そして、オーガはパルマを追うこともなくツバサの方へと向かってくる……これって、ツバサを狙ってる?モンスターの行動としてはおかしい……まるでツバサが目的だとでも言うかのように他の者へはほとんど興味を示していない……どういうこと?
「ツバサ!!」
ココアもそれに気づいたのか、ツバサとオーガの間に入り込み両手を広げて邪魔をする。
「ココア、駄目!!」
親友の行動にツバサは声を上げる。
ココアは自分を護るためにオーガに立ち向かおうとしているのだ。
オーガがココアに向かって拳を振るう、だが、その瞬間ココアの母親がココアを突き飛ばし、代わりにその拳を喰らった。
「お母さん!!」
「大丈夫、ココア?」
「お母さんこそ大丈夫!!」
「大丈夫……よ」
それでもダメージは大きいのだろうココアの母親は意識を無くした。
「やだ……やだ……」
ツバサの心は恐怖で一杯になっていた。
この気持ちは解る……私もお父さんやお母さんを亡くしたとき胸の中が悲しさと恐怖で一杯になった……ちょうど、今のツバサのように……。
「ツバサ逃げて!!」
だが、ココアはそんな私やツバサより強い。
彼女だって同じ12歳の女の子だ、ツバサと同じように恐怖を感じているだろう。それなのに、彼女は再び、オーガとツバサの間に立った。
「駄目だよココア!!」
「大丈夫、私の天啓スキルは『女神の祝福』だよ!そんな簡単に死んだりしないもん!お父さんたち達だって助けて見せるもん!」
女神の祝福……確かに名前だけを聞けば凄そうに聞こえるけど……もし何かあるのならすでに発動しているんじゃないだろうか……一体どんなスキルなんだろう。
「何言ってるの!そんなの一度も発動したことないじゃない!駄目だよ、死んじゃうよ!」
「大丈夫!」
どうやら、そのスキルの効果自体は二人も知らないようだ……名前の割に効果がわからないということだろう……少し運がよくなるとかそんな感じとか?でも、ここで魔物に襲われているんだし運がいいとは思えないよね……うーん。
私がそんなことを考えている間にココアの目の前にまでオーガが来ていた。
そして……
「きゃっ」
「ココアーーー!!」
振り下ろされた拳がココアを殴り飛ばす。
数メートル吹き飛ばされた彼女は地面を転がり、やがて止まる。
起き上がる気配はない……。
そんな彼女を見て、ツバサの中の恐怖が弾け……怒りに変わった。
「よくも、よくもココアを……私の大切なものを!!!」
それと同時にツバサから魔力が噴き出す……やっぱりすごい魔力を持っている。
この魔力ならオーガも倒せるだろう……そう思ったのだが、なんと彼女は魔法を使わず素手でオーガに殴り掛かる。
もちろん、魔力で体を強化したわけじゃない、魔力はただ噴き出しているだけだ。
これでは普通の少女が殴るのと変わらない。
そして、当然。彼女の拳が届く前にオーガの拳がツバサを殴り飛ばす。
ツバサは地面に叩きつけられる。
「う……痛いよぉ……」
どうやら、無意識に魔力で体を強化したのか、まだ意識を保っている……けどこのままじゃ。
「嫌だ……殺されたくない……みんなを助けたい……助けて……助けてよぉ」
心の底からそう願うツバサの想いを私は痛いほど感じた。
子供のころ力が及ばず両親を失った時……私は同じ思いをした……それを思い出してしまう。
なんとか、してあげたい……でも、私にどうすることも出来ない。
そう思った時……不気味な声が彼女の頭の中に響く。
(力が欲しいのか?)
「え……誰?」
(我は邪神と呼ばれるものだ)
「邪神……?」
(今はお主の中にいるただの魂だがな)
「私の中にいる?」
不気味な声がツバサの頭の中に響く……これって。
災厄の魔女は私と戦っている時にも何者かと会話しているようなときがあった。
きっと、こいつと話してたんだ……邪神……もしくは邪王とも呼ばれている存在……そうか、こいつもディータが私が生まれたときから私の中にいたのと同じように、ツバサの中に存在していたんだ。
(我の力を使えば、親友たちを助けることが出来るかもしれんぞ?)
「ホント!?」
(ああ、今の貴様の怒りなら我の力を操ることができるだろう)
「お願い、力を貸して!」
駄目!駄目だよ!そいつの力は借りちゃ駄目!!!
私は必死に叫ぶ……コイツは違う……ディータとは違う!ツバサの為に力を貸そうと言っているんじゃない!……なにか別の目的がある……こんな奴の力を借りちゃ駄目!
私は必死に叫ぶが、私の声は彼女には聞こえない。
そして……ツバサの黒くてきれいな髪の毛が……燃える怒りのような深紅の赤へと変わるのだった。
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