闇の魔女と呼ばないで!

遙かなた

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6章

『魔』

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「高いたかーい!」
「きゃっきゃ!」


 赤ん坊のアスカをクルスが持ち上げあやしている。
 その光景をリーンは微笑みながら見ていた。


「ははは、アスカは元気だな」
「ふふ、あなたに似たのかもしれませんね」
「何を言う、私は大人しいしっかりとした王子だったぞ」
「あら、そのしっかりとした王子様と私はどこで出会ったんでしたっけ?」
「うぐっ」


 それを言われると弱い、というのだろうか、クルスは一瞬言葉に詰まると、笑ってごまかした。
 

(赤ちゃんのお母さん可愛い♪)


 自分の母親と祖母と祖父の一家団欒を見て、微笑ましい思い出いっぱいになるカモメ。


(でも、そっか……ということは魔力を制御できないのはお祖母ちゃんから受け継いだ女神の魔力を私が使いこなせていないってことなのかな?)


 カモメがこの過去を見ることになった理由である、魔力の暴走。
 それを何とかするために竜の秘宝を使い、世界と話をしたのだ。

 だが、もし、女神の魔力を制御できていないという理由であるのならすぐには何とかは出来ないかもしれない。


(でも、女神の魔力か……使いこなせるように頑張らないとだね!)


 そして、さらに時間が進み。
 夜中、リーンが赤ん坊のアスカを部屋であやしている場面に変わった。


(あれ、でもまだ現実へ戻らないんだね……まだ何かあるのかな?)



 リーンは子守唄を歌いながらアスカを見て微笑んでいた。



(本当に優しいおばあちゃんだよね……あれ、でもそういえばお母さんって命を狙われて城から逃げたってクオンが言っていたような?)


 以前、グランルーンの王子からお母さんの出生を聴いた時、クオンがお父さんからお母さんの話を聞いていると言っていたので、教えて欲しいと頼んだことがある。
 クオンがその時教えてくれたのだけど……確か、お母さんの兄……国王様のお母さんがお母さんの命を狙っていたって……でも、あのティアラさんがそんなことをするとは思えないんだけど……。


 カモメがそう考えていると、―――――――――心臓が跳ね上がる感覚を覚える。



(……え?)


 カモメは驚き、リーンたちの方に目をやる。
 すると、そこには苦しそうに胸を押さえて蹲るリーンの姿があった。


「……かっはっ」
(これって……)


 リーンの周りに黒い何かが漂っている。
 この黒い何かは以前見たことがる………世界が言っていた『魔』だ。
 魔がまたもリーンの意識を乗っ取ろうとしているのだろうか?



「嘘……でしょ……貴方は千年前に……」
『消えたって?そんなわけないじゃない……私は貴方なのよ?』
「ふざけないで……私の体を乗っ取ろうとしているくせに」
『酷いわね、乗っ取りなんてしないわよ。ちょっと体を使わせてもらうだけ♪』
(それを乗っ取るんって言うんだよ!!おばあちゃん、負けないで!!)


 苦しそうにしながらも必死に抵抗をするリーン。
 リーンに再び、『魔』の手が迫っていたのだ。


『貴方の体はとっても心地いいのよ、人間の女に受けたダメージもあなたの中で回復させてもらったしね』
「そん……なっ」
『見てて楽しかったわ、家族って素晴らしいわね、きゅんきゅんしちゃった♪』
「ぐ……」
『そんな家族を私が殺せると思うとね♪』
「っ!!」


 怖い……カモメが素直にそう感じる程、恐ろしい笑顔を浮かべるリーン……いや、『魔』だ。
 もしリーンがここで乗っ取られればまだ赤ん坊のお母さんも、おじいちゃんも皆殺されてしまう。


(おばあちゃん!!)
『乗っ取り完了~♪』


 カモメの必死の叫びも虚しく、リーンは再び『魔』に飲み込まれてしまった。


(そんな……)
『うふふ、それじゃ、先ずはこの赤ん坊から殺しちゃおっかな♪まったく悍ましいわねぇこんなものを作っちゃうなんて……』


 まるでごみでも見るかのような目をしながらリーンはアスカに近づいていく。


『あら……この子……そう、女神の力だけじゃなく私の力までも受け継いでいるわ……危険ね』
(どういうこと?)


 私の力?……それってつまり『魔』の力を受け継いでいるってこと?


『まあ、よっぽど強力な魔法でも使わない限り私の力を引き出そうなんて思わないでしょうけど……一応……ね♪』


 アスカの近くに寄ったリーンが右手にナイフを握り、振り下ろす。
 その凶刃はまっすぐにアスカの喉元に向かって行った。

 ―――――――鮮血。


 鮮やかな赤い色の血が辺りに飛んだ。


(そんな……お母さん!!!)


 カモメは自分の近くまで跳んできた血を見て叫ぶ。

 だが、その血はアスカの者でないことに気付いた。


(…え?)


 そこにはリーンの事を最初は疎み、アスカ生まれたころには優しさの片鱗を見え隠れさせていた、王妃の姿があった。


『貴方……たしか、ティアラだったわね……邪魔しないでくれる?』
「あなたっ……自分の子に何をしようとしているの!!!」


 怒り。
 それは、何に対しての怒りだったのだろうか……自分が嫉妬しながらも憧れていたリーンがこのような残虐な真似をすることに対しての怒り?
 それとも、一人の母親として自分の子に刃を向けるという愚かな行為へ対しての怒り?
 父親であり自分とリーンの夫でもあるクルスを裏切る行為をしているリーンへの怒り?

 女性としての怒り、母親としての怒り、妻としての怒り……そのどれか…いやそれら全部なのかもしれない。

 だが、ティアラの鋭い目にどうしようも無いほどの激しい怒りが見て取れた。


『何って……殺すのよ?』
「なっ……」


 そんな怒りを見せている自分に対して意図もあっさりと言うリーン。
 そのリーンに驚きを隠せないティアラであった……そして。


「あなた……誰?リーンさんではないわ……絶対に違う」
『私はリーンよ……世界を殺す、唯一の存在……殺すことが私の生きがい』
「訳の分からないことを……」
『でしょうね、ふう……そうねぇ、よくよく考えると私が殺すと面倒よね……そうだわ、あなたに殺してもらいましょう♪』
「え?」


 そう言うと、リーンは花のような香りを部屋に充満させる。


「な、なんです……この香りは……え……」


 先ほどまでの力の籠ったティアラの目がぼうっと焦点の合わない力のない目に変わる。


『その子は貴方の子供に害をなす存在よ……貴方が殺さないと……貴方の息子が死んじゃうわ』
「アレクセイ……が…?」
『そう、だから、コロシナサイ』
「殺す……リーンの子供を……コロス」
『その子は生まれながらに強い魔力を持った悪魔よ……その子がいれば貴方の息子は……いいえ、この国自体が滅ぶわ』
「アレクセイが……グランルーンが……私の大切なものすべてが……この子に……」



 ブツブツと呟くティアラの目がやがて狂気に染まっていこうとしていた……だが、その時、赤ん坊……アスカが黒い光を放ち始めるのだった。
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