闇の魔女と呼ばないで!

成神クロワ

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6章

女神の孫

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「こら、リーンどこ行くのだ?」
「あら、ちょっと近くの森までお散歩に行こうかなって」
「馬鹿者、身重の身体でそんなところまで行く気か……大人しく城にいなさい」
「えー、でも少しくらい運動した方がいいのよ?」
(わっ、お腹がおっきい!)


 場面がまたも変わり、森に出掛ける為、城を抜け出そうとしたリーンを引き留めるクルスが呆れたような顔をしているところであった。


「父上、お母様が呼んでおります」
「おお、今行く……リーン、頼むから部屋で大人しくしていてくれ」
「解ったわよ」


 念を押すようにクルスが言うと、リーンは渋々というように返事をした。
 そして、クルスを父上と呼んだ少年とリーンを残してクルスは去っていく。


「もうすぐ、僕に弟か妹が生まれるのですね」
「ええ、可愛がってあげてね、アレクセイ」
「はい、とても楽しみです」


 そう、笑顔で答えるアレクセイと呼ばれた少年は、ティアラとクルスの間に生まれた、グランルーンの王子である。リーンがグランルーンに戻ってきた時にはすでに生まれ、育っていたアレクセイはこの時14歳になっていた。


「弟でしょうか、妹でしょうか」
「それは産んでみないと分からないわね」
「出来れば、妹だと嬉しいです……弟だときっと母上が厳しく当たりますので」
「そうね……ごめんなさいね、アレクセイ。私がティアラに嫌われているせいで嫌な思いをさせてしまって……」
「いえ、僕の方こそ、母上が申し訳ありません、普段は優しい方なのですが……」


 そう、すでにグランルーンに戻ってから幾歳を重ねているが、ティアラは未だにリーンを認めていない。
 いや、リーンはクルスにとって特別な存在であるからこそ、嫉妬をしているのだろう。
 他の側室であれば自分の方が夫に愛されている自身があるティアラであるが、リーンは別である。
 クルスにとってリーンは本当に特別な存在なのだ。


「ティアラとも仲良くなりたいわね」
「はい、そうなればいいですね」


 恐らくそうなることは無いだろうとわかってはいるが二人はそうなりたい、そうなって欲しいと思っていた。


「では、僕は剣の稽古がありますので」
「頑張ってね」
「はい」


 一例をするとその場を去るアレクセイ。
 その姿は礼儀正しく、14の子供と思えないほど整然としていた。



「それにしても、女神の私が人間の子供を宿すなんてね……」
(私も驚きだよ……女神って子供出来るんだ……)


 人間とは全く別の存在と勝手に思っていたカモメであったが、女神と言えど、それ程人間とは変わらないのかもしれない。
 人間を創造した女神たち、リーンであるのならば竜を創造した女神。
 その事から、命を作る方法が違うと思っていたのだが……創造と子供を作ることはまた違うのだろう。
 子供を作る必要があるのか?と言ってしまえば創造……0から新しい命を作れるのであれば必要はないかもしれないが……自分と血のつながった子供を作るのであればやはりお腹に子を宿す意味はあるのかもしれない。


「元気な子に育って欲しいわ……でも、この子の寿命ってどうなるのかしらね……」


 そう、女神であるリーンは歳をとらない。
 その為、未だに若い姿のままなのだが……これから生まれてくる子は人間のクルスの子供だ。
 この世界に新しく生まれた人間の寿命は平均して80くらいのようだ。
 リーンの創った竜族は平均で2000年は生きる……そのことを考えると大分短い。
 正直最初にそれを知った時、リーンは驚いた。そんなに短いのかと。

 でもだとすると、この生まれてくる子も80年くらいしか生きられないのかも知れない……そう思うと少し寂し気もするのであった。



「私はいつまでここにいられるかしらね」


 一向に歳をとらないリーンを人々がおかしいと思い始めるのは時間の問題だ。
 今はまだ、歳を感じさせない美しさとか言われているが、それもそのうちおかしいと思われるだろう。
 そうなる前に、この国をでないといけなくなる。


「でも、それまではこの子を一生懸命育てないとね」



 少し寂しそうなリーンの顔が印象に残った。
 そして、またも場面が切り替わると、そこには小さな赤ん坊を抱くクルスの姿があった。


「よくやったぞリーン!はははっ!元気な女の子だ!!」
「ええ、とっても可愛いわ」
「僕に妹が出来たのですね!!」
「ああ、アレクセイ、お前の妹だ。仲良くしてくれよ?」
「はい!!」


 子供の用に騒ぐクルスと、やはり自分に妹が出来るが嬉しいのか歳相応に喜ぶアレクセイ。
 二人のそっくりな姿を見て、やっぱり親子だだなぁと笑うリーン。
 その部屋の傍らで機嫌悪そうにしているティアラの姿もあるが、生まれた子供が男の子じゃなかったことに少し安堵してもいるようであった。


 そう、もし男の子が生まれていれば、戴冠前のアレクセイと王の座を本格的に奪い合う可能性があった。
 だが、女の子であるのならば王位継承権は確かにあるが、それでも王の座はアレクセイから動くことはないだろう。ティアラは自分の子供であるアレクセイを本当に大切にしている、アレクセイを立派な王にしようと今まで努力もしてきていたのだ。

 だが、そこに王の……夫の憧れの女性であるリーンが帰ってきた。
 もしかしたら、リーンに自分もアレクセイも何もかも奪われてしまうのではないだろうかと不安にも思っていたのだ。



「ティアラ、あなたもこの子を抱いてあげて」
「嫌よ」
「母上……」
「それよりもあなた」
「ん、なんだ?」
「しっかりと、首を支えてあげなさい……って、ほら首がまだ座ってないのだから危ないわよっ」
「おっとと、すまん」
「……まったく」
「ふふっ、ありがとう、ティアラ」


 本来はアレクセイの言う通り、心根の優しい女性であるティアラは、クルスの危なげな赤ちゃんの抱き方につい口を出してしまう。


「べ、別に……これくらいでお礼を言われる謂れはないわよ……」


 少し顔を赤らめながらもそっぽを向くティアラ。
 心なしか嬉しそうであった……ティアラも本当はリーンと仲良くしたかったのかもしれない。
 自分の子供を護る為に自分の子供を悲しませない為に、アレクセイの立場を奪うかもしれないリーンに心を許すことが出来なかったのだろう……だが、生まれたのが女の子であるのならば……もう、大丈夫……。

 そう思ったのか、少し微笑みを見せるティアラであった。


「ところで、その子の名前は決まっているの?」


 ティアラがリーンに聴く。


「ええ、『アスカ』って言うの」
(……え?)


 その名前を聞いた途端……カモメの心臓は跳ね上がった。
 今まで、まるで映画でも見ているかのような気分になっていたカモメであったが……そう、今は竜の秘宝でカモメの真実を知る為にこの過去を見ているのだ……そのことをここに来て思い出す。


(アスカって……『お母さん』?)


 そう、カモメの母親と同じ名前の赤ん坊……そして、カモメの母親はグランルーンのお城で生まれたとクオンが言っていた……。

 つまり、アスカ……カモメの母親は慈愛の女神リーンの子供である。
 そして、カモメは女神の孫であるのだった。
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