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2部 2章
悲劇
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その日何もかもが変わった。
それまでの私の人生は何の不自由もなく、尊敬できるお父様とお母様に守られながら、皆のやさしさに触れながら、いつかはお父様やお母様のような立派な人間になるんだと夢を抱いていた。
強いて言うのであれば、私の立場から友達がちょっと……ほんのちょっと少ないのがあれだったけど……それでも、私を警護してくれているジュダとアンバーはお兄さんのように優しかったし、一緒に遊んでくれたので寂しくはなかった。
私はこの国、アンダールシアの王位継承者。
たくさんの事を学んで、国民のためによりよい統治者になるために、日々、頑張っていた……それなのに……。
ある日、おかしなことが起きた、急にお父様が隣国のレンシアに降伏をすると言い出したのだ……確かに、レンシアから宣戦布告され、お父様は頭を抱えていた。
だけど、国民を守るために戦う決意をしていたはずなのだ……それなのに、いきなり降伏をすると言い出した……私もお母様もなぜそんなことをするのかと、お父様を問いただした……きっと何か深い理由があるんだろうとその時は思った……でも、違った。
話して見て分かったのだ……目の前にいるのは姿かたちはお父様と一緒だけど……違う。
お父様の姿をした偽物だった……。
お母様もそれに気づいたのだろう、護衛隊長と私の護衛であるジュダとアンバーを呼んで調査をするように頼んだのだ……今、王座に座っているのが何者なのか調べるため、そして本物のお父様はどこにいるのかを知るために……だけど、その結果は最悪であった。
護衛隊長は行方知れずになり、お母様は私の目の前で殺された。
「お母様!!」
「メリッサ……逃げて……ジュダ、アンバー……お願い、メリッサを……」
「姫様、こちらへ!!」
「いやぁ!いや!!お母様あああ!!」
お母様は殺された……お母様を殺した男はお母様を殺したというのに何の感情も見せない、そんな男であった。
まるで空気を吸うのと同じうようにお母様を殺した。それが当然と言わんばかりに……。
なんで、なんであんな冷たい目でお母様を見るの!お母様が何をしたって言うのよ!!
悔しかった……何もできない自分が……あの男の顔は絶対に忘れない……忘れるもんか!
その時は、そう思っていた。だけど……。
私は、ジュダとアンバーに連れられ、お城から逃げ延びた。
長く暮らした自分の家……自分のすべてを形成していた場所……その場所から私は離れるしかなかったのだ……尊敬していたお父様とお母様を見捨てて……もう、私の大好きだったらアンダールシア城は見えない。
「ジュダ……これからどこに行くの?」
「奴らに見つからぬ場所まで逃げるつもりです」
「それはどこ?」
「辺境のラリアスに……」
ラリアス、アンダールシアの端にそう言われる街がある。
レンシアの宣戦布告があってから冒険者たちが離れ始め、日々魔物にも苦労していると聞いている。
そんなところに逃げるのか……。
「その分、奴らの盲点になると思うのです、一番安全であったアンダールシア城ですらいつの間にか奴らの侵入を許し、あまつさえ王をすり替えられていたのです」
「絶対安全な場所なんてないってことよね……」
「ご安心ください、魔物程度であれば私とジュダでなんとでもなります」
確かに、魔物程度であるならばジュダとアンバーは問題なく私を護れるだろう……だけど、不幸というのは続けてくるものである。
ラリアスに逃げてしばらくしたころである、急に街の外が慌ただしくなった。
一体何だろうと思って外に出てみると、領主が逃げ、邪鬼がこの街に近づいているというではないか。
「ジュ、ジュダ……」
「馬鹿な……邪鬼だと?」
ジュダも驚愕していた。
ただの魔物であればジュダもアンバーも私を護りながら逃げれるだろう……だが、邪鬼となれば話は別だ。邪鬼なんて英雄と呼ばれるごく一部の人間でもなければ倒すどころかまともに戦えもしない。
それなのに、そんな存在が今、私のいるこのラリアスに向かっていると言うのだ……。
逃げる?……また?一体どこへ?
これ以上どこに逃げるというのだろう……ここはアンダールシアの端なのだ……もう、逃げる場所なんてない。
「ジュダ、アンバー……」
「ご安心を姫様、我々が命を賭して貴方を護ります」
アンバーは力強く答えてくれる。
だが、そんな彼の手は震えていた。
私の護衛は強く気高い、いついかなる時も私に弱さを見せたりしなかった。
私の誇れる、お兄ちゃんも同然なのだ。
そんな彼らが、自らの恐怖を隠せずにいた。
よく考えたら、彼らだって怖いはずだ。
そもそも、私がいなければ、彼らはこんな目にあってはいない。
私を見捨ててしまえば彼らが命を狙われたり、危険に晒したりする必要はないのだ……それなのに、彼は未だ私を護ってくれている……その使命を放棄せず……ううん、使命なんて関係ない、彼らの真っ直ぐな心がそうさせているんだろう。
それなのに、自分はどうだ?死にたくないからと怖がって……今、危機に瀕しているのは誰だ?私だけじゃないはずだ。そうだ、この街の住人だ……そして、私が護るべきアンダールシアの国民達だ。
「ジュダ、アンバー、私の事は大丈夫です。今は街を護りましょう」
「ひ、姫様?」
「私はアンダールシアの姫よ。お父様とお母様のように国民を護らなければならないわ!邪鬼によって人々が危機に瀕しているというのなら立ち上がらなくてどうするの!」
「姫……我が剣に賭けて我が民を護ると誓いましょう」
「お、おい、ジュダ」
「アンバー、貴方たちのお陰で気づきました。私の使命を……逃げてばかりでは何も成せません……お母様の仇もお父様の行方も……なら、私はもう逃げない……アンバー、私に力を貸してくれる?」
「はっ!我が全身全霊を賭けて!」
「ありがとう、二人とも……なら、まずはこの街を救うわよ!街の冒険者たちと力を合わせれば何とかなるかもしれないわ!」
「はっ!」
私が二人にそう命令すると同時に、大爆音が聞こえた。
「な、何!?」
「解りません、とりあえず外の様子を!」
外の様子を見に行ったアンバーが目を丸くして帰ってくる。
なんでも、魔の海から来た『闇の魔女』が千近い魔物を一瞬で滅ぼしたというのだ。
そんな英雄のような存在がまだこの街にいたことも驚いたが、それだけではない、私たちが街の人を避難させていると邪鬼を倒したという声が街の中に広がったのだ。
邪鬼を倒したのは闇の魔女の仲間で、闇の魔女は一人で二千以上の魔物を葬ったという……すごい。
その後、邪鬼と魔物は完全に討伐され、街の中はお祝いムードである。
「ねえ、アンバー。闇の魔女ってすごいわ!」
「はい、かなりの御仁かと……邪鬼をも討伐されるとは……」
「そうよ!ねぇ、闇の魔女に協力してもらえないかしら!」
「はい、ジュダと私もそれを考えておりました……このラリアスにいる以上、闇の魔女殿にも関わる話、もし協力してもらえればアンダールシアを取り返せるかもしれません」
そうよ、そうすればお父様の行方も……。
一筋……細い線ではあるが、希望が見えてきた。
「あ、でも、行くのは明日にしましょう。せっかくのお祝いムードを壊しては悪いわ」
「そうですね、それに行くのであれば、まずは領主の所へ」
「この街を見捨てた領主?」
「いえ、その娘が、新しい領主となったようです。娘は逃げず、この街のため戦ったと」
「そうなの?それは素晴らしいわね……その新領主にもぜひ会いたいわ!」
「はい、では明日の夕刻にでも」
「わかったわ!」
その日私はなかなか寝付けなかった。
邪鬼をも倒した、闇の魔女に会えるのが楽しみで。
私は昔から英雄譚が好きなのだ。聞いているだけでドキドキする。
まるで、私もその冒険譚に登場しているかのようにワクワクするのだ。
そのせいか、私は英雄に憧れていた。
そして、この街を救った闇の魔女はまさにその英雄だったのだ。
人々のピンチに颯爽と現れ、弱きものを救う。
ああ、早く会いたいなぁ。
夜が明けると、私はあまり寝れていないのに元気はいっぱいだった。
早く、領主の所に行き、闇の魔女と会ってみたい。
そう思いながら、私は街へと繰り出す。
闇の魔女の話を聞くまでは、私は決して外に出ようと思わなかった。
お母様の殺された姿が脳裏に浮かび、人と会うのが怖くなっていたからだ。
でも、なぜか今はその怖さがない、
それよりも、闇の魔女と会った時のための服を買おうと服屋へ来ていた。
もちろん、護衛であるジュダが一緒に来てくれている。
アンバーはお留守番である。
「うふふ、闇の魔女ってどんな人なんだろう?魔女って言うくらいだし結構お歳なのかしら?」
「いえ、噂では若い少女のようですよ」
「あら、そうなの!ならお友達になれないかなぁ」
「ははは、姫様ならきっとなれますよ」
私は服を買い、ルンルン気分で帰宅した。
「アンバー、この服に合うと思う?結構奮発しちゃったんだけど……」
私は足取り軽く、部屋へと入る……入った瞬間、強烈な臭いが私の鼻を突き抜けた。
「何、この臭い……」
「姫様、下がってください!!」
ジュダが私を引っ張り、私の前に出る。
そして、私の前にでたジュダの背中の部分に金属の尖ったものが突き出していた。
ジュダから赤い液体が流れる……その液体はこの部屋に充満していた臭いと同じ臭いを放っていた。
ああ……そうか……この臭いは血の匂い……お母様が殺されたときにも嗅いだじゃないか……。
「姫様、お逃げください!!」
胸を貫かれたジュダが、苦しそうに叫ぶ……逃げる?どこへ……?
もう、私にはジュダとアンバーしかいないのよ?
「貴様……王妃様を殺した……」
ああ、そうだ。この男だ……お母様を殺した冷たい目……こいつがまた……。
今度はジュダを……そうだ、アンバーは!
私はあたりを見回すと、そこにはすでに血だまりに倒れるアンバーの姿があった。
「アンバー!!」
「姫様!逃げてください!!!」
アンバーは答えない。
代わりにジュダが、私に怒鳴る。
「殺す」
男が喋った……暗く重い声で……。
「させん!!」
ジュダが男にしがみつく、胸を貫かれ力も殆どでないだろうに……。
「姫様、貴方は生きてください……あなたはこの国の希望だ」
「死ね」
男が持っていたショートソードをジュダに刺す。
「ジュダぁ!!」
「逃げて……姫……」
「次はおまえだ」
「ひっ!?」
「……待てよ」
ジュダを刺し、歩き始めた男の動きが止まる。
アンバーが男の足を握ったのだ……全身血まみれになりながらも……まだ息があったのだ。
「アンバー!」
「姫……あなたは俺たちの誇りだ……姫がこの街の人達を助けたいと言ったとき嬉しかったぜ……俺たちが護ってきたものは間違いじゃなかったって……姫の護衛になれたことは俺たちの誇りだ……だから逃げてくれ……闇の魔女に……助けを……っ!!」
倒れているアンバーに男が剣を立てる。
アンバーはもう動かない……。
なんで……なんで!
「どうして、私の大事な人たちを殺すの!!なんで!!」
「仕事だ。理由などない」
「ふざけないで!!」
「死ね」
「ひっ!」
再び私の方へ来ようとした男の動きがまたも止まる。
今度はジュダが、男の足を捕ったのだ。
「逃げろ!!!」
ジュダの最後の言葉に弾かれるように私は走り出した。
領主の館に行こう……闇の魔女に会えればきっと……そう思い必死に走るのだった。
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その日何もかもが変わった。
それまでの私の人生は何の不自由もなく、尊敬できるお父様とお母様に守られながら、皆のやさしさに触れながら、いつかはお父様やお母様のような立派な人間になるんだと夢を抱いていた。
強いて言うのであれば、私の立場から友達がちょっと……ほんのちょっと少ないのがあれだったけど……それでも、私を警護してくれているジュダとアンバーはお兄さんのように優しかったし、一緒に遊んでくれたので寂しくはなかった。
私はこの国、アンダールシアの王位継承者。
たくさんの事を学んで、国民のためによりよい統治者になるために、日々、頑張っていた……それなのに……。
ある日、おかしなことが起きた、急にお父様が隣国のレンシアに降伏をすると言い出したのだ……確かに、レンシアから宣戦布告され、お父様は頭を抱えていた。
だけど、国民を守るために戦う決意をしていたはずなのだ……それなのに、いきなり降伏をすると言い出した……私もお母様もなぜそんなことをするのかと、お父様を問いただした……きっと何か深い理由があるんだろうとその時は思った……でも、違った。
話して見て分かったのだ……目の前にいるのは姿かたちはお父様と一緒だけど……違う。
お父様の姿をした偽物だった……。
お母様もそれに気づいたのだろう、護衛隊長と私の護衛であるジュダとアンバーを呼んで調査をするように頼んだのだ……今、王座に座っているのが何者なのか調べるため、そして本物のお父様はどこにいるのかを知るために……だけど、その結果は最悪であった。
護衛隊長は行方知れずになり、お母様は私の目の前で殺された。
「お母様!!」
「メリッサ……逃げて……ジュダ、アンバー……お願い、メリッサを……」
「姫様、こちらへ!!」
「いやぁ!いや!!お母様あああ!!」
お母様は殺された……お母様を殺した男はお母様を殺したというのに何の感情も見せない、そんな男であった。
まるで空気を吸うのと同じうようにお母様を殺した。それが当然と言わんばかりに……。
なんで、なんであんな冷たい目でお母様を見るの!お母様が何をしたって言うのよ!!
悔しかった……何もできない自分が……あの男の顔は絶対に忘れない……忘れるもんか!
その時は、そう思っていた。だけど……。
私は、ジュダとアンバーに連れられ、お城から逃げ延びた。
長く暮らした自分の家……自分のすべてを形成していた場所……その場所から私は離れるしかなかったのだ……尊敬していたお父様とお母様を見捨てて……もう、私の大好きだったらアンダールシア城は見えない。
「ジュダ……これからどこに行くの?」
「奴らに見つからぬ場所まで逃げるつもりです」
「それはどこ?」
「辺境のラリアスに……」
ラリアス、アンダールシアの端にそう言われる街がある。
レンシアの宣戦布告があってから冒険者たちが離れ始め、日々魔物にも苦労していると聞いている。
そんなところに逃げるのか……。
「その分、奴らの盲点になると思うのです、一番安全であったアンダールシア城ですらいつの間にか奴らの侵入を許し、あまつさえ王をすり替えられていたのです」
「絶対安全な場所なんてないってことよね……」
「ご安心ください、魔物程度であれば私とジュダでなんとでもなります」
確かに、魔物程度であるならばジュダとアンバーは問題なく私を護れるだろう……だけど、不幸というのは続けてくるものである。
ラリアスに逃げてしばらくしたころである、急に街の外が慌ただしくなった。
一体何だろうと思って外に出てみると、領主が逃げ、邪鬼がこの街に近づいているというではないか。
「ジュ、ジュダ……」
「馬鹿な……邪鬼だと?」
ジュダも驚愕していた。
ただの魔物であればジュダもアンバーも私を護りながら逃げれるだろう……だが、邪鬼となれば話は別だ。邪鬼なんて英雄と呼ばれるごく一部の人間でもなければ倒すどころかまともに戦えもしない。
それなのに、そんな存在が今、私のいるこのラリアスに向かっていると言うのだ……。
逃げる?……また?一体どこへ?
これ以上どこに逃げるというのだろう……ここはアンダールシアの端なのだ……もう、逃げる場所なんてない。
「ジュダ、アンバー……」
「ご安心を姫様、我々が命を賭して貴方を護ります」
アンバーは力強く答えてくれる。
だが、そんな彼の手は震えていた。
私の護衛は強く気高い、いついかなる時も私に弱さを見せたりしなかった。
私の誇れる、お兄ちゃんも同然なのだ。
そんな彼らが、自らの恐怖を隠せずにいた。
よく考えたら、彼らだって怖いはずだ。
そもそも、私がいなければ、彼らはこんな目にあってはいない。
私を見捨ててしまえば彼らが命を狙われたり、危険に晒したりする必要はないのだ……それなのに、彼は未だ私を護ってくれている……その使命を放棄せず……ううん、使命なんて関係ない、彼らの真っ直ぐな心がそうさせているんだろう。
それなのに、自分はどうだ?死にたくないからと怖がって……今、危機に瀕しているのは誰だ?私だけじゃないはずだ。そうだ、この街の住人だ……そして、私が護るべきアンダールシアの国民達だ。
「ジュダ、アンバー、私の事は大丈夫です。今は街を護りましょう」
「ひ、姫様?」
「私はアンダールシアの姫よ。お父様とお母様のように国民を護らなければならないわ!邪鬼によって人々が危機に瀕しているというのなら立ち上がらなくてどうするの!」
「姫……我が剣に賭けて我が民を護ると誓いましょう」
「お、おい、ジュダ」
「アンバー、貴方たちのお陰で気づきました。私の使命を……逃げてばかりでは何も成せません……お母様の仇もお父様の行方も……なら、私はもう逃げない……アンバー、私に力を貸してくれる?」
「はっ!我が全身全霊を賭けて!」
「ありがとう、二人とも……なら、まずはこの街を救うわよ!街の冒険者たちと力を合わせれば何とかなるかもしれないわ!」
「はっ!」
私が二人にそう命令すると同時に、大爆音が聞こえた。
「な、何!?」
「解りません、とりあえず外の様子を!」
外の様子を見に行ったアンバーが目を丸くして帰ってくる。
なんでも、魔の海から来た『闇の魔女』が千近い魔物を一瞬で滅ぼしたというのだ。
そんな英雄のような存在がまだこの街にいたことも驚いたが、それだけではない、私たちが街の人を避難させていると邪鬼を倒したという声が街の中に広がったのだ。
邪鬼を倒したのは闇の魔女の仲間で、闇の魔女は一人で二千以上の魔物を葬ったという……すごい。
その後、邪鬼と魔物は完全に討伐され、街の中はお祝いムードである。
「ねえ、アンバー。闇の魔女ってすごいわ!」
「はい、かなりの御仁かと……邪鬼をも討伐されるとは……」
「そうよ!ねぇ、闇の魔女に協力してもらえないかしら!」
「はい、ジュダと私もそれを考えておりました……このラリアスにいる以上、闇の魔女殿にも関わる話、もし協力してもらえればアンダールシアを取り返せるかもしれません」
そうよ、そうすればお父様の行方も……。
一筋……細い線ではあるが、希望が見えてきた。
「あ、でも、行くのは明日にしましょう。せっかくのお祝いムードを壊しては悪いわ」
「そうですね、それに行くのであれば、まずは領主の所へ」
「この街を見捨てた領主?」
「いえ、その娘が、新しい領主となったようです。娘は逃げず、この街のため戦ったと」
「そうなの?それは素晴らしいわね……その新領主にもぜひ会いたいわ!」
「はい、では明日の夕刻にでも」
「わかったわ!」
その日私はなかなか寝付けなかった。
邪鬼をも倒した、闇の魔女に会えるのが楽しみで。
私は昔から英雄譚が好きなのだ。聞いているだけでドキドキする。
まるで、私もその冒険譚に登場しているかのようにワクワクするのだ。
そのせいか、私は英雄に憧れていた。
そして、この街を救った闇の魔女はまさにその英雄だったのだ。
人々のピンチに颯爽と現れ、弱きものを救う。
ああ、早く会いたいなぁ。
夜が明けると、私はあまり寝れていないのに元気はいっぱいだった。
早く、領主の所に行き、闇の魔女と会ってみたい。
そう思いながら、私は街へと繰り出す。
闇の魔女の話を聞くまでは、私は決して外に出ようと思わなかった。
お母様の殺された姿が脳裏に浮かび、人と会うのが怖くなっていたからだ。
でも、なぜか今はその怖さがない、
それよりも、闇の魔女と会った時のための服を買おうと服屋へ来ていた。
もちろん、護衛であるジュダが一緒に来てくれている。
アンバーはお留守番である。
「うふふ、闇の魔女ってどんな人なんだろう?魔女って言うくらいだし結構お歳なのかしら?」
「いえ、噂では若い少女のようですよ」
「あら、そうなの!ならお友達になれないかなぁ」
「ははは、姫様ならきっとなれますよ」
私は服を買い、ルンルン気分で帰宅した。
「アンバー、この服に合うと思う?結構奮発しちゃったんだけど……」
私は足取り軽く、部屋へと入る……入った瞬間、強烈な臭いが私の鼻を突き抜けた。
「何、この臭い……」
「姫様、下がってください!!」
ジュダが私を引っ張り、私の前に出る。
そして、私の前にでたジュダの背中の部分に金属の尖ったものが突き出していた。
ジュダから赤い液体が流れる……その液体はこの部屋に充満していた臭いと同じ臭いを放っていた。
ああ……そうか……この臭いは血の匂い……お母様が殺されたときにも嗅いだじゃないか……。
「姫様、お逃げください!!」
胸を貫かれたジュダが、苦しそうに叫ぶ……逃げる?どこへ……?
もう、私にはジュダとアンバーしかいないのよ?
「貴様……王妃様を殺した……」
ああ、そうだ。この男だ……お母様を殺した冷たい目……こいつがまた……。
今度はジュダを……そうだ、アンバーは!
私はあたりを見回すと、そこにはすでに血だまりに倒れるアンバーの姿があった。
「アンバー!!」
「姫様!逃げてください!!!」
アンバーは答えない。
代わりにジュダが、私に怒鳴る。
「殺す」
男が喋った……暗く重い声で……。
「させん!!」
ジュダが男にしがみつく、胸を貫かれ力も殆どでないだろうに……。
「姫様、貴方は生きてください……あなたはこの国の希望だ」
「死ね」
男が持っていたショートソードをジュダに刺す。
「ジュダぁ!!」
「逃げて……姫……」
「次はおまえだ」
「ひっ!?」
「……待てよ」
ジュダを刺し、歩き始めた男の動きが止まる。
アンバーが男の足を握ったのだ……全身血まみれになりながらも……まだ息があったのだ。
「アンバー!」
「姫……あなたは俺たちの誇りだ……姫がこの街の人達を助けたいと言ったとき嬉しかったぜ……俺たちが護ってきたものは間違いじゃなかったって……姫の護衛になれたことは俺たちの誇りだ……だから逃げてくれ……闇の魔女に……助けを……っ!!」
倒れているアンバーに男が剣を立てる。
アンバーはもう動かない……。
なんで……なんで!
「どうして、私の大事な人たちを殺すの!!なんで!!」
「仕事だ。理由などない」
「ふざけないで!!」
「死ね」
「ひっ!」
再び私の方へ来ようとした男の動きがまたも止まる。
今度はジュダが、男の足を捕ったのだ。
「逃げろ!!!」
ジュダの最後の言葉に弾かれるように私は走り出した。
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(7/15追記
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高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
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