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第一章 化物と雪
3.玄慈という男
しおりを挟む「ほら久々に来たよ、見てごらん」
「なんと恐ろしい顔…あれが人と呼べようか」
「子供達を近づけないようにしておくれ」
村の女達がヒソヒソと話している。
「あ!おばけ男がいるぞ!おっそろしい、触るとおんなじ顔になるぞ!」
「俺たちは山へ行くなと言われてるのになんであいつは村に来るんだ?やっつけてしまえ!」
村の子供達が石を投げながら叫んでいる。
ほっかむりで顔を隠した玄慈は黙々と仕事を終え、山へ登っていった。
道中、雪がちらちらと降ってきた。
「外の鶏が凍えてしまうな。早く帰って小屋に戻してやらんと…」
玄慈は一人呟くと足を早めた。
春もそう遠くないとはいえまだ寒さは続く時期、自分の身も暖めなければならないのだが、玄慈はまず鶏の心配をした。
サネの願った通り、玄慈は心優しい男に成長していた。山に住む生き物に敬意を払い、住まいを与えてくれた村人達のために一生懸命働き、誰かが困っていればすぐに手伝いに山を降りる。
ただ、村人が自分を恐れることを分かっているので必要以上に関わらないようにしているのだ。
玄慈は、寂しさゆえに心に空いた穴を少しでも埋めようと鶏や壁を這う虫やヤモリに話しかけていた。
「今日はお前たちの卵と魚を持って行ったら、麦をもらえたよ。蓄えておかないとなあ」
「村でよく見かける黒い猫、お腹が大きくなっていたんだ。きっと春に子猫が生まれるんだ。その時村を降りるのが楽しみだよ」
「子猫といえば赤ん坊も増えていたなあ。めでたいことだ。かわいらしい、きっと女の子だろうよ」
「嫌がられるだろうから少ししか見れなかったが…おかあを思い出したんだ」
「おっかあもあんな風に、優しく抱いてくれていたんだろうな。赤ん坊の俺を」
玄慈は1人でよく話す。鶏はコッコッコッと粟を啄んでいる。ヒューヒューと、風が鳴る。
「なんだか、さらに寒くなってしまったな。火を焚こう」
誰からの返事がなくても玄慈は話す。
怖いのだ。
心まで凍えきってしまうのが。
こうも強く生きられるのは、母に愛してもらった思い出があるからである。サネに愛され育てられた記憶に支えられ、玄慈は心折れず懸命に生きることができたのだ。
玄慈は毎晩死ぬ前の母の言葉を思い出していた。
『おっかぁがいなくなっても、心はずっと玄慈のそばにあるよ。それにお前はとても優しい子だから、おっかぁ以外にもきっとお前を愛してくれる人はいる。だからおっかぁがいない間、辛くともその時がくるまで信じて待ってね』
玄慈はパチパチと静かに燃える囲炉裏の火を見つめ話しだした。
「おっかぁを思い出すたび、おっかぁに抱きしめてもらった時みたいに胸があったかくなるんだ。きっとまだ俺のそばにいてくれてるんだな。いなくなっても、おっかぁはいるんだな」
「おっかぁが今まで教えてくれたこと全部覚えてる。でも、おっかぁ以外に俺を愛してくれる人がこの世にいるだなんて、それだけは信じられないよ。俺を“人”として見てくれる者が現れたら、それはきっと人ではない何かだろうな」
「でも、そんな縁があるなら何者でもいい」
「それはいつ現れる?教えてよおっかぁ」
返事はない。風が戸を叩く音が納屋に響いた。
火で暖まったはずの身体をぎゅっと抱きしめ
玄慈は呟く。
「寂しいよ、おっかぁ」
その姿は化物ではなく、
愛に飢えた1人の人間だった。
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