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第三章 フェニックスの祝祭
ハンドクリーム作り
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今日は、リリアンへのプレゼント用のハンドクリーム作りの日だ。
特別に許可をもらって、教会の調薬室を使わせてもらえることになった。
参加者は俺の他には、父上、グラントさん、それからなぜか、大司教のユリシーズ様と謎の美女……???
謎の美女は小柄で華奢な女性で、綺麗な緑色の髪にはウェーブがかかっている。
パッチリと大きな黄金色の瞳の中には、キラキラと綺羅星のような輝きが見えた。
それにしても、どこかで見たことがあるような……???
俺が首を捻っていると、美女から声をかけられた。鈴を転がすような、とても綺麗な声だ。
「はじめまして、私の新しい眷属の子。私は癒しの精霊女王ユーフォリアよ。教会的には『女神サーナーティア』といえばいいのかしら」
「えっ!? サーナーティア様!?」
確かに、聖堂にある女神様の像にそっくりだ!!!
……っていうか、女神様って実在してたの!!?
「ふふっ。驚いたでしょ~?」
ユーフォリア様がゆったりと笑う。
「姉上、あまり子供を揶揄うものではありませんよ」
ユリシーズ様が、生真面目な顔で嗜めた。
「ユリシーズ様のお姉様!?」
ユリシーズ様の言葉に、俺はさらに衝撃を受けた。
でも、確かに、中性的なユリシーズ様とユーフォリア様は、どこか面影が似てるかも……
「そうよ~。今日は精霊のクリームを作りたいって聞いたから、来たのよ。精霊のクリームにもいろいろあるけど、どれにしましょうか?」
ユーフォリア様は、どこからか古びた手記のような本を取り出した。細い指先で、黄ばんだページをめくっていく。
「えっと、どんなのがあるんですか? ハンドクリームがあるといいんですが……」
俺は、ユーフォリア様の手元を覗き込んだ。
彼女に近寄ると、ふわりと癒されるような落ち着いたいい香りがした。
「手どころか、身体中に使えるクリームがほとんどよ。これなんてどうかしら? 作り方は簡単だし、材料もシンプルなの。そこの薬草園のもので足りるんじゃないかしら?」
「…………」
ユーフォリア様が、あるページの、おそらく精霊のクリームのレシピらしき文章を指差しているんだけど……残念ながら、俺にはその文字が読めなかった。
「姉上、ノア君には精霊文字は分かりませんよ。読み上げてあげないと」
ユリシーズ様が、コソッと助け舟を出してくれた。
「まあ? そうだったの? これは初級の精霊クリームなの。初級ポーション用の薬草を使うわ。あと、相性の良くない材料が少ないみたいで、好きなフラワーオイルと合わせられるわよ」
ユーフォリア様が、簡単に説明してくれた。
「じゃあ、それでお願いします」
俺は即決して頷いた。
初めてのハンドクリーム作りで、いきなり難易度が高いものは無理だ。まずはちゃんと作れるものをプレゼントしたいし、難易度が高いものは、もっと調薬が上手くなってからでもいいはずだ。
「えぇと、材料は薬草の他は、好きな植物オイルに、シアバターか蜜蝋ね」
ユーフォリア様が材料を読み上げた。
「それはこちらにあります」
グラントさんが、この前バレット商会で買ってきたナッツオイルとシアバターが入った手作りキットを、テーブルの上に並べてくれた。
「あら? バレット商会のものかしら。いいシアバターを使っているわね」
ユーフォリア様は、満足そうに目を細めて、キットの中身をチェックした。
「それでは、薬草を採って来ようか」
父上が席を立った。
「いいんですか? 教会の薬草ですよね?」
「少しぐらいなら構わないよ。大量に使うわけではないのだろう? それに、ある種、実験のようなものだしな」
俺が心配になって確認すると、父上があっさりと許可してくださった。
ここ、ガシュラ支部の司教の父上が「良い」と言うなら、大丈夫なんだろう。
俺たちが調薬室の裏手にある薬草園から、薬草を採って戻って来ると、ユーフォリア様が丁寧に魔術陣を描いていた。
「薬草は魔術抽出みたいね」
ちょうど魔術陣が書き上がったみたいで、ユーフォリア様が「ふぅ……」と息を吐きながら満足そうに言った。
「『魔術抽出』、ですか?」
俺は初めて聞いた言葉を、訊き返した。
「特別な魔術陣の上に容器を置いて、その中に水と材料を入れて魔力を流すの。よく魔術が浸透したら、容器の中身を漉せば、魔術薬に使えるエッセンスがとれるのよ」
ユーフォリア様が簡単に説明してくれた。
「ヘぇ~、そうなんですね」
俺は相槌を打ちながら、紙に描かれた魔術陣をまじまじと見つめた。
円や三角形などの図形や、不思議な文字を組み合わせた精緻な陣が描かれている。
まだこういったことは習ってないし、何かできることが増えるかと思うと、すごく興味をそそられる。
「魔術抽出は、『調薬』の上級スキルがないと、安定して質の良いエッセンスがとれないからな。まだ教えてなかったな」
グラントさんが補足してくれた。
どうやら、別室から魔術抽出用の容器や漏斗なんかを持って来てくれたようだ。
「せっかくだから、魔術抽出してみる?」
「いいんですか!?」
「ノア君の婚約者のプレゼント用なのよね? いいのではないかしら?」
ユーフォリア様に提案され、俺は「やります!」と即答した。
魔術陣が描かれた紙の上に、容器を置いて、水と細かく刻んだ薬草を入れた。
「少しずつ魔術陣に魔力を流してみて。光るはずよ」
ユーフォリア様に説明され、俺は手をかざして魔力を流してみた。
魔術陣に魔力が灯って、緑色の淡い光が放たれる。
みんなが周りに集まって、じっと俺の手元を覗き込んできた。
「お、いい感じだな」
グラントさんが、呟いた。
「あの、これって、どのくらい続ければいいんですか……?」
ずっと魔力流しっぱなしで、見た目は魔術陣が光ってるぐらいしか変化がないから、いつまでやればいいのか、何となく不安になってくる……
「魔術抽出は慣れないと時間がかかるからね。あと五分ぐらいかな。さすがに十分はいかないと思うけど」
ユリシーズ様が答えてくれた。
「……結構、集中力が必要ですね……」
むむっ……ポーション作りやヒールとはまた違った魔力の使い方だな。ちょっとコツがいるかも……
「そうなのよ~。地味だけど、こういうのは何度もやって、体で覚えて上達するしかないのよね」
ユーフォリア様が、じっと俺の手元を見つめながら言った。
テーブルの上で細い指を組んで、その上に小さな顎を載せている。
俺がしばらく魔力を流し続けると、容器の水面に油のようなものが浮かんできた。
「そろそろ濾してもいいだろう」
父上がそう言うと、グラントさんが新しいガラス容器と漏斗、真新しいガーゼを準備してくれた。
「ここに流し込んでくれ」
グラントさんに指示され、俺はガーゼを載せた漏斗に、魔術抽出した液体を注いだ。
漏斗の先から、ガラス容器に、ポタポタと淡く緑色がかった液体が落ちてきた。
「おぉ……」
俺は、子供が興味があるものに熱中して観察するように、ポタポタと垂れてくる液体を見つめた。
不思議だ。水も入ってるはずなのに、水面に浮いていた油のようなエッセンスしか落ちてこない……これも、魔術陣の影響なのか?
「ふふっ。口元が半開きよ」
ユーフォリア様にコロコロと微笑まれ、俺は恥ずかしくてすぐに口を塞いだ。
「ハンドクリームの方の準備をするか」
グラントさんが、今度はお湯を張った洗面器を持って来てくれた。
「はい!」
俺は新しい容器に、ナッツオイルとシアバターを入れた。湯煎して、よく材料をかき混ぜる。
「魔術抽出が終わったぞ」
父上が抽出した淡い緑色のエッセンスを持って来てくれた。
水も薬草もそこそこの分量を入れたはずなのに、そこからとれたエッセンスは、ほんの少しだ。
「エッセンスを入れたら、魔力を込めながらよくかき混ぜてね。何か香りをつけたいなら、一緒に入れるといいわよ」
ユーフォリア様が、レシピの手記を読み返しながら教えてくれた。
「じゃあ、これを入れましょう!」
俺は、あらかじめバレット商会で買っておいた妖精のフラワーオイルを取り出した──リリアンが好きなライラックの香りだ。優しくて甘すぎない瑞々しい花の香りがする。
「あら、いい香りね。妖精のフラワーオイルなら、香りがしっかり長持ちするからいいわね」
ユーフォリア様が相槌を打ってくれた。
俺は、湯煎してトロトロにとろけたシアバターとオイルに、薬草エッセンスとフラワーオイルを入れた。魔力を込めつつ、丁寧に材料をかき混ぜていく。
……これで、リリアンの手荒れが治ったら嬉しいな。ほこほこと暖かい気持ちで、集中して魔力を込めていく。
「このぐらいかな?」
俺は、均一に材料と魔力が混ざったら、バレット商会で買った保存容器を取り出した。
淡いラベンダー地に、植物や小動物の繊細な絵が描かれているものだ。
「あら! 可愛いわね!」
ユーフォリア様が、黄金色の瞳を煌めかせて、声をあげた。
俺は慎重に保存容器に精霊のクリーム液を注いだ。
クリームはほのかに緑色を帯びた白色で、ライラックの優しい花の香りがフワッと香って、薬草の落ち着いたハーブのような香りが、深みを添えていた。
余ったクリームは、別の容器に小分けにして、皆で分けた。
「これで冷ましてクリームが固まれば、完成ね。初めてにしては、よくできたのではないかしら?」
ユーフォリア様が、クリームを入れた小さな容器を、ちょこんと手に載せて言った。
「クリーム作りも結構面白いですね。ポーションとは違って、好きな香りをつけられて、アレンジできるのがいいですね」
俺は、使い終わった器具を片付けながら言った。
魔術抽出の練習にもなるし、特にここ最近は、いつも同じポーションばかり作ってたから、気分転換になっていい。
「量産できれば、教会で取り扱っても良さそうだな」
父上が、精霊のクリームをまじまじと見つめながら、考え込んだ。
「あら、このクリームは精霊の魔力じゃないと作れないわよ。ノア君は先祖返りだから作れたけど……量産するなら、教会にいる精霊の子たちに手伝ってもらったらどうかしら? それが難しいなら、数量限定でやることね」
ユーフォリア様がさらりと答えた。
「精霊の魔力……」
「そうよ。私たちの場合は、癒しの魔力になるわね。だから、魔力を流すだけで、傷を治せるのよ」
俺が疑問に思って呟くと、ユーフォリア様が教えてくれた。
……俺の魔力って、精霊と同じものだったんだ……
それに、今まで俺が無詠唱でヒールできてたのも、こんな理由があったんだな……
俺、結構、自分のことを知らないかも。
***
調薬室から出る時に、俺はユリシーズ様に声をかけられた。
「そういえば、教会の上層部から連絡が来ていたよ。ノア君、祝祭日に『聖者』として聖堂に顔を出してもらえないかな?」
「えぇっ!?」
「百年ぶりの聖者だからね。祝い事だし、教会としては、聖者の存在を信徒たちに印象づけたいのだろう」
どうしよう……
エラ先生が言うには、祝祭日には恋人同士はデートするものなんだよな……?
確かに、リリアンとはまだ何も約束をしてないけど……
俺がどうしようか迷っていると、
「一日中聖堂にいなくても大丈夫だよ。もし予定があるなら、その時以外に少し顔を出してもらえればいいから」
ユリシーズ様が苦笑いをしながら、言ってくれた。
「それでしたら……」
それなら、リリアンとの時間を作ることもできそうだ。それに、やっぱり聖者として、何かしら教会に貢献した方がいいよな。今、こんなに安定した暮らしをさせてもらってるんだし。
俺は少し考えて、素直に頷いた。
「良かった。具体的なスケジュールなんかは、祝祭担当の神官たちとも相談しようか」
ユリシーズ様が、安堵の息を吐いた。
「はい」
結局、今年の祝祭日も仕事になりそうだ──でも、今年はそれだけじゃない。
プレゼントの用意はできた。
あとは、リリアンとの約束だな!
特別に許可をもらって、教会の調薬室を使わせてもらえることになった。
参加者は俺の他には、父上、グラントさん、それからなぜか、大司教のユリシーズ様と謎の美女……???
謎の美女は小柄で華奢な女性で、綺麗な緑色の髪にはウェーブがかかっている。
パッチリと大きな黄金色の瞳の中には、キラキラと綺羅星のような輝きが見えた。
それにしても、どこかで見たことがあるような……???
俺が首を捻っていると、美女から声をかけられた。鈴を転がすような、とても綺麗な声だ。
「はじめまして、私の新しい眷属の子。私は癒しの精霊女王ユーフォリアよ。教会的には『女神サーナーティア』といえばいいのかしら」
「えっ!? サーナーティア様!?」
確かに、聖堂にある女神様の像にそっくりだ!!!
……っていうか、女神様って実在してたの!!?
「ふふっ。驚いたでしょ~?」
ユーフォリア様がゆったりと笑う。
「姉上、あまり子供を揶揄うものではありませんよ」
ユリシーズ様が、生真面目な顔で嗜めた。
「ユリシーズ様のお姉様!?」
ユリシーズ様の言葉に、俺はさらに衝撃を受けた。
でも、確かに、中性的なユリシーズ様とユーフォリア様は、どこか面影が似てるかも……
「そうよ~。今日は精霊のクリームを作りたいって聞いたから、来たのよ。精霊のクリームにもいろいろあるけど、どれにしましょうか?」
ユーフォリア様は、どこからか古びた手記のような本を取り出した。細い指先で、黄ばんだページをめくっていく。
「えっと、どんなのがあるんですか? ハンドクリームがあるといいんですが……」
俺は、ユーフォリア様の手元を覗き込んだ。
彼女に近寄ると、ふわりと癒されるような落ち着いたいい香りがした。
「手どころか、身体中に使えるクリームがほとんどよ。これなんてどうかしら? 作り方は簡単だし、材料もシンプルなの。そこの薬草園のもので足りるんじゃないかしら?」
「…………」
ユーフォリア様が、あるページの、おそらく精霊のクリームのレシピらしき文章を指差しているんだけど……残念ながら、俺にはその文字が読めなかった。
「姉上、ノア君には精霊文字は分かりませんよ。読み上げてあげないと」
ユリシーズ様が、コソッと助け舟を出してくれた。
「まあ? そうだったの? これは初級の精霊クリームなの。初級ポーション用の薬草を使うわ。あと、相性の良くない材料が少ないみたいで、好きなフラワーオイルと合わせられるわよ」
ユーフォリア様が、簡単に説明してくれた。
「じゃあ、それでお願いします」
俺は即決して頷いた。
初めてのハンドクリーム作りで、いきなり難易度が高いものは無理だ。まずはちゃんと作れるものをプレゼントしたいし、難易度が高いものは、もっと調薬が上手くなってからでもいいはずだ。
「えぇと、材料は薬草の他は、好きな植物オイルに、シアバターか蜜蝋ね」
ユーフォリア様が材料を読み上げた。
「それはこちらにあります」
グラントさんが、この前バレット商会で買ってきたナッツオイルとシアバターが入った手作りキットを、テーブルの上に並べてくれた。
「あら? バレット商会のものかしら。いいシアバターを使っているわね」
ユーフォリア様は、満足そうに目を細めて、キットの中身をチェックした。
「それでは、薬草を採って来ようか」
父上が席を立った。
「いいんですか? 教会の薬草ですよね?」
「少しぐらいなら構わないよ。大量に使うわけではないのだろう? それに、ある種、実験のようなものだしな」
俺が心配になって確認すると、父上があっさりと許可してくださった。
ここ、ガシュラ支部の司教の父上が「良い」と言うなら、大丈夫なんだろう。
俺たちが調薬室の裏手にある薬草園から、薬草を採って戻って来ると、ユーフォリア様が丁寧に魔術陣を描いていた。
「薬草は魔術抽出みたいね」
ちょうど魔術陣が書き上がったみたいで、ユーフォリア様が「ふぅ……」と息を吐きながら満足そうに言った。
「『魔術抽出』、ですか?」
俺は初めて聞いた言葉を、訊き返した。
「特別な魔術陣の上に容器を置いて、その中に水と材料を入れて魔力を流すの。よく魔術が浸透したら、容器の中身を漉せば、魔術薬に使えるエッセンスがとれるのよ」
ユーフォリア様が簡単に説明してくれた。
「ヘぇ~、そうなんですね」
俺は相槌を打ちながら、紙に描かれた魔術陣をまじまじと見つめた。
円や三角形などの図形や、不思議な文字を組み合わせた精緻な陣が描かれている。
まだこういったことは習ってないし、何かできることが増えるかと思うと、すごく興味をそそられる。
「魔術抽出は、『調薬』の上級スキルがないと、安定して質の良いエッセンスがとれないからな。まだ教えてなかったな」
グラントさんが補足してくれた。
どうやら、別室から魔術抽出用の容器や漏斗なんかを持って来てくれたようだ。
「せっかくだから、魔術抽出してみる?」
「いいんですか!?」
「ノア君の婚約者のプレゼント用なのよね? いいのではないかしら?」
ユーフォリア様に提案され、俺は「やります!」と即答した。
魔術陣が描かれた紙の上に、容器を置いて、水と細かく刻んだ薬草を入れた。
「少しずつ魔術陣に魔力を流してみて。光るはずよ」
ユーフォリア様に説明され、俺は手をかざして魔力を流してみた。
魔術陣に魔力が灯って、緑色の淡い光が放たれる。
みんなが周りに集まって、じっと俺の手元を覗き込んできた。
「お、いい感じだな」
グラントさんが、呟いた。
「あの、これって、どのくらい続ければいいんですか……?」
ずっと魔力流しっぱなしで、見た目は魔術陣が光ってるぐらいしか変化がないから、いつまでやればいいのか、何となく不安になってくる……
「魔術抽出は慣れないと時間がかかるからね。あと五分ぐらいかな。さすがに十分はいかないと思うけど」
ユリシーズ様が答えてくれた。
「……結構、集中力が必要ですね……」
むむっ……ポーション作りやヒールとはまた違った魔力の使い方だな。ちょっとコツがいるかも……
「そうなのよ~。地味だけど、こういうのは何度もやって、体で覚えて上達するしかないのよね」
ユーフォリア様が、じっと俺の手元を見つめながら言った。
テーブルの上で細い指を組んで、その上に小さな顎を載せている。
俺がしばらく魔力を流し続けると、容器の水面に油のようなものが浮かんできた。
「そろそろ濾してもいいだろう」
父上がそう言うと、グラントさんが新しいガラス容器と漏斗、真新しいガーゼを準備してくれた。
「ここに流し込んでくれ」
グラントさんに指示され、俺はガーゼを載せた漏斗に、魔術抽出した液体を注いだ。
漏斗の先から、ガラス容器に、ポタポタと淡く緑色がかった液体が落ちてきた。
「おぉ……」
俺は、子供が興味があるものに熱中して観察するように、ポタポタと垂れてくる液体を見つめた。
不思議だ。水も入ってるはずなのに、水面に浮いていた油のようなエッセンスしか落ちてこない……これも、魔術陣の影響なのか?
「ふふっ。口元が半開きよ」
ユーフォリア様にコロコロと微笑まれ、俺は恥ずかしくてすぐに口を塞いだ。
「ハンドクリームの方の準備をするか」
グラントさんが、今度はお湯を張った洗面器を持って来てくれた。
「はい!」
俺は新しい容器に、ナッツオイルとシアバターを入れた。湯煎して、よく材料をかき混ぜる。
「魔術抽出が終わったぞ」
父上が抽出した淡い緑色のエッセンスを持って来てくれた。
水も薬草もそこそこの分量を入れたはずなのに、そこからとれたエッセンスは、ほんの少しだ。
「エッセンスを入れたら、魔力を込めながらよくかき混ぜてね。何か香りをつけたいなら、一緒に入れるといいわよ」
ユーフォリア様が、レシピの手記を読み返しながら教えてくれた。
「じゃあ、これを入れましょう!」
俺は、あらかじめバレット商会で買っておいた妖精のフラワーオイルを取り出した──リリアンが好きなライラックの香りだ。優しくて甘すぎない瑞々しい花の香りがする。
「あら、いい香りね。妖精のフラワーオイルなら、香りがしっかり長持ちするからいいわね」
ユーフォリア様が相槌を打ってくれた。
俺は、湯煎してトロトロにとろけたシアバターとオイルに、薬草エッセンスとフラワーオイルを入れた。魔力を込めつつ、丁寧に材料をかき混ぜていく。
……これで、リリアンの手荒れが治ったら嬉しいな。ほこほこと暖かい気持ちで、集中して魔力を込めていく。
「このぐらいかな?」
俺は、均一に材料と魔力が混ざったら、バレット商会で買った保存容器を取り出した。
淡いラベンダー地に、植物や小動物の繊細な絵が描かれているものだ。
「あら! 可愛いわね!」
ユーフォリア様が、黄金色の瞳を煌めかせて、声をあげた。
俺は慎重に保存容器に精霊のクリーム液を注いだ。
クリームはほのかに緑色を帯びた白色で、ライラックの優しい花の香りがフワッと香って、薬草の落ち着いたハーブのような香りが、深みを添えていた。
余ったクリームは、別の容器に小分けにして、皆で分けた。
「これで冷ましてクリームが固まれば、完成ね。初めてにしては、よくできたのではないかしら?」
ユーフォリア様が、クリームを入れた小さな容器を、ちょこんと手に載せて言った。
「クリーム作りも結構面白いですね。ポーションとは違って、好きな香りをつけられて、アレンジできるのがいいですね」
俺は、使い終わった器具を片付けながら言った。
魔術抽出の練習にもなるし、特にここ最近は、いつも同じポーションばかり作ってたから、気分転換になっていい。
「量産できれば、教会で取り扱っても良さそうだな」
父上が、精霊のクリームをまじまじと見つめながら、考え込んだ。
「あら、このクリームは精霊の魔力じゃないと作れないわよ。ノア君は先祖返りだから作れたけど……量産するなら、教会にいる精霊の子たちに手伝ってもらったらどうかしら? それが難しいなら、数量限定でやることね」
ユーフォリア様がさらりと答えた。
「精霊の魔力……」
「そうよ。私たちの場合は、癒しの魔力になるわね。だから、魔力を流すだけで、傷を治せるのよ」
俺が疑問に思って呟くと、ユーフォリア様が教えてくれた。
……俺の魔力って、精霊と同じものだったんだ……
それに、今まで俺が無詠唱でヒールできてたのも、こんな理由があったんだな……
俺、結構、自分のことを知らないかも。
***
調薬室から出る時に、俺はユリシーズ様に声をかけられた。
「そういえば、教会の上層部から連絡が来ていたよ。ノア君、祝祭日に『聖者』として聖堂に顔を出してもらえないかな?」
「えぇっ!?」
「百年ぶりの聖者だからね。祝い事だし、教会としては、聖者の存在を信徒たちに印象づけたいのだろう」
どうしよう……
エラ先生が言うには、祝祭日には恋人同士はデートするものなんだよな……?
確かに、リリアンとはまだ何も約束をしてないけど……
俺がどうしようか迷っていると、
「一日中聖堂にいなくても大丈夫だよ。もし予定があるなら、その時以外に少し顔を出してもらえればいいから」
ユリシーズ様が苦笑いをしながら、言ってくれた。
「それでしたら……」
それなら、リリアンとの時間を作ることもできそうだ。それに、やっぱり聖者として、何かしら教会に貢献した方がいいよな。今、こんなに安定した暮らしをさせてもらってるんだし。
俺は少し考えて、素直に頷いた。
「良かった。具体的なスケジュールなんかは、祝祭担当の神官たちとも相談しようか」
ユリシーズ様が、安堵の息を吐いた。
「はい」
結局、今年の祝祭日も仕事になりそうだ──でも、今年はそれだけじゃない。
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