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7.女神VS吸血鬼

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「まぁ、貴様の言わんとすることもわからないではない。多少は浮いていたかも知れんな」
「多少ってどの程度ですか? 参考までに言わせていただけると人口のうち過半数に達していない程度の人数というのは多少の範囲には入らないと私は思いますよ」

 ここぞとばかりにちゃちゃを入れるとユーゴはこちらをじろりと睨み「黙って聞け」とすごみを利かせた。
 莉々子は口を閉じる。少々はしゃぎすぎたようだ。
 莉々子はその事実に自身が決して冷静ではないことに気がついた。いつもよりもハイテンションで、無理に不安をうやむやにしようと騒ぎ立てているような気がする。
 ユーゴはそれに気づいているのかいないのかはわからないが、視線を再びたき火へと向けて静かに語る。

「俺は母が昔デルデヴェーズの首都に出稼ぎに行っていたことは知っていたが、そこで領主のお手つきになっていたことなど知らなかった。だから父親が誰かも知らなかったし、母は都で売春でもしていたのではないかとの噂がたって、あからさまではないものの周囲からは距離を取られていた」

 そこで火に掛けたカップを手に取る。熱くないのかと一瞬心配したが、よく見ると手にハンカチのような布を持ったうえで掴んでいた。
 軽く息を吹きかけて冷ましてから口をつける。味を少し確認してから、ユーゴはもう一方のカップを莉々子へと渡した。
 それを同様にハンカチで包んでから受け取って先程のユーゴの仕草を真似るようにして息を吹きかけてから口へと運ぶ。
 一口含んだそれは想定していた味とは違って非常に甘かった。

(蜂蜜を入れた梅酒みたい……)

 当然アルコールなどは入っていないのだろうが、そのとろりとした温かい飲み物に莉々子はそのような感想を抱く。先程生の状態で食べた木の実はお湯の中でその身体を溶かして僅かな酸味は残すものの、甘みに敗北を期しているようであった。

「俺は当たり前のようにその村で一生を過ごすのではないかという気持ちと、ここに一生はいないのではないかという疑念を半分ずつ持って日々を送っていた」
「一生居たかったんですか? 居たくなかったんですか?」
「居たかったし居たくなかった。結局は俺の気持ちが定まっていなかったからそのような不安定な予期を抱いていたのだろう」

 ふぅん、と莉々子は適当な相槌を打つ。莉々子は幼い時は当然自分は今住んでいる県や市にずっと所属して生きていくものだと信じて疑わなかった。成長して大学などを決めるにあたり、そこでやっと自分はどの県に行っても良いのだと気づいたくらいのものだ。
 それを考えるに、やはりユーゴは大人びた子どもだったのだろう。自身の将来に思いを馳せて、定まらない心に不安を抱く程度には。

「しかしまぁ、悩む余地もなかったのだがな。……前領主が俺を迎えに来てしまったから」
「それは貴方にとって良いことだったのですか?」
「一般的には良いことだろうな……」

 莉々子の問いかけた『貴方は』の部分をおそらくはわざと無視して彼は答えた。カップをすするその横顔は俯いているからかやや陰りを帯びているように見える。
 莉々子はその心理を想像しようとして止めた。そんなことは出来はしないと悟ったからだ。

(その当時の状況もわからないのに、ユーゴ様の気持ちなどわかるものか……)

 いい加減な共感は、ともすればただの無神経だ。『わかるよ』という言葉は『さっぱり理解していないけれどとりあえず気づかいの言葉を吐いておけばいいや』という内心を露呈する結果にしかなり得ない。
 それは自己保身でしかなく、相手を気遣う時にとる態度ではないだろう。
 何も言葉を返さず黙って傾聴する体勢を取った莉々子に、ユーゴは淡く微笑む。

「結果的には悪くはなかった。領主候補となったことで俺の世界は広がり、人の上へと立ってこの地に住む人々の生活をもっと良くするという目標が出来たからな」
「ユーゴ様は人々の生活を良くしたいのですか?」
「ああ……、いや……」

 一度は頷いたものの何故かわずかに逡巡し、ユーゴは言葉を濁した。

「そうだな、そうしたいと考えていると、俺は思っている」
「…………? なんとも複雑なもの言いですね」
「そうだな、なんとも複雑なのだ。実のところ」

 にやり、と面白がるような笑みを浮かべて悠々と彼はのたまう。

「自身の本心が明確に見えている者などほとんど存在しないのではないか? 誰だって良い人でありたいという願望を持っているものだ。よこしまな欲望を抱いた時に、それを良心で覆い隠すことで見失うことだってあるだろう。見透かされないためについた嘘を真実だと自分で錯覚してしまうことも多いのではないか?」
「つまり、ユーゴ様には隠したい本心があるということですね」
「誰にでもそんなものはあるさ。貴様にだってあるだろう」
「……そうですね」

 あるにはあるが、それはさして重大な意味を持つものではなく、ただの羞恥心に由来するものでしかない。ユーゴの言うそれとは重さが違うように思える。
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