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第1章 人狼さん、親友探しの旅に出る

07話 人狼さん、ピンチになる

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 夕暮れの深い森の中、硬い金属を打ち合う音が響き渡る。
 そこには黒髪の青年と、異形の化け物が刃を振るい、死闘を繰り広げていた。

 ――なーんて、格好つけて語ってみました。
 いや、死闘は本当なんだけど。
 今現在、絶賛殺し合い中ですよ。大ピンチです。
 
 勿論、黒髪の青年とは、女子高生からジョブチェンジした黒狼の私だ。
 何で又戦ってるかって? それは私が聞きたい。
 いや本当、何でこうなったかな! もう!

「……っ!!」

 ガキン! と勢いよく打ち合った互いの刃が、火花を散らし硬い音を響かせる。
 馬鹿の一つ覚えのように同じ軌道で剣が振り降ろされ、それを見切り受け止めながら、刃越しに睨み合う。
 これで何度目の打ち合いか。
 いい加減、飽きてきても誰も文句は無いだろう。
 それぐらい打ち合っている状態だ。

 その重い一撃を両手で握りしめたダガ―で弾き返し、同時に後ろへと飛びのき距離をとる。
 そのまま互いに隙を伺い、動きが止まった。

(これって、不味い状況かも)
 
 荒い息の中、嫌な思いが胸をよぎり、目の前の敵を改めて観察する。 

 自分より頭一つ分ほど大きい、剣を手にした豚顔の化け物。
 先ほどのゴブリンのように二本足で立っているが、それ以外は全くの別物だ。あまり頭の良さそうな顔ではないが、その威圧感はゴブリンとは比べ物にならない。
 一番の違いといえば、大きく厚い筋肉質な体だろうか。
 豚顔なのに筋肉マッチョとかいうあり得なさ。二の腕なんか、元の私の胴体ぐらいありそうだ。
 その腕から振り降ろされる剣は予想以上に重くて、受け止めるのもかなりキツイ。
 いい加減、手が痺れてきた。

 そして最も厄介なのは、手入れはされていないようだが、それなりにまともそうな片手剣だ。
 腕の長さと相まって中々懐に飛び込めず、ダガ―の刃が相手に届かない状況が続いている。

 打ち合うこと数度、それが森の中で響いていた。

(あーもう、チュートリアル終了とかドヤ顔で言ってた自分を殴りたいよ……)

 半泣き状態になりながら、心の中で呟く。
 ゴブリンの血の海から抜け出し、返り血をどうにかしようと水音を頼りに進んだら、開けた河原で出会ってしまった、このデカ物。
 予想外の出会いに互いに固まっていたが、剣を振り上げ襲い掛かられたために、そのまま応戦の流れとなり現在に至る。

 この体が思ったより強かったので、調子に乗って応戦したのがまずかった。
 ゴブリンなんて比じゃない強さで、早くも絶賛後悔中だ。《索敵》も《鑑定》も、全然使いこなせていない自分にがっかりしてしまう。
 兎に角、殺すか撃退するかしないと。

 一撃は重いが、動きは遅い。
 相手の攻撃をかわしながら隙を見つけては切りつけていくが、筋肉を裂くまでには至らない為、動きを止められない。
 ゴブリンのように簡単に引き裂けないのは、分厚い筋肉の鎧を纏っているせいなんだろうね。中々に厄介で、辟易してくる。

 更に数回打ち合い、身をかわした後、漸く背後を取る。そして体中が沸騰するような感覚と共に、武器を持った右腕を肩から切り落とした。
 絶叫が響く中、体を捻り、残った左腕を振り上げてくる化け物。
 どんな胆力だ。
 それを軽く躱して距離を取り、ダガ―を持ち直す。
 どうやら《身体強化》を使って骨を断ったらしい。
 流石恩恵。ダガ―で太い骨を断つとか、普通では考えられない。

 戦いづらい相手だけど、倒せないわけじゃないことを確信し、荒い息の中ホッとする。
 ちょっとばかり疲れてきたのでそろそろ終わりにしたいなと思いつつ、互いに向き合う形になってしまった化け物を睨みつける。

 相手の目には殺意しか見えない。
 そりゃ、獲物だと思って襲ったら、思った以上の反撃にあって右手無くしちゃってるし、冷静ではいられないか。まぁ、私なら敵わないと思った時点で逃げるけど、コレはそうは思わないみたいだ。
 にらみ合いながら、相手が引く気の無いことを悟る。

「グオオオオオオォォオオ!!!」

 怒り狂った咆哮と共にこちらへと突進し、残った左手で殴りかかってくる。
 血走った眼を見開き、口から泡を吹きながら叫ぶ豚の化け物。
 あまりの迫力に半泣きになる。
 が、体は勝手にその首筋を狙って、相手の懐へと飛び込んでいく。
 いやぁ、よく近づけるよね! 

「ガ?!」

 勢いをつけた相手の拳を寸前で、ひらりと躱す。
 そして、そのままの勢いで前のめりになる化け物。

 え、このタイミングでフェイント?
 やっぱり戦い慣れてるよね、この体!
 場違いながらも感心してしまう。

 たたらを踏み、隙だらけとなったその首筋へとダガ―を突き刺す。 
 が、分厚い筋肉に遮られ、そのまま《身体強化》を使って刃をめり込ませる。

 「っ……さっさと死ね!」

 血飛沫が舞うが、気にすることなく更に深くへと刃を押し込み、太い首を切り裂く。
 瞬間、血に塗れながらも己の勝ちを確信する。
 いくら何でも、首半分千切れてしまえば死ぬはず。

 ドサリと大きな音を立てながら倒れこむ巨体。
 首が取れかけ、小刻みに痙攣する巨体を暫し観察する。
 うーん、グロい。こんなの見てたら食欲無くすよ……。
 屠殺場とか、大変そうだよね。

 うつ伏せのまま大きく痙攣した後、漸く動かなくなった。
 顔にかかった血を拭い、大きく息を吐く。
 どうやら、気合の入れ過ぎで息を止めていたらしい。血生臭いながらも新鮮な空気が肺に入ってくる。
 そして漸く実感する勝利。

(……よ、よかった。勝てた……っ! 勝てたよ!)

 いや、本当。勝てて良かった。
 ゴブリンなんて比じゃない強さだったよ、これ。
 何か泣きそう。
 今度からはちゃんと鑑定してから挑もう。で、無理だった即逃げる。それが一番だ。
 血で霞む視界を再度拭いながら、改めて心に誓う。

 そうして、クリアになった視界の向こうに見えたのは、なんとこちらに向かって歩いてくるもう一匹の豚の化け物。

(はい?)

 突然のあり得ない状況に二度見するが、現状は変わらない。再度確認しても、今倒したばかりの豚さんの化け物と同じ個体だ。
 荒い息をつき、ゆっくりとこちらへと向かってくる化け物を凝視する。

(え? 本物?! いやいや、もう一匹同じの相手にするとか無理、絶っ対無理!)

 片手にはこれまた同じく錆びたむき出しの片手剣を携え、迷いなくこちらへと向かってくる。
 どうみても、こっちを殺る気だ。

 一匹だけでも大変なのに、もう一匹追加とか何の罰ゲームなのか。
 こっちは血濡れの体を川で洗い流したかっただけなのに。さらに血まみれになるとか、勘弁してほしい。
 っていうか、そろそろ体力的にも限界なんだけど、どうしようか。

(逃げよう)

 そう頭に浮かんだ瞬間、体が踵を返して走り出す。どうやら体の方も同意見だったらしく、スムーズな反応だ。

(知能は低そうだし、森に入れば撒けるんじゃないかな。後は体力が持てば逃げ切れるかも)

 そう頭の中で計算し、森へと走る。
 なのに。
 逃げ道をふさぐように、木々の間から更にもう一匹が現れた。

「……!!」

 前言撤回。
 挟み撃ちとか、思ったより頭が回ったらしい。豚の様なその外見から、知能は低いと勘違いしてしまった。

 思わぬ敵の登場に、新たな逃げ道を探そうと、咄嗟に周囲へと視線を向ける。
 瞬間、その視界の端に鈍い鋼色が映りこむ。
 目の前の相手が振るった刃だと瞬時に判断し、叩きつけられる前にと籠手を翳して防御態勢をとった。

「ぐあっ!!?」

 瞬間、予想以上の衝撃に襲われ、体が横に吹き飛ぶ。
 受け身をとろうとするが、大木へと叩きつけられ、衝撃に一瞬息が止まる。そのまま成すすべもなく、木の根元へとうつ伏せに倒れこんだ。

「……かはっ」

 息が上手く出来ず、咳き込む。
 あぁ、体中が痛い。
 いや、打ちつけられたのも叩きつけられたのも上半身だけだから、脳が誤作動を起こしているだけだ。
 ちょっとこれは、不味い状況ではないだろうか。まさかこんなに簡単に吹き飛ばされるとは思わなかった。
 上手く力が入らず、朦朧としながらも体は起き上がろうともがく。

 そして、どうにか手をつき顔を上げた先には、剣を携えた二匹の化け物。
 あと数歩で自分に届く距離だ。

(あぁ、これは死ぬかも)

 目の前の光景に覚悟を決めるが、体の方は諦めるつもりは無いらしく、起き上がり、膝を付いたまま両手でダガ―を握り直す。
 ふらつきながらも未だに武器を手放さずにいたことに驚くが、それ以上力が入らず立つ事も出来ないでいる。

(私みたいな平和ボケした人間に使われてなければ、この体だって死にかけることは無かったはずなのに)
 
 必死に応戦しようとしている体に、罪悪感が募る。
 自分の様な戦ったことも無い人間の意識じゃ、体の方も思ったようには動けていなかっただろう。むしろ、邪魔でしかなかったのかもしれない。

(神様、やっぱり私では無理だったようです。ごめんなさい)

 心の中で詫び、振り上げられる剣を見上げる。
 ――最後に見る光景がこれとか、嫌だなぁ。痛みを感じないと良いんだけど。

 勝ち誇った顔の化け物から刃が振り降ろされ、咄嗟に目を瞑る。
 瞬間、骨の折れるような嫌な音と共に、悲鳴が上がった。
 何事かと瞑ったばかりの目を慌てて開くと、相手の胸から血濡れの五本指が生え、化け物の動きが止まっていた。

「ゴガッ」

 血を吐き痙攣しながら崩れ落ち、その後ろに立っていたモノが視界に現れる。
 それが、力なく崩れた化け物の背から血濡れの腕を引き抜き、そのまま動けずにいたらしい隣の化け物の首を刎ねる。頭の無くなった体が、首から血を吹き出し後ろへと倒れこんでいく。

(え? 何が起こったの)

 一連の流れを、言葉を発することなく呆然と眺める。

 そしてそこに一人立っていたのは、人の服を着、二本足で立つ灰茶色の『狼』。
 その狼が、印象的な金色の目をこちらに向け口を開く。

「よォ兄弟、無事だったか?」

 ニッカリと笑う狼。
 ……どうやらこの体は、運よく生き残ることが出来たらしい。
 
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