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9:晩餐と宴会
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この数日というもの、チルはヤン家の医務室に入り浸っていた。カシグ医務官頭が、件の妖魔の毒治療に明るくないことを理由に、彼女を頼ったのだ。チルも快く了承し、負傷者の看病に勤しんでいた。
先日の件もあったので、ヤン・リクには話を通して許諾を得ている。彼からは、「雑用は家人に任せるように!」という忠告と共に、感謝の言葉が送られてきた。
家人たちも心得てくれているようで、チルが屋敷をうろついていると、何かと手助けを申し出てくれる。彼らから向けられる興味と好奇の視線には少々戸惑ったが、丁寧ながらも努めて気さくに接してくれているようで、その心遣いがありがたかった。
チルは乾燥させた鎮痛葉の実をすりつぶし、小瓶へ移した。これだけあれば、しばらくもつだろう。薬棚に並べた小瓶を満足そうに眺めると、ふぅっと息をつく。
すでに負傷者の多くは回復し、各々の生活へと戻っていた。今医務室にいるのは、毒の症状が特に重かった者や、外傷、骨折などの怪我で物理的に動くのが困難な者たちだ。しかしいずれも回復に向かっている。死者が出なかったのは、なによりだった。
とくに被害にあった村の人々は早々と村へ戻りたがった。無理もない。家や畑がどうなっているか、気になるのだろう。
ヤン家は人手と資材の支援を出し、それも形になっていると聞いた。ヤン・リクも、現地を走り回っているらしい。どうりで屋敷の中で、姿を見ないはずだ。
そう思っていた矢先、チルはヤン・リクから食事に招かれた。怪我人や村の復興に一区切りがついたので、改めて正式な招待を、ということらしい。
しかし……
「ヤン・リク殿。さすがにこの量は、食べきれないと思います」
目の前の光景に面食らい、チルはおもわず苦言を漏らした。
「……申し訳ありません。リャン・チル殿。お気になさらず、どうか残してください」
隣を見ると、ヤン・リクが眉間のしわを指で揉んでいる。どうやら彼にとっても、想定外のことだったらしい。
チルたちが招かれた晩餐は、大層豪勢なものだった。意気込んだ家人たちが張り切りすぎたのだろう。大きな机の上には、所狭しと数々の料理が並べられている。どの皿も手も込んでいて美しく、何より美味しそうだ。
客人をもてなす料理や酒肴を大目に用意することは、別に不自然ではない。が、それも度を過ぎればなんとやらだ。
とにかくチルたちでは、物理的に太刀打ちできないような物量だった。
「これは、壮観ですね」
「もしかして、屋敷の食糧を使いきってしまったんじゃないかしら」
共に招かれたフォンとルンも、呆れた声を漏らす。
「ヤン・リク殿は、いつもこのようなお食事を?」
「そんなわけないでしょう! ……からかわないでください」
美味しそうな料理を前に、ヤン・リクは苦い表情を見せている。
そんな彼に、チルはふと思いついたことを口にした。
「あの、ヤン・リク殿。ひとつ提案があるのですが、よろしいでしょうか」
「……一応、お聞きしましょう」
肩を落として息をつき、ヤン・リクは身構えた。
「これだけの料理を私たちだけでいただいて、そして残してしまうのは、非常に『もったいない』です。ならいっそのこと、家人の方々と一緒に、食べてしまいませんか?」
「はい?」
ヤン・リクは眉をしかめ、チルはにこりと笑う。
「ですから、『晩餐』ではなく『宴会』にしてしまえばいいんです。ほら、妖魔討伐の祝いとでも銘打って。まだ怪我で寝ている方もいらっしゃるので、そこは申し訳ないですが……」
「……」
「……」
「……」
「やはり、難しいでしょうか?」
沈黙に、チルは視線をそらした。
「これは、貴女方へのもてなしです。家人も同席するのは、失礼にあたります」
「そんなことはありません。この光景を見れば、失礼だなんて思いませんよ。家人の方たちが、張り切って下さったことはわかります。むしろこれは、『私たちだけ』のほうが『不自然』です。それに、その、食べ物を粗末にすることの方が、正直心苦しいんですよ!」
「そう、ですか?」
「はい。こう見えて私、食い意地がはっているんです。美味しいものは美味しい時に、美味しくいただきたいですから。料理を残すのも、食材が無駄になるのも、正直気に食わないです。なにより『宴会』にしてしまえば、これも笑い話で済みます」
「ふむ……」
ヤン・リクとしては、なんとも頭の痛いことではあったが、言われてみれば悪くない案だと思った。慌ただしいことが続いていたので、落ちついたら家人たちを労らおうと考えていたのも事実だ。
当の家人たちの暴走が、そもそものきっかけではあるが、良い機会かもしれない。
かくして、『晩餐』は『宴会』になったのだった。
先日の件もあったので、ヤン・リクには話を通して許諾を得ている。彼からは、「雑用は家人に任せるように!」という忠告と共に、感謝の言葉が送られてきた。
家人たちも心得てくれているようで、チルが屋敷をうろついていると、何かと手助けを申し出てくれる。彼らから向けられる興味と好奇の視線には少々戸惑ったが、丁寧ながらも努めて気さくに接してくれているようで、その心遣いがありがたかった。
チルは乾燥させた鎮痛葉の実をすりつぶし、小瓶へ移した。これだけあれば、しばらくもつだろう。薬棚に並べた小瓶を満足そうに眺めると、ふぅっと息をつく。
すでに負傷者の多くは回復し、各々の生活へと戻っていた。今医務室にいるのは、毒の症状が特に重かった者や、外傷、骨折などの怪我で物理的に動くのが困難な者たちだ。しかしいずれも回復に向かっている。死者が出なかったのは、なによりだった。
とくに被害にあった村の人々は早々と村へ戻りたがった。無理もない。家や畑がどうなっているか、気になるのだろう。
ヤン家は人手と資材の支援を出し、それも形になっていると聞いた。ヤン・リクも、現地を走り回っているらしい。どうりで屋敷の中で、姿を見ないはずだ。
そう思っていた矢先、チルはヤン・リクから食事に招かれた。怪我人や村の復興に一区切りがついたので、改めて正式な招待を、ということらしい。
しかし……
「ヤン・リク殿。さすがにこの量は、食べきれないと思います」
目の前の光景に面食らい、チルはおもわず苦言を漏らした。
「……申し訳ありません。リャン・チル殿。お気になさらず、どうか残してください」
隣を見ると、ヤン・リクが眉間のしわを指で揉んでいる。どうやら彼にとっても、想定外のことだったらしい。
チルたちが招かれた晩餐は、大層豪勢なものだった。意気込んだ家人たちが張り切りすぎたのだろう。大きな机の上には、所狭しと数々の料理が並べられている。どの皿も手も込んでいて美しく、何より美味しそうだ。
客人をもてなす料理や酒肴を大目に用意することは、別に不自然ではない。が、それも度を過ぎればなんとやらだ。
とにかくチルたちでは、物理的に太刀打ちできないような物量だった。
「これは、壮観ですね」
「もしかして、屋敷の食糧を使いきってしまったんじゃないかしら」
共に招かれたフォンとルンも、呆れた声を漏らす。
「ヤン・リク殿は、いつもこのようなお食事を?」
「そんなわけないでしょう! ……からかわないでください」
美味しそうな料理を前に、ヤン・リクは苦い表情を見せている。
そんな彼に、チルはふと思いついたことを口にした。
「あの、ヤン・リク殿。ひとつ提案があるのですが、よろしいでしょうか」
「……一応、お聞きしましょう」
肩を落として息をつき、ヤン・リクは身構えた。
「これだけの料理を私たちだけでいただいて、そして残してしまうのは、非常に『もったいない』です。ならいっそのこと、家人の方々と一緒に、食べてしまいませんか?」
「はい?」
ヤン・リクは眉をしかめ、チルはにこりと笑う。
「ですから、『晩餐』ではなく『宴会』にしてしまえばいいんです。ほら、妖魔討伐の祝いとでも銘打って。まだ怪我で寝ている方もいらっしゃるので、そこは申し訳ないですが……」
「……」
「……」
「……」
「やはり、難しいでしょうか?」
沈黙に、チルは視線をそらした。
「これは、貴女方へのもてなしです。家人も同席するのは、失礼にあたります」
「そんなことはありません。この光景を見れば、失礼だなんて思いませんよ。家人の方たちが、張り切って下さったことはわかります。むしろこれは、『私たちだけ』のほうが『不自然』です。それに、その、食べ物を粗末にすることの方が、正直心苦しいんですよ!」
「そう、ですか?」
「はい。こう見えて私、食い意地がはっているんです。美味しいものは美味しい時に、美味しくいただきたいですから。料理を残すのも、食材が無駄になるのも、正直気に食わないです。なにより『宴会』にしてしまえば、これも笑い話で済みます」
「ふむ……」
ヤン・リクとしては、なんとも頭の痛いことではあったが、言われてみれば悪くない案だと思った。慌ただしいことが続いていたので、落ちついたら家人たちを労らおうと考えていたのも事実だ。
当の家人たちの暴走が、そもそものきっかけではあるが、良い機会かもしれない。
かくして、『晩餐』は『宴会』になったのだった。
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