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第15話:黄泉平坂
第64章:竜虎相搏(りゅうこそうはく)
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【竜虎相搏】激しい戦いの様。
めっちゃ強い竜とめっちゃ強い虎が戦っちゃったらなかなか決着つかないわな、みたいな。
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やってきました、石川県。東京駅から北陸新幹線に乗り、たどり着いたのはここ、金沢駅。2022年に竣工したという駅舎は、近代的であり、県庁所在地なんだなあという感じだ。メンバーは指定された通り、相変わらず黒尽くめパンクファッションの御九里、黒のジャケットに白いサマーニットをさり気なく合わせているオシャレさんな九条、多分この中で一番年上(年齢聞けてない・・・)だと思われる日暮さんという女性陰陽師、そして、
私、浦原綾音・・・と当たり前だがダリ、である。
ダリはもちろん、現在イケメン人間モードとなっている。
御九里は御九里で見ようによってはかっこいい(趣味は選ぶだろうが・・・)。
そして、九条なのだが、ダークブラウンのちょっと癖のある長髪に、切れ長の目、おまけに身長も高くスタイルがいい。ダリには及ばないものの、これもまたなかなかのイケメンと言える。
もちろん、ダリは超絶かっこいい。
その一方で、女子はと言うと、日暮さんは両みつあみの丸メガネ、そばかすが多い顔立ち。地の造作が悪いとは決して思わないが、お洋服も飾り気のない白ブラウスに、ジーパン、上に羽織っているカーディガンもよれており、全体的にもっさりとしている。占いや調査に使う機材が詰め込まれているらしいが、持っているリュックもパンパンであり、さらにはガラガラとスーツケースを引いていた。誤解を恐れずに言うと、『研究が好きです!』という感じのリケジョ風(全国のリケジョの皆さんごめんなさい。私の偏見が大分入っています。)である。
私は・・・まあ、改めて言うほどでもないが、普通である。the・普通。
イケメン3人と普通女子2人・・・年齢も雰囲気もバラバラ。周囲の人はこの集団を一体同認識するのだろう?とやや心配になるような構図ができあがっていた。
「さて!これからのことなんですが!」
ばさっと大きな地図を広げて日暮が言う。長期に滞在することになるので、それ用のホテルを陰陽寮が手配している、ということだった。まずはそこに荷物を置いて、早速調査を開始しようということだった。
ホテルは交通の便を考えてだろうが、JR金沢駅近くのビジネスホテルが手配されていた。今までの出張ではなんとなく豪華なホテルや旅館ばかりを使っていたので、こういったホテルは珍しいが、日暮によると陰陽寮の出張ではこれが標準らしい。要は今までが土御門の配慮でイレギュラーだったわけだ。
部屋割りであるが、各人それぞれに個室が与えられていた。このチームのリーダーである日暮の部屋はミーティングルームを兼ねるということで少し広めの部屋が割り当てられているようだった。
「はあ・・・」
ホテルの部屋につくやいなや、ため息が出てしまう。
あ~疲れたなぁ・・・。
色々やらねばならないことがあるのだが、すぐに動けない。私は部屋のベッドにそのままコロンと寝転がり、今日のことを振り返っていた。
瀬良と敷島が綿貫亭まで迎えに来ると言ったのが6時半であったので、それまでに清香ちゃんと芝三郎を起こして朝食を摂り、準備をしなければならなかった。急な出張だったが、芝三郎は兄貴風を吹かせて『拙者に任せるでござる』と言っていたし、清香ちゃんは清香ちゃんで『まま大変・・・』と私の方を逆に気遣ってくれる。なんていい子たちなんだろうと、また親バカモードが炸裂しそうになる。
その後、何やかやとバタバタ準備して、みんなそろって東京駅へ。そこで御九里たちと合流し、清香ちゃんたちとバイバイして、8時の新幹線で一路金沢に移動・・・という結構な強行軍だったわけだ。
先程軽く昼食を摂ったせいで、お腹も満ちて急速に眠気に襲われる。
ああ・・・眠いぃ・・・。
だが、ここで眠るわけにはいかない。すぐに作戦会議、と言っていた気がする。荷解きを適当にしたら、13時には日暮の部屋兼ミーティングルームまで来い、ということだった。
重い体を引きずってミーティングルームに行くと、すでに九条と日暮がテーブルを囲んで座っていた。私のすぐ後にダリも入ってくる。彼は相変わらずこういったミーティングのたぐいは余り気乗りしないようだったが、一応参加するように私の方から言っておいたのだ。
あとは御九里だけ・・・?
そう思った矢先にドアが蹴り破られるように開く。
「っめえ!ざけんな九条!!なんで俺がお前の荷物まで上げなきゃいけねえんだ!!」
御九里が九条にものすごい剣幕で詰め寄るが、九条は涼しい顔をしている。
「ん?僕は『君の荷物、下に届いてるみたいだよ』って言っただけだが?」
「手前ぇのもあったじゃねえかよ!しかも俺のより多いじゃねえか!!!」
どうやら、二人は荷物を別便で送っていたらしい。それがフロントに届いていたということで、御九里はまんまと九条に取りに行かされた、ということのようだった。
「親切にありがとう・・・さすが戦闘バカの祓衆・・・体力が有り余ってるだけのことがありますね」
「んだと!コラぁあ!!」
「お二人とも!お静かに!!」
喧嘩になりそうな二人をビシッと日暮が押さえた。日暮は最年長であると同時に、この中で一番位階が高いということだった。なので、先程も言った通り、ここでのリーダーは日暮である。
「ミーティングを始めますよ」
おっとりした口調ではあるものの、有無を言わせない。この不思議な感じはなんとなく土門に通じるものがある。やはり占部というのはこういうキャラが多いのだろうか?
「まずは自己紹介といきましょう。作戦の際、チームワークは大事ですからね。特に浦原さんやダリさんは私達のことをよく知らないでしょうし」
そう切り出し、自分が口火を切る。
「私は占部衆におります日暮美澄です。浦原さんとは初めてですよね?どうか、『ミスリン』と呼んでくださいね?」
はあ・・・ミスリン・・・?
「得意な術式は土系ですね。占術、調査、IT技術等が専門です。戦闘は・・・当てにしないでくださいませ。ちなみに位階は『属の一位』です」
はえー・・・属の一位というと、御九里はもとより、あの宝生前よりも上、というわけだ。次は九条が声を上げる。
「僕の名前は九条水琉。祭部に所属している。専門は特にないかなあ。大体なんでもできますよ。得意な術式は強いて言えば水・・・ですかね。位階はまだ『属の三位』ですね」
全体的に色素が薄い感じがハーフっぽいなと思わせる。前髪をくるりと指でいじる仕草が、なんとなくだが、ナルシスト風の印象を周囲に与える。
最後は御九里だ。まだ先程の怒りが収まってないらしく、ぶすっとふくれっ面をしている。
「俺は御九里。御九里牙城。もう知ってだろ?祓衆、『属の三位』。術式は金だが、俺だって他のもいける」
日暮によると、御九里と九条は同期とのことだ。この世代ではトップクラスに出世が早いらしい。御九里は霊力の絶対量は大きいが技が荒削り、一方、九条は研究者肌な所があり、様々な術式に精通している『万能型』であるものの、術の出力自体は陰陽博士の中では『並』ぐらいだという。ただ、タイプこそ違うが、ふたりともある意味天才肌、だと日暮は評していた。
ああ、そういうのもあって、張り合ってる感じか・・・。
位階が同じ、というのもなんとなく気に入らないのかもしれない。九条が『まだ』属の三位です、と言ったり、御九里が『俺だって』などとわざわざ言ったりしてるところから、互いに相当意識している様子がうかがえる。二人ともおそらく競争心が強いのだろう。
御九里の自己紹介の後、ぼんやり考え事をしていたところで、『で?』という感じで九条と日暮が私の方を見てきた。あ、そうか、私もか・・・。
「え・・・っと、私は浦原綾音。いちおう所属は祓衆で・・・陰陽師?です」
そして、続けて、決して自分では話さないだろうダリに代わって彼の自己紹介(他己紹介?)もした。
「こちらはダリ・・・天狐っていうものすごい強い・・・妖怪です」
術式、とか言ったほうがいいのかな?
若干悩んでいると、日暮が会話を引き取ってくれた。
「ダリさんのことは陰陽寮の誰もが知っていますよ。天狐ダリ、創世の槍である天魔反戈を使い、超妖力で天候を操り雷を呼ぶほか、結界術、回復術など多数の力を自在に操る、間違いなく日本最強の妖怪のひとり・・・ですよね」
じっと、日暮がダリを見つめる。うるるっとしたその目を見て、一瞬あれ?この子もダリを・・・とか思いそうになったが、よく見るとその目は、恋する乙女のそれではなく、どちらかと言うと、興味深い研究対象に巡り合った研究者の目だとわかる。
土門さんと同類なのだろう。
いわば彼女もマッドソーサラー系である。
自己紹介が終わったところで、日暮から本題が切り出された。今日から私達が始めるべきは、『まつろわぬ民』に攫われた片霧麻衣の捜索である、とのことだ。
「それについてはお任せください」
日暮が机の上に四角い布製の図版のようなものを広げた。ランチョンマットより少し大きなそれには真ん中に韓国国旗のあるような模様、いわゆる太極図が描かれており、その周囲を取り囲むように易者さんが使うような棒線でできた模様(易占いで用いる卦、というらしい)が描かれていた。
そして、彼女は革製の握りこぶし大の袋を取り出すと、そこに手を入れ、じゃラリと何かを取り出した。
「おお!日暮さんの占術を見られるとは・・・実に興味深い」
九条が声を上げる。なるほど、これからどこに行くか、占おうというわけか。占部の術者らしい考え方だ。
「んっん!お静かに!それと、九条さん、私のことは『ミスリン』とお呼びください!!」
ピシャリと、また日暮が言う。大事な儀式の最中に邪魔をしたと思ったのか、九条は大人しく引き下がった。
気を取り直すと、日暮は、袋から取り出した数個の石を手の内に握りしめ、それを握りこぶしごと額のあたりに持っていく。そのまま、朗々と呪言を奏上し始めた。
「夕占問い 石占もちて 占正となせ
ももづたふ いはれをつげよ その山神よ」
彼女の呪言に呼応するかのように、奇妙な音が日暮の手の内から響きだす。どうやら彼女が握りしめている石が微細に振動しているようだった。
「宣!」
結語とともに、掌中の石をばらりと布の図版の上に振りまく。石は色とりどりであり、どうやら翡翠や黒曜石、水晶などのようだった。それはいわゆる販売されている『宝石』のようにきちんとカットされているものではなく、自然石をそのまま削り出して使っている、という風情のものだった。
日暮の手から離れた後、余韻を残すように振動をしていた石たちも、数秒すると沈黙した。彼女は散らばった石を俯瞰するようにじっくりと眺めていた。どうやら、石の散らばり方とかから何かを読み取ろうとしているようだった。
「あれは石占じゃな・・・久しく見なかったが、まだやる者がいたとは」
ダリがボソリと言った。彼によると、石占とは石を用いた日本古来の占いのことで色んな方法があるという。その最もオーソドックスな方法は、石を投げて、それが落ちる場所や距離なんかで占うというものだそうだ。日暮の占術はそれと似ているが、よほど高等だ、とダリは言う。
しばらくじっと黙って、散らばった石を見つめていた日暮だったが、結論が出たようで、顔を上げると、私達に言った。
「若干気になるところはありますが、どうやら片霧麻衣さんの消息が掴めそうです。驚くことにまだ県内にいる、と思われます」
地図を取り出すと、日暮はそのある一点を指さした。こうして、私達は日暮が示した地点、石川県にある、とある山間の地を目指すことになったのだ。
日暮の指示で、私達はそれぞれの装備品を準備するために一旦解散をした。その間に御九里がレンタカーを借りてきてくれる手筈になっていた。
「なんで俺が!」
と文句を言うが、私はほぼペーパードライバーだし(あと、覚えている読者もいると思うが、大きな車両事故も起こしている身だ)、ダリは論外、日暮は運転免許すら持っていない。
九条は?
実際の所、彼は『僕の華麗な運転テクニックをぜひ披露いたしましょう』などと言って、やりたがったのだが、日暮がやんわりと止めたのだ。その様子を見ると、万能型の九条にも、できないことがあるらしいと知れた。
準備を終え、30分ほどたったころ、荷物を持ってホテルのロビーに私達が集まってきたところで、御九里がレンタルした車を回してくれた。
そして、いよいよ出発となった。
ここまで、わりと順調だと思えた。実は一番懸念されていたのは、麻衣の足取りがなかなか掴めない、ということだったのだが、日暮が優秀なためか、拍子抜けするほど早く目処が立ってしまった。後は居場所を正確に特定し、それを監視しつつ後日陰陽寮から送り込まれてくる救援/討伐部隊の本隊と合流して一気に確保すればいい。
まだまだ気は抜けないが、幸先はいい、と考えていいだろう。
走り出す車の窓の外をぼんやりと眺めながら、私はそんな事を考えていた。
☆☆☆
大きな鉄の塊が走り出し、地面近くの細かな砂利を排気ガスが巻き上げる。
建物から出てきた人間に気づかれないように植え込みの影に潜んでいたソレは、その鉄の塊が去ったと確信できるまで、じっと静かにしていた。ソレにとって、人から見えないところに潜伏するのはお手のものである。音が遠くに去ったのを見計らい、植え込みから少しだけ頭を出し、キョロキョロとあたりを伺った。そして、他の人間がいないのを確信すると、クリック音に似た鳴き声を上げた。
チッチッチッ・・・
それは、主への報告ができることについての喜びの声だった。ひげを動かし、周囲の気配を伺って、十分安全が確保されているとわかると、ぱっと植え込みから飛び出した。
チッチッチッ!
黒く小さなソレが街を走る。時折、自分を見た人間が叫び声を上げるが、そんなことはどうということもないことだった。とにかく走り、自分が見たものを愛する主人に伝えるのだ・・・その一心で街を走っていた。
そして、『ソレ』があまりに小さいことから、建物から出てきた人間達は、全くその存在に気づくことはなかったのである。
その存在も、それが知らせる情報がどのように使われてしまうのかも・・・である。
☆☆☆
車はあっけなく日暮が指定した場所にたどり着いた。そこは、金沢市から20キロほど離れた山間の村の端だった。
「多分、あの山の中に麻衣さんはいると思います」
日暮が目の前にある小高い山を指差す。大分特定はされたものの、山ひとつ分のどこか、では、やはり広すぎる。もう少し居場所を限定したいところだ。ただ、日暮の占いでは、ここまでの範囲を特定するのが精一杯だそうだ。ここからは周囲の人に聞き込みをしたり、歩いて探すしかないということだった。
「いや、大丈夫です!ここからは僕がっ!」
その時、九条が名乗りを上げた。彼はバックから数枚の札を取り出す。その札には『鬼』という文字と格子模様、その下に『艮歳刑勧請』とあった。そして、それをおもむろに中空に放り投げ、呪言を唱える。
『五行天帝 歳刑 八将荒魂勧請』
その言葉に反応し、中空に投げられた札が白く光ったかと思うと、それぞれが鳩のような鳥に変化し羽ばたき始めた。いつだったか土御門が見せた『式神』というのと同じやつだろう。九条の式神は白色の鳥だった。
10羽ほどの白い鳥たちが、バサバサと羽音を立てながら私達の周囲を飛び交う。九条が手印を結び、それらに命じた。
「行け・・・僕の、白鷺姫」
声とともに、一斉に白い光をまとった式神・白鷺姫が飛び立っていく。
「あとは白鷺姫が目標物を見つけてくれるでしょう。お任せください。僕の式神達は探し物が得意なんです」
空に飛び立つ白鷺たちを見送りながら九条が言ったとき、『けっ!キザったらしい式神だ・・・』とボソリと吐き捨てるような御九里の声が聞こえた気がした。
結論から言うと、私達の探索は思いのほか早く終結した。というのも、九条の言う通り、彼の放った『探し物が得意な』式神が、麻衣の行方を、あっという間に特定してしまったからである。
ここで、日暮が一旦本部に連絡を入れた。本部の方ではまだ急襲部隊の準備が整っていないようだった。本部としてもここまで早く私達、先遣隊が麻衣の居場所を突き止めるということは想定外だったようだ。
「僕らが優秀すぎたってことですね」
フッと九条が前髪をかき上げる。
「本部は麻衣さんたちを捕捉しつつ待機するように言っています」
まあ、そうだろう。敵は神宝使いだ。それに、もしかしたら二人だけではないかもしれない。ホシガリ様や疱瘡神のような未知の存在が一緒である可能性も否めないのだ。
ここは本隊との合流を待ち、慎重に事を運ぶべきだろう。
九条によると、麻衣の近くには二人の術者と思しき人物がいるという。それは風貌からして児童養護施設を襲った者たちに違いないとのことだった。彼らが潜伏しているのは山の中腹辺りにある廃寺だという。しかし、児童養護施設を襲撃してから今日までで5日も経過しているというのに、未だにそんなところでグズグズしているのはなぜなのかと思う。もしかしたら何かを待っている・・・とかなのだろうか?
疑問は尽きないものの、私達がやるべきことは彼らの位置を補足し続けることである。というわけで、日暮の提案で、このあたりの村で宿泊できる場所か、待機できる場所を探そうということになる。『場合によっては石川県警を経由して捜査協力という形で民間の方のお宅にお邪魔する必要があるかもしれませんね』とのことだった。
ところが、日暮がスマホで再び本部に連絡しようとしたのを『お静かに!』と九条が制した。その眼差しに緊張感が走る。彼は、山の方を見て目を眇めた。
「日暮さ・・・いや、ミスリン。駄目です・・・連中が動き始めました。」
その言葉に一同が息を呑む。どういうわけか、敵が移動を始めてしまったようだ。九条が言うにはこちらに気付いた、というわけではない様子だということだ。だとしたら、たまたま今夜出発する予定だった、という可能性もある。
報告を受けた日暮の判断は早かった。『すぐ追撃体制を取りましょう』と宣言したのだ。
彼女曰く、これまでの『まつろわぬ民』の行動からすると、彼らは『鬼道』を使った長距離移動手段を自在に操れる可能性が高い。彼らが動いた理由は不明だとしても、ここで逃がしたらせっかく見つけた手がかりをみすみす逃すことになる。それを防ぐためには、戦闘も辞さない覚悟で、迅速な行動が不可欠だとのことだった。
本部に連絡を入れ、追撃をする旨を伝える。本部は急ぎ体制整え、速やかな増援を約束したようだった。
土御門様からのメッセージがあるそうです、というので、御九里が『どんな?』と尋ねたところ、日暮はただ一言、「『死ぬな』だそうです」と言った。その言葉に、何を思ったのか、御九里はちょっと中空を見ると、『けっ』と一言だけ声を上げた。
「急ぎましょう。敵は山頂に向かって動き出しました」
九条が自分の荷物である小さなリュックを背負いながら、冷静に式神が見ている光景を皆に告げた。その横で、気を取り直した御九里が車のトランクから大太刀を取り出して背中にくくりつけていた。その様子を見て私も、慌てて申し訳程度の装備が入った小さなバックパックを背負った。
「では、私と御九里さん、九条さんと天狐さん・・・と浦原さんのチームで動きます。今の状況で最悪の事態は、なんの手がかりも得られないまま彼らに逃亡を許すことです。左右から挟み撃ちをしましょう。九条さん、白鷺姫を一羽、私につけてください。チーム同士はこれで通信しあいましょう」
日暮の言葉に応じ、九条が天に手を伸ばす。すると程なく、式神の内の一羽が舞い戻ってきて日暮の肩にとまった。日暮が白鷺姫に話しかければ九条に情報が伝わり、九条の意思は式神を通じて日暮まで伝わるのだそうだ。簡易通信機みたいなものだ。式神を複数扱える九条だからこそできる芸当である。
「では、散開します!」
日暮の合図とともに、御九里、日暮、九条が走る。私は・・・いつの間にか狐神モードとなったダリが何も言わずにひょいと横抱きにして走り出してしまう。
「えっ!ちょ・・・ダリ!!」
「急ぐのであろう?こちらのほうが早い」
まあ、本来は、我ひとりで片付けるのが一番早いがな・・・と、ポツリ付け加える。ああ、ここにもいたよ、ナルシストが・・・。まあ、ダリの場合は、それがあながち誇張じゃないのだが・・・。
狐神モードのダリは山道をそれこそ疾風のように駆け抜ける。そして、どういう鍛え方をしているのかわからないが、九条も負けずについてきている。九条の属している『祭部』というと宝生前さんが真っ先に思い浮かぶが、彼はここまでの身体能力は有していないと思われるので、やはり本人や日暮が言うように、彼は『何でもできる』特別な陰陽師、というのはあながち嘘ではない、ということだろう。
「それ楽そうでいいですね!」
結構な勢いで走っているはずだが、汗ひとつかかず爽やかな顔で九条は言う。その言葉には全く邪気はないが、一切汗をかいていない私としては、誠に申し訳ない気持ちでいっぱいである。
こんな感じで10分ほど山道を駆け上がっただろうか、九条が『そろそろです』と言ったので、私達は一旦立ち止まる。九条が素早く辺りに目を配っている。どうやら式神の気配を探っているようだった。ダリも狐耳をピンと立て、油断なく身構えていた。
時刻は昼下がりをとうに過ぎ、日は大分傾いてきている。周囲は静かな山道だ。両方を林で囲まれ、清涼な空気が満ちている。きっと良いお天気のときにくればハイキングにもってこいだろう。不意に九条が『あっちです』と、歩き出した。その彼を先導にして、私、ダリと続く。
「ミスリン・・・敵の東側に到着しました。そちらも着いてますね?」
多分本来は声に出す必要はないのだろうけど、私に聞かせるために言葉にしてくれているようだ。どうやら、この山道の先に敵がおり、敵を挟んで反対側にはすでに日暮と御九里も到着している状態のようだった。
「敵は廃寺から出て、この先の少し広くなったところにいます。今までは山頂に向けて登っていたようですが、休憩をしているのか、立ち止まっている様子です。そして、何やら話をしています。『山を超えていくか』とか『空を・・・』などと言っているのが聞こえます。
まさか空から逃げる・・・つもりでしょうか?」
九条は馬鹿なことを、みたいな口調で言っているが、私にはひとつ心当たりがあった。
「いや、あり得るよ・・・だって・・・」
そうだ、疱瘡神との戦いのとき、あのシラクモとかいう神宝使いは虫を大量に呼び寄せて空を飛んでみせたのだ。今回も相手は神宝使いだ。未知の方法で空から逃亡する、というのもあり得ない話ではない。
だとしたらまずい。
「ミスリン、敵は上空に逃げる可能性もあるようです」
九条が式神を通じて、日暮にその情報を共有する。そこで何らかの話し合いがあった様子だ。『わかりました』と九条が言うと、私達に目配せをする。どうやら、このまま挟み撃ち作戦を決行する、らしい。
弾かれたように、まず、ダリが走り出した。次いで九条。遅ればせながら私も続く。
少し上り坂になっている林道を走る。一般人である私が、ダリや九条の脚力についていかれるわけもなく、あっという間に距離を開けられてしまう。しかし、道は直線だ。道の端では木々が開け、広場になっている様子が垣間見える。オレンジの夕日がチラチラと見えるあの場所・・・あそこに敵がいる。
ダリが一番に飛び込む。手にはすでに彼の最強の武器である古槍が握られていた。次いで九条が広場に躍り込む。彼の手にもまた、いつの間にやら青色の丸石が先端についた20センチくらいの短い棒が握られていた。
「ダリさんは神宝使いを!私は・・・彼女を助けます!」
九条が右に走り、ダリが左手に走る。彼らが広くなったスペースの中央近くまで駆け寄ったあたりで、やっと私はその入口に到着した。右手に走った九条が10歳くらいの少女に、ダリが浅黒い肌をした大男とひょろっと痩せた白ワイシャツの男に迫っているところだった。
おそらくダリの前にいる二人、あれが神宝使いなのだろう。
彼らは突然現れた私達に目を見開いて驚いているようだった。慌てて立ち上がり、体勢を整えようとしているが、完全に後手に回っている。
ダリが先手必勝とばかりに、その古槍で二人の胴を横薙ぎにする。九条が手を伸ばし、麻衣の手を取ろうとする。
私達の急襲は成功した、はずだったのだが・・・。
「っ!?」
「しまった!傀儡か!!」
ダリが横薙ぎにした二人はそのままチリのようになって空間に溶けていく。また、九条が掴んだ手は絵の具で描いた絵が水に滲むかのようにブレて薄れて、これもまた中空に消えた。
目の前で起きていることが一瞬、理解できなかったのか、ダリと九条の判断と行動が遅れてしまう。このとき丁度、広場の向こう側から、少し遅れた御九里と日暮が姿を見せる。
更に遅れて広場に到着した私は、少し離れてこの光景をみることになる。全体を俯瞰的に見られたのが幸いしたのか、視界の上の端にいる『何か』に私が一番早く気付くことになった。『何か』と言ったのは、それがまるで空間がそこだけ滲んだような『空間の違和感』としかいいようのないものだったからだ。
あれは確か・・・。
いつだったか土御門が言っていた『高等な隠形術は直接視認すら妨げる』というやつでは?!
そう判断した時、私は声を上げていた。
「みんな!上!!」
その声でダリと九条も上方に目を向ける。そこでやっとわだかまる妙な気配に気づいたようだった。しかし、視認し、対処するより、敵の方が一歩動きが早かった。
「おっせーよ!・・・弾けろっ!小玉鼠!!」
鋭い声が木の上から聞こえてきた。その声に応じるように、ダリと九条、それから御九里たちの足元から轟音とともにオレンジ色の光が炸裂する。
ドン、ドン、ドン、ドンっ!
ば・・・爆弾!?
それはあたかも複数の爆弾が彼らの足元で連鎖的に爆発したかのようだった。幸い、私の近くでは爆発をすることはなかったものの、オレンジの閃光が溢れた瞬間、顔にものすごい熱気を感じ、思わず腕で顔を覆う。次いで押し寄せた爆風が土煙を巻き上げ、あたりは一瞬にして何も見えなくなる。私もまた風圧に押しのけられ、尻餅をついてしまった。
これほどの威力のものが足元で直接炸裂したとしたら・・・!
「だ・・・ダリっ!!」
心配で声を上げるが、もうもうとする土煙の中、彼らの安否を知ることはできない。『ダリ!!』もう一度叫ぶ。20秒ほどしてやっとのことで土煙が薄くなり、周囲の様子が薄っすらとわかってきた。
良かった!
広場の手前、ダリは槍の石づきを地面に突き刺し、自らの周辺に薄白色に輝く障壁をまとっていた。おそらく結界を張ったのだろう。見る限り大きな怪我はないようだ。視線を右にやると、ダリの右手5メートルほどのところで、九条が左半身の衣服を吹き飛ばされ、膝をついていた。
大丈夫なの!?
そう思って見たのだが、不思議なことに怪我をしているのは左半身のみで、右半身はほぼ無傷のようだ。右手に持っていた短棒の先端にある青色の玉が鈍く光っており、その光に覆われている部分が無傷であるところをみると、あの玉が何らかの方法で彼を守ったのだろうと思えた。
そして、広場の奥、御九里と日暮はその衣服が破れたり煤けたりしている様子が見て取れるものの、普通に立っている。
「ああ!びっくりした~!!九条さん!おかげで助かりました!」
そう言った日暮の肩に乗っていたはずの白鷺姫がいなくなっている。もしかしたら九条の式神『白鷺姫』がどうにかして彼女たちを守ったのかもしれない。
「なんでぇ、クチナワ。全員ピンピンしてんじゃねえかよっ!」
野太い声が頭上から聞こえた。その声とともに、ドシン、と広場の中央に浅黒い肌の大男が飛び降りてきた。その男が地面に落ちた瞬間、少し揺れたような気がする。まるで鉄球でも落ちてきたかのようだった。
その大男が、ぬうっとしゃがんだ姿勢から立ち上がる。身の丈は2メートルはあろうかという巨体であり、腕は誇張抜きに私の太ももよりも太い。全身マッチョの様子は、大男というよりは『筋肉ダルマ』とでも呼んだ方がぴったりだ。
「クチナワ・・・そっちの細かいのは任せた。俺はあの強そうな狐を殺る」
「ああ、カダマシ・・・こっちはこっちで派手に行くからな。死ぬなよ。」
クチナワと呼ばれたのは、頭上の木の上にいる、白ワイシャツに薄青色の肩布をかけたひょろっと背の高い男だった。そいつが両手を広げると、その手の先から丸っこい毛玉のようなものがいくつもいくつもポロポロと湧き出し、落ちてきた。
「ちっ!」
九条はそれを見ると、慌てたように立ち上がり、頭上の男から距離を取る。その時も、右手で左腕を押さえているところを見ると、左半身の傷は相当悪いようだ。
「綾音さん!もっと下がってください!あれがさっき爆発したやつの正体です!」
毛玉は地面に落ち、二度、三度弾んだかと思うと手足がにゅっと出てきて、そのあたりを走り回る。その姿は少し丸っこすぎるが、ネズミのようなフォルムをしていた。
「御九里!気をつけろ、上のやつは小玉鼠を使う!」
「うるせえ、九条!それくらい、俺も気づいてたわい!」
御九里が背中の大太刀を抜く。それは土御門が使っていた将軍剣と違い、反りが入っている、いわゆる通常私達が日本刀と呼ぶものだった。
「九条!ネズミは任せたぞ!俺は上のヤツを殺る」
言うや、御九里は大太刀を背中に担ぐように構えると、両足をぐっと曲げた。まさかあの木の上まで飛び上がる気!?
クチナワと呼ばれた男が立っている枝までは、優に7~8メートル以上はある。あんなところまで飛び上がれるわけがない!
そんな中、広場のあちこちをチョロチョロと何匹もの小玉鼠が走り回っている。あれひとつひとつがさっきの規模の爆発を起こすと考えると、とんでもないことだ。
「綾音さん、こっちこっち!」
後ろから声がする。ふと振り向くと、いつの間に私の背後に回ったのか、日暮が藪の中から手招きをしている。どうやら彼女はものすごく逃げ足が早いようだ。
「戦闘は、御九里たちに任せましょう。私達は麻衣さんの救出を優先しましょう」
なんとなくもっともらしいことを言っているが、その目や態度が、如実に恐怖の色をたたえているところを見ると、日暮は一刻も早くこの戦場から逃れたいようだった。ただ、麻衣の居場所が分かっているのは間違いないようだ。彼女が言うには、麻衣は、広場の右手奥、山側の森の中にいる、とのことだった。
「彼らは大丈夫です。強いですから。他に敵の気配はないです。こちらから広場を大きく迂回して、麻衣さんを助けましょう!」
そう言いながら、森の中を進んでいく。
みんな・・・負けないで・・・。
一瞬、広場の方を伺い、そう念じると、私も日暮の後に続いていった。
☆☆☆
広場では二組の戦闘が繰り広げられていた。
ひと組目は、木の上から爆弾たる小玉鼠をボロボロと落としてくるクチナワ対御九里・九条ペア。もう一組は、筋骨隆々たる大男たるカダマシ対天狐ダリである。
ダリは素早くカダマシに槍撃を繰り出すが、彼はその巨体に似合わぬ俊敏さで、ことごとくその攻撃の軌跡を避けていく。そして、隙を見ては地面に落ちている石を掴むと無造作にダリに向かって放り投げていた。攻撃方法自体はなんということはないのだが、その常識はずれの膂力で投げられた石ころは大砲並の威力があるようで、樹に当たれば容易に樹を貫き、地面に当たればそれを大きく抉り取っていく。今のところ、ダリがその攻撃を食らうことはないものの、一撃でも当たれば大きなダメージをとなるのは目に見えていた。
「ち・・・神宝の力か・・・面倒だな」
ダリは独り言ちをすると、その槍をヒュンと回転させる。
この手の相手に小細工は無用か・・・。力押しを得手とする相手であるなら、それを上回る力と疾さで押し切る!
それが彼の結論だった。
やりを脇構えにしたまま、後ろに飛び、一旦距離を取る。ヒュウと息を吸い、妖力を高める。その全身が総毛立ち、薄っすらと身体の表面を白色の光が覆っていった。
一気に・・・行くぞ!
足を蹴る。刹那、疾風がダリとカダマシを結ぶ直線状を吹き抜ける。実際にはその風邪よりも早くダリの古槍の穂先がカダマシの喉笛を捉えていた。
殺った!
その槍を握る手に、肉を引き裂く感触を期待する。しかし・・・
ガチン!
その穂先はまるで鋼の塊に突き当たったかのような感触とともに、大きく弾かれる。目がニヤリと笑うカダマシの表情を捉える。左側から嫌な殺気を感じ、彼は姿勢を崩しながらも大きく後ろに跳躍した。回避行動をとる彼の顔のすぐ前を、ものすごい威力の何かが通り過ぎる。それが、カダマシの腕であることに気づいたのは、後ろに飛び、着地した後だった。
この槍撃を防ぐのか!?
カダマシは神宝の力でその皮膚を鋼のそれに変化させたに違いない。驚くことに、その硬度はダリの膂力と神の武器である天魔反戈の力を凌駕したということだ。
そして、たらりと、鼻先からなにか温かいものが滴るのを感じた。
それがカダマシの腕の通過による己の顔につけられた傷だと理解し、ダリは『嗤った』。
何ぞ・・・1000年ぶりじゃな。
もちろん、これしきの傷、妖力により瞬きほどの時間で癒えてしまう。しかし、彼としては、己の渾身の槍撃を受け切り、なおかつ反撃してくるほどの相手に出会えたことは、久しく滾ることのなかった闘争本能を呼び覚ますのに十分な起爆剤となっていた。
「主・・・いいな」
ダリの槍を握る手に力がこもる。カダマシもまた、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら油断なくダリの一挙手一投足に注意を払う。彼もまた愉しそうに嗤っていた。
カダマシとダリの戦いの一方、広場の反対側では、連続した爆発がいくつもいくつも起き、そのたびに地面が揺れ、土煙が上がっていた。九条は、オレンジの閃光と土煙に紛れて素早く移動しつつ、手にした棒の先端にある宝玉から伸びた青色の鞭のようなもので地面を薙ぎ払っていた。薙ぎ払われた小玉鼠は鞭に接触すると半径5メートルぐらいを巻き込む爆炎を上げ、耳をつんざく音を立てて破裂した。
何かが強い力で接触すると爆発する。
もしくは、術者の指示で爆発する。
これが小玉鼠の能力というか、特性であるようだ。
木の上にいるクチナワがその身にまとっている蛇肩巾は、同じく神宝使いのシラクモが『虫』を無数に呼び出して操れるのと同じように、『地を這うもの』を呼び出し、操ることができる。そして、シラクモとクチナワの違いは、呼び出せるもののカテゴリーの違いだけではなかった。シラクモよりも以前より神宝を使うことに慣れているクチナワは、その力をより強く引き出すことができていたのだ。
その結果が『幻獣』の召喚という能力の獲得である。
シラクモが現実に認識されている普通種の昆虫を召喚するのみであるのに対して、クチナワは獣をベースとした妖怪の類も呼び寄せることができた。小玉鼠もそういった妖怪の一種である。
「はーっははは!死ね死ねぇ!!」
地表では九条により次々と小玉鼠が破裂させられているが、一向にその数が減じることはない。それもそのはずである。木の上にいるクチナワの掌からは次々と小玉鼠が生み出されているからだ。
「切りが無い・・・ですねっ!」
九条が鞭をまたひと振りする。鞭の射程は長いものの、小玉鼠の爆発半径もそれなりに広い。もし、九条の持っている武器がただの鞭であるなら、疾うの昔に九条自身が爆発によるダメージの蓄積で倒れていただろう。そうはなっていないのは、九条の持つ武器の特性にある。九条が手にしている武器は、『金鞭(かなむち)』と呼ばれている。その形状は20センチほどの握りのある金属性の棒の先端に、水の力を封じた宝玉を据えたものである。その宝玉を媒介に、様々な水の術を放出することができる。彼が好んで使うのは、今使っている形状『歳刑鞭』である。水の属性を持つ長さ自在の鞭であり、うまく使えば筋力をさほど用いなくても強力な攻撃を繰り出すことができる。
そして、今、九条はその宝玉に武器としての鞭の機能以外にも己の身体を守る結界の機能を持たせている。霊力のある人間が見れば、九条の持つ金鞭の先端の宝玉が薄青く輝き、その光が彼の身体を覆っているのに気づくだろう。
この攻防一体の立ち回りが彼の持つ『金鞭』の真骨頂であった。
小玉鼠が九条に惹きつけられている一方、御九里は爆炎に紛れ慎重に機会をうかがっていた。手にした大太刀を背中に担ぐように持ち、左手で刀印を結ぶ。
「皇天上帝 三極大君 日月星辰 八方諸神 司命司籍・・・」
呪言とともに、身体に気が満ち始め、膂力が向上するのがわかる。
視線を上に持って行く。狙いを定め、刀の握りに力を込めた。
「左に東王父 右に西王母 五方五帝 四時四気 金気邪を祓い給へ」
頼むぞ・・・鬼丸国綱改(おにまるくにつなあらため)!
両の足に込められた力を解放する。爆発的な力が大地に衝突し、その反作用により御九里の身体は一気に中空に打ち出された。急激な動きに大気が着いてこられず、それは御九里にとって強い抵抗となって感じられた。その抵抗の中、御九里は両手で太刀を握ると次の瞬間には爆炎と土煙を抜け、その眼前にクチナワを捉えていた。
「なにっ!!」
突然、地表から目の前に躍り出てきた御九里に、クチナワが目を剥く。慌てて御九里に両の手を向けようとする。
しまった!ここまで一息に飛び上がってくるとは!
早く、防御を・・・
クチナワの脳が処理できたのはここまでだった。クチナワが何某かの術を発動するより早く、御九里の斬撃が彼を袈裟懸けに斬り伏せるべく閃いた。
「金気・金刀一閃」
鋭い斬撃が空間を裂いた。ずどん、となにか重たいものが落ちる音が響く。その後、御九里の身体は中空で刹那の間、静止し、重力の法則に従って落下を始め、着地をする。
「やったのか?」
上空で繰り広げられた攻防を垣間見た九条は、着地をした御九里に駆け寄り、背中合わせに立つ。敵はもう一人いる。まだ油断はできないと油断なく周囲を伺った。
「ちっ!・・・まだだ」
九条の背後で体勢を立て直した御九里が呟いた。小玉鼠によって立てられた土煙はまだ落ちきらず、周囲は視界の悪い状態が続いていた。
「まだなの!?・・・きっちりトドメさしてよっ!!」
九条が文句を言う。煽られて素直に悔しがった御九里がギリリと歯噛みする音が響く。
「野郎・・・自分から落ちやがった」
そう、御九里が斬撃を繰り出す寸前、自分の防御が間に合わないと悟ったクチナワはそのまま樹から落下する道を選んだのだ。御九里が着地する寸前に聞いた音は、彼が地面に激突する音であった。御九里はその瞬間を見ていたので、クチナワに『逃げられた』ことを悟っていた。
だが、彼らは知る由もないことなのだが、クチナワ自身は落下する寸前、彼は緩衝材とするべく落下地点に蛇を召喚したものの、その衝撃が激しく、背中をもろに打っていた。息が止まり、視界が暗転し、気絶していたのである。そして、彼の気絶とともに、彼が召喚した全ての幻獣生物は消えていたし、異形ではない蛇たちは消えこそしていないが、その大半は彼の落下した衝撃で死んだか逃げたかしてしまっていた。つまり、実際は九条と御九里が警戒する必要はなくなっていたのである。
もし今、広場を俯瞰で見ているものがいたらこう見えただろう。
樹の下で気絶しているクチナワ。
それがまだ活動していると思い、その動向を警戒しあたりを伺い続ける九条と御九里。
そして、睨み合うダリとカダマシ。
こうして、カダマシ対ダリ、クチナワ対御九里・九条戦は、視界が悪い広場において、互いに膠着の様相を呈することとなっていた。
【竜虎相搏】激しい戦いの様。
めっちゃ強い竜とめっちゃ強い虎が戦っちゃったらなかなか決着つかないわな、みたいな。
♡ーーーーー♡
やってきました、石川県。東京駅から北陸新幹線に乗り、たどり着いたのはここ、金沢駅。2022年に竣工したという駅舎は、近代的であり、県庁所在地なんだなあという感じだ。メンバーは指定された通り、相変わらず黒尽くめパンクファッションの御九里、黒のジャケットに白いサマーニットをさり気なく合わせているオシャレさんな九条、多分この中で一番年上(年齢聞けてない・・・)だと思われる日暮さんという女性陰陽師、そして、
私、浦原綾音・・・と当たり前だがダリ、である。
ダリはもちろん、現在イケメン人間モードとなっている。
御九里は御九里で見ようによってはかっこいい(趣味は選ぶだろうが・・・)。
そして、九条なのだが、ダークブラウンのちょっと癖のある長髪に、切れ長の目、おまけに身長も高くスタイルがいい。ダリには及ばないものの、これもまたなかなかのイケメンと言える。
もちろん、ダリは超絶かっこいい。
その一方で、女子はと言うと、日暮さんは両みつあみの丸メガネ、そばかすが多い顔立ち。地の造作が悪いとは決して思わないが、お洋服も飾り気のない白ブラウスに、ジーパン、上に羽織っているカーディガンもよれており、全体的にもっさりとしている。占いや調査に使う機材が詰め込まれているらしいが、持っているリュックもパンパンであり、さらにはガラガラとスーツケースを引いていた。誤解を恐れずに言うと、『研究が好きです!』という感じのリケジョ風(全国のリケジョの皆さんごめんなさい。私の偏見が大分入っています。)である。
私は・・・まあ、改めて言うほどでもないが、普通である。the・普通。
イケメン3人と普通女子2人・・・年齢も雰囲気もバラバラ。周囲の人はこの集団を一体同認識するのだろう?とやや心配になるような構図ができあがっていた。
「さて!これからのことなんですが!」
ばさっと大きな地図を広げて日暮が言う。長期に滞在することになるので、それ用のホテルを陰陽寮が手配している、ということだった。まずはそこに荷物を置いて、早速調査を開始しようということだった。
ホテルは交通の便を考えてだろうが、JR金沢駅近くのビジネスホテルが手配されていた。今までの出張ではなんとなく豪華なホテルや旅館ばかりを使っていたので、こういったホテルは珍しいが、日暮によると陰陽寮の出張ではこれが標準らしい。要は今までが土御門の配慮でイレギュラーだったわけだ。
部屋割りであるが、各人それぞれに個室が与えられていた。このチームのリーダーである日暮の部屋はミーティングルームを兼ねるということで少し広めの部屋が割り当てられているようだった。
「はあ・・・」
ホテルの部屋につくやいなや、ため息が出てしまう。
あ~疲れたなぁ・・・。
色々やらねばならないことがあるのだが、すぐに動けない。私は部屋のベッドにそのままコロンと寝転がり、今日のことを振り返っていた。
瀬良と敷島が綿貫亭まで迎えに来ると言ったのが6時半であったので、それまでに清香ちゃんと芝三郎を起こして朝食を摂り、準備をしなければならなかった。急な出張だったが、芝三郎は兄貴風を吹かせて『拙者に任せるでござる』と言っていたし、清香ちゃんは清香ちゃんで『まま大変・・・』と私の方を逆に気遣ってくれる。なんていい子たちなんだろうと、また親バカモードが炸裂しそうになる。
その後、何やかやとバタバタ準備して、みんなそろって東京駅へ。そこで御九里たちと合流し、清香ちゃんたちとバイバイして、8時の新幹線で一路金沢に移動・・・という結構な強行軍だったわけだ。
先程軽く昼食を摂ったせいで、お腹も満ちて急速に眠気に襲われる。
ああ・・・眠いぃ・・・。
だが、ここで眠るわけにはいかない。すぐに作戦会議、と言っていた気がする。荷解きを適当にしたら、13時には日暮の部屋兼ミーティングルームまで来い、ということだった。
重い体を引きずってミーティングルームに行くと、すでに九条と日暮がテーブルを囲んで座っていた。私のすぐ後にダリも入ってくる。彼は相変わらずこういったミーティングのたぐいは余り気乗りしないようだったが、一応参加するように私の方から言っておいたのだ。
あとは御九里だけ・・・?
そう思った矢先にドアが蹴り破られるように開く。
「っめえ!ざけんな九条!!なんで俺がお前の荷物まで上げなきゃいけねえんだ!!」
御九里が九条にものすごい剣幕で詰め寄るが、九条は涼しい顔をしている。
「ん?僕は『君の荷物、下に届いてるみたいだよ』って言っただけだが?」
「手前ぇのもあったじゃねえかよ!しかも俺のより多いじゃねえか!!!」
どうやら、二人は荷物を別便で送っていたらしい。それがフロントに届いていたということで、御九里はまんまと九条に取りに行かされた、ということのようだった。
「親切にありがとう・・・さすが戦闘バカの祓衆・・・体力が有り余ってるだけのことがありますね」
「んだと!コラぁあ!!」
「お二人とも!お静かに!!」
喧嘩になりそうな二人をビシッと日暮が押さえた。日暮は最年長であると同時に、この中で一番位階が高いということだった。なので、先程も言った通り、ここでのリーダーは日暮である。
「ミーティングを始めますよ」
おっとりした口調ではあるものの、有無を言わせない。この不思議な感じはなんとなく土門に通じるものがある。やはり占部というのはこういうキャラが多いのだろうか?
「まずは自己紹介といきましょう。作戦の際、チームワークは大事ですからね。特に浦原さんやダリさんは私達のことをよく知らないでしょうし」
そう切り出し、自分が口火を切る。
「私は占部衆におります日暮美澄です。浦原さんとは初めてですよね?どうか、『ミスリン』と呼んでくださいね?」
はあ・・・ミスリン・・・?
「得意な術式は土系ですね。占術、調査、IT技術等が専門です。戦闘は・・・当てにしないでくださいませ。ちなみに位階は『属の一位』です」
はえー・・・属の一位というと、御九里はもとより、あの宝生前よりも上、というわけだ。次は九条が声を上げる。
「僕の名前は九条水琉。祭部に所属している。専門は特にないかなあ。大体なんでもできますよ。得意な術式は強いて言えば水・・・ですかね。位階はまだ『属の三位』ですね」
全体的に色素が薄い感じがハーフっぽいなと思わせる。前髪をくるりと指でいじる仕草が、なんとなくだが、ナルシスト風の印象を周囲に与える。
最後は御九里だ。まだ先程の怒りが収まってないらしく、ぶすっとふくれっ面をしている。
「俺は御九里。御九里牙城。もう知ってだろ?祓衆、『属の三位』。術式は金だが、俺だって他のもいける」
日暮によると、御九里と九条は同期とのことだ。この世代ではトップクラスに出世が早いらしい。御九里は霊力の絶対量は大きいが技が荒削り、一方、九条は研究者肌な所があり、様々な術式に精通している『万能型』であるものの、術の出力自体は陰陽博士の中では『並』ぐらいだという。ただ、タイプこそ違うが、ふたりともある意味天才肌、だと日暮は評していた。
ああ、そういうのもあって、張り合ってる感じか・・・。
位階が同じ、というのもなんとなく気に入らないのかもしれない。九条が『まだ』属の三位です、と言ったり、御九里が『俺だって』などとわざわざ言ったりしてるところから、互いに相当意識している様子がうかがえる。二人ともおそらく競争心が強いのだろう。
御九里の自己紹介の後、ぼんやり考え事をしていたところで、『で?』という感じで九条と日暮が私の方を見てきた。あ、そうか、私もか・・・。
「え・・・っと、私は浦原綾音。いちおう所属は祓衆で・・・陰陽師?です」
そして、続けて、決して自分では話さないだろうダリに代わって彼の自己紹介(他己紹介?)もした。
「こちらはダリ・・・天狐っていうものすごい強い・・・妖怪です」
術式、とか言ったほうがいいのかな?
若干悩んでいると、日暮が会話を引き取ってくれた。
「ダリさんのことは陰陽寮の誰もが知っていますよ。天狐ダリ、創世の槍である天魔反戈を使い、超妖力で天候を操り雷を呼ぶほか、結界術、回復術など多数の力を自在に操る、間違いなく日本最強の妖怪のひとり・・・ですよね」
じっと、日暮がダリを見つめる。うるるっとしたその目を見て、一瞬あれ?この子もダリを・・・とか思いそうになったが、よく見るとその目は、恋する乙女のそれではなく、どちらかと言うと、興味深い研究対象に巡り合った研究者の目だとわかる。
土門さんと同類なのだろう。
いわば彼女もマッドソーサラー系である。
自己紹介が終わったところで、日暮から本題が切り出された。今日から私達が始めるべきは、『まつろわぬ民』に攫われた片霧麻衣の捜索である、とのことだ。
「それについてはお任せください」
日暮が机の上に四角い布製の図版のようなものを広げた。ランチョンマットより少し大きなそれには真ん中に韓国国旗のあるような模様、いわゆる太極図が描かれており、その周囲を取り囲むように易者さんが使うような棒線でできた模様(易占いで用いる卦、というらしい)が描かれていた。
そして、彼女は革製の握りこぶし大の袋を取り出すと、そこに手を入れ、じゃラリと何かを取り出した。
「おお!日暮さんの占術を見られるとは・・・実に興味深い」
九条が声を上げる。なるほど、これからどこに行くか、占おうというわけか。占部の術者らしい考え方だ。
「んっん!お静かに!それと、九条さん、私のことは『ミスリン』とお呼びください!!」
ピシャリと、また日暮が言う。大事な儀式の最中に邪魔をしたと思ったのか、九条は大人しく引き下がった。
気を取り直すと、日暮は、袋から取り出した数個の石を手の内に握りしめ、それを握りこぶしごと額のあたりに持っていく。そのまま、朗々と呪言を奏上し始めた。
「夕占問い 石占もちて 占正となせ
ももづたふ いはれをつげよ その山神よ」
彼女の呪言に呼応するかのように、奇妙な音が日暮の手の内から響きだす。どうやら彼女が握りしめている石が微細に振動しているようだった。
「宣!」
結語とともに、掌中の石をばらりと布の図版の上に振りまく。石は色とりどりであり、どうやら翡翠や黒曜石、水晶などのようだった。それはいわゆる販売されている『宝石』のようにきちんとカットされているものではなく、自然石をそのまま削り出して使っている、という風情のものだった。
日暮の手から離れた後、余韻を残すように振動をしていた石たちも、数秒すると沈黙した。彼女は散らばった石を俯瞰するようにじっくりと眺めていた。どうやら、石の散らばり方とかから何かを読み取ろうとしているようだった。
「あれは石占じゃな・・・久しく見なかったが、まだやる者がいたとは」
ダリがボソリと言った。彼によると、石占とは石を用いた日本古来の占いのことで色んな方法があるという。その最もオーソドックスな方法は、石を投げて、それが落ちる場所や距離なんかで占うというものだそうだ。日暮の占術はそれと似ているが、よほど高等だ、とダリは言う。
しばらくじっと黙って、散らばった石を見つめていた日暮だったが、結論が出たようで、顔を上げると、私達に言った。
「若干気になるところはありますが、どうやら片霧麻衣さんの消息が掴めそうです。驚くことにまだ県内にいる、と思われます」
地図を取り出すと、日暮はそのある一点を指さした。こうして、私達は日暮が示した地点、石川県にある、とある山間の地を目指すことになったのだ。
日暮の指示で、私達はそれぞれの装備品を準備するために一旦解散をした。その間に御九里がレンタカーを借りてきてくれる手筈になっていた。
「なんで俺が!」
と文句を言うが、私はほぼペーパードライバーだし(あと、覚えている読者もいると思うが、大きな車両事故も起こしている身だ)、ダリは論外、日暮は運転免許すら持っていない。
九条は?
実際の所、彼は『僕の華麗な運転テクニックをぜひ披露いたしましょう』などと言って、やりたがったのだが、日暮がやんわりと止めたのだ。その様子を見ると、万能型の九条にも、できないことがあるらしいと知れた。
準備を終え、30分ほどたったころ、荷物を持ってホテルのロビーに私達が集まってきたところで、御九里がレンタルした車を回してくれた。
そして、いよいよ出発となった。
ここまで、わりと順調だと思えた。実は一番懸念されていたのは、麻衣の足取りがなかなか掴めない、ということだったのだが、日暮が優秀なためか、拍子抜けするほど早く目処が立ってしまった。後は居場所を正確に特定し、それを監視しつつ後日陰陽寮から送り込まれてくる救援/討伐部隊の本隊と合流して一気に確保すればいい。
まだまだ気は抜けないが、幸先はいい、と考えていいだろう。
走り出す車の窓の外をぼんやりと眺めながら、私はそんな事を考えていた。
☆☆☆
大きな鉄の塊が走り出し、地面近くの細かな砂利を排気ガスが巻き上げる。
建物から出てきた人間に気づかれないように植え込みの影に潜んでいたソレは、その鉄の塊が去ったと確信できるまで、じっと静かにしていた。ソレにとって、人から見えないところに潜伏するのはお手のものである。音が遠くに去ったのを見計らい、植え込みから少しだけ頭を出し、キョロキョロとあたりを伺った。そして、他の人間がいないのを確信すると、クリック音に似た鳴き声を上げた。
チッチッチッ・・・
それは、主への報告ができることについての喜びの声だった。ひげを動かし、周囲の気配を伺って、十分安全が確保されているとわかると、ぱっと植え込みから飛び出した。
チッチッチッ!
黒く小さなソレが街を走る。時折、自分を見た人間が叫び声を上げるが、そんなことはどうということもないことだった。とにかく走り、自分が見たものを愛する主人に伝えるのだ・・・その一心で街を走っていた。
そして、『ソレ』があまりに小さいことから、建物から出てきた人間達は、全くその存在に気づくことはなかったのである。
その存在も、それが知らせる情報がどのように使われてしまうのかも・・・である。
☆☆☆
車はあっけなく日暮が指定した場所にたどり着いた。そこは、金沢市から20キロほど離れた山間の村の端だった。
「多分、あの山の中に麻衣さんはいると思います」
日暮が目の前にある小高い山を指差す。大分特定はされたものの、山ひとつ分のどこか、では、やはり広すぎる。もう少し居場所を限定したいところだ。ただ、日暮の占いでは、ここまでの範囲を特定するのが精一杯だそうだ。ここからは周囲の人に聞き込みをしたり、歩いて探すしかないということだった。
「いや、大丈夫です!ここからは僕がっ!」
その時、九条が名乗りを上げた。彼はバックから数枚の札を取り出す。その札には『鬼』という文字と格子模様、その下に『艮歳刑勧請』とあった。そして、それをおもむろに中空に放り投げ、呪言を唱える。
『五行天帝 歳刑 八将荒魂勧請』
その言葉に反応し、中空に投げられた札が白く光ったかと思うと、それぞれが鳩のような鳥に変化し羽ばたき始めた。いつだったか土御門が見せた『式神』というのと同じやつだろう。九条の式神は白色の鳥だった。
10羽ほどの白い鳥たちが、バサバサと羽音を立てながら私達の周囲を飛び交う。九条が手印を結び、それらに命じた。
「行け・・・僕の、白鷺姫」
声とともに、一斉に白い光をまとった式神・白鷺姫が飛び立っていく。
「あとは白鷺姫が目標物を見つけてくれるでしょう。お任せください。僕の式神達は探し物が得意なんです」
空に飛び立つ白鷺たちを見送りながら九条が言ったとき、『けっ!キザったらしい式神だ・・・』とボソリと吐き捨てるような御九里の声が聞こえた気がした。
結論から言うと、私達の探索は思いのほか早く終結した。というのも、九条の言う通り、彼の放った『探し物が得意な』式神が、麻衣の行方を、あっという間に特定してしまったからである。
ここで、日暮が一旦本部に連絡を入れた。本部の方ではまだ急襲部隊の準備が整っていないようだった。本部としてもここまで早く私達、先遣隊が麻衣の居場所を突き止めるということは想定外だったようだ。
「僕らが優秀すぎたってことですね」
フッと九条が前髪をかき上げる。
「本部は麻衣さんたちを捕捉しつつ待機するように言っています」
まあ、そうだろう。敵は神宝使いだ。それに、もしかしたら二人だけではないかもしれない。ホシガリ様や疱瘡神のような未知の存在が一緒である可能性も否めないのだ。
ここは本隊との合流を待ち、慎重に事を運ぶべきだろう。
九条によると、麻衣の近くには二人の術者と思しき人物がいるという。それは風貌からして児童養護施設を襲った者たちに違いないとのことだった。彼らが潜伏しているのは山の中腹辺りにある廃寺だという。しかし、児童養護施設を襲撃してから今日までで5日も経過しているというのに、未だにそんなところでグズグズしているのはなぜなのかと思う。もしかしたら何かを待っている・・・とかなのだろうか?
疑問は尽きないものの、私達がやるべきことは彼らの位置を補足し続けることである。というわけで、日暮の提案で、このあたりの村で宿泊できる場所か、待機できる場所を探そうということになる。『場合によっては石川県警を経由して捜査協力という形で民間の方のお宅にお邪魔する必要があるかもしれませんね』とのことだった。
ところが、日暮がスマホで再び本部に連絡しようとしたのを『お静かに!』と九条が制した。その眼差しに緊張感が走る。彼は、山の方を見て目を眇めた。
「日暮さ・・・いや、ミスリン。駄目です・・・連中が動き始めました。」
その言葉に一同が息を呑む。どういうわけか、敵が移動を始めてしまったようだ。九条が言うにはこちらに気付いた、というわけではない様子だということだ。だとしたら、たまたま今夜出発する予定だった、という可能性もある。
報告を受けた日暮の判断は早かった。『すぐ追撃体制を取りましょう』と宣言したのだ。
彼女曰く、これまでの『まつろわぬ民』の行動からすると、彼らは『鬼道』を使った長距離移動手段を自在に操れる可能性が高い。彼らが動いた理由は不明だとしても、ここで逃がしたらせっかく見つけた手がかりをみすみす逃すことになる。それを防ぐためには、戦闘も辞さない覚悟で、迅速な行動が不可欠だとのことだった。
本部に連絡を入れ、追撃をする旨を伝える。本部は急ぎ体制整え、速やかな増援を約束したようだった。
土御門様からのメッセージがあるそうです、というので、御九里が『どんな?』と尋ねたところ、日暮はただ一言、「『死ぬな』だそうです」と言った。その言葉に、何を思ったのか、御九里はちょっと中空を見ると、『けっ』と一言だけ声を上げた。
「急ぎましょう。敵は山頂に向かって動き出しました」
九条が自分の荷物である小さなリュックを背負いながら、冷静に式神が見ている光景を皆に告げた。その横で、気を取り直した御九里が車のトランクから大太刀を取り出して背中にくくりつけていた。その様子を見て私も、慌てて申し訳程度の装備が入った小さなバックパックを背負った。
「では、私と御九里さん、九条さんと天狐さん・・・と浦原さんのチームで動きます。今の状況で最悪の事態は、なんの手がかりも得られないまま彼らに逃亡を許すことです。左右から挟み撃ちをしましょう。九条さん、白鷺姫を一羽、私につけてください。チーム同士はこれで通信しあいましょう」
日暮の言葉に応じ、九条が天に手を伸ばす。すると程なく、式神の内の一羽が舞い戻ってきて日暮の肩にとまった。日暮が白鷺姫に話しかければ九条に情報が伝わり、九条の意思は式神を通じて日暮まで伝わるのだそうだ。簡易通信機みたいなものだ。式神を複数扱える九条だからこそできる芸当である。
「では、散開します!」
日暮の合図とともに、御九里、日暮、九条が走る。私は・・・いつの間にか狐神モードとなったダリが何も言わずにひょいと横抱きにして走り出してしまう。
「えっ!ちょ・・・ダリ!!」
「急ぐのであろう?こちらのほうが早い」
まあ、本来は、我ひとりで片付けるのが一番早いがな・・・と、ポツリ付け加える。ああ、ここにもいたよ、ナルシストが・・・。まあ、ダリの場合は、それがあながち誇張じゃないのだが・・・。
狐神モードのダリは山道をそれこそ疾風のように駆け抜ける。そして、どういう鍛え方をしているのかわからないが、九条も負けずについてきている。九条の属している『祭部』というと宝生前さんが真っ先に思い浮かぶが、彼はここまでの身体能力は有していないと思われるので、やはり本人や日暮が言うように、彼は『何でもできる』特別な陰陽師、というのはあながち嘘ではない、ということだろう。
「それ楽そうでいいですね!」
結構な勢いで走っているはずだが、汗ひとつかかず爽やかな顔で九条は言う。その言葉には全く邪気はないが、一切汗をかいていない私としては、誠に申し訳ない気持ちでいっぱいである。
こんな感じで10分ほど山道を駆け上がっただろうか、九条が『そろそろです』と言ったので、私達は一旦立ち止まる。九条が素早く辺りに目を配っている。どうやら式神の気配を探っているようだった。ダリも狐耳をピンと立て、油断なく身構えていた。
時刻は昼下がりをとうに過ぎ、日は大分傾いてきている。周囲は静かな山道だ。両方を林で囲まれ、清涼な空気が満ちている。きっと良いお天気のときにくればハイキングにもってこいだろう。不意に九条が『あっちです』と、歩き出した。その彼を先導にして、私、ダリと続く。
「ミスリン・・・敵の東側に到着しました。そちらも着いてますね?」
多分本来は声に出す必要はないのだろうけど、私に聞かせるために言葉にしてくれているようだ。どうやら、この山道の先に敵がおり、敵を挟んで反対側にはすでに日暮と御九里も到着している状態のようだった。
「敵は廃寺から出て、この先の少し広くなったところにいます。今までは山頂に向けて登っていたようですが、休憩をしているのか、立ち止まっている様子です。そして、何やら話をしています。『山を超えていくか』とか『空を・・・』などと言っているのが聞こえます。
まさか空から逃げる・・・つもりでしょうか?」
九条は馬鹿なことを、みたいな口調で言っているが、私にはひとつ心当たりがあった。
「いや、あり得るよ・・・だって・・・」
そうだ、疱瘡神との戦いのとき、あのシラクモとかいう神宝使いは虫を大量に呼び寄せて空を飛んでみせたのだ。今回も相手は神宝使いだ。未知の方法で空から逃亡する、というのもあり得ない話ではない。
だとしたらまずい。
「ミスリン、敵は上空に逃げる可能性もあるようです」
九条が式神を通じて、日暮にその情報を共有する。そこで何らかの話し合いがあった様子だ。『わかりました』と九条が言うと、私達に目配せをする。どうやら、このまま挟み撃ち作戦を決行する、らしい。
弾かれたように、まず、ダリが走り出した。次いで九条。遅ればせながら私も続く。
少し上り坂になっている林道を走る。一般人である私が、ダリや九条の脚力についていかれるわけもなく、あっという間に距離を開けられてしまう。しかし、道は直線だ。道の端では木々が開け、広場になっている様子が垣間見える。オレンジの夕日がチラチラと見えるあの場所・・・あそこに敵がいる。
ダリが一番に飛び込む。手にはすでに彼の最強の武器である古槍が握られていた。次いで九条が広場に躍り込む。彼の手にもまた、いつの間にやら青色の丸石が先端についた20センチくらいの短い棒が握られていた。
「ダリさんは神宝使いを!私は・・・彼女を助けます!」
九条が右に走り、ダリが左手に走る。彼らが広くなったスペースの中央近くまで駆け寄ったあたりで、やっと私はその入口に到着した。右手に走った九条が10歳くらいの少女に、ダリが浅黒い肌をした大男とひょろっと痩せた白ワイシャツの男に迫っているところだった。
おそらくダリの前にいる二人、あれが神宝使いなのだろう。
彼らは突然現れた私達に目を見開いて驚いているようだった。慌てて立ち上がり、体勢を整えようとしているが、完全に後手に回っている。
ダリが先手必勝とばかりに、その古槍で二人の胴を横薙ぎにする。九条が手を伸ばし、麻衣の手を取ろうとする。
私達の急襲は成功した、はずだったのだが・・・。
「っ!?」
「しまった!傀儡か!!」
ダリが横薙ぎにした二人はそのままチリのようになって空間に溶けていく。また、九条が掴んだ手は絵の具で描いた絵が水に滲むかのようにブレて薄れて、これもまた中空に消えた。
目の前で起きていることが一瞬、理解できなかったのか、ダリと九条の判断と行動が遅れてしまう。このとき丁度、広場の向こう側から、少し遅れた御九里と日暮が姿を見せる。
更に遅れて広場に到着した私は、少し離れてこの光景をみることになる。全体を俯瞰的に見られたのが幸いしたのか、視界の上の端にいる『何か』に私が一番早く気付くことになった。『何か』と言ったのは、それがまるで空間がそこだけ滲んだような『空間の違和感』としかいいようのないものだったからだ。
あれは確か・・・。
いつだったか土御門が言っていた『高等な隠形術は直接視認すら妨げる』というやつでは?!
そう判断した時、私は声を上げていた。
「みんな!上!!」
その声でダリと九条も上方に目を向ける。そこでやっとわだかまる妙な気配に気づいたようだった。しかし、視認し、対処するより、敵の方が一歩動きが早かった。
「おっせーよ!・・・弾けろっ!小玉鼠!!」
鋭い声が木の上から聞こえてきた。その声に応じるように、ダリと九条、それから御九里たちの足元から轟音とともにオレンジ色の光が炸裂する。
ドン、ドン、ドン、ドンっ!
ば・・・爆弾!?
それはあたかも複数の爆弾が彼らの足元で連鎖的に爆発したかのようだった。幸い、私の近くでは爆発をすることはなかったものの、オレンジの閃光が溢れた瞬間、顔にものすごい熱気を感じ、思わず腕で顔を覆う。次いで押し寄せた爆風が土煙を巻き上げ、あたりは一瞬にして何も見えなくなる。私もまた風圧に押しのけられ、尻餅をついてしまった。
これほどの威力のものが足元で直接炸裂したとしたら・・・!
「だ・・・ダリっ!!」
心配で声を上げるが、もうもうとする土煙の中、彼らの安否を知ることはできない。『ダリ!!』もう一度叫ぶ。20秒ほどしてやっとのことで土煙が薄くなり、周囲の様子が薄っすらとわかってきた。
良かった!
広場の手前、ダリは槍の石づきを地面に突き刺し、自らの周辺に薄白色に輝く障壁をまとっていた。おそらく結界を張ったのだろう。見る限り大きな怪我はないようだ。視線を右にやると、ダリの右手5メートルほどのところで、九条が左半身の衣服を吹き飛ばされ、膝をついていた。
大丈夫なの!?
そう思って見たのだが、不思議なことに怪我をしているのは左半身のみで、右半身はほぼ無傷のようだ。右手に持っていた短棒の先端にある青色の玉が鈍く光っており、その光に覆われている部分が無傷であるところをみると、あの玉が何らかの方法で彼を守ったのだろうと思えた。
そして、広場の奥、御九里と日暮はその衣服が破れたり煤けたりしている様子が見て取れるものの、普通に立っている。
「ああ!びっくりした~!!九条さん!おかげで助かりました!」
そう言った日暮の肩に乗っていたはずの白鷺姫がいなくなっている。もしかしたら九条の式神『白鷺姫』がどうにかして彼女たちを守ったのかもしれない。
「なんでぇ、クチナワ。全員ピンピンしてんじゃねえかよっ!」
野太い声が頭上から聞こえた。その声とともに、ドシン、と広場の中央に浅黒い肌の大男が飛び降りてきた。その男が地面に落ちた瞬間、少し揺れたような気がする。まるで鉄球でも落ちてきたかのようだった。
その大男が、ぬうっとしゃがんだ姿勢から立ち上がる。身の丈は2メートルはあろうかという巨体であり、腕は誇張抜きに私の太ももよりも太い。全身マッチョの様子は、大男というよりは『筋肉ダルマ』とでも呼んだ方がぴったりだ。
「クチナワ・・・そっちの細かいのは任せた。俺はあの強そうな狐を殺る」
「ああ、カダマシ・・・こっちはこっちで派手に行くからな。死ぬなよ。」
クチナワと呼ばれたのは、頭上の木の上にいる、白ワイシャツに薄青色の肩布をかけたひょろっと背の高い男だった。そいつが両手を広げると、その手の先から丸っこい毛玉のようなものがいくつもいくつもポロポロと湧き出し、落ちてきた。
「ちっ!」
九条はそれを見ると、慌てたように立ち上がり、頭上の男から距離を取る。その時も、右手で左腕を押さえているところを見ると、左半身の傷は相当悪いようだ。
「綾音さん!もっと下がってください!あれがさっき爆発したやつの正体です!」
毛玉は地面に落ち、二度、三度弾んだかと思うと手足がにゅっと出てきて、そのあたりを走り回る。その姿は少し丸っこすぎるが、ネズミのようなフォルムをしていた。
「御九里!気をつけろ、上のやつは小玉鼠を使う!」
「うるせえ、九条!それくらい、俺も気づいてたわい!」
御九里が背中の大太刀を抜く。それは土御門が使っていた将軍剣と違い、反りが入っている、いわゆる通常私達が日本刀と呼ぶものだった。
「九条!ネズミは任せたぞ!俺は上のヤツを殺る」
言うや、御九里は大太刀を背中に担ぐように構えると、両足をぐっと曲げた。まさかあの木の上まで飛び上がる気!?
クチナワと呼ばれた男が立っている枝までは、優に7~8メートル以上はある。あんなところまで飛び上がれるわけがない!
そんな中、広場のあちこちをチョロチョロと何匹もの小玉鼠が走り回っている。あれひとつひとつがさっきの規模の爆発を起こすと考えると、とんでもないことだ。
「綾音さん、こっちこっち!」
後ろから声がする。ふと振り向くと、いつの間に私の背後に回ったのか、日暮が藪の中から手招きをしている。どうやら彼女はものすごく逃げ足が早いようだ。
「戦闘は、御九里たちに任せましょう。私達は麻衣さんの救出を優先しましょう」
なんとなくもっともらしいことを言っているが、その目や態度が、如実に恐怖の色をたたえているところを見ると、日暮は一刻も早くこの戦場から逃れたいようだった。ただ、麻衣の居場所が分かっているのは間違いないようだ。彼女が言うには、麻衣は、広場の右手奥、山側の森の中にいる、とのことだった。
「彼らは大丈夫です。強いですから。他に敵の気配はないです。こちらから広場を大きく迂回して、麻衣さんを助けましょう!」
そう言いながら、森の中を進んでいく。
みんな・・・負けないで・・・。
一瞬、広場の方を伺い、そう念じると、私も日暮の後に続いていった。
☆☆☆
広場では二組の戦闘が繰り広げられていた。
ひと組目は、木の上から爆弾たる小玉鼠をボロボロと落としてくるクチナワ対御九里・九条ペア。もう一組は、筋骨隆々たる大男たるカダマシ対天狐ダリである。
ダリは素早くカダマシに槍撃を繰り出すが、彼はその巨体に似合わぬ俊敏さで、ことごとくその攻撃の軌跡を避けていく。そして、隙を見ては地面に落ちている石を掴むと無造作にダリに向かって放り投げていた。攻撃方法自体はなんということはないのだが、その常識はずれの膂力で投げられた石ころは大砲並の威力があるようで、樹に当たれば容易に樹を貫き、地面に当たればそれを大きく抉り取っていく。今のところ、ダリがその攻撃を食らうことはないものの、一撃でも当たれば大きなダメージをとなるのは目に見えていた。
「ち・・・神宝の力か・・・面倒だな」
ダリは独り言ちをすると、その槍をヒュンと回転させる。
この手の相手に小細工は無用か・・・。力押しを得手とする相手であるなら、それを上回る力と疾さで押し切る!
それが彼の結論だった。
やりを脇構えにしたまま、後ろに飛び、一旦距離を取る。ヒュウと息を吸い、妖力を高める。その全身が総毛立ち、薄っすらと身体の表面を白色の光が覆っていった。
一気に・・・行くぞ!
足を蹴る。刹那、疾風がダリとカダマシを結ぶ直線状を吹き抜ける。実際にはその風邪よりも早くダリの古槍の穂先がカダマシの喉笛を捉えていた。
殺った!
その槍を握る手に、肉を引き裂く感触を期待する。しかし・・・
ガチン!
その穂先はまるで鋼の塊に突き当たったかのような感触とともに、大きく弾かれる。目がニヤリと笑うカダマシの表情を捉える。左側から嫌な殺気を感じ、彼は姿勢を崩しながらも大きく後ろに跳躍した。回避行動をとる彼の顔のすぐ前を、ものすごい威力の何かが通り過ぎる。それが、カダマシの腕であることに気づいたのは、後ろに飛び、着地した後だった。
この槍撃を防ぐのか!?
カダマシは神宝の力でその皮膚を鋼のそれに変化させたに違いない。驚くことに、その硬度はダリの膂力と神の武器である天魔反戈の力を凌駕したということだ。
そして、たらりと、鼻先からなにか温かいものが滴るのを感じた。
それがカダマシの腕の通過による己の顔につけられた傷だと理解し、ダリは『嗤った』。
何ぞ・・・1000年ぶりじゃな。
もちろん、これしきの傷、妖力により瞬きほどの時間で癒えてしまう。しかし、彼としては、己の渾身の槍撃を受け切り、なおかつ反撃してくるほどの相手に出会えたことは、久しく滾ることのなかった闘争本能を呼び覚ますのに十分な起爆剤となっていた。
「主・・・いいな」
ダリの槍を握る手に力がこもる。カダマシもまた、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら油断なくダリの一挙手一投足に注意を払う。彼もまた愉しそうに嗤っていた。
カダマシとダリの戦いの一方、広場の反対側では、連続した爆発がいくつもいくつも起き、そのたびに地面が揺れ、土煙が上がっていた。九条は、オレンジの閃光と土煙に紛れて素早く移動しつつ、手にした棒の先端にある宝玉から伸びた青色の鞭のようなもので地面を薙ぎ払っていた。薙ぎ払われた小玉鼠は鞭に接触すると半径5メートルぐらいを巻き込む爆炎を上げ、耳をつんざく音を立てて破裂した。
何かが強い力で接触すると爆発する。
もしくは、術者の指示で爆発する。
これが小玉鼠の能力というか、特性であるようだ。
木の上にいるクチナワがその身にまとっている蛇肩巾は、同じく神宝使いのシラクモが『虫』を無数に呼び出して操れるのと同じように、『地を這うもの』を呼び出し、操ることができる。そして、シラクモとクチナワの違いは、呼び出せるもののカテゴリーの違いだけではなかった。シラクモよりも以前より神宝を使うことに慣れているクチナワは、その力をより強く引き出すことができていたのだ。
その結果が『幻獣』の召喚という能力の獲得である。
シラクモが現実に認識されている普通種の昆虫を召喚するのみであるのに対して、クチナワは獣をベースとした妖怪の類も呼び寄せることができた。小玉鼠もそういった妖怪の一種である。
「はーっははは!死ね死ねぇ!!」
地表では九条により次々と小玉鼠が破裂させられているが、一向にその数が減じることはない。それもそのはずである。木の上にいるクチナワの掌からは次々と小玉鼠が生み出されているからだ。
「切りが無い・・・ですねっ!」
九条が鞭をまたひと振りする。鞭の射程は長いものの、小玉鼠の爆発半径もそれなりに広い。もし、九条の持っている武器がただの鞭であるなら、疾うの昔に九条自身が爆発によるダメージの蓄積で倒れていただろう。そうはなっていないのは、九条の持つ武器の特性にある。九条が手にしている武器は、『金鞭(かなむち)』と呼ばれている。その形状は20センチほどの握りのある金属性の棒の先端に、水の力を封じた宝玉を据えたものである。その宝玉を媒介に、様々な水の術を放出することができる。彼が好んで使うのは、今使っている形状『歳刑鞭』である。水の属性を持つ長さ自在の鞭であり、うまく使えば筋力をさほど用いなくても強力な攻撃を繰り出すことができる。
そして、今、九条はその宝玉に武器としての鞭の機能以外にも己の身体を守る結界の機能を持たせている。霊力のある人間が見れば、九条の持つ金鞭の先端の宝玉が薄青く輝き、その光が彼の身体を覆っているのに気づくだろう。
この攻防一体の立ち回りが彼の持つ『金鞭』の真骨頂であった。
小玉鼠が九条に惹きつけられている一方、御九里は爆炎に紛れ慎重に機会をうかがっていた。手にした大太刀を背中に担ぐように持ち、左手で刀印を結ぶ。
「皇天上帝 三極大君 日月星辰 八方諸神 司命司籍・・・」
呪言とともに、身体に気が満ち始め、膂力が向上するのがわかる。
視線を上に持って行く。狙いを定め、刀の握りに力を込めた。
「左に東王父 右に西王母 五方五帝 四時四気 金気邪を祓い給へ」
頼むぞ・・・鬼丸国綱改(おにまるくにつなあらため)!
両の足に込められた力を解放する。爆発的な力が大地に衝突し、その反作用により御九里の身体は一気に中空に打ち出された。急激な動きに大気が着いてこられず、それは御九里にとって強い抵抗となって感じられた。その抵抗の中、御九里は両手で太刀を握ると次の瞬間には爆炎と土煙を抜け、その眼前にクチナワを捉えていた。
「なにっ!!」
突然、地表から目の前に躍り出てきた御九里に、クチナワが目を剥く。慌てて御九里に両の手を向けようとする。
しまった!ここまで一息に飛び上がってくるとは!
早く、防御を・・・
クチナワの脳が処理できたのはここまでだった。クチナワが何某かの術を発動するより早く、御九里の斬撃が彼を袈裟懸けに斬り伏せるべく閃いた。
「金気・金刀一閃」
鋭い斬撃が空間を裂いた。ずどん、となにか重たいものが落ちる音が響く。その後、御九里の身体は中空で刹那の間、静止し、重力の法則に従って落下を始め、着地をする。
「やったのか?」
上空で繰り広げられた攻防を垣間見た九条は、着地をした御九里に駆け寄り、背中合わせに立つ。敵はもう一人いる。まだ油断はできないと油断なく周囲を伺った。
「ちっ!・・・まだだ」
九条の背後で体勢を立て直した御九里が呟いた。小玉鼠によって立てられた土煙はまだ落ちきらず、周囲は視界の悪い状態が続いていた。
「まだなの!?・・・きっちりトドメさしてよっ!!」
九条が文句を言う。煽られて素直に悔しがった御九里がギリリと歯噛みする音が響く。
「野郎・・・自分から落ちやがった」
そう、御九里が斬撃を繰り出す寸前、自分の防御が間に合わないと悟ったクチナワはそのまま樹から落下する道を選んだのだ。御九里が着地する寸前に聞いた音は、彼が地面に激突する音であった。御九里はその瞬間を見ていたので、クチナワに『逃げられた』ことを悟っていた。
だが、彼らは知る由もないことなのだが、クチナワ自身は落下する寸前、彼は緩衝材とするべく落下地点に蛇を召喚したものの、その衝撃が激しく、背中をもろに打っていた。息が止まり、視界が暗転し、気絶していたのである。そして、彼の気絶とともに、彼が召喚した全ての幻獣生物は消えていたし、異形ではない蛇たちは消えこそしていないが、その大半は彼の落下した衝撃で死んだか逃げたかしてしまっていた。つまり、実際は九条と御九里が警戒する必要はなくなっていたのである。
もし今、広場を俯瞰で見ているものがいたらこう見えただろう。
樹の下で気絶しているクチナワ。
それがまだ活動していると思い、その動向を警戒しあたりを伺い続ける九条と御九里。
そして、睨み合うダリとカダマシ。
こうして、カダマシ対ダリ、クチナワ対御九里・九条戦は、視界が悪い広場において、互いに膠着の様相を呈することとなっていた。
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