天狐あやかし秘譚

Kalra

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第14話:辻神

第58章:死生有命(しせいゆうめい)

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♡ーーーーー♡
【死生有命】人が生まれたり死んだりすることは、天命によって定められたものであり、どうすることもできないということ。
自由意志は何処いった!?みたいな。
♡ーーーーー♡

【1ヶ月ほど前の3月下旬】
女がひとり、闇の中、息を切らせて必死に走っていた。
女は20代後半くらいだろうか、顔を引き攣らせ、必死の形相で森を疾駆していた。足元はストッキングのみで靴をはいていない。舗装も何もされてない自然のままの道なき道をそのままの状態で駆けていたものだから、足の裏は小石などを何度も踏み、傷だらけになっていた。しかし、そんなことにかまっていられないほど、女は焦っていた。

なんで・・・なんであんなことに!?

何が起こったのか、全くわからなかった。
わからないが、アレから逃げなければ命がない、ということはわかった。

逃げなくちゃ、逃げなくちゃ・・・

眼の前の藪を手で強引に切り開き、女は進み続けた。
ガサガサガサ・・・
そんな女の後ろで、灌木が音を立てる。

「ひぃ!」

小さく悲鳴を上げる。怖くて後ろを振り向くこともできない。

アレが・・・追いついてきた・・・。
デタラメに森の中を駆けてきたので、何処をどう走ってるかもうわからない。彼と乗ってきた車まで戻れれば違うのかもしれないが、それがどこなのか、もう全く方向がわからない。

そんな女の目の前、木々の間をさーっと光が一本横切ったのが見えた。

ヘッドライト!?

道路があるんだ。人がいるんだ!
あそこまで行けば助かる・・・。
車に乗せてもらえれば、アレから逃げられる・・・!

女は走った。

ガサガサガサ
たたったたた・・・

後ろから確実についてくるアレの気配を振り払うかのように。距離は大分詰まってきているようだった。まずい、まずい、まずい!

ふっと背中に風のようなものを感じる。
何?と思い、振り向くとそこには・・・、

大きく黒い翼のようなものを広げ、目に当たるところから赤い涙のようなものを流しているアレが・・・。

「ひぃいいいい!」

恐怖のあまり、距離を引き離そうと大きく地面を蹴った。道路はすぐそこだった。とにかくあそこに出なければ、その思いが先走りすぎてしまった。
目の前に両腕をかざして顔を守りながら、自分と道を隔てる藪を一息に飛び越えた。

越えた!

道に出た。懐かしいアスファルトの感触。
たすか・・・

その瞬間、女の顔をヘッドライトが強く照らす。
ブレーキ音、焦げ付くような匂い・・・
ゴン、という鈍い音。

何が起こったかわからない。身体が燃えるように熱くなり、全く動かなくなった。
誰かが遠くで何かを言っている。

伝えなきゃ・・・伝えなきゃ・・・
助けて・・・・助けて・・・

「・・・だした・・・ばけ・・・にげ・・・」

そこで、女の意識は途切れてしまった。

☆☆☆
「・・・以上が4月に入ってから東京、大阪、仙台などで確認されている怪異です」
私の目から見ても青っちょろい顔をした青年、廣金ひろがねが報告レポートの読み上げを終えた。廣金は占部衆に配属されたばかりの陰陽師である。頭もそこそこ切れるし、霊的なものも含めて能力としてはバランスよく高い。

でも、いかんせん、青瓢箪・・・

そんなこと言ったら、お前が好きな宝生前だってナヨ系だし、似たようなものじゃないかと突っ込まれそうだが、あっちは落ち着いたダンディズムがあるが、廣金は色気に欠ける。やっぱり宝生前には遠く及ばない。

「土門様?」

設楽に声をかけられてハッと我に返る。いかんいかん・・・今は衆の会議中だ。
設楽は例の疱瘡神の騒ぎのときに赤咬病に侵されてしまったが、疱瘡神の封印とともに回復、2月末には復職を果たしていた。

いかんいかん、先日宝生前と一晩中飲み明かしてから、ますます彼のことが好きになってしまい、つい頭の中がピンク色に・・・。
私は頭を軽く振ると、会議の方に意識を戻した。

廣金の報告は簡単に言えば、最近、東京を始めとした都市部で突如不吉な予言をされるという例が多発している、というものだった。実際に予言を受けた人が死んだ・・・みたいな例は、まだ報告がないが、怪我をした事例はあるようだ。また、詳細は調査中だが、どうやら同様の怪異にあった後に行方不明になっている人もいるようだった。

廣金の報告によると、例えば怪我をした事例とは、このような話だった。
これは、32歳の女性会社員の供述だ。

☆☆☆
あれは、4月に入ったばかりの頃のことです。
まだ桜の花が満開に近く、ハラハラと散る様子がきれいだったのを覚えています。

年度初めで諸事務が立て込んでいたせいで、会社を出るのが遅くなった私は、家路を急いでいました。時刻は夜の10時を回っていたと思います。

私が住んでいるところは、駅の近くはそこそこ賑やかなのですが、表通りを一本入ると急に暗くなるのです。ただ、表通りから自分の家まではそれほど距離もなく、暗い道を歩く時間は短かったので女の私でも夜に帰宅する上でさほどの抵抗はありませんでした。

ただ、先程も申しましたように、暗いは暗いのです。春先の夜で、ちょっと生暖かいというか、じっとりと湿り気のある風が吹いているのもあって、若干嫌な感じでした。

「早く帰ろう」

そう思って足を早めていました。路地を曲がり、少し坂を降ります。降りきったところに白銀の街灯がありました。白銀灯のあるところはT字路になっており、突き当たりの向こうは電車の線路が走っています。このあたりが私の家に帰る道の中でも一番人がいないところなのです。

今日も人いない・・・と思っていたのですが、白銀灯の下に、人影があるのが見えました。男性でしょうか。背丈は170センチくらいの大きくもなく小さくもない感じで、黒っぽいスーツを着ているみたいでした。顔は陰になっていてよく見えないですが、髪型はセンターで自然に分けている感じで、こっちもこれといって特徴がない感じでした。

にも関わらず、私はとても不気味に感じました。なぜなら、別に電話をしているわけでもないし、誰かを待っている風でもない。なのに、こっちの方に身体を向けて、俯いて仁王立ちしていたからです。

変質者だったらどうしよう。

一瞬いやな考えが頭をよぎりました。とにかく、距離を取って通り過ぎよう。もし、追いかけてきたら大声を出そう。そう心に決めて、不自然に思われない程度に、できるだけ大きく迂回して、その男から距離を取るようにして歩きました。

そして、ちょうど、その男の横を通り過ぎようとしたときのことです。

「・・・・ひとよ うらまさにせよ」

男の人が何やらブツブツと言っている声が聞こえました。聞き取れたのは最後の方の言葉だけでした。

気持ち悪い・・・そう思って更に足を早めたところで、今度は明確に私に向かって話しているような声が聞こえたんです。

「ゆくみち あしがおれて めがきえる」

一瞬何を言われたのか意味がわかりませんでした。びっくりしてしまったせいで、構わないほうがいいとは思ったのですが、思わず振り返ってしまったのです。

でも、そこにはさっきまでいたはずの男性はいませんでした。
3日後、その私は同じ道を夜歩いている時、突如横から飛び出してきた自転車にぶつけられて転倒、その拍子に右足をひねり捻挫をし、また、後頭部を強く打って失神しました。

まさに「足が折れて、目が消えた」のです。

☆☆☆
都内だけではなく全国の都市部で、このような不気味な予言をする『何か』が何度も目撃されており、それに遭遇した人の中には、実際に災いを被っている者がいる、というのだ。その報告件数と、実害から陰陽寮も動くことになった、というわけだ。

「今のところ、陰陽寮が把握してるだけで、怪我をした者が36名、行方不明者は4名です。
1件目は34歳女性 仙台にて怪異に遭遇、足を折る怪我
2件目は23歳女性 京都にて遭遇後、消息不明。友人の男性が見ていたことで通報あり。
3件目は18歳男性 名古屋にて遭遇、こちらは声をかけられただけのようです。
4件目は44歳女性 東京にて遭遇、こちらも声掛けのみです。
5件目は28歳女性 東京にて遭遇、両足のくるぶしを負傷。
6件目は32歳女性 東京にて遭遇、両足と後頭部の負傷、これがさっきの事例ですね。
7件目は22歳男性 大阪にて遭遇、右手を負傷。
8件目は・・・」

「もういいのです!」
思わず叫んでしまった。この調子で40件読み上げる気かい!

「申し訳ありません。えーと・・・行方不明者はもしかしたら暗数がある可能性がありますが・・・。40件の報告が上がっています。さて、土門様・・・いかがしましょう?」

私の叫び声をいにも介さないこの男は、名を冴守さえもりという。会議にて私の横に座っているのだが、彼は占部衆で「属の四位」の位階を頂く人間である。位階を授かっているだけあって、能力は優秀、家柄もよく、冴守家は室町時代から代々続く陰陽師の家系であり、言ってみればサラブレットだ。更に言えば、こいつは廣金と違って身長180センチを越えており、筋肉質で、なかなかのハンサム男だ。趣味は筋トレとか言っていた。
だけど・・・。

こいつも真面目人間でつまらないんだよなあ・・・
それに並んで歩くと、私は頭2つ分ほども小さいので、見上げて話さなきゃいけないので大層うっとおしい。正直、あまり好きくない。萌えない。

まあ、別に私を楽しませるために配置されているわけではないので仕方がないが、どうして我が衆は、こうクソ真面目なヤツばっかなんだろう。・・・まあ、それは問われるまでもなく、占部衆が占術他、情報の収集や分析など、割と陰陽寮の中でも理知的な業務を所掌しているから、だろう。仕事の特性上、必然的にデータをいじるのが趣味、みたいな根暗なやつばかりが『適性がある』ということで配置されてくる。

「つまらないのです・・・」
「はい?」

しまった。
思わず漏れた心の声に律儀に冴守が反応する。

「いや、こっちのことなのです」
「えっと・・・真面目にやってください。土門様」
あーあ、怒られてしまったよ・・・。
早く終わらせて、飲みに行きたい。

仕方がない、じゃあ、改めて・・・
ちょっとはこの衆のボスらしいところを見せなければいけない。

「多発しているのは、道に現れ、災いを振りまく怪異・・・なのです。話に共通するのは、『夜』『交差点』というところ。これから類推するに最も疑わしい怪異は・・・」
「辻神・・・ですか?」
冴守が続けた。
「そうなのです!さっき言ってたOLさんの体験談にあった
 『・・・ひとよ うらまさにせよ』は
 多分、辻占の呪言歌なのです」
「呪言歌?」
廣金が怪訝な顔で言った。
「辻占いをする際に用いられる有名な歌のことですね。確か・・・
 
『ふなとさへ 夕占の神に物問わば 道行く人よ 占正にせよ』

 でしたか」
勉強家の設楽がその知見を披露する。
「そうなのです・・・本来は、いろいろなところから往来する人が口にする言葉から、未来を予知するための託宣を受け取る『辻占』のときに使われる呪言なのです。それを使って、辻にわだかまる魔から託宣を受けて『呪い』として人に放っている・・・みたいなことではないかと思うのです」
「つまり、辻に立ち、人に災いを為す辻神が現れていると?」
「そう、私は考えるのです」

古来より、辻、つまり交差点は、違う場所が交わる場所ということで、異界への入口が開きやすい魔所のひとつだった。そこに立ち、人々に災いを振りまくものは多く報告されている。曰く、辻神、マノモンスジ・・・。それに類する怪異だということだ。

局所的に現れているだけなら、そこに祓衆の者を派遣して追っ祓えばよいのであるが、今回のケースでは『辻神』(現れている怪異が辻神と仮定してだが・・・)自体が、都内は愚か全国各地に現れるという神出鬼没ぶりである。次にそいつが何処に現れるかを特定しないと祓うにしても封じるにしても、難しい。そこが問題なのだ。

ああ・・・でもなあ・・・

「次に現れるところを予想する必要がありますね。」
クソ真面目な冴守が、私があえて言わなかった言葉を口にする。
私は、う・・・と声を詰まらせた。

予想する・・・ということは・・・

「よろしくお願いします。土門様・・・」
冴守がこちらに向かって頭を下げる。確かに、占術は私の十八番ではあるが・・・

はあ・・・
今日は早く帰りたかったのに・・・。
ん?いや、待てよ・・・。

この時、私の頭にひらめくことがあった。

うんうん・・・そうだ・・・そうしよう!

ぱっと顔を起こすと、一同に言った。
「わかったのです!まかせるのです!!」

ふふふふふ・・・
今度こそ・・・頑張るのです!

私がほくそ笑んでいる様子を見て、冴守はじめ、我が衆の男連中が一層引いた顔をしていることに、私は気づくことはなかった。

この時、私の頭の中は、ピンク一色に染まっていたのである。

☆☆☆
「宝生前」
先日の管狐に関する報告書をまとめていると、我が祭部衆のボス、大鹿島様から声がかかる。はい、と返事をしてそちらを振り仰ぐと、ちょうどパソコン画面から顔を上げた大鹿島様と目が合った。

「レポートは後どのくらいかかりますか?」
そんなに、これは急ぐのでしょうか・・・。そう訝しく思いながらも、あと小一時間ほどですと答えると、彼女はやや視線を左上に持ち上げて思案顔をした。

「それでは、それは後回しで良いので、占部の方に行ってください。応援要請が来ています」
占部から?・・・しかし・・・
私は手元の端末の画面を見る。時刻は16時を回っており、これから応援となると、今日は帰りが大分遅くなりそうだ。明日は1限から大学の方の講義が入っているのであまり遅くなりたくないのだが・・・。
「九条くんや敷島さんではまずいのでしょうか?」
九条くんは私と同じ『属』の位階を持っている。敷島さんは位階こそ授かっていないが、大鹿島様の懐刀と言われるほどの実力の持ち主だ。全く遜色はないはずである。
「先方からの指名なのです。どうやらあなたの持つ『知識』の方を求めているようです」
つまり、陰陽師としての実力よりも、私の民俗学者としての知見が必要だと?

そう聞くと若干興味が湧いてきた。要は私のフィールドに近い事案が起こっている、ということだ。
少し考えたが、引き受けることにした。まあ、そもそも、上司からの指示なので基本『断る』という選択肢はないのであるが・・・。

「わかりました」
だが、直後、私はいたく後悔することになる。
「良かったです。これで土門さんも喜ぶことでしょう」
・・・
依頼主は、あれか・・・千里眼土門・・・
若干・・・いや、結構、嫌な予感がする。
私の脳裏に、占部衆筆頭土門杏里の、例のニカッと笑う姿がよぎった。

☆☆☆
「宝生前さん!いやあ、お忙しいところ、本当に申し訳ないのです!!」

占部の部屋を訪ねると、奥から土門がすっ飛んできた。30代のなかなかに美形に属するのではないかという女性であるが、相変わらず不思議な出で立ちをしていた。
服は紫をベースにした貫頭衣風で、あちこちに金糸で不思議な文様が描かれている不思議な着ており、髪の毛は美しいストレートだが、見る角度によってはこれも紫に見えるのだ。さらに、化粧は濃くはないものの、紫色のアイシャドーを強く入れていて、これもまたエキセントリックな外見に磨きをかける一因となっている。なんというか、全体的にアフリカなどにいそうな女シャーマンを彷彿とさせるのだ。その話し方も相まって、良く言えば個性的、悪く言えばたいそう変わった人、という印象を周囲に与える。

しかし、彼女の持つ摩訶不思議さの真骨頂は、実際は、その能力の方にある。

千里眼の二つ名を持つ彼女の際立った能力は、陰陽寮の何者の追随も許さないほどの占術である。一説には、それは占術を越えて『予知能力』なのではないかという噂もあるくらいだ。

こんな、一癖も二癖もある土門は、もし陰陽寮の中で『変な人ランキング』なるアンケートを取ったら間違いなく1位、2位を争うことになるだろうと思われる女性なのだが、私にとって一番『変わっている』と思うのは・・・

「あなたと一緒に仕事ができて嬉しいのです!」
ぎゅううっと私の手を両手で包み込むように握り、ブンブンと振り回す。手が子どものようにしっとりと温かい。確か自分よりも10近く年下のはずだが、もっと幼いのではないかと勘違いしてしまいそうになる。

そう、『変わっている』のはここだ。この女性は私のことが『好き』・・・おそらく、多分・・・信じられないことだが、恋愛対象として『好き』なようなのである。

ちなみに私はゲイである。
別に隠す必要は感じないので、聞かれればそう答えるが、特に聞かれなければ言うことはない。大学や陰陽寮の同僚は私がゲイであることを知っている人と知らない人は半々といったところだと思う。そして、情報屋を自認する土門は当然『知っている』側だ。

にも関わらず、私に対してめちゃくちゃ積極的にアプローチしてくるのだ。
そもそも、10歳近く年上の男性である時点で恋愛対象となるのか甚だ疑問だし、さらに、性的指向が違うことを承知でここまで積極的なアプローチをしてくるのは一体どういうことだと不思議に思うのだが、事実なので仕方がない。そして、土門は立場上、直属ではないにしても私の上司に当たるので、こんな風に、私を自分の仕事に巻き込むこともできてしまうのである。

ちなみに、我が衆のボスであるところの大鹿島様は、いい人なのだが、こういった色恋沙汰にはとんと疎く、土門の邪悪な(?)欲求を理解してはいない。いないので、普通に依頼を受けてしまったのだろう。彼女を責めることはできない。

「あの・・・趣味で呼んだのでしたら、私、帰りたいんですけど」
私自身は土門には1ミクロンも興味がないので、セクハラめいた依頼ならさっさと帰りたいのである。踵を返して帰ろうとする私の腕になおも土門が追いすがってくる。

「いや!そんなことはないのです。あなたの力が必要なのです!!」
必死だ。必死なのだが、それが余計に私の心に『面倒くさい』という思いを掻き立てる。しかし、次の言葉で、私の耳がピクリと反応した。
「辻神を一緒に追ってほしいのです!」
「辻神・・・?」
「そうです。うまくすれば久那土神くなどのかみさいの神なんかとも会えるかもしれませんよ?」
「・・・」
「突然、あちこちに発生した辻神!もしかしたら、どなたかが封印されていたものを壊した・・・とか。封印の儀式は誰がしたのでしょう?いったいどうやって?知りたい・・・知りたいですよね?興味深いですよねぇ?」

確かに・・・興味・・・深い・・・

「久那土神と言えば、イザナギが黄泉から立ち戻った時に投げ捨てた杖から現れた『道を封印する神』・・・もしかしたら失われた祭具『衝立つきたつの杖』に巡り会えちゃうかも♪」

・・・

「ね?一緒に探しましょう?」
ちらりと後ろを伺う。うるると目をうるませている土門の表情が若干気になるが、学術的に久那土神にまつわる文献や資料は非常に貴重である。
「わかり・・・ました・・・」
私が了承した途端、『よっしゃ!』とばかりに彼女が小さくガッツポーズをしたのは、この際、見なかったことにしよう。

こうして、私は土門とともに、『辻神事案』の調査に臨むことになったのである。

☆☆☆
「ちゃっちゃと占いますからね!」
土門は女陰陽師が祭祀の際に身につける白拍子と言われる衣装に着替えていた。いつものシャーマンチックな格好を見慣れているものだから、本格的な衣装を身に着けているとなんだか新鮮な気がしてしまう。

手には式占盤と言われている古来より伝わる占いの道具があった。十干十二支と星の配置、方位等から、主として物の在処や事柄の行く末を占うためのものである。

それらを持って、彼女は占部衆の部屋に奥に設えてある占術の専用の堂に入っていく。私は入ったことはないが、どうやら五角の形をした堂で、中央で式占盤を用いるらしい。そもそも、彼女の占い自体は秘術であり、占いを行っている様子を見ることは通常できないのだ。

「長くとも30分程度だと思います。」
占部の陰陽博士、冴守が言った。とりあえず、冴守が勧めてくれた椅子に座って待つことにする。

そもそも、辻神とは、主として淡路島や鹿児島県屋久島に伝わる怪異である。T字路や十字路のような『辻』に現れたり、T字路の突き当りの家に発生し、人々に不幸をもたらすモノと言われている。『神』とついているが、いわゆる信仰対象としての神ではなく、妖怪であり、この場合の神は古いものが変化した妖怪である『付喪神』についている『神』という言葉と似たようなニュアンスであるといえる。

古来より道とは異なる世界を結ぶものであり、それが交わる『辻』は危険な場所、魔所とされていた。特に多くの者、想いが行き交う都会では、そこに瘴気がわだかまり、鬼道が開くことすらあるのである。

なので、こういった辻には道祖神や地蔵などが立てられたり、また、道が村に入り込む境界には『久那土神』を祀り、邪悪なものが入ってこないような措置が施されたりもするのである。久那土神は「」、つまり「来てはいけないところ」であるという意味を名に持つ神である。遠く神代の昔、イザナギが亡くなったイザナミを求めて黄泉に下り、そこから命からがら抜け出した際に、黄泉の国で化け物に変貌したイザナミに対して「こちらに来るな」という意味で杖を投げ捨てたという。この杖が神格化されたものが「久那土神」であり、その杖を「衝立の杖」という。

古い神であり、全国に祀られてはいるが、その発祥、伝承、他の神仏との関連などについてはまだまだわかっていないことが多いのである。

辻神は『辻に立つ魔』であり、それを封印していたとしたら確かに『久那土神』であることは想像に固くない。この事案を追えば、辻神を封印していた場所、方法などがわかり、これら神について新たな資料を得る事もできる可能性があるのだ。

若干貞操の危機も感じるが、興味深いことは確かですからね・・・。

こんな事をつらつら考えている内に、土門が堂から姿を表した。

「さあ!居場所がわかったのです!それでは参りましょう!!
 デー・・・じゃなかった、辻神の捕縛に!」

今、デートって言いかけなかったか?
やっぱり、貞操の危機を感じる・・・。

☆☆☆
「これ、似合いますか?」
土門が薄い茶色のゆったりとした服を商品棚から取り、身体にあてがってこちらに見せてくる。柔らかそうな素材だ。ルームウェアなのだろうか?ゆったりとしたフォルムで飾り気がない。普段の不思議ファッションからすると、格段に大人し目である。

「私がこれ着て、部屋で一緒にカクテルとか飲んだら、襲っちゃいたくなります?それともこっちのほうがセクシーでしょうか?」
違う服だ。こちらは先程のと異なり、白ベースで肩紐で吊るすタイプで胸が大きく開いている感じのものだ。スリップドレスと言うらしい。一応その上から羽織るようなローブがついているが・・・まあ、確かに胸がある人が着れば、見る人が見ればセクシーなのだろう。

見る人が見れば、であるが。

「あの・・・土門・・・様?この時間は一体・・・」
先程から30分ばかり土門に連れ回されるがまま、ここ『表参道ヒルズ』の中のショップを引き回されている。土門はいたく楽しそうであるが、仕事でないのなら私は帰りたい。

私の呈した疑問に土門が顔を真赤にして反論してくる。
「な!・・・これは必要なことなのです!未だ怪異が現れるには少し時間があるのです。それまで・・・そう!地元住民の安全を守るべくパトロールです、パトロール!これも我々陰陽寮職員の大切な務めなのです!」

・・・・。
ものすごく言い訳がましい。

どこまで本気なんだ、この人は・・・。
はあ、と私はため息をつく。

要はまだ辻神が現れるまで時間がかかるから暇つぶしにつきあわされている、ということなのだろうと理解する。しかし、いつ、どこに怪異が現れるかは当然占った当人である土門しか知らないわけで・・・

仕方がないですね・・・

「次はあっちにパトロールに行くのです!」
ビシッと指さした先には、クレープを扱っているカフェがあった。

「あの、あざらしさんのクレープを買うのです!」
メニューを見ると、確かにアザラシの顔の形をした求肥に包まれたジェラートがあしらわれているクレープがある。

「あの・・・あれが辻神に・・・」
「関係あるのです!!」

はあ・・・
まあいいか。ちょっとお腹も空いてきたので、私もなにか・・・。

私もパストラミビーフとほうれん草のサレを包んだクレープを注文する。

「お代は宝生前さんにお願いしたいのです!」
「なんで!?」
「彼氏にお代を出しもらうのが夢なのです!」
「彼氏じゃないです」
「硬いこと言わないでください」

・・・ダメだ・・・話聞かないよ。この人。
諦めてクレジットカードで決済をする。

店の表で座って食べられるところがあるので、向かい合って食べる。土門はいたく満足げだ。
「これ、この間、雑誌で見かけてから食べたかったのです!」
そして、じっとこちらを見ると、
「あげませんよ?」
と。いや、別に物欲しそうな顔してませんし。それにこんな時間にそんなもん食べたら太ってしまう。
「でも、どうしてもと言うなら、ここん所、ちょっとだけあげても良いのです」
そういって、わざわざ自分がかじったところを指差す。
「間接キスなのです♡」

あ・・・頭痛い・・・。
私は額を押さえた。

「いりません」
そう言うと、彼女はなんだか、がっかりしたような顔をした。

そんな会話をしつつも、クレープを食べ終わった。クレープは意外とお腹にたまり、空腹感は大分紛れた。とはいえ、そろそろ本題に入っていただかないと・・・、そう思いかけた時、

「宝生前さん、顔そのままですよ?
 後ろの方、立ち上がったら、追いますよ」

と土門が声を潜めた。

え?と思う間もなく土門がササッと荷物をまとめ、立ち上がったので、私も慌ててそれに従った。

土門の視線の先には、20代後半くらい、白のパフスリーブのブラウスに、薄茶のロングスカートを履いたOL然とした女性が歩いていた。

「追うのです」
そう言うと、土門が私の腕にしがみつくように腕を絡めてきた。
「な!?」
「し!静かに!ここは表参道ヒルズですよ?男女で歩く以上、カップルのふりをするのが一番怪しまれないのです!」

そう言って腕を絡め、胸を押し付けてくる。明らかに顔がにやけているので、この行為が『怪しまれないため』では絶対ない、というのはよく分かる。

だいたい、怪異が『こいつらカップルじゃねーのかよ、怪しいな』とか思うわけ無いでしょうに・・・。

だが、言い返すのも面倒なので、放っとくことにした。
女性はヒルズを出ると、表参道方向に進んでいく。時刻はまだ19時なので、これから食事か買い物に行くのかと思いきや、そうではないようだ。彼女は表参道の大通りを過ぎ、住宅街の方に入っていった。どうやら、この近隣にお住いの方で、このまま帰宅するつもりのようだ。

表参道も一本道を入れば真っ暗なところがある。遠くにビル群があり、きらびやかな明かりが灯っている分、裏に入ると、余計に道の暗さが際立っている気がする。人通りもなく、都会にありながら、うら寂しい感じがした。

眼の前の女性がその先にある細い道との交差点、四つ辻に差し掛かろうとした時。

「あ・・・」

白銀灯の下に暗い影のような男が立っているのが見えた。
あれが辻神?

私の注意が辻神に注がれた。
その時、同時に土門が
「宝生前さん♡」
と、私の名を呼んだ。
不意打ちだったこともあり、私はそのまま無防備に彼女の方に顔を向けてしまった。

刹那

唇に温かい圧力を感じた。そして、
「あとは・・・頼みましたよ?」
こう言い残すと、戸惑う私を置いて、彼女は辻神の方に向かって走り出した。

「きゃ!」

眼の前の女性は、突如後ろから自分を追い越してきた土門に驚き軽い悲鳴を上げる。土門は女性に目もくれずに走っていき、交差点に差し掛かった。

その一瞬、

『のまれてきえる』

低い、男の声でそう言ったのが聞こえる。白銀等の明かりの下、紫の衣装に身を包んだ土門の影がゆらりと陽炎のように揺らぎ、そのまま闇の中に解けるように消えてしまった。

まさか!

慌てて私も四つ辻に向かい、見回したが、そこには辻神も土門も影も形もなかった。

やられた・・・。

あの様子からして、土門はおそらくこうなることを予期していた。その上で『頼みましたよ』と言い残したのか?

それに・・・。
唇に手を触れる。そこが、やけどしたみたいにひりつき、熱かった。
さっきは一瞬混乱したが、ここにきて、やっと私は、さっき自分が土門からキスをされたのだと理解した。

いったい、私にどうしろっていうんですか・・・

「土門・・・さん」
呟いた声もまた、白銀の照らす闇に溶けていった。
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