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創生篇
第七話:自由都市クロスロード
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数週間の旅の末、ルシアン一行はついに目的の地にたどり着いた。
目の前にそびえるのは、シルベリア王国のどの街とも違う、巨大で雑多な城壁。ひっきりなしに出入りする人々の中には、屈強な体躯を持つ獣人や、背は低いが頑健なドワーフ、エキゾチックな衣装をまとった商人など、故郷の貧民街では決して見ることのない多様な種族が混じり合っている。
「わー……! すごい……!」
エリアナが、子供のようにはしゃぎながら歓声を上げた。金色のサイドテールが、ぴょんぴょんと楽しそうに揺れている。街の門から流れ込んでくるのは、圧倒的な活気と混沌。様々な言語が飛び交い、嗅いだことのない香辛料の匂いや、昼夜を問わず響き続ける鍛冶の音が、一つの巨大な渦となって三人を飲み込んでいく。ここは、自由都市クロスロード。
長旅で空腹だった三人は、まず屋台が立ち並ぶ一角に足を向けた。香ばしい匂いを漂わせる串焼き肉の屋台に、エリアナが駆け寄る。
「おじさん、これ一本ちょうだい!」
「あいよ! 一本50ゴールドだ!」
威勢のいい店主の言葉に、エリアナは懐から銅貨5枚を取り出して手渡した。熱々の串焼きを受け取ると、彼女はルシアンたちの元へ戻ってくる。
「これが50G……」
ルシアンが呟くと、エリアナは「そうだよ」と頷いた。
「私たちが持ってるのは、全部で100万G。ほとんどが金貨だけど、金貨1枚は10万Gだから、こんな屋台で使えるわけないでしょ。銀貨1枚が1,000G、銅貨1枚が10G。この街じゃ、これが当たり前みたい」
ブレンナが、その言葉を受けて静かに補足する。
「100万Gと聞くと大金に思えるけれど、一日三食を普通に食べるだけで、一人あたり数百Gは消えていく計算ね。宿代も考えれば、何もしなければ半年ほどで尽きてしまうでしょう。贅沢はできないわ」
その言葉は、ルシアンに現実を突きつけた。この街で生き抜くには、感傷に浸っている暇などない。稼がなければ、未来はないのだ。
ひとまず身を落ち着けるため、彼らは比較的安価な宿屋を見つけ、部屋を一つ借りた。宿の主人は無愛想なドワーフで、ルシアンが差し出した銀貨数枚を無言で受け取ると、鍵を一つ放り投げただけだった。客の素性など、まるで興味がない。この街の空気を、そのまま体現したような人物だった。
「母さん、まずは休んで」
長旅の疲れと、まだ万全ではない体調を気遣い、ルシアンはブレンナをベッドに横たわらせた。今日はここで休み、明日から本格的に動き出す。三人の意見は一致していた。
◇
翌日、情報収集が始まった。主導権を握ったのは、やはりエリアナだった。
「こういうのは、私に任せて!」
彼女は酒場での経験を活かし、活気のある市場や、昼間から開いている酒場を巡っては、人々の会話に耳を澄ませる。時には持ち前の愛嬌で商人に話しかけ、商品を褒めながらおまけをねだったり、エールを運ぶふりをして屈強な傭兵たちのテーブルに近づいたりと、その行動は危なっかしくも、不思議と人の懐に入り込む魅力があった。
宿に戻ると、エリアナは興奮した様子でまくし立てた。
「あのね、この街には王様がいないんだって! 代わりに、すっごく偉いギルドが二つあってね……」
断片的な情報を、ブレンナが静かに整理していく。
「どうやらこの街は、特定の王や貴族ではなく、二つの大きな『ギルド』によって、実質的に支配されているようね」
ブレンナの分析は的確だった。
一つは、経済と流通を牛耳る商人ギルド。莫大な富を持つが、加入には多額の資金と厳しい審査が必要で、今の彼らには縁のない世界だ。
もう一つは、街の治安維持や、周辺の魔物討伐などを請け負う武力の集団、冒険者ギルド。こちらは、実力さえあれば誰でも登録できるという。
その鋭い分析力に、ルシアンはふと疑問を口にした。
「母さんは、どうしてそんなに詳しいんだ? まるで、こういう状況に慣れているみたいだ」
「……ええ。少しだけね」
ブレンナは、遠い目をして語り始めた。
「あなたには、まだ話していなかったわね。私が、あの貧民街で暮らすようになった理由を」
彼女はかつて、王都で宮廷書記官の助手として働いていた。平民でも就ける仕事の中では、知識と正確さを求められる、誇りある職だった。だが、ある時、彼女は見てはいけないものを見てしまった。一人の有力貴族が、公共事業の予算を不正に流用している証拠を。
「正義感、なんて言うと格好つけすぎね。でも、私は見て見ぬふりができなかった。正式な手順で、監察官に報告しようとしたの。でも……」
相手の権力は、あまりにも強大だった。
「私は、逆に重要書類を盗んだという濡れ衣を着せられ、職を追われた。王都にはもう、私の居場所はなかったわ」
全てを失い、流れ着いた先が、あの貧民街だった。
「絶望の中で、全てを諦めかけていた。そんな時に……あなたを見つけたのよ、ルシアン」
ブレンナは、愛おしそうに息子の頬に触れた。
「路地の隅で、毛布にくるまって泣いていた、小さなあなたを。あなたは、私の新しい希望になった。この子だけは、私が絶対に守り抜くんだって……そう思わせてくれたの」
それは、ルシアンが初めて聞く、自分の出自と、母の過去だった。
そして、最も重要な問題が明らかになった。
「どちらかのギルドに登録して、発行される『ギルドプレート』がないと、まともな仕事に就くことも、家を借りることもできないみたい。流れ者扱いされて、結局は宿代で有り金が尽きるのを待つだけになっちゃう……」
エリアナが悔しそうに言った。ギルドプレート。それが、この街で生きていくための「身分証」だったのだ。
◇
その夜、宿屋の一室で、三人は今後の身の振り方について話し合っていた。
選択肢は、事実上、一つしかなかった。商人ギルドは、彼らの持つ100万ゴールド(金貨10枚)という全財産を以てしても、登録すらできない。
「冒険者ギルド……」
ルシアンが呟いた。母と同じ過ちを繰り返さない。そのためには、理不尽に立ち向かう力が必要だ。森で得たこの力は、そのためにある。
「俺がやる。冒険者になって、金を稼ぐ。それが、俺たちがここで生きていくための、一番確実な道だ」
「待って! 私もやる!」
即座に、エリアナが声を上げた。
「え、エリアナも?」
「当たり前でしょ! 運動能力には自信があるし、ルシアン一人に危険なことをさせるわけにはいかないじゃない!」
彼女はぷくっと頬を膨らませた。
「それに……もう、見てるだけは嫌なの。あなたが連れていかれた時、私は何もできなかった。それが、ずっと悔しかったんだから……。今度は、私も隣で戦う!」
その瞳は真剣で、ルシアンは何も言えなくなった。
ブレンナは、そんな二人の顔を静かに見つめると、ゆっくりと頷いた。
「……分かったわ。でも、絶対に無茶だけはしないで。あなたたちが帰ってくるのを待つのが、私の仕事だから」
翌日、三人は冒険者ギルドの前に立っていた。
ごくり、とエリアナが喉を鳴らす。建物自体は古びた石造りだが、ひっきりなしに出入りする者たちの熱気が、扉の隙間から漏れ出ているようだった。
「行くぞ」
ルシアンが短く告げ、重い木製の扉を押し開ける。
瞬間、むわりとした熱気と汗、そしてエールの匂いが三人を包んだ。鎧の擦れる音、武器を自慢する野太い声、テーブルを叩く下品な笑い声。そこは、屈強な冒険者たちの欲望と活気が渦巻く、荒々しい場所だった。
場違いな若い男女と、その母親らしき女性の登場に、ギルド中の視線が一斉に突き刺さる。好奇、侮り、そして獲物を値踏みするような目。エリアナは一瞬怯んだが、すぐに胸を張り、ルシアンの隣に並んだ。ブレンナは、心配そうに二人の一歩後ろに控えている。
ルシアンは、周囲の視線を意にも介さず、まっすぐにカウンターを目指した。カウンターの向こうでは、長い髪を無造作に束ねた、気だるげな女性受付員が頬杖をついている。
「登録をしたい」
ルシアンが声をかけると、受付員はちらりと彼らを見上げ、面倒くさそうにため息をついた。
「またお遊びのガキかい。うちは託児所じゃないんだよ。死んでも文句言うなよ」
「構わない」
ルシアンの即答に、受付員は少しだけ目を見開いた。
「ふーん……。名前は? 登録料は一人1万G。プレートを失くしたら再発行は10万G。ギルドはあんたたちの面倒も見なけりゃ、死体の回収もしない。それでいいね?」
「ああ」
「私も、お願いします!」
エリアナも、負けじと声を張った。
1万Gは、銀貨にして10枚。決して安い金額ではない。ルシアンは黙って銀貨20枚をカウンターに置いた。受付員はそれを受け取ると、二つの黒い水晶球を差し出す。
「これに手を乗せな。あんたたちの名前と、魔力の有無くらいは記録されるから」
まず、ルシアンが水晶球にそっと手を置いた。
……。
水晶球は、何の反応も示さない。ピクリともせず、ただの黒い石のままだ。
受付員は、鼻でふっと笑った。
「はっ、魔力ゼロかい。威勢がいいから、少しは期待したけど……。あんた、ただの顔がいいだけの坊やだったんだね」
その嘲笑に、エリアナの眉がカッとつり上がった。
「なっ……! 何よその言い方!」
「事実を言っただけだよ、お嬢ちゃん」
「あんたにルシアンの何が分かるっていうのよ!」
今にもカウンターに掴みかかりそうなエリアナの肩を、ルシアンが静かに掴んだ。
「エリアナ、いい」
「でも!」
「いいんだ」
ルシアンの落ち着いた声と、真っ直ぐな瞳に、エリアナはぐっと言葉を飲み込んだ。
次に、エリアナが不満げに水晶球に手を置く。すると、彼女の感情に呼応するかのように、水晶球はぼうっと、一瞬だけ鮮やかなオレンジ色の光を灯して消えた。
「へえ、嬢ちゃんは火の気があるのかい。まあ、焚き火くらいには役立つかもね」
受付員は、少しだけ驚いた顔をしたが、すぐにいつもの気だるげな表情に戻ると、カウンターの下から二枚の銅製のプレートを取り出し、ガチャンと置いた。
「はいよ、新人用の銅プレート。依頼をこなしてギルドに貢献すれば、銀、金とランクが上がっていくから、せいぜい頑張りな」
プレートを受け取る。ひんやりとした金属の感触と、ずしりとした重み。それは、この混沌の街で生きるための、唯一の証明だった。
「依頼は、そこの掲示板から好きなのを選んで、あたしんとこに持ってきな。ただし、あんたらみたいな新人が受けられるのは、一番下の銅ランクの依頼だけだよ」
二人は頷くと、壁一面に依頼書が貼られたクエストボードへと向かった。
「ゴブリンの巣、討伐(報酬:5,000G)」「街の地下水路に住み着いた大ネズミの駆除(報酬:2,000G)」「薬草採取の護衛(報酬:3,000G)」……。
銅ランクの依頼は、地味で危険なものばかりだ。報酬の5,000Gは、銀貨にして5枚。彼らの一日の生活費とほぼ同額だ。これを毎日こなさなければ、資金は目減りしていく一方だろう。
「ルシアン……どれにする?」
エリアナが、期待と不安の入り混じった声で尋ねる。
ルシアンは、依頼書の一枚を指さした。
「まずは、これからだ」
目の前にそびえるのは、シルベリア王国のどの街とも違う、巨大で雑多な城壁。ひっきりなしに出入りする人々の中には、屈強な体躯を持つ獣人や、背は低いが頑健なドワーフ、エキゾチックな衣装をまとった商人など、故郷の貧民街では決して見ることのない多様な種族が混じり合っている。
「わー……! すごい……!」
エリアナが、子供のようにはしゃぎながら歓声を上げた。金色のサイドテールが、ぴょんぴょんと楽しそうに揺れている。街の門から流れ込んでくるのは、圧倒的な活気と混沌。様々な言語が飛び交い、嗅いだことのない香辛料の匂いや、昼夜を問わず響き続ける鍛冶の音が、一つの巨大な渦となって三人を飲み込んでいく。ここは、自由都市クロスロード。
長旅で空腹だった三人は、まず屋台が立ち並ぶ一角に足を向けた。香ばしい匂いを漂わせる串焼き肉の屋台に、エリアナが駆け寄る。
「おじさん、これ一本ちょうだい!」
「あいよ! 一本50ゴールドだ!」
威勢のいい店主の言葉に、エリアナは懐から銅貨5枚を取り出して手渡した。熱々の串焼きを受け取ると、彼女はルシアンたちの元へ戻ってくる。
「これが50G……」
ルシアンが呟くと、エリアナは「そうだよ」と頷いた。
「私たちが持ってるのは、全部で100万G。ほとんどが金貨だけど、金貨1枚は10万Gだから、こんな屋台で使えるわけないでしょ。銀貨1枚が1,000G、銅貨1枚が10G。この街じゃ、これが当たり前みたい」
ブレンナが、その言葉を受けて静かに補足する。
「100万Gと聞くと大金に思えるけれど、一日三食を普通に食べるだけで、一人あたり数百Gは消えていく計算ね。宿代も考えれば、何もしなければ半年ほどで尽きてしまうでしょう。贅沢はできないわ」
その言葉は、ルシアンに現実を突きつけた。この街で生き抜くには、感傷に浸っている暇などない。稼がなければ、未来はないのだ。
ひとまず身を落ち着けるため、彼らは比較的安価な宿屋を見つけ、部屋を一つ借りた。宿の主人は無愛想なドワーフで、ルシアンが差し出した銀貨数枚を無言で受け取ると、鍵を一つ放り投げただけだった。客の素性など、まるで興味がない。この街の空気を、そのまま体現したような人物だった。
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長旅の疲れと、まだ万全ではない体調を気遣い、ルシアンはブレンナをベッドに横たわらせた。今日はここで休み、明日から本格的に動き出す。三人の意見は一致していた。
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翌日、情報収集が始まった。主導権を握ったのは、やはりエリアナだった。
「こういうのは、私に任せて!」
彼女は酒場での経験を活かし、活気のある市場や、昼間から開いている酒場を巡っては、人々の会話に耳を澄ませる。時には持ち前の愛嬌で商人に話しかけ、商品を褒めながらおまけをねだったり、エールを運ぶふりをして屈強な傭兵たちのテーブルに近づいたりと、その行動は危なっかしくも、不思議と人の懐に入り込む魅力があった。
宿に戻ると、エリアナは興奮した様子でまくし立てた。
「あのね、この街には王様がいないんだって! 代わりに、すっごく偉いギルドが二つあってね……」
断片的な情報を、ブレンナが静かに整理していく。
「どうやらこの街は、特定の王や貴族ではなく、二つの大きな『ギルド』によって、実質的に支配されているようね」
ブレンナの分析は的確だった。
一つは、経済と流通を牛耳る商人ギルド。莫大な富を持つが、加入には多額の資金と厳しい審査が必要で、今の彼らには縁のない世界だ。
もう一つは、街の治安維持や、周辺の魔物討伐などを請け負う武力の集団、冒険者ギルド。こちらは、実力さえあれば誰でも登録できるという。
その鋭い分析力に、ルシアンはふと疑問を口にした。
「母さんは、どうしてそんなに詳しいんだ? まるで、こういう状況に慣れているみたいだ」
「……ええ。少しだけね」
ブレンナは、遠い目をして語り始めた。
「あなたには、まだ話していなかったわね。私が、あの貧民街で暮らすようになった理由を」
彼女はかつて、王都で宮廷書記官の助手として働いていた。平民でも就ける仕事の中では、知識と正確さを求められる、誇りある職だった。だが、ある時、彼女は見てはいけないものを見てしまった。一人の有力貴族が、公共事業の予算を不正に流用している証拠を。
「正義感、なんて言うと格好つけすぎね。でも、私は見て見ぬふりができなかった。正式な手順で、監察官に報告しようとしたの。でも……」
相手の権力は、あまりにも強大だった。
「私は、逆に重要書類を盗んだという濡れ衣を着せられ、職を追われた。王都にはもう、私の居場所はなかったわ」
全てを失い、流れ着いた先が、あの貧民街だった。
「絶望の中で、全てを諦めかけていた。そんな時に……あなたを見つけたのよ、ルシアン」
ブレンナは、愛おしそうに息子の頬に触れた。
「路地の隅で、毛布にくるまって泣いていた、小さなあなたを。あなたは、私の新しい希望になった。この子だけは、私が絶対に守り抜くんだって……そう思わせてくれたの」
それは、ルシアンが初めて聞く、自分の出自と、母の過去だった。
そして、最も重要な問題が明らかになった。
「どちらかのギルドに登録して、発行される『ギルドプレート』がないと、まともな仕事に就くことも、家を借りることもできないみたい。流れ者扱いされて、結局は宿代で有り金が尽きるのを待つだけになっちゃう……」
エリアナが悔しそうに言った。ギルドプレート。それが、この街で生きていくための「身分証」だったのだ。
◇
その夜、宿屋の一室で、三人は今後の身の振り方について話し合っていた。
選択肢は、事実上、一つしかなかった。商人ギルドは、彼らの持つ100万ゴールド(金貨10枚)という全財産を以てしても、登録すらできない。
「冒険者ギルド……」
ルシアンが呟いた。母と同じ過ちを繰り返さない。そのためには、理不尽に立ち向かう力が必要だ。森で得たこの力は、そのためにある。
「俺がやる。冒険者になって、金を稼ぐ。それが、俺たちがここで生きていくための、一番確実な道だ」
「待って! 私もやる!」
即座に、エリアナが声を上げた。
「え、エリアナも?」
「当たり前でしょ! 運動能力には自信があるし、ルシアン一人に危険なことをさせるわけにはいかないじゃない!」
彼女はぷくっと頬を膨らませた。
「それに……もう、見てるだけは嫌なの。あなたが連れていかれた時、私は何もできなかった。それが、ずっと悔しかったんだから……。今度は、私も隣で戦う!」
その瞳は真剣で、ルシアンは何も言えなくなった。
ブレンナは、そんな二人の顔を静かに見つめると、ゆっくりと頷いた。
「……分かったわ。でも、絶対に無茶だけはしないで。あなたたちが帰ってくるのを待つのが、私の仕事だから」
翌日、三人は冒険者ギルドの前に立っていた。
ごくり、とエリアナが喉を鳴らす。建物自体は古びた石造りだが、ひっきりなしに出入りする者たちの熱気が、扉の隙間から漏れ出ているようだった。
「行くぞ」
ルシアンが短く告げ、重い木製の扉を押し開ける。
瞬間、むわりとした熱気と汗、そしてエールの匂いが三人を包んだ。鎧の擦れる音、武器を自慢する野太い声、テーブルを叩く下品な笑い声。そこは、屈強な冒険者たちの欲望と活気が渦巻く、荒々しい場所だった。
場違いな若い男女と、その母親らしき女性の登場に、ギルド中の視線が一斉に突き刺さる。好奇、侮り、そして獲物を値踏みするような目。エリアナは一瞬怯んだが、すぐに胸を張り、ルシアンの隣に並んだ。ブレンナは、心配そうに二人の一歩後ろに控えている。
ルシアンは、周囲の視線を意にも介さず、まっすぐにカウンターを目指した。カウンターの向こうでは、長い髪を無造作に束ねた、気だるげな女性受付員が頬杖をついている。
「登録をしたい」
ルシアンが声をかけると、受付員はちらりと彼らを見上げ、面倒くさそうにため息をついた。
「またお遊びのガキかい。うちは託児所じゃないんだよ。死んでも文句言うなよ」
「構わない」
ルシアンの即答に、受付員は少しだけ目を見開いた。
「ふーん……。名前は? 登録料は一人1万G。プレートを失くしたら再発行は10万G。ギルドはあんたたちの面倒も見なけりゃ、死体の回収もしない。それでいいね?」
「ああ」
「私も、お願いします!」
エリアナも、負けじと声を張った。
1万Gは、銀貨にして10枚。決して安い金額ではない。ルシアンは黙って銀貨20枚をカウンターに置いた。受付員はそれを受け取ると、二つの黒い水晶球を差し出す。
「これに手を乗せな。あんたたちの名前と、魔力の有無くらいは記録されるから」
まず、ルシアンが水晶球にそっと手を置いた。
……。
水晶球は、何の反応も示さない。ピクリともせず、ただの黒い石のままだ。
受付員は、鼻でふっと笑った。
「はっ、魔力ゼロかい。威勢がいいから、少しは期待したけど……。あんた、ただの顔がいいだけの坊やだったんだね」
その嘲笑に、エリアナの眉がカッとつり上がった。
「なっ……! 何よその言い方!」
「事実を言っただけだよ、お嬢ちゃん」
「あんたにルシアンの何が分かるっていうのよ!」
今にもカウンターに掴みかかりそうなエリアナの肩を、ルシアンが静かに掴んだ。
「エリアナ、いい」
「でも!」
「いいんだ」
ルシアンの落ち着いた声と、真っ直ぐな瞳に、エリアナはぐっと言葉を飲み込んだ。
次に、エリアナが不満げに水晶球に手を置く。すると、彼女の感情に呼応するかのように、水晶球はぼうっと、一瞬だけ鮮やかなオレンジ色の光を灯して消えた。
「へえ、嬢ちゃんは火の気があるのかい。まあ、焚き火くらいには役立つかもね」
受付員は、少しだけ驚いた顔をしたが、すぐにいつもの気だるげな表情に戻ると、カウンターの下から二枚の銅製のプレートを取り出し、ガチャンと置いた。
「はいよ、新人用の銅プレート。依頼をこなしてギルドに貢献すれば、銀、金とランクが上がっていくから、せいぜい頑張りな」
プレートを受け取る。ひんやりとした金属の感触と、ずしりとした重み。それは、この混沌の街で生きるための、唯一の証明だった。
「依頼は、そこの掲示板から好きなのを選んで、あたしんとこに持ってきな。ただし、あんたらみたいな新人が受けられるのは、一番下の銅ランクの依頼だけだよ」
二人は頷くと、壁一面に依頼書が貼られたクエストボードへと向かった。
「ゴブリンの巣、討伐(報酬:5,000G)」「街の地下水路に住み着いた大ネズミの駆除(報酬:2,000G)」「薬草採取の護衛(報酬:3,000G)」……。
銅ランクの依頼は、地味で危険なものばかりだ。報酬の5,000Gは、銀貨にして5枚。彼らの一日の生活費とほぼ同額だ。これを毎日こなさなければ、資金は目減りしていく一方だろう。
「ルシアン……どれにする?」
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