炎の魔女は妖精の瞳を持つ男爵に恋をする~愛の囁きは危険な恋の始まり?~

清里優月

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5話 妖精の瞳1

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「ハリー、あなたを愛しているわ」

 囁きは変化してきらきらとした星の瞬きのように輝いた。シエナの願いは、唯ひとつ。ハリーの美しい新緑の瞳に一瞬でいい、映ることだ。まるでシエナの願いを聞き遂げるかのようにシエナの囁きは空に溶けた。



『シエナ。そなたの望み、叶えよう』

 シエナの耳に男性の声が響いた。荘厳な神を思わせる声音。シエナは閉じていた金色の瞳を見開き、ぽかんとする。声は空から零れ落ちてきたようだ。



「誰?」

 シエナが声に問い返すが、もう声は空からしなかった。



 ◇

 



 ハリーはダドリー家の紋章の入った箱馬車から降り、タウンハウスへと入って行く。ダドリー家は、位こそは伯爵だが、王国随一の商会を運営している。この王国一のお金持ちだ。タウンハウスは、豪奢ではないが洗練されたものだった。しかし、質素倹約生活をモットーとしている塔で生活をしているシエナには、とんでもなく豪華な屋敷に見えた。



 ダドリー伯爵家の使用人が玄関を開いた。

「今、帰った」

 ハリーを執事が出迎える。シエナもハリーに続いて、玄関を通る。

「ハリー坊ちゃま。お帰りなさいませ。本日の伯爵令嬢様とはいかがでしたか?」

 ハリーは不機嫌な顔を崩さず、蝶ネクタイを更に緩ませて、燕尾服の上着を脱いで執事に渡した。



「振られた」

 想定していたどの答えとも違う答えが返ってきたので、執事は言葉を聞き返した。

「はい?」

「私の見た目ばかり誉めてくるので、中身が大切だと語るのに熱が入って、気が付けば怒らしていた。あなたが重視する見た目より気品と知的さが大事だと言ったら振られた」



 執事は、その答えに呆然としていた。

「そ、それは伯爵令嬢が怒るのもわかりますぞ。ハリー坊ちゃまは女性慣れされてないのは分かりますが」

 執事の台詞にかちんときたハリーは、怒鳴った。

「寝る! ついてくるな!」

 ハリーは、螺旋階段を上がり、自室のある四階へと上がった。そして、自室へと入り寝巻に着替えた。



「全く……。私の運命の相手はどこにいるのか……」

 ランプを消して、天蓋のついた寝台へと潜り込んだ。



 翌朝。窓の外に鳥の囀りがしてうるさい。ハリーは鳥の鳴き声に気がつき、目を覚ました。

「なんだ、鳥が囀ってうるさいな」

 いつもと違いあまりにもうるさいので、カーテンを開いた。窓に近い木の枝にたくさんの鳥が止まっている。



「うわっ! 何だ、これは!」

 ハリーが驚愕していると、何かの声が耳に聞こえてきた。



『こいつが『妖精の瞳』を与えられたのか! 『妖精の瞳』を与えられた人間が現れたのは五十年ぶりだ!』

『でもシエナは趣味がいいんじゃない? 見た目は色男よ』

『おい! お前! 浮気する気か!』

『あらやだ~! 私はあなた一筋よ』

 まるで反響するように数人の人間の声が耳に聞こえた。ハリーは自分の気が狂ったのではないかと疑う。



『ねえ! ハリー! 私たちの声が聞こえる? ハリー!』

 鳥の声が聞こえる。そして鳥たちの仕草も声に反応していた。

「鳥の声が聞こえる? 私はどうかしたのか? もう一度寝るか……」

 そうこれは夢なのだとハリーは現実逃避していた。



『ハリー! おい、ハリー! 現実逃避するなよ!』

 更に自分の名を呼んでいる。

「寝よう……」

 これは夢なのだと言い聞かせて、羽毛布団を引っ張った。



 扉をノックする音と共に、侍女が入ってくる。ハリーの乳母の娘のエラだ。ハリーの侍女として、仕えて三年近く経つ。

「ハリー坊ちゃま。もうシエナ様やご両親は朝食の席についてますよ。昨夜が舞踏会だったからと言って、一日寝るのはまずいですよ」

 乳兄妹なのもあって、互いに態度が気安い。



「エラ、うるさいな!」

 言い返すハリーに、エラはふうとため息を漏らした。

「全く……。小さな頃から母が乳母としてお仕えしてきましたが、最近だらしないですよ。婚約者のシエナお嬢様に愛想を尽かされてしまいますよ」

 ハリーは、エラが口にした知らない名前に疑問を抱いた。



「シエナ? 誰だ?」

 エラは小首を傾げる。

「シエナお嬢様と喧嘩でもされたのですか? 知らないフリとは、新手の嫌がらせですか?」

 エラはクローゼットからハリーの服の着替えを手早く取る。そして、シャツを笑いながら渡した。



「エラ、本当に知らな……」

 エラの足元に赤い服を着た小人がいる。ハリーを見て、恥ずかしそうに笑った。

『ハリー、僕が見えるの?』

「ビリー・ブラウニー? まさか!」

 ハリーが大きな声を上げると、エラは呆れた顔をした。



「ビリー・ブラウニー? 妖精の? ハリー坊ちゃま、おふざけが少々過ぎますよ」

 エラはやれやれと首を振り、ハリーの靴を置くと部屋を出ていく。

『ハリー! いつもミルクを置いてくれてありがとう! 僕が見えるようになったんだね!』

 ビリー・ブラウニーが嬉しそうに話し続けた。



 ハリーは放心して、部屋のソファに座った。眼鏡の弦をくいと押し上げた。

「私は気でも触れたのか? 朝から鳥の声や妖精が見えるなど、それとも、この前研究用に読んだ子どもの絵本の読み過ぎで疲れているのか?」

 独り言をぶつぶつ呟いていると、エラが振り返った。



「ハリー坊ちゃま! 皆さま食堂ダイニングルームでお待ちですよ! さあ!」

「わ、わかった……」

 ハリーは、エラの強い物言いに押されて、立ち上がった。
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