炎の魔女は妖精の瞳を持つ男爵に恋をする~愛の囁きは危険な恋の始まり?~

清里優月

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4話 魔女は愛を囁いて4

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 シエナは悶々と悩み続けていた。自分の望みはハリーの瞳に自分の姿を映し、言葉を交わすことだ。1回だけでいい。あのどこまでも澄んだ瞳に自分が映れば。



(一度だけ、一度でいい。ハリーの瞳に映って、私の名を呼んで欲しい)

 シエナは、ぎゅっと両手を組んで唇を噛み締めた。シエナは決意した。たった一度だけ愛の囁きを試してみよう。成功するか分からないけど、一縷の可能性にかけてみようと。

 

 「そうよ! 愛の囁きよ! 私が禁忌を犯して、ハリーの瞳に私を映せばいいのよ!」

 シエナは、魔法書へ真剣な目を向けた。ラブはシエナの洗濯物を魔法で畳んでいたが、その台詞に洗濯物を落とした。

「ちょっとシエナ! それは禁忌の魔法よ!」

 ラブが必死に止めるが、シエナは聞く耳を持たなかった。

「そうと決まれば、ハリーの元へ行くわよ!」

 窓辺に置いてある箒を手に取り、窓から飛んでいく。

「シエナ~!」

 シエナを呼ぶラブの悲鳴が部屋中に響き渡った。



 ハリーは今、どこにいるのだろうか。シエナは金色の瞳を閉じて両手を組んだ。シエナの赤い唇から魔法の呪文が唱えられる。



「いた! また舞踏会に出ているわ!」

 箒に跨り、ハリーのいる舞踏会に向かう。



 貴族たちの豪華絢爛な舞踏会は明け方まで繰り広げられていた。シエナは空から忍耐強く舞踏会が終わるのを待ち構えている。明け方になり、貴族たちがそれぞれの馬車に乗り、自分たちのタウンハウスへと引き上げていった。ハリーが舞踏会の会場から出てきて、箱馬車に乗った。シエナは、空飛ぶ箒に乗りながら馬車をつける。



 シエナは、ハリーの乗る馬車へとそっと近づいた。ハリーは燕尾服を着ていた。黒のジャケットとベストに白の清潔感溢れるシャツに蝶ネクタイ、そして黒のトラウザーズ。ハリーの燕尾服は、既製服ではない卸したての職人の手によるものだ。それを難なく着こなしていたのは、彼の見た目の良さと貴族としての生まれ育ちであろう。馬車が王都の華麗な中心街を通り、貴族のタウンハウスが立ち並ぶ街並みへと入って行く。ハリーが住まうダドリー伯爵家のタウンハウスは王都の外れにある。



 ハリーは、馬車の中で蝶ネクタイを緩めて、美しい顔を歪めて、ため息を吐いた。

「まったくあのような乱痴気騒ぎなど、私の性に会わない。家で大学の仕事をしているに限る」

 ハリーの隣にいる同じ燕尾服を見た青年がそれを見て、苦笑する。

「ハリー、君がまた婚約者候補に振られたからそんなことを言っているの? いやあ、前回ナタリー嬢に頬を叩かれたのは痛快だったよ!」

 くくくと青年は笑う。青年の言葉は図星だったらしく、ハリーは黙り込んだ。



「余計なお世話だ! レイモンド! 君だって婚約者候補に振られたじゃないか!」

 レイモンドと呼ばれた栗色の人懐っこい青年は、盛大に笑う。

「お堅い君と一緒にしないでくれ。昨夜、ダンスを踊った令嬢と意気投合して、女性とデートの約束を取り付けた」

「ぐっ」

 抜け目のないレイモンドは軽くウインクする。ハリーは黙り込んだ。



「しかし、君はその外見で損をしているよな。君は真面目でいい奴なのに。いつか君に似合う清楚な令嬢と結婚できるさ」

 レイモンドは、真摯な顔をしてハリーに向き直る。

「レイモンド、慰めなどいらない。私は前回の見合い相手のナタリー嬢のような私の外見目当ての女性は苦手だ。今回も私の絵姿を見て、婚約を申し込んできたんだ。暫くは、研究に打ち込むさ」

 はあとハリーはため息を漏らす。その理知的なハンサムな顔が歪んでいた。



「ハリー。君はひとりっ子だろう?」

 レイモンドの言葉の意味にハリーは眉を顰めた。

「わかっているさ」

 と台詞を吐く。



「ああ。そろそろ僕の家だ」

 馬車の窓の風景が変わったのをレイモンドは確認した。

「馬車を止めさせよう」

「送ってくれてありがとう。またクラブでな」

 レイモンドは親しい友人に向けて笑う。



「おい。大学での間違いだろう?」

 ハリーの突っ込みにはははと苦笑する。

「そうとも言うな。じゃあな」

「ああ」

 レイモンドは下級貴族のようだ。ハリーの親しい友人とみた。

 ハリーは馬車の中、ひとりになるとふうと再び嘆息する。

 

(あら? どうしたのかしら)

 シエナはハリーのため息をどうしたのだろうかと心配した。

「私の代でダドリー伯爵家は終わりだろうか? 父と母には私しか子どもがいない。私は後継ぎを設けなければならないのにいつまで経っても婚約できない」

 落ちた眼鏡の弦を神経質そうに戻す。その仕草さえ悶絶しそうな程魅力的に見えた。

 

「まあ! あなたはこんなにも澄んだ瞳と、何より常識にとらわれない自由な心と価値観を持つ人なのに!」

 シエナは思わず声を上げた。

 魔女であるシエナの言葉はハリーには届かない。

 それが歯がゆくて、切ない。

 シエナが人間であれば、ハリーに触れることもできる。

 でも、シエナは自分が魔女であることを変えようがない。

 自分が魔女のままハリーのあの木漏れ日のような美しい目に映ることができて、実体を伴うのは禁忌の魔法である『愛の囁き』しかない。シエナにはわかっていた。この魔法が禁忌の魔法であることも。自分が禁忌を犯せば、塔での立場が危うくなるであろう。

 

 それでも彼のあの新緑の澄んだ瞳に映しだされたい。



 シエナは両手を組み祈るように願う。

 そして、ハリーの耳に囁いた。



「ハリー、あなたを愛しているわ」

 誰にも聞こえない、シエナの囁きは、そっと空に消えるように呟かれた。

 それは一瞬のこと。
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