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3話 魔女は愛を囁いて3
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シエナは塔の食堂にいた。塔は三食取ることが推奨されており、食事は共同の食堂で支給される。今日のメインは鶏肉のクリームシチューかトマトのクリームパスタだ。シエナはお盆を取り、クリームシチューかパスタにするか悩んでいた。シエナは何でもまんべんなく食べるので、逆にメニューで悩むことが多い。どちらにしようか悩んだ末、パスタにしようと決めて列に並ぶ。
「シエナ! 塔に帰ってたの?」
後ろから先輩魔女のアヴァに声をかけられた。アヴァはシエナの五年先輩で、年齢も近く気さくで仲が良い。
「あ、はい。猫に化けて人間界にいたら塔主が私を探していたみたいで、見つかりました」
「猫! まあ、シエナのことだから塔が煩わしくなったんでしょう!」
アヴァはけらけらと豪快に笑った。
「はい。当時、四大魔女のひとりだった方が亡くなられて私が炎の魔女の名を継承しました。それから私指名の仕事が増えたと同時にうるさい客が多くて……」
今では失踪したことを反省しているが、当時は精神ぎりぎりまで追い詰められていた。
塔は百五十年前に成立した魔女狩りから逃れた魔女たちが造った組織である。特殊な魔法を使って塔に所属する魔女と魔法使いたちは人間から姿が見えなくなるのである。だが、塔の維持には多大な費用がかかり、人間の王国や都市国家から魔法に関する仕事を請け負うことで維持しているのであった。
アヴァと話している最中でもシエナの脳裏にハリーの新緑の瞳が蘇る。心の澄んだ本質と魔女を研究していて、魔女を尊重するべきだと言っていた言葉。シエナは彼を思い出して、頬を紅潮させる。彼を見た日から自分はおかしい。何をしていても、ハリーの瞳と言葉が頭から離れない。初めて覚える感情であった。人間に恋などしてはいけないと理性ではわかっているのである。
(私が魔女でなくて、人間だったら良かったのに)
明るく快活なシエナらしくない思考であった。ハリーに恋をしてからおかしい。だが、魔女から人間に変わる方法も魔法もないのである。それにシエナは塔に助けられた恩義を捨てられない。このまま塔の中でハリーへの恋慕の感情を募らせるだけ、だ。
「シエナ、何を考え込んでいるの?」
シエナはトマトパスタの皿を目の前にフォークを持ったまま考え込んでいた。アヴァが心配そうにシエナの顔を覗き込んでくる。どうやらハリーのことばかり考えていたらしい。
「大丈夫。何でもないの」
もう少しで食堂の空いている時間は終わりである。シエナは慌ててパスタを口に放り込んだ。
塔で与えられたシエナの部屋兼研究室は広いが、質素だ。簡易のベッドに机と椅子にチェストのみで、後は魔法書を入れる大きな本棚のみ。塔は質素倹約がモットーなのだ。
シエナは、塔から依頼された癒しの魔法薬を調合していた。この癒しの魔法薬は塔ではシエナともうひとりの魔女にしか調合できない。ハーブの秘薬を鍋に混ぜ込み、仕上げにサンザシの実を入れる。ぐつぐつと煮え立った鍋から臭い匂いがしてきた。
脳裏からあの新緑色の澄んだ瞳が離れなかった。どうにかしてあの青年の透明な瞳に自分を映したい。シエナはそればかり考えていた。百年間生きていたが、始めて覚える感情だ。それは恋という名の感情、だ。
「どうしよう、あの新緑の瞳に魔女や妖精を大切に想ってくれるところも、本当に素敵」
シエナは魔法書を手にうっとりと呟く。塔主からの依頼など既に頭の中にはない。
「シエナ! シエナ! 塔主様から依頼された魔法薬の調合が間違っているわよ! 」
ラブが大きな声を出すが、耳に入っていなかった。
涼しい夏の夜風が吹いて、立てかけられていた魔法書がぱらりとめくれた。普通の魔法薬のページから禁忌の魔法のページになった。シエナははっと我に返った。禁忌の魔法のページに愛の囁きの魔法が記されていた。この魔法は魔女が運命の恋の相手に祝福を与える魔法だ。この魔法は相手が人間の場合、魔女を相手の瞳に映す魔法であると書かれている。
(今のままでは自分は、永遠にハリーのあの瞳に映らない。禁忌の魔法でもいい、彼の瞳に映りたい)
禁忌の魔法と言われるのは、魔女の敵とも言われる人間の瞳に塔の保護魔法を破る唯一の魔法だからであるそれでもシエナはハリーの澄んだ瞳に映り、声を交わしたい。一瞬だけでも願いが叶えばと願ってしまうが、魔女である自分が禁止された魔法を使ってはいけない。
「シエナ! 塔に帰ってたの?」
後ろから先輩魔女のアヴァに声をかけられた。アヴァはシエナの五年先輩で、年齢も近く気さくで仲が良い。
「あ、はい。猫に化けて人間界にいたら塔主が私を探していたみたいで、見つかりました」
「猫! まあ、シエナのことだから塔が煩わしくなったんでしょう!」
アヴァはけらけらと豪快に笑った。
「はい。当時、四大魔女のひとりだった方が亡くなられて私が炎の魔女の名を継承しました。それから私指名の仕事が増えたと同時にうるさい客が多くて……」
今では失踪したことを反省しているが、当時は精神ぎりぎりまで追い詰められていた。
塔は百五十年前に成立した魔女狩りから逃れた魔女たちが造った組織である。特殊な魔法を使って塔に所属する魔女と魔法使いたちは人間から姿が見えなくなるのである。だが、塔の維持には多大な費用がかかり、人間の王国や都市国家から魔法に関する仕事を請け負うことで維持しているのであった。
アヴァと話している最中でもシエナの脳裏にハリーの新緑の瞳が蘇る。心の澄んだ本質と魔女を研究していて、魔女を尊重するべきだと言っていた言葉。シエナは彼を思い出して、頬を紅潮させる。彼を見た日から自分はおかしい。何をしていても、ハリーの瞳と言葉が頭から離れない。初めて覚える感情であった。人間に恋などしてはいけないと理性ではわかっているのである。
(私が魔女でなくて、人間だったら良かったのに)
明るく快活なシエナらしくない思考であった。ハリーに恋をしてからおかしい。だが、魔女から人間に変わる方法も魔法もないのである。それにシエナは塔に助けられた恩義を捨てられない。このまま塔の中でハリーへの恋慕の感情を募らせるだけ、だ。
「シエナ、何を考え込んでいるの?」
シエナはトマトパスタの皿を目の前にフォークを持ったまま考え込んでいた。アヴァが心配そうにシエナの顔を覗き込んでくる。どうやらハリーのことばかり考えていたらしい。
「大丈夫。何でもないの」
もう少しで食堂の空いている時間は終わりである。シエナは慌ててパスタを口に放り込んだ。
塔で与えられたシエナの部屋兼研究室は広いが、質素だ。簡易のベッドに机と椅子にチェストのみで、後は魔法書を入れる大きな本棚のみ。塔は質素倹約がモットーなのだ。
シエナは、塔から依頼された癒しの魔法薬を調合していた。この癒しの魔法薬は塔ではシエナともうひとりの魔女にしか調合できない。ハーブの秘薬を鍋に混ぜ込み、仕上げにサンザシの実を入れる。ぐつぐつと煮え立った鍋から臭い匂いがしてきた。
脳裏からあの新緑色の澄んだ瞳が離れなかった。どうにかしてあの青年の透明な瞳に自分を映したい。シエナはそればかり考えていた。百年間生きていたが、始めて覚える感情だ。それは恋という名の感情、だ。
「どうしよう、あの新緑の瞳に魔女や妖精を大切に想ってくれるところも、本当に素敵」
シエナは魔法書を手にうっとりと呟く。塔主からの依頼など既に頭の中にはない。
「シエナ! シエナ! 塔主様から依頼された魔法薬の調合が間違っているわよ! 」
ラブが大きな声を出すが、耳に入っていなかった。
涼しい夏の夜風が吹いて、立てかけられていた魔法書がぱらりとめくれた。普通の魔法薬のページから禁忌の魔法のページになった。シエナははっと我に返った。禁忌の魔法のページに愛の囁きの魔法が記されていた。この魔法は魔女が運命の恋の相手に祝福を与える魔法だ。この魔法は相手が人間の場合、魔女を相手の瞳に映す魔法であると書かれている。
(今のままでは自分は、永遠にハリーのあの瞳に映らない。禁忌の魔法でもいい、彼の瞳に映りたい)
禁忌の魔法と言われるのは、魔女の敵とも言われる人間の瞳に塔の保護魔法を破る唯一の魔法だからであるそれでもシエナはハリーの澄んだ瞳に映り、声を交わしたい。一瞬だけでも願いが叶えばと願ってしまうが、魔女である自分が禁止された魔法を使ってはいけない。
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