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別れ

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「お水をお持ち致しましたので、あちらで少し休まれてはいかがですか?」



コンラトが丘の中心にあるベンチに誘う。アルベルトはこの場を離れたくはなかったが、視界から外れる場所でもなく、シュゼインを思うとそれがいいと判断して場所を移すことにした。



「坊っちゃんも暑い中長いこと水分も取らずとても偉かったですね。カリーナ様もきっと褒めてくれていますよ」




声をかけられると、シュゼインはより涙が出てくるようだった。
父の首に巻きつくように片手を回し、父の肩を濡らした。



ベンチに着き、向かい合わせのままシュゼインを膝に座らせると、コンラトから受け取った冷えたグラスを渡す。
泣き乱れた喉は一口目を拒絶するように抵抗したのか、シュゼインはすぐに口を離したが、身体が水を欲したのだろう。すぐにぐいぐいと喉をいじめるように水を流し込んだ。



「アルベルト様も坊っちゃまも、一杯とは言わず沢山飲まれた方が宜しいですよ。お二人とも唇の色が悪くなっておいでです」



思い返してみれば朝から一杯の水も飲んでいなかった。親族は皆そうだろう。式は最後まで途切れさせるものではないが、今日は式が始まる前から予定が狂いっぱなしだった。


「シュゼイン、お腹は減っていないか?」



コクンと頷くだけのシュゼインの気持ちはどこか遠くへ行っているようだったが、左手は開くことを忘れたようにアルベルトのシャツを握りしめていた。
シュゼインの頬を涙が伝えば、アルベルトは頬を指で撫でる。何度も繰り返した後、シュゼインの顔を胸に押し付けるようにしっかりとシュゼインを抱きしめて頭の上にキスを落とした。
生温い水の中にいるような孤独を分け合うように隙間なく体をくっつけた2人を、寂しい風が包むように2人の背を温かく撫でた。



「カリーナが寂しがるから戻ろうか。土の布団を被せるのを手伝ってくれるか?」


ぴったりと身体をくっつけたまま、耳元で聞けば、時間を置いてぎこちなく首だけが了承した。
アルベルトがこめかみに唇で触れると、シュゼインは顔をグリグリと胸に擦り付けてもう少しとばかりに腕を背に回した。
小さな決意はいつでも崩れそうだった。もう一度母の顔が見たい。その願いは消えてくれそうもなかった。






父上のこのよれた姿を見たら母上は笑うだろうか。
目元を赤くし、しわくちゃなシャツを着て歩く父の隣を今度はしっかりと自分の足で歩いていた。


「もういいのか?茶なんていくらでも飲めるんだぞ?」



丘から降りてくるのが見えたのか、護衛を何人もつれて気不味そうにウロウロと入り口で待っていたのはジェニメールだった。




「お陰様で無事に送り出せそうです。心より感謝申し上げます」



深く頭を下げると、横に流すように固められていたブルーグレーの髪が一束重力に負けて下を向いた。



ジェニメールは存外に心配していた。
今日の告別式の開始が遅れたことから違和感を持っていた。愛した妻を亡くしたと言ってもこの告別式には伯爵家の当主としてスケジュールを組んでいたはずだ。
想定外すら想定する先見の明があると言えるアルベルトだからこそ特別な地位を与えたのだ。すぐに違和感を覚えた。
簡単に心は切り替えられるものではないのは承知の上でも、おかしいと考えるには充分すぎるほど、ジェニメールの前にいるのは、悲しみの中で貴族としてただただ表面を取り繕うことしか出来ていないありふれた男のようだった。
それは普通のことだ。普通のことだからこそ、そぐわないのだ。




「今日は愛に満ちたいい式だった。明日から暫く休暇を与える。私が許可をするまで、この可愛い息子と喪に服せ」


隣で同じように頭を下げていたシュゼインの髪をくちゃくちゃに撫でくりまわすと、さあさあと自ら皆を急かすように丘へ向かった。



シュゼインはその身体には大きすぎるスコップの根本近くを持ち、僅かな土を流し込むように身体ごとスコップを傾けていた。
真っ赤に腫れた彼の目からはまた涙がながれていた。それでも彼はそれを拭うこともなくスコップを動かしていた。


その間、屋敷へ届けられていた花が運び込まれ、カリーナの眠る墓は淡い紫色で埋もれた。
花畑のように広げられると、残っていたものたちも1人、また1人と別れを惜しみながら帰路についた。
クロッカも、シュゼインの手を握った後、連れ去られるように教会を後にした。


最後の1人が帰路につくのを見送ったあとも、アルベルトはその場から動かなかった。
ブルーグレーの髪を隠していた黒いハットを阿弥陀に被り、暮色に包まれた彼は、闇に溶けていくようだった。
シュゼインも同じように父と、それから母から離れようとはせず、アルベルトの側で蹲っていた。
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