クロッカ・マーガレット・ハイランスの婚約破棄は初恋と共に

佐原香奈

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婚約破棄

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私は1人で生きていく…


毎朝鏡に向かって未来を思い描く。
もう、その夢をほとんど掴みかけていた。
あとは、自分の力を信じて進むだけだった。


クロッカ・マーガレット・ハイランスとアルベルト・アルフ・ワーデンとの婚約が破棄されたその日、クロッカは死んだ。


朝から雨が地面を濡らし、憂鬱さを感じる日だった。


1週間前の建国パーティでは、アルベルトと最後のダンスを踊り、婚約者として最後の勤めを果たした。
夢のような日だった。
アルベルトはもう、雛鳥を愛でるような視線は投げかけてこなかった。
大人の女性としてエスコートされ、私の隣から離れる事なく挨拶をして回り、ルフェーベル商会の新作ドレスは、正式なパーティのためそれほど前衛的なものではなかったが、柔らかなグラデーションが美しいドレスは注目を集めた。
名誉も幸せも手に入れた女性、そう振る舞わなければならなかったが、少なくとも、その日はしあわせだと感じていた。


何もかも順調にいっていると思っていた。
ハイランス領での平民向けの学校もとても順調で、将来有望な子供は女性も男性も数多くいたし、戸籍を管理する事で組織的な人身売買も潰すことが出来ていたし、賛同する貴族を多く得ることが出来た。


誰も想定すらしていない事態だった。
どこで失敗したのか、強いて言うのならば、私は女で、剣の心得がなかった事だろうか。


ぬかるんだ山道を超えて、私たちはアイナス帝国へと向かっていた。
混乱を避ける為、婚約破棄はクロッカの不在の間に発表された。
王都ではどうなっているのだろうか。
そんな事を考え、揺れる馬車の窓から暗い森を見ていた。
この森を抜ければ国境の街が見えて来る、比較的交通量も多い通りだった。


20名の旅団の中腹にいたクロッカが、異変に気づいたのは男の叫び声を聞いたときだった。


「今のは何?」


その瞬間、馬車は大きく揺れ、クロッカの体は反対側の座面へぶつかり、同乗していた王宮付きの侍女は壁に頭を打ち付けていた。


「うっ…」

脳が考えをやめたかのように状況の整理に時間がかかった。
反射的に起こした体に痛みを感じる前に、安否を確認する。


「大丈夫?どこが痛いの?」


未だ焦点の合わない侍女を横に寝かせ、出血がない事を確認する。


「ハァ…私は大丈夫です」


彼女の意識がはっきりすると、漸くクロッカの頭は混乱から抜け出したようだった。


馬車の窓から外を一度覗き込むと、カーテンを閉める。


「短刀とかはある?」

「はい。護身用に持たされています。右足に…」

「大丈夫、動かないで。私が取るわ」

耳を澄ませばバタバタと足音が聞こえる。
馬の足音ではない。


「鍵を閉めて、決して出てこないでください」


並走していた護衛と思われる男の声が聞こえる。
馬はどうしたのだろうか。万が一の事を考える事態だった。
まだ国境は超えていない。
国内にも関わらず攻撃を受けている。
狙いはなんだろうか。


ふと、この土地が権力を削がれた保守派のルノー侯爵夫人の生家の伯爵領だと思い浮かぶ。


狙いは自分ではないか。
そんな不安が頭をよぎった。


幸いにも、この馬車には積んだ荷物が少なかった。
王宮の馬車は広く、座席の下には重要なものを入れる特殊な空間がある。
細身の彼女1人ならば押し込めるだろうか。



「違うこっちじゃない」



彼女の寝る座席下を叩いて確認する。
では反対側かと身体を反転させて下を覗き込んだ。
従者はどう開けていただろうか。
取っ手もない一枚板を押してみたり、爪を引っ掛けて引っ張り出せないかと思案したが、一筋縄ではいかなかった。


何かないかと座席を指で押し上げて板との境目を見ると、座面の板に嵌め込まれるようになっていることに気付いた。
急いで板を外し、侍女にこの中に入るように伝える。


「クロッカ様はどうなさるのですか」

「私は反対側にでも隠れるわよ。いいから入って」


身体を起こすのを手伝いながら、狭い空間にズリズリと身を入れていき、はみ出したスカートを丁寧に納めていった。


「この道は通行者も多いわ。すぐに助けが来る。でも、急いで出てこないで。1時間…その位は警備隊が来るまでかかると思うわ。あなたは生き残るのが仕事よ」


侍女の言葉を待たずに板をはめた。
その板をはめることすら指が震えて重労働だった。


震える手でカーテンに指をかけた時だった。
馬車の窓は叩き割られたのだ。



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