クロッカ・マーガレット・ハイランスの婚約破棄は初恋と共に

佐原香奈

文字の大きさ
118 / 130
公爵の結婚

3

しおりを挟む
雪が舞い、山肌を白く染めたハイブルズ山脈の山々がゴードランと、グスチ、それぞれの城下町を見下ろしていた。
そして、小さな建物たちの真ん中に不釣り合いな大きな城が鎮座する。それがグスチ地区の中枢だった。


2つの領地は帝国内では最北端にあたる領地。
馬も移動手段として使われているが、雪深くなる土地故に、冬は馬よりもトナカイや犬を移動手段として使っているのはこの地区の特徴と言えるだろう。
もう一つ、帝国では珍しくなった光景がハリエットがグスチ地区に足を踏み入れた時は常態化していた。
女性が猿轡をして首に首輪をつけられて歩かせていたり、罪人のように手錠をかけられ、下着のようなぼろ布を着せただけで犬の散歩でもするように引っ張られながら歩かされていた。


特にグスチ地区の隣にあるゴードランは、王領であったこともあり、衝撃は大きかった。
文献よりも酷い扱いを受けている女性から、ハリエットは目を離すことができなかった。


「この女は口数が多い」

「生意気に男に意見をしやがった」


男たちは悪いことをした妻を見せつけるようにして歩いている。
その姿はとても醜く見えた。



ハリエットはワイニー伯爵家に5歳の頃に養子に入ったことになっていたため、帝国の貴族年鑑は、全て差し替えられることになった。
ワイニー伯爵は、決して悪政をしていたわけではなかった。
女性への暴行には厳しく法規制をしいていた。
だが、実際には取り締まる自警団が男なわけで、ほとんど機能しなかった。

ほかにも様々な試行錯誤がなされたが、民衆の圧力に負け、成す術もなく古い考え方が正されることはなかったのだ。


ワイニー伯爵家は、病に臥せった当主、コーネルの補佐の為に皇帝から補佐官が送られていた。
痩せ細り、屋敷を歩き回ることも難しくなったワイニー伯爵の代わり、領地の運営をしていた補佐官は、デリックといった。




「ハリエット様、自警団を解体するとは正気ですか!?」



ワイニー伯爵は、グスチ地区を長らく治めていた一族であり、帝国に吸収される際に、絶対服従と、領民たちの意識改革を誓ってそのまま領主として認められた者だった。
幾度となく続いた戦争で、働き手は不足していた。
その中で、先代たちの悪政の末の貧困状態を打開したいと、帝国入りを志願したのだ。


「ええ。仕事をしない自警団は不要よ。衛兵や傭兵も含めて、これからは全て公務として一括で管理していきます。領主への絶対的な忠誠を誓えない者は必要ありません。それに、官吏の数が少ないのも気になっていましたから」


この地区の問題は働き手が少ない為か、人口に比べて役人が少なすぎた。
それ故に仕事の賃金の基準となるものもなく、領主の考えを浸透させるのも難しかったのではないかと考えたのだ。
公務として、倫理観や領主の意向を教え込んで、その考え方を一般化させることを目指すことにした。


「その財源はどうするのですか?ここは余剰金もない貧しい土地です。人もいなければお金もないのです」


「仕事のあるところに人は集まるものよ。それに、お金は作ればいいわ」


まずは人手を集めることが優先だった。
そうすれば税金の回収額も増える。
しかし、投資するにも外貨も必要だった。
それを解決する為にも他の領地にもグスチ地区の大規模な兵士の募集を広めた。


「そんなに上手くいくものでしょうか」


頭を抱えてしまったデリックは、城の中でも不遇の扱いを受けるハリエットにため息を吐いていた。
ハリエットは、兵士の募集をすれば一時的にでも人の流入は増えると見込んでいた。
兵士だけではない。そこで働く料理人や事務、公務として付随する仕事はたくさんあった。



「これを見て」


「この図柄は?」


「この国の年代別の人口割合よ」


ハリエットは一枚の紙をデリックに差し出した。
そこには数値と一緒に、円グラフが描かれていた。



「視覚化すると歪なのが分かりますね。これはハリエット様が書かれたのですか?」


「ええ。帝都は馬車鉄道の代わりに蒸気機関車というものに変わると聞いたことはあるでしょう?その企画書に使われていたものの一つが、この円グラフ。一つの小さな鉄工所の画期的な資料提案は、絵やグラフというもので分かりやすく書かれていて、それで皇帝の目に止まったのよ」


「あの大規模な変革は鉄工所の提案なのですか!」


「そう。これからは数字を視覚化することで伝わりやすくなるはずだわ。それで、この40代から20代の特に男性の数が不足している。それは肌感覚ではまずいと思っていても、こう見るとかなり深刻なの。子育て世代でもあるし、1番お金を使う世代でもあるわ。兵士たちを雇って自警団を含めて公営化することは、領地運営の安定にもつながるのよ」


国家事業の中でも、帝国の歴史の中で最も資金を使うと言われる鉄道事業は、まだ駆け出しだった。
補佐官として中枢から来た彼でも、まだ知らないことは無理もない。
しかし、グラフというものは、口から口に広がり、隣の王国にまで漏れ伝わっていた。


「こんな辺鄙なところに兵士が来てくれるか…」

「どこにでも、仕事を探している者はいるものよ」


ハリエットは確信していた。
どんなに辺鄙な土地でも、何週間かけても、それが例え隣の国であろうと、安定した仕事が得られるとすれば足を運ぶ者は多くいると。
更に他の領地の人間と価値観を擦り合わせていけば、開けた思考も馴染みやすくなる。


こうして小さな改革を繰り返していたハリエットであったが、一年が経っても、二年が経っても、彼女を世話する者はワイニー家には現れることはなかった。
それは、彼女が女性であったからだ。



「ハリエット様、そろそろ、城の中も整理してみては?」


デリックが幾度となく提案しても、ハリエットが首を縦に振ることはなかった。
病に臥せるワイニー伯爵を考えれば、彼を支える者達を入れ替えることは酷なことに思えたのだ。
ワイニー伯爵は、信念を持ってグスチ地区を治めていたのは、どの資料からも読み取ることが出来た。
それに、快く得体の知れないハリエットを迎え入れ、顔を見に行けば本当の娘に会ったかのように顔を綻ばせる彼を排除するかのような行動は控えるべきだった。


「私にはウィルソンもいる、それにデリック、あなたもいるわ。侍女の1人くらいそろそろ心を開いてくれてもいいのだけど、ダメね。ワイニー伯爵だけでなく、御子息も人柄が良かったみたいだから、突然出てきた私を受け入れるのは難しいみたい」


ハリエットに食事すら出てくることはないこの城が変わったのは、ハリエットがワイニー家に来て二年半後だった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

侯爵家に不要な者を追い出した後のこと

mios
恋愛
「さあ、侯爵家に関係のない方は出て行ってくださる?」 父の死後、すぐに私は後妻とその娘を追い出した。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

処理中です...