22 / 52
ヒスイの居ない部屋【コハク視点】後編
しおりを挟む俺が好きなのはアスティリーシャさん。
そう心に念じてヒスイの掃除を手伝おうと衣服を着替えて教室に入り、彼女を見つけた時は心臓が止まるかと思った。
彼女らしくない武術訓練の服装という意外性にグッと来る。
それが同じ服を着ているとは思えないほど良い物に見えた。
彼女は何故かヒスイのチョーカーを持っていて、それを懐にいれる。
それが今ここにあると言うことはさっきまで二人で話をしていたと?その時はそう思っていた。彼女とヒスイの関係って・・・それを考えると胸がズキリと痛む。
恋仲では無いと聞いたけれど、もし恋人未満なだけでこれから深い仲になっていくとしたら。そう思うと頭がモヤモヤして仕方なかった。
俺はいったいどちらに嫉妬してるんだろう。
そんな下らない事を考えているうちに彼女が帰ってしまいそうになり、咄嗟に好きな食べ物を聞いていた。
我ながら話題が無さすぎて泣ける。
それなのに彼女は微笑み、俺のあっさりお面を取ってしまう。
俺を見ても怯えず、真っ直ぐ目を見て美しいと言う彼女が夕日に照らされて神秘的に輝く様に見えた。
そんな彼女が呪印に触れてしまって、俺は止める事が出来るはずだった。
それなのに引き寄せられるままに彼女へ口付けをしていたのだ。
一瞬頭を過ってしまって。
この機会を逃したら俺は一生キスも出来ないまま人生を終えるだろうって事が。
頭を過った邪心のせいで、俺は彼女と教室でキスをして・・・夢中で今まで経験した事の無い甘く体が痺れる様な経験をした。
初めて触る女性の体は細いのに柔らかくて。触ると可愛い声が漏れる。
夢みたいな時間だった。心臓が壊れるかと思った。
思い出しただけでも体が熱くなる。
あの時触れた女性の柔らかさが今でも忘れられない。だけど呪印のせいで彼女を傷つけてはいけない。好きだからこそ離れなくてはと心で滝の涙を流しながら離れ、冷やす為のタオルを持ってきた時には居なくなっていた。
少し体の熱を冷ます為に時間を取っ手しまったから遅すぎて帰ってしまったのかもしれない。
その後は彼女を好きだと、一途に想うと決めたのにヒスイが可愛くて愛しくて堪らなくなる。
そもそも、好きになった所でこんな不気味な俺をヒスイだって良いと思う訳がない。そう思っていたのに俺に迫られたら断れないとか、俺の事を格好いいと言う。
アスティリーシャさんとヒスイ。両方好きだなんて俺はこんなに浮気者だったなんて、と自分が情けなくて悲しかった。
いくら自分を戒めても恋愛対象外の男だから、という作っていた壁がガタガタと崩れ落ちる。
だからアスティリーシャさんがヒスイと共に祖国に戻ると話を聞いた時は胸にこの身が裂けるかと思うほどの痛みが走った。
大切な二人が居なくなるという恐怖。
行って欲しくない。ずっと一緒に居たい。
そんな感情の渦にいた俺は前にヒスイが言っていた添い寝を提案してしまった。
この時は最後なのだから近くで彼を感じたいという下心しか無かった。
「安心しきった顔で寝るな。」
最後の夜だと言うのにあっさり寝たヒスイには何の脈も感じない。少しくらいドキドキするとか無いのか。
「はぁ、面白がってからかってただけで脈なしか。そうだよな、何を期待してたんだろう。」
すやすや眠るヒスイの髪はさらさらで撫で心地が良かった。頬に触れればすべすべでプニプニしていて暫く触っても飽きない。
他に触れても起きないだろうか・・・。
いやいやいや、そんな事したら友人でいられなくなる。嫌われたら耐えられない。彼の可愛い顔を間近で見たらドキドキと熱くなる体も自然と落ち着き、眠気がやってきた。
その後、呪印に触れてしまったヒスイから好きだと言われてキスをされた時。襲わず冷静で居られた自分を本当に褒めてやりたい。
その後ぼんやりするヒスイの乱れた服を直すのがどんなに苦行だった事か。脈なしだから諦めろと何度も心に念じた。
その時、目に入ったのが彼が毎日身に付けているチョーカー。ヒスイの大切なモノだろうと思ったら自分もそれに触れたくなった。その大切な物を自分がヒスイに着けたら自分がヒスイの特別になれる気がして。我ながら気持ち悪い。
すぐにつけ直すつもりで、ほんの少しの出来心で外したら美しい彼女が目の前に現れるなんて誰が思うだろうか。
◇◇◇
顔を上げ、机を見るとヒスイが作ってくれた呪印用のスタンプと防水インク。そしてインクを落とす用の液体が目に入る。
「ヒスイはアスティリーシャ・グレングールシアだったなんて。そんなの奇跡でしかないだろ・・・。」
ヒスイの可愛いと思う性格や仕草とアスティリーシャの女神の様な美貌と気高さ。何よりも本来は女性な訳で。
・・・自分はこれ以上の人には出会えないだろうな。
「きっと、この先彼女以外に恋なんて出来ない・・・俺、一生独身かもしれない。父さん母さん、ごめん。」
孫の顔を見せるのは弟と妹に託そう。
彼女のお陰で呪印に少し細工をするだけでお面を付けなくても外へ行けるようになった。
彼女が俺に親友と過ごす楽しい日々をくれた。
恋をして、どうしようもなく好きで堪らない気持ちを教えてくれた。
こんなに沢山の手に入らないと諦めていたモノをくれた彼女に俺は何を返せたんだろう。悔しくて手が震える。
俺が強ければ、帰国する彼女の役に立てたはず。守れたはず。だけど付いて行くと決めた未来には誰も帰ってこれない流れしか見えないなんて。
俺が何とかするから行くなとも言えない。
『大好きな親友に会いに来ますから。』
目を閉じれば、アスティリーシャ・グレングールシアとしてトロルゴアに帰ってくる流れが見える。
「自分を好きと知っている相手にあえて親友と言われたのなら俺はあっさりフラれたって事だよな・・・。」
当たり前か。
俺は呪印持ちで凡人だ。
だけど、それでいい。
彼女の恋人にだなんて烏滸がましい事だ。
だったら帰って来た時に少しでも役に立てる人間になる。彼女に何かあった時、彼女を助けられる様な。
コンコン
ノックの音に我に返ると窓から朝日が差し込んでいた。
「コハクさん、学園長がお呼びです。」
「は、はい!すぐに準備して行きます。」
当たり前だけど彼女ではなかった。
その後、学園長からの話によると村を追い出される原因となった事件で俺は無実だと証明されたというものだった。
ここに冤罪で訪れた者は監視捜査学科の課題になるそうで、俺もその課題の一つだった様だ。万が一罪人だったら内容によって手枷を付けられ労働する事になるそうだ。
「君の無実が証明された今、学園寮の個室に移って貰います。速やかに準備するように。」
「・・・え。」
「二人部屋は相互監視人を付ける為の部屋ですから。」
「はい、わかりました。」
ヒスイと過ごした部屋を出なければいけない。無実が証明され嬉しい話なのにそれだけで表情が曇ってしまう。部屋まで何をどうやって帰って来たのか全く覚えていない。きっと、とぼとぼと情けない姿をしていただろう。
誰も居ない部屋を見渡して、悲しくなる気持ちを払う様に頬をペチン!と叩くと自分に気合いを入れた。
「情けない男になるな。俺。」
俺は帰ってきた彼女の役に立てる人間になり、一生かけて恩返しをする。目指すのは彼女の信頼できる仲間の一人に・・・末端でもいいからなること。
目標も決まり、暗い気持ちを振り払うつもりで大掃除と引っ越し準備をした。
彼女の残して行った物も一つの箱に大切に入れたのだけど・・・。
「このエロゴシップ雑誌はどうしよう、持っておくの気まずいよなぁ。」
表紙にドドンと彼女そっくりの女性が布面積の少な過ぎるあらゆる衣装を着ている。ポーズも誘惑的で彼女じゃないと分かっているのに目が合わせられない。
「確かに本物の方がおっぱい大き・・・」
あの時の感触を確かめるように手がにぎにぎと動いてしまってとっさにもう片手で動きを止めた。
ダメだ。考えたらいけない。
その雑誌を箱の奥へと追いやると他の荷物で埋めた。
さっさと掃除して勉強しよう。
邪心を払い、荷物を纏めると簡単に掃除をして学園の寮へ向かった。
ヒスイの居ない生活に耐えられるか不安だけど、強くなると決めてひたすら前を向いて歩く。
21
あなたにおすすめの小説
【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。
貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。
例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。
私は貴方が生きてさえいれば
それで良いと思っていたのです──。
【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
幼馴染みを優先する婚約者にはうんざりだ
クレハ
恋愛
ユウナには婚約者であるジュードがいるが、ジュードはいつも幼馴染みであるアリアを優先している。
体の弱いアリアが体調を崩したからという理由でデートをすっぽかされたことは数えきれない。それに不満を漏らそうものなら逆に怒られるという理不尽さ。
家が決めたこの婚約だったが、結婚してもこんな日常が繰り返されてしまうのかと不安を感じてきた頃、隣国に留学していた兄が帰ってきた。
それによりユウナの運命は変わっていく。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
【完結】タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する
雨香
恋愛
【完結済】美醜の感覚のズレた異世界に落ちたリリがスパダリイケメン達に溺愛されていく。
ヒーロー大好きな主人公と、どう受け止めていいかわからないヒーローのもだもだ話です。
「シェイド様、大好き!!」
「〜〜〜〜っっっ!!???」
逆ハーレム風の過保護な溺愛を楽しんで頂ければ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる