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ヒスイの居ない部屋。【コハク視点】前編
しおりを挟むパタンと静かに閉まったドアの音。
ヒスイの出ていったドアを暫く見つめ、自分の無力さに溜め息が出た。
『コハクさんが好き』
大好きや好きって言葉を初めて家族以外言われた。
あぁ、でも友達として結構好きは前にも言われたか・・・。
それもヒスイが言ってくれた言葉だった。
だけど今回の好きは告白するかの様に心がこもっている言い方というか・・・。
いや、経験無さすぎて分からない。
あれがそういう好きの言葉なのか。
大好きな親友とも言っていた気がするし。
ドキドキと心臓が煩くなる。
落ち着かなければと思って薄手の掛け布団を頭から被るとさっきまで隣で寝ていたヒスイの香りがして余計に鼓動が騒がしくなった。
何で同じ石鹸使ってる筈なのにこんなに良い香りがするんだろう。
『好き』の言葉が自分の中に響く。
たった一人の静かな部屋。
村に居た時。俺は学校にも行けなくて、家で勉強していた。
両親は仕事、弟と妹は学校で居ない時もこんな静かな時間が多かった。
◇◇◇◇◇
幼い頃からお面を付けて、外すのは家族の前だけ。
お面を身に着けていても気味悪がられるのに、誰かに顔を見られた時は化け物を見た様な扱いだった。
両親は仕事が好きだったから子供は一人と決めていたそうだけど、俺を怖がらない家族を増やそうとして、その後も弟二人と妹に出会えた。
俺は弟と妹が可愛かったのもあるけど両親の仕事の邪魔にならないようにと積極的に世話をする日々。
皆が家を出ている時は家事や裏庭の畑の世話と勉強に費やす。
弟と妹を寝かしつけた後。夜は纏う魔力も闇に紛れるから家の庭に出ては昼間の子供達の様に遊んでいた。
家の灯りや月明かりの中で泥人形を作って友達として遊んでいた事もある。
「ドロッピー!ボール蹴るよー。」
泥で作ったドロッピーは定番の遊び仲間。
家族に不満は無いし、遊んでくれて楽しい。だけど家族じゃない絆にも憧れた。
成長して親友とか恋というモノを知ると窓から見かけたあの子と仲良くなれたら親友になるのだろうか?とか女の子なら恋をするのだろうか?とか考える様になっていた。
家族にそんな話をポロリと溢せば「コハクは惚れっぽいんだね。」と話になり自分も漠然と「そうかも。」と感じてきた。
窓の外に行き交う人々は俺には手の届かない存在で憧れだから。
もし、その中の誰かが少しでも俺に優しさを与えてくれたとしたら。腹の底で悪事を考えていたとしても好きになってしまうと思っていた。もちろんずっと愛情を与えてくれた家族が一番だけど。
俺が成長するにつれ魔力も強くなると、村の皆が俺を遠くへ行かせようとする流れを感じる。
だからトロルゴアの大都市にある王立学園へ入学する為に勉強と準備をしていた。それなのに村一番の美少女が居ないと騒ぎになり俺が疑われる。
そんなに追い出そうとしなくても勝手に出ていくのに。
だけど、その女の子が隠されている先は古びた小屋で今にも崩れそう。
近くに大人はいるけど、俺が行かなければ時間が過ぎ小屋が壊れる流れが見える。俺が早く行けば壊れる前に茶番が終わる。行かなくては危ないと近くに居た弟にだけ行き先を伝えて家を飛び出した。
女の子は無事で、俺を見て叫び隠れていた村の大人がやってくる。簡単に村から放り出された俺に弟が急いで纏めた荷物を持って来てくれたけど「兄さんは何も悪いことしてないのに。」と涙を堪えて言う姿に申し訳なくて胸が傷んだ。
理解者である家族と離された俺はこれからどうなるのだろう。
もしトロルゴアの都市で受け入れられなければ山で一人暮らし、魔物にでも食われてお仕舞いかも知れない。そんな不安の中、歩き続けた。
トロルゴアの門へ着き、案の定気味悪がられながら罪状とその無実を伝え部屋に通される。
綺麗な牢獄という印象だった。
呪印の話を聞き、確認を担当した人を気の毒に思う。
現れた部屋の管理人は俺に理解を示してくれたけど俺の事は怖いらしく時折、手が震えていたのを知っている。
大きな部屋を鉄格子で区切られただけの部屋。
他の人に気味の悪い思いをさせないように奥に引っ込みながら生活した。
だけど罪の疑惑がある者がここを出るには相互監視人というペアを組む必要がある。
俺には見つかる自信が無かったけど、新しく入って来た男性収容者には根気強く相互監視人にならないか話をしたけど全くダメだった。
流れを読む能力を学園長に話、実際にやってみれば簡単に入学許可を貰えたけど、資格があってもここから出られなきゃずっと綺麗な牢獄で勉強だけの生活だ。
ギィ
二週間くらい時が経ち生活に慣れた頃。
また新しく入ってきた人がいた。
手枷を着け、泥だらけで服もボロボロ。背は低いのだけど何故か男の子だと思った。
泥々の見た目から昔の親友、ドロッピーを思い出す。泥々な所と人の形をしている所しか似てないけど。
ドロッピーはともかく、そんな姿になる程の過酷な状況だったのだろうと、つい弟を思い出して声をかけてしまう。具合の悪そうなその子にご飯を食べれそうか聞けば。
「食べたいのですが食べれなくて。」
弟とその子を重ねていた俺は世話を焼かずにはいられなかった。それに俺の姿が見えていないのか普通に対応してくれる。更には俺の世話焼きに答えてくれるその子が可愛くて仕方なかった。
俺が食べたモノを欲しがり、スプーンにご飯を乗せて口に運べば嬉しそうに食べる。
可愛い。
だからお風呂から出てきた時のドロッピーには驚きすぎて自分でも何て言ったかよく覚えていない。
彼が相互監視人になってくれると聞いて嬉しい反面、相当な苦労をしてきたからこそ俺と一緒にいても大丈夫なんだろうと思った。
人生のどん底を味わうと死ななければ良いくらいに思うのかも知れない、だから俺が不気味でも平然としていられるのだと。
寮に入った途端、信じられない事ばかりだった。
二段ベッドの上か下かで盛り上り、名前を俺に付けてくれと言う。
初登校の日なんて他人の目も気にせずキラキラした目で俺と授業の話をした。
この時、年上なのに一人で専攻科に行くのが怖くなったのをよく覚えている。
案の定、専攻科では散々避けられた。
この子ならもしかして・・・と希望を持った子も居たけど少し近づいただけでも後退りされた時は辛くて仕方なかった。
そんな俺なのに、あからさまに陰口を言われるような存在なのにヒスイは教室に堂々と入ってきて俺を迎えに来てくれた。
何かの物語の王子様か!!って思う程かっこ良かった。
部屋の扉を開ければ、そこには俺と入学祝の準備があって・・・その日の辛かった出来事もヒスイさえ居ればそれだけでいいと考えが変わった。
驚いたのはそれだけでなくて、俺の呪印を見て平気な上に触れてくる。
家族でもないのに俺と自然に会話をする友人。
ヒスイは一瞬で俺の唯一無二の人になっていた。
ヒスイは俺をすぐにからかうけど負けず嫌いで思いやりがある。男なのに中性的な見た目で女だと言われても遜色ない可愛さで。
このままでは恋愛対象は異性のはずなのに本当に好きになってしまう。
そう思った時の心の救世主がアスティリーシャ・グレングールシアだった。
ヒスイを好きになりそうになったら気楽に会う事の出来ないアスティリーシャの事を考える。
白い布一枚に包まれた彼女は空から舞い降りた女神の様に神々しく美しかった。
そして俺を気味悪がらず手に触れさせてくれ、笑顔を見せる。
それだけで俺の心を持っていくには十分過ぎる出来事だった。
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