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鬼を継ぐ子。(チユ)
しおりを挟む月日は流れ、長女の芹は18歳の時に『黒面の鬼様』を継ぐ決意をした。
芹は、子供達の中でも特に鬼の血が濃い。それは鬼様と瓜二つな見た目で分かっていた。
集落にある学校が終われば、さっさと家に帰ってきて笛の練習とお社の管理の手伝いを率先してやる。それはまるで、鬼様の役を引き継ぐ事を意識していたようだった。
鬼様にいつもついて回り、鬼について聞く日々は微笑ましい。「父上みたいな鬼になりたい。」と日々言っていた。
ある日「芹はお父上が本当に大好きね。」と言うと、キリッとした鬼様にそっくりのお顔で「母上も大好きです!」と力強く言ってくれるものだから、とても可愛くて蕩けそうだ。この可愛さを表す語彙力が欲しいものです。ぎゅうっと抱きしめて「私も芹が大好き。」と言うので精一杯だった。
そんな可愛い芹が成人を迎える。
それは『黒面の鬼様』の役割を引き継ぐ時。成人の日が近付くにつれ、鬼様は芹を近くへ呼び、鬼としての役割と力を教えた。
その時は最後の復習のようなものだった。鬼様は芹を前に静かに語り始めた。
「祭りでは、小さな恐怖や嫌悪の感情を見落とすな。若者に何かがあってからではいけない。早めに要因を止めることだ。」
鬼様が低く響く声で告げる。芹は真剣な瞳で頷き、父の言葉を心に刻む。
「悪さをする者がいれば、その欲を奪え。祭以外でも欲によって問題を起こしかねない。」
続けて、笛を手渡した。それは鬼様が芹の為に作った美しい笛。
「人々の良縁を願い、この笛を奏でよ。」
「はい。」
小さく呟き、その責任の重さを感じていた。
そして、芹が初めて『黒面の鬼様』として立つ日が訪れた。
お祭りの準備が整い、領主様がその場を見守る中、芹は漆黒のお面を手に持つ。
私達は影から見守り、楓と葵もそっと姉の姿を見つめ、二人まで緊張したように小さな声で言う。
「芹姉さん、格好いいね。」
「うん。でも少し緊張しているみたい。」
領主様は芹を前にして『黒面の鬼様』と呼び、深々と芹に頭を下げた。
その敬意に、芹は少し緊張しながらも背筋を伸ばす。
芹はひょいと高台に立ち、お祭りの開始を告げる笛を奏でる。
それは鬼様の力強い音とは異なり、優しくも芯のある響き。まるで若者たちの心にそっと寄り添い、願いを後押しするような音色だった。私はその音に、芹の魂の輝きを感じ、胸が熱くなる。
笛を止め、彼女は深呼吸を一つ。そして、力強い声で宣言した。
「我は『黒面の鬼』なり。多くと交わり、縁を我に示せ。この夜を存分に楽しむが良い。されど、無体を働く者はその欲を奪う。家の繁栄は望めぬだろう。心せよ!」
その声は若々しくも力強く、境内に響き渡った。鬼様が「これさえ堂々と言えれば大体大丈夫。」と教えていた台詞を、芹は見事に言い終えた。
そして若者達を導く笛の音を奏でる。
我が子の姿に胸が熱くなり、「芹、立派だよ…」と呟く。鬼様も無言で頷き、満足げに娘を見守った。
芹の堂々とした姿は、既に何年も『黒面の鬼様』を務めたかのような威厳があった。
その姿を見ていると、暫くして鬼様が言う。
「…俺は最後の黒面の鬼になるつもりだった。」
私は息を呑み、彼の言葉に耳を傾けた。鬼様の声には、どこか遠い孤独の響きがあった。
「俺がこの役目を継いだ頃、仲間の鬼の血が目に見えて薄れていくのを感じていた。俺はこの血を薄めてはいけない、祭りが必要とされなくなる終わりの日まで、役割を続けねばと思っていた。ずっと一人で生きていく覚悟だった。」
私はじっと鬼様を見て続きを待った。
「だが…君が現れた。顔も見ていないのに、あんなに熱心に口説いてくるのは君が初めてだった。」
「それは…どうしても好きで…」
「交わりの末、紋が出なければそれまで…人間にとっては非道な話だろう。こう言えば人間なら諦めると思った。しかし、そんな冷めた条件をチユは快諾した…。」
「やっとの機会ですから、当たり前です。」
「ははっ、当たり前か。」
鬼様がこちらを見る視線が更に優しくなる。
「子供達が生まれ、私が懸念していたほど血が薄れてないことに気がついた。芹は特に、俺と同じくらいの血の濃さだろう。俺は思い込みで自分を孤独に縛っていたと気がついた。…チユのおかげだ。」
その深く優しい声に、チユの胸が熱くなり、目から涙がこぼれ落ちた。頬を伝う涙を拭うことも忘れ、チユは震える声で応えた。
「…鬼様の役に立てたなら、本当に嬉しいです。私にはもったいないほどの幸せです。」
心の奥では、自分が愛を押し付けたことで彼の永遠の命を縛ってしまったのではないかと、後ろめたさがあった。けれど、鬼様の瞳に映る温かな光と、彼の言葉に込められた愛に触れた瞬間、共にいる喜びをただ感じることができた。
鬼様はチユの涙に気付き、大きな手でそっと彼女の頬を包んだ。チユは彼の手の温もりに身を委ね、涙と笑顔が混じり合った表情で囁いた。
「…あなたに出会えて、心から幸せです。」
「俺も同じだ。チユに会えて幸せでたまらない。」
二人の間に流れる静かな愛は、祭りの余韻を包む夜空の下で、永遠に刻まれる誓いのようだった。
◇ ◇ ◇
鬼様がチユの涙を手巾で拭うと「初めて会った時のようだな?」と笑う。「あれは鼻血じゃないですか…忘れてください。」と赤くなりながら睨んだ。
しかし、その手にあった手巾を見て驚いた。その手巾は11歳の頃チユが両親と選んだものだったから。
「そういえば、初めてチユに貰った手紙あっただろう?領主がニヤニヤして持ってきたのを今でも覚えている。鬼様はお面をしててもモテますなぁ、と言ってな。」
「もぉ…領主様ったら。」
顔をしかめて、改めて領主様に複雑な気持ちを持った。
「だが、領主にも感謝せねばならない。鬼の血が薄くなり、鬼様を継げる者がいなくなる事を懸念していた私に『その時は祭りを止めれば良いじゃないですか。』と軽く言ったのだから。」
「あんなにお祭りや鬼様を大切にしている領主様が!?」
驚いてつい声が大きくなってしまった。
「あぁ、俺も驚いた。だが、そのおかげでチユの手を取ることができた。」
「それなら感謝するしかありませんね。」
私は潔く感謝していた。
◇ ◇ ◇
そうしていると祭りが終わり、芹は高台から降りてきた。あの高台からひょいと飛び降りる度胸は本当に勇ましい。
私達の前へ来て、お面を外す芹。涙を拭い、チユはいつもの笑顔で芹を迎える。
「とても素晴らしい鬼様でしたよ、芹。」
「ありがとうございます母上。でも、交わりを見るの…早く慣れなくてはいけません。」
頬を赤らめて、へとへとだと言わんばかりに言う芹。口調が鬼様に似てきた。しかし、威厳のある鬼だとしても、20年生きただけの人間と変わらない。女の子らしいその言葉に、チユは優しく抱きしめ労った。
楓も葵も「芹姉さん、かっこよかった!」と目を輝かせる。
芹は初めての役割を無事に果たし、正式に「黒面の鬼様」となった。
「私たちの時間が終わる日がいつか来るのですね。」
「それまで、お前と生きる。それが俺の幸せだ。」
芹が新たな「黒面の鬼様」として立ち、魂の輝きを見守る役割が始まったこの日、チユと鬼様の愛は、子どもたちへと確かに受け継がれていた。
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