【R18】鬼の紡ぐ良縁は淫らな夜に。

かたたな

文字の大きさ
上 下
13 / 54

鬼を継ぐ子。(チユ)

しおりを挟む


 月日は流れ、長女の芹は18歳の時に『黒面の鬼様』を継ぐ決意をした。

 芹は、子供達の中でも特に鬼の血が濃い。それは鬼様と瓜二つな見た目で分かっていた。

 集落にある学校が終われば、さっさと家に帰ってきて笛の練習とお社の管理の手伝いを率先してやる。それはまるで、鬼様の役を引き継ぐ事を意識していたようだった。

 鬼様にいつもついて回り、鬼について聞く日々は微笑ましい。「父上みたいな鬼になりたい。」と日々言っていた。

 ある日「芹はお父上が本当に大好きね。」と言うと、キリッとした鬼様にそっくりのお顔で「母上も大好きです!」と力強く言ってくれるものだから、とても可愛くて蕩けそうだ。この可愛さを表す語彙力が欲しいものです。ぎゅうっと抱きしめて「私も芹が大好き。」と言うので精一杯だった。


 そんな可愛い芹が成人を迎える。

 それは『黒面の鬼様』の役割を引き継ぐ時。成人の日が近付くにつれ、鬼様は芹を近くへ呼び、鬼としての役割と力を教えた。

 その時は最後の復習のようなものだった。鬼様は芹を前に静かに語り始めた。

「祭りでは、小さな恐怖や嫌悪の感情を見落とすな。若者に何かがあってからではいけない。早めに要因を止めることだ。」

 鬼様が低く響く声で告げる。芹は真剣な瞳で頷き、父の言葉を心に刻む。

「悪さをする者がいれば、その欲を奪え。祭以外でも欲によって問題を起こしかねない。」

 続けて、笛を手渡した。それは鬼様が芹の為に作った美しい笛。

「人々の良縁を願い、この笛を奏でよ。」
「はい。」

 小さく呟き、その責任の重さを感じていた。


 そして、芹が初めて『黒面の鬼様』として立つ日が訪れた。


 お祭りの準備が整い、領主様がその場を見守る中、芹は漆黒のお面を手に持つ。
 私達は影から見守り、楓と葵もそっと姉の姿を見つめ、二人まで緊張したように小さな声で言う。

「芹姉さん、格好いいね。」
「うん。でも少し緊張しているみたい。」


 領主様は芹を前にして『黒面の鬼様』と呼び、深々と芹に頭を下げた。
 その敬意に、芹は少し緊張しながらも背筋を伸ばす。

 芹はひょいと高台に立ち、お祭りの開始を告げる笛を奏でる。

 それは鬼様の力強い音とは異なり、優しくも芯のある響き。まるで若者たちの心にそっと寄り添い、願いを後押しするような音色だった。私はその音に、芹の魂の輝きを感じ、胸が熱くなる。
 笛を止め、彼女は深呼吸を一つ。そして、力強い声で宣言した。

「我は『黒面の鬼』なり。多くと交わり、縁を我に示せ。この夜を存分に楽しむが良い。されど、無体を働く者はその欲を奪う。家の繁栄は望めぬだろう。心せよ!」

 その声は若々しくも力強く、境内に響き渡った。鬼様が「これさえ堂々と言えれば大体大丈夫。」と教えていた台詞を、芹は見事に言い終えた。

 そして若者達を導く笛の音を奏でる。

 我が子の姿に胸が熱くなり、「芹、立派だよ…」と呟く。鬼様も無言で頷き、満足げに娘を見守った。


 芹の堂々とした姿は、既に何年も『黒面の鬼様』を務めたかのような威厳があった。
 その姿を見ていると、暫くして鬼様が言う。

「…俺は最後の黒面の鬼になるつもりだった。」

 私は息を呑み、彼の言葉に耳を傾けた。鬼様の声には、どこか遠い孤独の響きがあった。

「俺がこの役目を継いだ頃、仲間の鬼の血が目に見えて薄れていくのを感じていた。俺はこの血を薄めてはいけない、祭りが必要とされなくなる終わりの日まで、役割を続けねばと思っていた。ずっと一人で生きていく覚悟だった。」

 私はじっと鬼様を見て続きを待った。

「だが…君が現れた。顔も見ていないのに、あんなに熱心に口説いてくるのは君が初めてだった。」
「それは…どうしても好きで…」
「交わりの末、紋が出なければそれまで…人間にとっては非道な話だろう。こう言えば人間なら諦めると思った。しかし、そんな冷めた条件をチユは快諾した…。」  
「やっとの機会ですから、当たり前です。」
「ははっ、当たり前か。」

 鬼様がこちらを見る視線が更に優しくなる。

「子供達が生まれ、私が懸念していたほど血が薄れてないことに気がついた。芹は特に、俺と同じくらいの血の濃さだろう。俺は思い込みで自分を孤独に縛っていたと気がついた。…チユのおかげだ。」

 その深く優しい声に、チユの胸が熱くなり、目から涙がこぼれ落ちた。頬を伝う涙を拭うことも忘れ、チユは震える声で応えた。

「…鬼様の役に立てたなら、本当に嬉しいです。私にはもったいないほどの幸せです。」

 心の奥では、自分が愛を押し付けたことで彼の永遠の命を縛ってしまったのではないかと、後ろめたさがあった。けれど、鬼様の瞳に映る温かな光と、彼の言葉に込められた愛に触れた瞬間、共にいる喜びをただ感じることができた。
  
 鬼様はチユの涙に気付き、大きな手でそっと彼女の頬を包んだ。チユは彼の手の温もりに身を委ね、涙と笑顔が混じり合った表情で囁いた。

「…あなたに出会えて、心から幸せです。」
「俺も同じだ。チユに会えて幸せでたまらない。」

 二人の間に流れる静かな愛は、祭りの余韻を包む夜空の下で、永遠に刻まれる誓いのようだった。

◇ ◇ ◇

 鬼様がチユの涙を手巾で拭うと「初めて会った時のようだな?」と笑う。「あれは鼻血じゃないですか…忘れてください。」と赤くなりながら睨んだ。

 しかし、その手にあった手巾を見て驚いた。その手巾は11歳の頃チユが両親と選んだものだったから。

「そういえば、初めてチユに貰った手紙あっただろう?領主がニヤニヤして持ってきたのを今でも覚えている。鬼様はお面をしててもモテますなぁ、と言ってな。」
「もぉ…領主様ったら。」

 顔をしかめて、改めて領主様に複雑な気持ちを持った。

「だが、領主にも感謝せねばならない。鬼の血が薄くなり、鬼様を継げる者がいなくなる事を懸念していた私に『その時は祭りを止めれば良いじゃないですか。』と軽く言ったのだから。」
「あんなにお祭りや鬼様を大切にしている領主様が!?」

 驚いてつい声が大きくなってしまった。

「あぁ、俺も驚いた。だが、そのおかげでチユの手を取ることができた。」
「それなら感謝するしかありませんね。」

 私は潔く感謝していた。


◇ ◇ ◇


 そうしていると祭りが終わり、芹は高台から降りてきた。あの高台からひょいと飛び降りる度胸は本当に勇ましい。

 私達の前へ来て、お面を外す芹。涙を拭い、チユはいつもの笑顔で芹を迎える。

「とても素晴らしい鬼様でしたよ、芹。」
「ありがとうございます母上。でも、交わりを見るの…早く慣れなくてはいけません。」

 頬を赤らめて、へとへとだと言わんばかりに言う芹。口調が鬼様に似てきた。しかし、威厳のある鬼だとしても、20年生きただけの人間と変わらない。女の子らしいその言葉に、チユは優しく抱きしめ労った。
楓も葵も「芹姉さん、かっこよかった!」と目を輝かせる。

 芹は初めての役割を無事に果たし、正式に「黒面の鬼様」となった。


 「私たちの時間が終わる日がいつか来るのですね。」
「それまで、お前と生きる。それが俺の幸せだ。」

 芹が新たな「黒面の鬼様」として立ち、魂の輝きを見守る役割が始まったこの日、チユと鬼様の愛は、子どもたちへと確かに受け継がれていた。
    
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

カタブツ上司の溺愛本能

加地アヤメ
恋愛
社内一の美人と噂されながらも、性格は至って地味な二十八歳のOL・珠海。これまで、外国人の父に似た目立つ容姿のせいで、散々な目に遭ってきた彼女にとって、トラブルに直結しやすい恋愛は一番の面倒事。極力関わらず避けまくってきた結果、お付き合いはおろか結婚のけの字も見えないおひとり様生活を送っていた。ところがある日、難攻不落な上司・斎賀に恋をしてしまう。一筋縄ではいかない恋に頭を抱える珠海だけれど、破壊力たっぷりな無自覚アプローチが、クールな堅物イケメンの溺愛本能を刺激して……!? 愛さずにはいられない――甘きゅんオフィス・ラブ!

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

転生したら巨乳美人だったので、悪女になってでも好きな人を誘惑します~名ばかり婚約者の第一王子の執着溺愛は望んでませんっ!~

水野恵無
恋愛
「君の婚約者が誰なのか、はっきりさせようか」 前世で友達と好きな人が結婚するという報告を聞いて失恋した直後に、私は事故で死んだ。 自分の気持ちを何も言えないまま後悔するのはもう嫌。 そんな強い決意を思い出して、私は悪女になってでも大好きな第二王子を身体で誘惑しようとした。 なのに今まで全然交流の無かった婚約者でもある第一王子に絡まれるようになってしまって。 突然キスマークを付けられたり、悪女を演じていたのがバレてしまったりと、振り回されてしまう。 第二王子の婚約者候補も現れる中、やっと第二王子と良い雰囲気になれたのに。 邪魔しにきた第一王子に私は押し倒されていた――。 前世を思い出した事で積極的に頑張ろうとする公爵令嬢と、そんな公爵令嬢に惹かれて攻めていく第一王子。 第一王子に翻弄されたり愛されたりしながら、公爵令嬢が幸せを掴み取っていくお話です。 第一王子は表面上は穏やか風ですが内面は執着系です。 性描写を含む話には*が付いています。 ※ムーンライトノベルズ様でも掲載しています 【2/13にアルファポリス様より書籍化いたします】

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...