偽りの桜

化野りんね

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一九四六年四月

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 私はあの四人の中で、ただ一人生き残り、日本へと帰ることになった。
 帰りの船の中には敗残兵たちが詰め込まれ、彼らはただ悲しさも嬉しさも忘れてしまったかのように、呆然と太平洋の波を見つめ続けていた。そしてそれは、私も恐らく同じだっただろう。
 戦場の激しさと、大海原の静寂。この差が人一人にとってはあまりに大きすぎて、その寸法を自身の見識のうちに収め切れないのだ。
 この海にもはや敵は居ない。敗残兵である我々は潜水艦にも爆撃機にも怯えることなく、この海を渡ることが出来るのだ。その対比に私の心は草一つ生えぬ不毛の荒野のような風景のみを映し出した。
 港には復員兵たちを迎える人々が沢山居て、その後ろには米兵と腕を組んで歩く日本人女性の姿があった。その時私はようやく、我が国は戦に負けたのだということが分かった。
 私は数年ぶりに、郷里の村へと帰った。そこには地獄を見た者と見ていない者とのほんの僅かな、しかし絶大な隔絶が横たわっていた。
 父母と親戚に帰還を告げ、近所へ挨拶まわりをした後に、私は村の中を歩いた。辺鄙な場所にある村でも、そこかしこに爆撃のあとがあり、そこには黒ずみだけが醜く残されている。四月なのに、桜一つ見えぬこの風景は、今の日本の姿をそのままに映したもののように思えた。
 その中で私は、あるものを見つけた。それは、桜の木だった。近辺には爆撃のあとの黒ずみが残っており、桜の木にも燃え移ったのか、表皮が焼け焦げていた。しかし、その桜の木にはつぼみがあった。桜は、生きていたのだ。焼け焦げながらもその生命を繋いだ木に、私は言いようのない親近な感じを覚えた。
 私は、この桜の木と共に生きようと、そう決めた。いつかこの土地に根を下ろし、やがて次の桜を生み出す一つの木になってやろうと、そう考えたのだ。
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