地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

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 いつもと変わらないある日の日常。
 それが変わるとしたら本当に唐突なことだ。
 些細なことで日常は崩れる。
 不幸の鬼が住んでいた世界のように……。


~~~~



「御影兄さん!漫画を読まずに仕事を!サトリ兄さん!お菓子ばかりじゃなく陽のサポートを!M!ぐうたらするな!」

「「「はーい」」」

 殺は今日も馬鹿三人に怒号をあげていた。
 これほどに叱っていても三人は態度を改めない。
 そのことが殺にはわかり、精神を消耗させるのには充分だった。
 だが、この三人が仕事を頑張ってくれれば百人力。
 それもわかっているので殺は仕事をするようにと促すしかない。

「はぁ……。あ……れ?」

 殺は突如、目眩に襲われる。
 景色が歪む、足下がなくなるかのような感覚。
 そのまま重力を失って空に浮くんじゃないかと思えてしまう状態になる。

 殺は悟る。
 これは倒れると。
 思えば夜も寝ていないうえに最近は会議詰めだ。
 おまけに毎日ずっと大声をあげている。
 これは体力が保たない筈だ。

 殺は倒れながら思った。
 自分を不幸の鬼の件で、戦いに送るのなら労働環境を変えてくれと。
 でなければ万全の状態で敵を倒しにいけないと。

 薄れていく景色の中で何かが見える。
 それは焦った人殺し課の者たちが殺を囲う姿だ。
 それを見て殺は思った。

 嗚呼、やっと心配してくれた。


~~~~



「……」

 殺は暫し無言になる。
 今、殺がいる世界の景色は真っ暗な世界だ。
 真っ暗でも紅い満月が輝いている為、己の姿は視認出来る。

「……これは何なのですか?」

 殺は真っ暗な世界の中で何が起きているかをまとめようとする。
 先ほどまで自分は何をしていたのかを思い出そうとした。
 そうして思い出した、自分が人殺し課で過労の末に倒れたことを。

 ならば、この非現実な世界は夢なのかと考える。
 殺は夢という言葉が出た瞬間に少し恐怖した。
 前回の悪夢、皆が死ぬ夢。
 暗い世界の夢は嫌な予感しかしない。
 殺は若干、身構える。
 その時だった。

「やっと来たか。我が気に入りし者よ」

 低い男の声が世界に響き渡る。
 だが、この暗い恐ろしい世界に似つかわしくない優しそうな声だ。
 声だけで安堵してしまう。
 この感覚は少し前に味わったことがある。
 不幸の鬼が夢に現れた時だ。

「貴方は?」

 姿を現さない者に訊ねる。

「我はこの世界を創りし者」

 殺の問いに声は最低限のことだけ答えた。
 殺はまた何か得体の知れないモノの世界に入り込んでしまったのかと頭を悩ませる。
 すると声は訊ねた。

「貴様は世界を救うことを本当にしたいのか?それも誰に頼まれるわけでもなく自ら」

 声は本当に世界を救いたいのかと訊いてきた。
 それに対し殺は笑う。

「私は閻魔大王の創った世界を守る。ただそれだけです」

 その答えを聞いた声は「くっくっく」と普通な笑い方なのに、どこか奇妙な歪んだ笑いをこぼした。
 それに殺は少し苛立ちを見せる。

「何がおかしい?」

「いや、それは自らの意思ではないと思ってな」

 自らの意思ではない、それに殺は疑問を隠せないでいた。
 自分は守らねばならないものの為に戦う。
 それも自ら率先してやってきたつもりだ。
 そんな殺の考えを見透かしたかのように声は言葉を続ける。

「それは己が存在する為のこと。やりたいことではない。強いて言えば強制だ」

「強制……?」

 殺はわけがわからなくなる。
 強制、それは己にはなかった筈だ。
 いつも閻魔は自由でいろと言ってくれていた。
 だから強制などある筈がない。
 そう殺は言おうとした。
 だが声が遮る。

「貴様は閻魔に頼まれてやっているだけだ。更に幸に運命を背負わされて英雄という負の存在を請け負った。それのどこが強制ではない?」

 声の言っていることは的を得ていた。
 それに殺は焦る。
 焦って言い返す。

「でも私は仲間を守りたい!それは自らの意思だ!」

「それは少しだけ優しくされたから、そう錯覚しているのではないか?」

「は?」

 殺は焦点が合わない目で上を向く。
 汗が大量に流れ落ちる。
 息がまともに出来ない。
 それほどまでに声の言っていることが正しい気がしたからだ。

「貴様の仲間が優しいならば何故、貴様を倒れさせるまで追い込む?貴様の仲間は優しくないのだ」

「私は……私は?」

 殺はもはや正常な判断がつかないでいた。
 脳から発信される信号はすべてまともではない。
 気分が悪い。

「そんな仲間を守って如何する?貴様は世界を救った瞬間に必要とされなくなるぞ。それほどまでに閻魔という餓鬼が創りし世界は幼稚だ」

「あ……あ」

 必要とされなくなるという言葉に殺は反応した。
 それは彼が存在意義を探し続ける者だからこそだ。
 だからこそ絶望する。

「貴様はこんな世界を守る必要はない。そこで我はある提案をしに参った」

「提案……?」

 殺は声に縋るしか出来なかった。
 この声が言っていることが正しいと思ってしまったからだ。
 これはある種の洗脳だ。
 だがそれでも信じずにはいられない。

「この世界を貴様が自ら壊せば、我らの住む完全が集う世界に貴様一人だけ導いてやろう。如何だ?悪くないだろう」

 自分が世界を壊せば強制から解放される。
 見たことがない美しい世界が見られる。
 けれど最後の理性がそれを止める。
 その理性が殺には鬱陶しかった。

「我が気に入りし者よ。貴様は幼稚な世界でも摂理に反さないように生きてきた。それは我らと似通うところだ。我の家族は貴様を追い込むことはしない。きっと優しく迎え入れるだろう」

「……家族」

 殺は声の方へ手を伸ばそうとする。
 だがその時だった。

「殺……大丈夫か?」

 陽の声が響いた。
 否、陽だけではない。

「殺様……私たちがサボった所為で」

「兄なのに……情けねーな……」

「儂らがもっと早くに気づいておれば……」

 M、サトリ、御影の声も暗い世界に響いた。

「な!?何故他の者の声が!?」

 声は焦る。
 そんな中で殺は、ぼーっと立ち尽くしていた。
 その様子を確認した声はまだ殺が自我を取り戻していないと安心する。
 だが、その安心はすぐに崩される。
 殺が仲間のある言葉を聞いて覚醒をするから。

「…………皆さん?」

「貴様には我らしかいない」

 声は洗脳をする。
 だがその時に御影の声が響いた。

「儂らの所為で……なんて後悔しても遅いのじゃな。後悔は人生で何度でもあるじゃろう。後悔をしてでも前に進まねばならないことだってあるほどじゃ。じゃがな……儂らは後悔する道を選んではならないのじゃ。生きていて良かったと思えなくては駄目なのじゃ。それなのに儂らは後悔した。大切な者を追い込んで後悔した。すまない殺……」

 後悔してはいけない、大切な者。
 その言葉に殺は意識を取り戻す。
 意識を戻した殺は暫しの間だが黙った。
 黙った後に殺は静かに笑った。
 口元を袖で隠して目を弓のように奇妙に細め、低い地を這うような声で笑う。
 そんな笑みは恐怖の域を超えていた。

「なっ、なんだ!?」

 更に声が急に焦り始める。

「いや、おかしくって。私にはもう大切な仲間がいるのではないかと思って」

「貴様を追い込む仲間が大切か?!」

 声の慌てように殺は更にクスクス笑った。

「もし、私が此処で皆を見捨てる選択をして生き残っても後悔しない筈がありません。後悔は私たちがしてはいけない生き方。後悔して辛い思いをしたらそれは死んでいるのと同じです!」

「貴様は偽の仲間を選ぶか?!」

「はい、選びます。例え偽だとしても、それは私が少しでも大切だと思った大切なモノ。大切なモノを貴方は手放しますか?」

 殺の言葉を聞いた瞬間に声は黙る。
 すると闇の奥から足音が聞こえてきた。
 足音は近づき、やがて正体を明かす。

「貴方は……翠!」

「いかにも、我は翠だ」

 不幸の鬼の記憶で幾度となく見てきた。
 大きな体に黒の服、それに半分の鬼の面。
 姿を見せた敵大将に殺は刀は持っていないが攻撃の構えをとる。

「貴様は選んだか。間違いの選択を……。我は貴様を気に入っていたのだがな……」

「それが何か?」

 翠は口元を歪める。
 そうして大きな刀を構えて殺に言葉をかけた。

「我らは似通った考えの故に道が重ならなかったのだな。ならば起きるが良い。醜い現実に」

 刹那だった。
 翠は殺の目の前まで近づいて、その刀で殺の腹を刺したのである。

「ぐぁっ!?」

 殺は真っ赤な血を吐く。
 まるで真っ赤な花が散るかのような景色に殺は目を見開いて、ただ翠に手を伸ばした。
 だが翠は後ろ姿を見せて消えていく。

「おはよう、醜い世界」

 最後に聞いた翠の声は哀しみに満たされていた。



~~~~


「はっ!?」

「うおっ!?殺、起きたのか!」

 殺の声にサトリが起きたかと近づく。
 そんなサトリに釣られて皆も殺に近づいた。

「殺様!大丈夫ですか?」

「殺、少し休まないと」

「仕事は終わらして来たから安心するのじゃよ!」

 皆の声に殺は安心する。
 起きれば元の世界、殺は自分の家で寝ていたようだ。

 殺は安心したのと同時に皆を少し信用出来なかったと思い、申し訳なくなる。

「皆さん……すいません。信じられなくて」

「何のことだ?」

 殺の夢の世界を知らない皆は疑問を浮かべた。
 だがサトリは殺の言葉に答える。

「別にお前が俺らを信じられなくなっても信用を取り戻してやるだけだし気にすんな!」

 その言葉に殺は救われた気がした。
 するとMが口を開く。

「殺様……。すいません。私たち、これからは出来るだけ仕事をします。だから無理をしないでください」

「出来るだけ……ですか。ふふっ」

 殺は笑う。
 今回のことでどれだけ考えたのだろうかと想像して笑った。
 そんな殺を見て陽は安堵の表情を浮かべる。

「これからはお前が倒れないようにするからな」

「おや、それは嬉しいですね」

 殺は陽に対しても笑顔を見せる。
 嗚呼、この者たちが大切なんだ。
 そう思って笑顔を浮かべた。


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