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忠誠の子兎

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 ある些細な日常の中、殺は魔界に降りたっていた。
 今日は魔王直々の依頼の為に殺は魔界に居るのである。
 あの魔王が直接、頼みごとをしてくるとは……それも必死に。

 魔王は変わった。
 乱暴な態度を少し改め、結構真面目にしているらしい。
 だから今回の頼みごとも、自分が依頼する立場と弁え、丁寧な態度で頼んで来た。

 殺は魔王の必死で丁寧な態度に最初は戸惑ったが、彼は変わったんだとわかって依頼を快く受け入れた。
 閻魔も存分に力を発揮してこいとのことで、殺が居ない分、仕事を頑張っている。

 閻魔が仕事を頑張る姿を見た殺は感動すると同時に、普段からこうであったら良いのにと思うのであった。

 殺は先ず魔王に挨拶をせねばと、魔界の城の廊下を歩く。
 黒い禍々しい異様な雰囲気を放つ廊下を殺は臆することなく歩く。
 殺は今居るこの城の道にも詳しい。

 立場上、外交関係でいろんな場所に行くからだ。
 殺は魔王の部屋の前に立ち、扉をノックする。

「魔王様、殺です。入って良いでしょうか?」

「ああ、殺か。入って大丈夫だ」

 入って良いとの許可を得て、殺は扉を開ける。
 目の前にはふかふかで座り心地が良さそうな玉座に座っている魔王が居た。
 魔王はヒョイッと椅子から少し飛んでおりれば、ゆっくりと歩き、殺の目の前に立つ。

「魔王様、例の依頼の件で来ました。魔王軍騎士団の新団長のことで」

「なんか、すまないな」

 殺は「別に良いのですよ」と笑いながら言う。
 そうして次に殺は依頼内容をきりだした。

「新団長に元気がないと……。それで出世に慣れた私に、先輩として励ましてくれと……」

「ああ、彼奴は出世に慣れてないから何か気負いすぎているかもな……。だから殺、その重荷を消してやってくれ」

 殺は人を心配する魔王に感心しながら、「一度受けたことは最後まで」と返事をした。

 殺は魔王に新団長の居る場所を訊きだす。
 魔王が言うには新団長は訓練所で毎日、黄昏ているとのこと。
 早速殺は訓練所へ向かう為に歩を進めた。


~~~~


「はあ……」

 少女は溜め息をつく。
 すると背後からの気配に気づき、さっと戦闘態勢をとった。
 だが、背後の人物が誰か知れば、少女は戦闘態勢から敬礼へと変える。

「殺様!無礼なことをしてしまい申し訳ありません!」

「良いんですよ。寧ろよく私に気がつけた。流石は団長だ」

「はっ!お褒めに預かり光栄です!」

 殺は元気が良い少女を素直に褒める。
 少女は頭に生やした兎の耳をピンと伸ばし、赤に近い桃色のツインテールの髪を少し揺らした。
 殺は尻尾をもふりたい衝動に駆られるが、若い女性にすることではないと自粛する。
 少女はうずうずする殺を見て、尻尾や耳をもふもふしたいと察したのだろう。

「尻尾と耳をもふります?」

 そう訊いてきた。
 だが殺も幼女体型の少女のある意味だが恥部を触れば犯罪者の様な気がすると思い、却下した。

 ところで何故、殺が新団長の顔を知っているかって?
 勿論だが魔王に写真を見せてもらったからだ。
 でなければ人探しなんて無理だろう。

 まあ、そんなことは置いておこう。
 殺は本題をきりだす。

「貴方、何か悩みごとは?」

「え……?」

 少女は自分が悩みごとを持っていたことがバレていたことに動揺する。
 何故、殺が知っているのか?
 そう思い、少し殺を怖がった。
 だが殺は、そんなことをつゆ知らず語っていく。

「魔王様から貴方が悩んでいると聞きました。貴方は急な出世で責任感を感じているのでは?私で良ければ相談に乗ります。任せられることは怖いですものね……「違う!!」

 違うと言う少女に殺はたいそう驚いた。
 少女は手を頭に当て、困った様な態度をとる。

「やはり……魔王様は気づいて……魔王様は優しいな……」

 そういう少女は、殺の方を向き口を開く。

「私が悩んでいるのは、許せないのは、皆が魔王様を崇拝してないからなんです」

「す……崇拝?」

 殺はいきなり出てきた宗教染みた言葉に若干戸惑う。いや、許せないという言葉に戸惑っている。
 少女は語る。

「魔王様は私の力、指揮力、統率力を信じて任せると言ってくれました。純粋な目で頑張れと叱咤してくれた。あの方は優しいんです。あの方は人を簡単に信じてしまう。それが仇となるとわかっていてもやめないんだ。それは人を信じることを己の生きる道としているからです。そんな魔王様を馬鹿にするなんて許せません!」

 少女は肩を揺らし、息をする。
 少女は己の思いを言いたいだけ言った。
 そんな少女に殺は少し笑う。

「ふふっ……」

「何がおかしいんですか!?」

 少女はプンプンという擬音がふさわしい態度を全面に出す。
 そんな少女に対し、殺は笑顔で答えた。

「それなら貴方が信じる魔王様を皆に伝えれば良いのでは?」

「え?」

「それが貴方の新団長としての初の任務です」

 殺は早速、騎士団に召集をかけましょうという。
 最初は少女は事についていけてなかったが、殺が何をしようとしているかがわかると緊張をし始めた。
 それを見て殺は少し笑顔を見せる。

「最初は緊張しますからね……」

 その言葉は少女には聞こえていなかった。


~~~~



「なーんで俺たちに召集がかかったんだ?」

「まあ、信頼できる新団長の頼みだ。聞くとしようぜ」

 魔王城の広い庭に騎士団員が全員集結する。
 ところで新団長は何処だ?そんな疑問を皆が持った頃に新団長が煙と共に姿を現す。

「団長!?」

「皆が思う魔王様はどんな魔王様ですか?」

 少女は騎士団員に問いかける。
 騎士団員は戸惑いながらも、己が思う魔王について恐る恐る語った。

「魔王様は乱暴で、大雑把で、人使いの荒い不真面目な方です……」

 騎士団員の、その言葉に少女は若干だが切れそうになる。
 だが、あくまで冷静に。
 そう殺に教えられた。
 少女は背後に居る殺と目を合わす。
 殺は静かに、「やれ」と言った。
 それが少女の戦いの合図だった。

「貴方たちは生活に不自由したことはありますか?」

「ない……よな?」

 騎士団員たちは顔を合わせながら言う。

「ですよね!ないでしょう?!それは魔王様が民を思って動いてるからです!」

 民を思って動いている。
 その言葉に今まで魔王を悪と認識してきた騎士団員たちが己の認識に疑問を持った。

「確かに魔王様は不真面目で大雑把だ。ですが私は民を思って動いてる魔王様を見た!その民の中に私たちも入っているのです!だから私たちは自由に生きられたんだ!」

 騎士団員たちは少女の言葉を真剣に聞く。
 それは真剣な少女には真剣な態度で接さなければと思ったからだ。
 それに、魔王のことも知らないといけないと思ったから。

「魔王様のことを知らない己の無知を恥じろ!そして反省しろ!そして私の信じる魔王様を信じろ!!」

 少女は言いたいことを最後まで言い切った。
 もはや悔いはない。
 これで皆が魔王の認識を改めなければ、それは己の力がまだまだ及ばなかった、そう思うことにしていた。

 静寂が辺りを包む。
 少女は駄目だったかと自虐の笑みを浮かべ、下を向き、不甲斐ない自分を魔王に詫びた、その時だった。

 パチパチ。

 そう手を叩く音がした。
 少女は騎士団員たちの方を見る。
 すると一人の騎士団員が手を叩いていた。

「新団長。貴方の魔王様への思い、私には伝わりました。私たちも魔王様への認識を改めなければ」

 すると一人ずつ「俺も!」「私も!」などと声が上がり、周りが拍手喝采に包まれた。
 皆、少女の言葉に動かされた。
 少女の思いに心を揺さぶられた。
 だからこそ皆が笑顔だ。

 少女は静かに泣き始める。
 なんだ、こんな簡単なことで良かったんだと。

「思いは伝えないと始まりませんからね」

 殺は少女の心を見透かした風に声をかける。
 少女はそれに対し、お辞儀をし「ありがとうございます」と礼を言った。

「そういえば……貴方の名前は聞いてませんでしたね」

 殺が訊こうとすれば少女は先に名を名乗る。

「私はミーシャ。魔王様に永遠に従う者です」


~~~~



「殺!ミーシャに元気が戻った!ありがとな!」

「私は何もしてません。全てはあの子が自分で解決したことです」

 殺と魔王は穏やかに会話を交わす。
 ミーシャに元気が戻ったことで喜んでいる魔王を見て、殺は心を和やかにする。
 すると魔王はあることを訊く。

「ミーシャは何に悩んでたんだ?」

「それを訊くのは無粋ですよ。まあ、それより……」

「何だよ?」

 魔王は純粋無垢な目を殺に向けて続きを促す。
 殺はそれを見て笑って答えた。

「貴方は良い子を持ちましたね」

「はぁ?」

 魔王と運命を共にすると誓ったミーシャ。
 殺はあの子なら、きっと魔王をもっと成長させてくれると信じて笑った。

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