地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

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御影の主様

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 今日も人殺し課の皆は元気に働く。
 元気な怒声が降り注ぎ、馬鹿は気にせずに仕事をサボる。
 そんないつもと変わらない日常。
 変わるとすれば、これから来る来客の所為か。


「御影兄さん!寝ないでください!」

「えー……眠いのじゃー」

 御影は眠いと言いながら机の上に顔を置く。
 それを殺は叱りつけていた。
 いつもマイペースな兄さん、それに振り回される弟。
 それが彼らの関係だ。

「殺ー、寝させてやろうぜ」

「サトリ兄さんも仕事!」

 サトリが御影の睡眠を確保しようとして殺に叱られたその時だった。
 扉が勢いよく開く。
 また閻魔かと思えば違った。

「失礼する」

 子供サイズの小さな体に赤い色をした狐の耳と四本の尻尾。
 威圧感たっぷりの誰でも遠ざけ様とするかの様な鋭い目、柔らかそうな頬っぺた。
 皆は狐の来客の時点で……天狐が来た時点で誰に用があるかわかった。

「雅(みやび)様!?」

「ええい!五月蝿いぞ!御影!何を驚いておる!」

 そう言う雅は尻尾を伸ばし、御影の足を掴んで転ばす。
 地面に顔をつけることとなった御影は真っ赤になった顔をさすりながら、雅に何をしに来たのか訊こうとした。
 だがそれも雅は読んでいたのか先に答える。

「この馬鹿が仕事をサボっておらんか心配でな、てい!」

「痛ぁ!」

 雅は誰にも気づかれることなく御影に近づいていたらしい。
 御影の頭が硬い下駄で踏まれる。
 御影は痛いと叫びながら、暫く終わらない痛みに身を苦しませた。

「尻尾が四本……天狐か。要するに御影の主人だな」

 天狐、それは尻尾が四本の狐で神と等しい存在。
 九尾の狐とは格が違う。

「雅様、お久しぶりです。今から茶の用意を……」

「様づけなどせんで良い。今は主が立場が偉いのじゃから」

「そんな滅相もない。雅様は今も昔も変わらず私より神格が高いですよ。そんな相手を様づけせずにはいられません」

 一見すると謙遜に見えるだろう。
 だが実は殺は雅を尊敬などしていない。
 殺にとってイザナミ以外の神々は出世するのに邪魔な存在だった。
 つまりは敵で、出世した今でも追い越されない様にと気を張っている。
 そういうことで先ほどの言葉は世間体だけを気にして出た言葉だ。

「……ふん、貴様の無礼は許してやろう」

「おや?私が何か無礼なことを?」

「貴様っ……!」

 雅の尻尾が伸び始め開かずの間を包んでいく。
 それにMと陽と御影は焦ったが、殺とサトリはどこ吹く風だった。
 それを見て雅は更に怒りを表面に出す。

「貴様!この私を愚弄するか!?」

 雅が尻尾を鋭く尖らせ殺に向け様とした時だった。
 雅の尻尾は別の尻尾に止められる。
 御影の尻尾だった。
 雅は御影が止めたことにより冷静になる。

「雅様!ここは儂に免じて!」

「はぁ……貴様の頼みなら仕方ないな……」

 そう言うと雅は殺とサトリをひと睨みしたがそれ以上は何もしなかった。
 何もなかったことで三人は安堵する。
 殺しはしなくても険悪な空気になったら耐えられなかったからだ。

「私は暫くはここに居よう」

「え!?」

「何じゃ?御影。何か文句でも?」

 雅は笑顔だが目が笑っていない。
 その周りを凍てつかせるのには充分な笑顔を見て御影は「文句はありませんのじゃ……」と言った。


 ~~~~


 今日の人殺し課は仕事が捗っている。
 それもブリザードの様に冷たい空気を放っている雅に睨まれたら誰しもが恐怖から仕事を始めるのだ。
 サトリは相変わらずサボっているが、他は働いている。
 それを見て殺は呑気に雅に長居してもらおうかと考えていた。

 雅は少しそわそわしていた。
 何かを言いたそうにしているが、上手く言葉に出来ない様子だった。
 だが漸く雅は言いたいことを口にする。

「御影!茶を持って来てやろうか?」

「雅様ー、そういうのは美鈴の役目なんでー」

 雅の勇気はサトリによって沈められる。
 茶が美鈴によって運ばれてくるのを雅は恨めしそうに見た。
 だが雅も諦めない。

「御影、この資料を見てやろ「機密事項なんでー」

 またもやサトリによって撃沈される。
 勿論だが機密事項は嘘だった。
 機密事項は嘘でも大切な仕事、陽とMが寄って来てその仕事をサポートする。
 雅はサトリを睨む。
 だがまだ諦めない。

「御影!肩を揉んで「お客さん凝ってますねー」

 サトリが御影の肩を揉んでいる。
 御影が「そこそこ~」と幸せそうに言えば雅はサトリに対し舌打ちをする。

 そうして雅は怒りに身を任せ人殺し課を後にしようとした。

「雅様?」

 御影が何があったのかと疑問に思い、問いかける。
 それに対し雅は大きな声で答えた。

「帰る!!」

 そう言いながら来た時と同じくらい戸を勢いよく閉める。
 雅は何かに悔しそうにしながら素早く走って帰って行った。
 それを見て殺は足下の物を拾い上げる。

「雅様は忘れ物をしていかれた様で……届けてきます」

「殺、それただの書……「サトリ兄さん、みなまで云うなですよ」

「チッ、わかった。行ってこい」

 殺は「はい」と短く返事をして雅のあとを追っていった。


 ~~~~



「御影……」

「御影兄さんを心配して来たわけじゃなさそうですね」

 雅は背後から聞こえた声が誰かわかり驚いた。
 だがすぐに冷静に戻る。
 そうして背後の声の主、殺に答えた。

「ああ、あれはただの口実じゃ。心配なぞしておらん」

 雅は静かな声で語った。
 あれだけ険悪だったのに御影が絡めば冷静になる。

「御影兄さん如何でしたか?」

 殺が雅に問う。
 雅は悲しそうな笑顔を見せ、殺に向かって言葉を話した。

「ああ、仕事も仲間と連携が取れていて良かったさ。信頼しあっているのじゃな、羨ましかったよ」

「狐の一族の当主である貴方には味方など一人もいませんからね。皆が当主の座をを狙っている。味方とすれば御影兄さんだけか」

 味方などいない。
 そうだ、雅には味方がいなかった。
 だがそんな中で唯一味方になってくれたのは幼き御影だった。

「ああ、彼奴は良い子じゃよ。守ってきたつもりが守られてきた。私はなんて弱き存在なのじゃろう。御影、出来るなら毎日会いたい」

 雅の言葉は親代わりとしてでの言葉ではない様に思えた。まるで……。

「まるで恋する乙女ですね」

 恋、その言葉に雅は顔を真っ赤に染め上げた。
 そうして尻尾で殺を叩こうとするが容易く避けられてしまう。

「うっ五月蝿いわい!……じゃが恋する乙女もあながち間違ってないじゃろう。けれど彼奴には強い騎士がついておるからのぅ」

「サトリ兄さんですね」

 サトリという言葉が出ただけで雅は苦虫を噛み潰した様な表情になる。

「彼奴は手強い」

「本当に手強いですよねー」

 殺は如何でも良さげに答えた。
 それに対し雅はムッとした表情になる。

「貴様は本当に無感情じゃの」

 その言葉に対し、殺は戯けながら答えた。
 戯けていても無関心な様に。

「だって私は中立的な立場ですし、感情は挟めない。だから何方も適当に頑張れって感じですね」

「貴様は本当に食えん男じゃの」

「褒め言葉として受け取っておきます」

 では本当に帰ろう。
 そう雅は言った。
 雅は人殺し課には……いや、人殺し課にも居場所はないと思ったのだろう。
 少し悲しそうに帰ろうと進もうとする。
 だがそれを止めた人物がいた。

「雅様!」

「なっ!御影?!」

 予想外の出来事に雅は戸惑う。
 戸惑っている雅に御影はあるものを手渡した。

「これ、冥王の作ったクッキーですじゃ!是非、雅様に食べてもらいたくて!幸せは分け合った方が良いのですじゃ!」

「御影……!」

 雅は思い出す。
 昔、自分を守ると言ってくれた幼き日の御影を。
 そうして雅は思う。
 今、御影は雅だけではなく仲間を想うことが出来る様になったと。
 雅は御影の成長をその目で見て、目に薄っすら涙を浮かべた。

「雅様?!どこか痛いのですじゃ?!」

 雅は涙を拭う。
 そして先ほどまでの悲しそうな笑みを消して満面の笑みで答えた。

「成長したなぁ!ありがとう!」

 そう笑う雅は誰よりも幸せそうだった。
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