地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

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新たな仕事

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 悠斗は歩く。
 そうして誰も……否、閻魔しかいない深夜の裁判所へ向かう。
 裁判所に着けば閻魔が自分の身長より高い玉座に座っていた。
 それも人を殺す様な目つきで。
 普段の閻魔からは感じられない殺気に悠斗は思わず身を竦ませる。

「閻魔大王……」

「やあ、悠斗くん。久しぶりだね」

 閻魔は貼り付けたかの様な薄っぺらい笑みを見せ、悠斗を手招く。
 それに悠斗は従わねばと閻魔の下へと歩いた。

「さあ、本題を話そう」

 さっそくかと悠斗は胃を痛ます。
 これは閻魔にとっては、あってほしくない話だろう。
 悠斗は如何しようかと考え、閻魔の目を見る。
 相変わらず感情のこもっていない笑みに悠斗は苦笑いした。
 そうして話を切り出す。

「今回、勝手に裏切り者を殺している者を調査した結果ですが……」

「殺ちゃんでしょ?」

「……」

 わかっていたのかと悠斗は心底閻魔を憎らしく思う。
 人の胃をあれだけ痛めさせといて本当はわかっていましただなんて……憎らしい。
 そう思うと同時に悠斗は内心焦る。
 殺は葛葉との蟠(わだかま)りをなくしてくれた存在、それが禁忌に手を染めていた。
 このままでは殺が処分を受けてしまう。

 悠斗は焦り、落ち着く様にと静かに目を閉じた。
 ほんの一瞬、悠斗は自分の世界に入る。
 そうして自分の世界から出た後には殺を擁護しようと口を開いた。

「閻魔大王!」

「悠斗くん、安心して。殺ちゃんには処分は下さないよ」

「え?」

 悠斗は殺が重い処分を受けるだろうと思い込んでいた分、呆然とした。
 それを閻魔は見て、やっと心からの笑みを見せる。

「殺ちゃんが処分されると地獄はバランスを崩す。其のくらい殺ちゃんの存在は大きいんだ。殺ちゃんは地獄に大切なんだ」

「でもそれでは不平等を許さない地獄の精神に反します!殺は確かに大切で、私も擁護しようとしたくらいです!ですが地獄の精神に反するのは……」

 それを聞いた閻魔は静まりかえる。
 地獄の精神、それに反さない様に生きてきた閻魔。だが家族の禁忌は許してしまう甘いお菓子みたいな王様。
 閻魔は静かにニヤリと歪んだ笑みを浮かべる。

「ならば、君の仕事をこれから殺ちゃんに代行させれば良いんだよ」

「はぁ?」

「君の暗殺業を殺ちゃんが正式に請け負い、裏切り者を自由に殺す。そうすれば殺ちゃんは悪くなくなる。いや、殺ちゃんは正義だ。いつも私の周りの悪を裁いてくれていたんだから」

 悠斗は閻魔の歪みを目の当たりにして少しだけ体を後退させた。
 それは恐怖によるものか、はたまた歪を見て理解が出来なかったのか。
 それは悠斗にしかわからない。
 だが悠斗はそんな状態でも閻魔の話は理解出来た。
 そうしてその話をのんだ。

 これも恩人である殺を救う為……。



~~~~


「失礼をするぞ」

「お父様!?」

 閻魔と話した次の日に悠斗は動いた。
 突然、人殺し課に葛葉の父親が来たことで皆が何事かと騒ぐ。
 そんな中、悠斗は殺の前へとサッと近づいていき、顔を覗き込んだ。

「何ですか?悠斗さん」

 殺は状況をあまり理解出来ずにいたが、出来るだけ冷静に訊ねる。
 すると悠斗は変わらない無表情で殺に提案をした。

「私の暗殺業……貴様が代行してみないか?」

 その言葉に周りは騒然とする。
 突然のことに皆が其々焦った。

「お父様!そんな汚れ仕事は私がしますわ!」

「殺に無闇に人を殺せと?!そんなことは許せんのじゃ!」

 皆が悠斗に批判の言葉をあげる。
 それは悠斗にとっては想定内だ。
 そうして殺の反応も……。

「良いでしょう。請け負います」

「殺!?」

 陽が焦って殺の肩を掴み、顔を覗き込む。
 そうして陽は恐怖した。殺の光を灯さない筈の目が光り輝き、表情が嬉々としていたのだから。

「あ……」

 陽は思わず殺の肩を離してしまう。
 この表情は陽と悠斗しか見えていなかった。
 悠斗は悲しそうな表情を浮かべる。

「私の仲間にこの手のことに詳しい者がいます。その方も良いですか?」

「ああ、良いぞ。では殺、貴様に任せる」

 殺は「はい」と返事をして仕事に手を戻す。
 陽を除く皆はぎゃーぎゃー騒いで、葛葉にいたっては悠斗の顔を叩いていた。
 そんな状況の中で殺は静かな声で皆を黙らす。

「仕事をしなさい」

 その地を這う様な一言に皆は凍りついた。
 だが陽は別の意味で凍りついていた。
 殺のあの表情、忘れられない狂気に染まった顔。
 そうしてその場で訊いてしまった。

「お前は人を殺すのが楽しいのか?」

 その一言にサトリと葛葉と御影は混乱した。
 殺が人を殺すのが楽しい?
 そんな筈はない。いつも真っ直ぐ人と向き合う。
 そんな真面目な殺が?
 だが殺はそんな三人をよそに無情にも甲高い声で笑った。

「ははは!」

「何がおかしい?!」

 陽は狂気に怯えるが、震える声で殺を問い質した。
 すると殺は答える。

「人を殺すのは楽しくないですが、生き物ではないものを殺すのは楽しいですね!」

 陽は此奴は何を言っているんだと呆然とし立ち尽くした。
 生き物ではないもの?わけがわからない。
 だが悠斗だけは納得している様だった。
 それに陽は焦る。
 自分の、皆の知らない殺が他の者には理解されていることに陽は焦る。
 陽は焦心から悠斗の胸倉を掴みあげ、今度は悠斗を問い質した。

「知っていることを話せ!」

「貴様には理解は出来ん。出来たとしても待っているのは絶望だ。絶望のどこが良い?」

「はぁ?!」

 陽はこれ以上知ることは絶望と聞いて間抜けな声をあげた。
 何が絶望だ、知っていた方が殺を救えるだろうと。

 陽は真実を知ろうとした。
 だがやめた。
 それは未だ狂気に笑っている殺を見て真実を知らないうちに絶望を覚えてしまったからだ。
 殺は笑う、何かを嘲笑う。
 人を真っ直ぐ見る彼は今はいない。
 それは絶望だった。

 救う、そんなことが簡単に出来る筈はなかった。
 これは殺と真実を知る者の問題だ。
 それを放って置くというのなら、それが良いのだろう。
 それが何も知らない者の絶望を招くとしても。

「あはははははは……ははは」

 殺は息を切らす。
 そうして最後にこう言った。

「殺すのは楽しい」

 闇が光に変わる時、絶望が交わるだろう。
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