地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

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日常という罰

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 五人の英雄が病院を退院して数日が過ぎた頃。
 この五人は閻魔に休日を貰っていた。
 強大な敵を倒した褒美という建前を持っている休日は、何故だか五人を引き離す様な気がしてならなかった。

 休日ということで、殺はわからないが御影は雅とのんびりテレビ鑑賞をし、サトリはゲーム大会に出場をして、Mはスイーツ巡りへと赴いていた。
 だが陽は何もする気にならずただ家の仕事をこなす。
 たまの休みだから御影の様にテレビでも見ればいいのにと姉の凪は思っていた。

 すると凪に名案が浮かぶ。
 そうしてニヤリと笑って足音を殺し、陽に近づいた。

「陽!」

「うわ!姉様?!」

 洗濯物をたたむのに夢中だった陽は背後の姉に気づけなかった。
 いきなりの凪の大きな声に陽は驚いて、その場から僅かに離れてしまった。
 陽は呼吸を整え、冷静になろうとする。
 そして冷静になった頃には陽は姉を叱った。
 だがそれは凪に無視される。
 凪は笑う。

「ねえ、殺様に渡してもらいたいものがあるんだけど……陽、行ってきてくれない?」

「渡してほしいもの?」

 陽は疑問符を浮かべる。
 凪と殺はそこまで交流がない。
 たいして仲良くもないのに何を渡すのか?
 約束でもしていたのだろうか?

「そうよ~!陽が作ったお菓子を殺様にも食べてもらいたくてー!良いでしょう?貴方も殺様に会いたいだろうし」

「会いたいって……。……!」

 陽はふと思い出した。
 殺は今は一人だということを。
 いや、家には使用人が居るだろうが……殺の事情を知っている者は一人も居ない。
 何故、早速だが殺を一人にしてしまったのか?

 けれどそれはなんとなくだがわかる。
 皆、殺の狂気を再び見るのではないかと恐怖をしたからだ。
 殺が帰ってきて嬉しいのは当たり前。
 だが一度味わった恐怖を払拭するのには足りない。

 もし、選択を間違えれば……また殺が狂うのではないかと恐怖したのだ。
 殺には笑顔で居てもらいたい、だからこそ選択肢を投げ捨て恐怖する。
 陽も恐怖して無意識のうちに殺を遠ざけてしまった。

「陽?早く行きなさい」

「姉様……」

 陽は自分が恐怖していると自覚している。
 だが、行かねば義務を果たせないと思った。
 だからこそ殺の下へ向かう。
 独りぼっちが怖くて歪んだ彼の下へ。

「いってきます!」

「いってらっしゃい」

 陽は手作りのマドレーヌを持って外へ出た。
 昔、殺が美味しいと言ってくれたお菓子を持って。


 ~~~~


「こんにちは」

 陽は殺の家の門番に挨拶をする。
 すると門番はにっこりと笑って陽に声をかけた。

「陽様じゃないですかー!今から門を開けますから少しお待ちを!」

 門番が門を開ける。
 もう若干見慣れたその家は、相変わらずの大豪邸だった。
 陽は門をくぐり、敷地内に入る。
 庭を掃除している使用人が笑顔でお辞儀をしてくる。

 陽はこれが殺の家族なんだなと思う。
 優雅であり、無邪気な天真爛漫でもある。
 だが誰も殺のことを知らない。
 殺の愛情を一身に受け、その愛情を愛で返していた。
 そんな使用人さえも殺のことを知らない。

 虚しくなってくる。
 そう思っていたら使用人に声をかけられる。

「陽様、殺様にご用事で?」

「ああ、マドレーヌを持ってきてな……」

 陽は手荷物を使用人に見せつける。
 使用人はそれを見て、荷物を受け取ろうとした。
 だが、使用人はその手を止める。

 陽は客人だ、もてなさなければならない。
 それ以前に陽は殺に用事がある、ならば喋ることも必要であるだろう。
 そう判断したからこそ使用人は手荷物を陽自ら渡すべきだとした。

「今から殺様の部屋に案内しますね」

「礼を言う」

 陽はやっと殺に会えると思い、土産を大事に抱え、使用人についていった。


 ~~~~


「殺様、陽様がいらっしゃっています」

「入ってどうぞ」

 少し嬉しそうな声が障子越しに聞こえた。
 陽は障子を静かに開けて部屋の中へ入ろうとした。
 だが、そう静かに入れる訳もない。
 陽は殺に袖を引っ張られて、体勢を崩し殺の胸に埋まる形で部屋の中に入った。

「殺!?」

「私を一人にしないといった約束はどこに消え去ったのですか?陽」

「うっ……、それはだな、皆が用事があって……」

 陽は殺の顔を見ようとする。
 だがそれは殺に抱き締められることによって叶わなかった。

「陽、陽、陽」

 殺は陽の名前を何回も呼ぶ。
 そうして何かを言いかけたが、すぐに口を閉じた。
 だが陽もそれを許す訳がない。
 これ以上は殺に我慢してもらいたくないのだ。
 素直に言う様にと促す。

「何か言いたいのなら、はっきり言え」

 陽は殺の髪を手で梳きながら殺の顔を見ようとした。
 そうして見えた彼の顔は苦しそうに笑っていた。

「皆、私が怖いのでしょう?それも優しい恐怖心だ」

「殺……」

 陽は全て見抜かれているのかと焦る。

「皆、私を二度と狂わせない様にと思うからこそ恐怖する。笑顔のままで居てほしいから恐怖するのでしょう?一度染み付いた恐怖はなかなか洗い流せない。それほどのことを私はした」

 陽は殺の頬を撫でる。
 そしていつもの仏頂面で言葉を吐いた。

「そんなことは如何でもいいから、お土産のマドレーヌを食ってろ。お前のそんな顔は見たくない」

 陽は乱暴に手土産を差し出す。
 それを見た殺はニヤリと笑った。

「何がおかしい?」

「いえ、此方も渡したい物がありまして」

 殺は陽を離して棚を漁りだす。
 何処へ置いたっけ?
 そう言いながら。
 そうして棚から一つの包みを取り出す。

「何だ?それは」

「開けてからのお楽しみです」

 殺は相変わらずニヤニヤと気味の悪い笑みで陽を見る。
 その視線を気色悪いと思いながらも陽は包みを開けた。
 そして中身を見た瞬間に陽は顔を真っ赤に染めて固まる。
 だが、固まったのは僅かな一瞬で、次の瞬間には陽から殺に向けた強烈な蹴りが炸裂した。

 まあ、避けられるが……。

「何をするのですか?中身、気に入りませんでした?」

 余裕のある笑みで殺は陽の顔を見る。
 見られている張本人の陽は、わなわなと体を震わせ、真っ赤な顔で殺に抗議した。

「何で、男への贈物がヒラヒラのエプロンなんだ!?」

「主婦って良いですよねー」

「聞いてるのか!?」

 殺は陽の真っ赤な顔を見て満足する。
 陽は相変わらず文句を言っているが知らん振りだ。
 殺はぎゃーぎゃーと五月蝿い室内を人殺し課へと置き換える。
 いや、人殺し課の方がまだ五月蝿い。
 早く、いつもの五月蝿い人殺し課に戻れないか?
 そう考える。

 殺は目の前で怒ったり、恥ずかしがったり、しおらしくなったりなどの百面相をする陽を見る。

(陽のいろんな表情が見れるのも閻魔の罰と慈悲のおかげか)

 殺は少しだけ虚しい思いで顔を歪ます。
 閻魔の与えし罰と慈悲は負の連鎖だ。
 殺は本当は陽の為に別れを告げないといけないと思っている。
 だがそれをすれば閻魔の罰を裏切ってしまう。

 この罰という慈悲は人々を不幸にする。
 何も関係のない者も巻き込む、雁字搦(がんじがら)めの不幸。
 陽も本当は何もしていないのだから、殺の罰に巻き込まれる必要はないのだ。

 だが殺の罰を執行する為には、陽も犠牲にならなければならない。
 これが陽の執行人としての義務。
 陽も辛い思いをひた隠し、気丈に振舞っている。
 殺にはそのくらいは余裕で見抜けた。

 殺の正義を重んじる性格を知っている陽は、殺が正義を裏切ったことで光から影……いや、影にもなれない黒になったことを信じられないと思っているのだろう。
 陽にとっては殺が眩く輝く宝石の様だったから。
 宝石の様に硬い意志を持ち、皆を守る。
 それが陽の見てきた殺だった。

 だが本当は殺は脆かった。
 皆を守る体は、永い年月を重ね傷ついて壊れていった。
 そのことに気づけなくて、殺を黒にしたことを陽は悔やんでいる。

 貴方が傷つく必要はない。

 それは殺が言う資格を失った言葉。
 だから殺は閻魔の人々を不幸にする慈悲を受け入れる。
 はたして閻魔はこうなることを理解していたのか?
 それは閻魔にしかわからない。

(嗚呼、陽の笑顔を毎日……ずっと見れるのか)

 たとえそれが苦しみを備えた笑顔だとしても、殺は陽の笑顔が見たかった。
 閻魔の罰は変わらないこと。
 ならば殺と陽は毎日笑うだろう。
 お互いの為に別れなければならないと知りながら。

 けれども別れられない。
 それは閻魔の罰の所為か……はたまたお互い別れたくないのか?
 答えは……みなまで云うな。

 今は閻魔の所為にしておくのだ。
 閻魔の所為で狂った日常を歩むことにするのだ。
 そうしておけば何も考える必要はない。

「殺!」

「はい?」

 殺は今、自分は笑えているだろうか?と愛する者の前で考える。
 愛する者はふりふりのエプロンを着て、足音をわざと大きく立てながら殺に近づく。

「お前がこんなものを寄越すということは何か作れってことだろ?……調理場まで案内しろ」

「……」

「何だ?嫌だったか?」

 まだ陽の手料理が食べられる。
 それは殺の中の確かな幸せだった。
 そうか……まだ幸せに思えるのか。

「嫌な訳ありません!貴方の手料理を毎日食べたい!」

「なっ!?」

 陽は頬を赤く染める。
 それを見た殺は初めて閻魔の慈悲に感謝した。

「それでは調理場へ案内します」

 殺は陽の手をとり、部屋から出る。
 殺は選んだ、幸せな生活という罰を。

 嗚呼、この日常は辛くて幸せだ!


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