地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

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半人前の記憶

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 昔々、あるところに幸せな家族が居ました。
 幸せな夫婦と二人の子、いつも笑顔が絶えない仲睦まじい家族でした。
 ですが幸せとは、いつか崩れてしまうもの。
 そんな不幸の最中に居た名もなき青年の話をしましょう。
 今は亡き、家族の話をお聞かせ給いましょう。


 ~~~~


 俺は幸せだった。
 いつからだったろうか、幸せが崩壊したのは?
 いつも母様の握り飯を食べていた、父様には修行をつけてもらっていた、妹とは修行帰りに他愛ない会話を重ねて笑っていた。
 幸せだった、幸せだったのだろう。

 だが憎き不幸は唐突に。

 不幸なんて知りたくもなかった。
 でも不幸は確実に、着実に家族を蝕む。
 いつ見たのだろうか?
 母様が血を吐いて倒れた姿を。
 あの日、あの場所に居た妹はそれを覚えているだろうか?

 それほどに俺たちは、あの日、幼かった。

 妹は倒れた母様の体を揺すっていた。
 それは状況をわかっている風にも見えたが、俺にはわかった。

 妹は母様の置かされた状況をわかってないと。

 実際に直後に「かーさま!ごはん!」と叫んだのだから、俺の感は当たっていた。
 俺は生きている者、皆が不老不死だと思っていた。
 だがそれは間違いだったのだろう。

 閻魔大王が創った不老不死は不完全だった。
 元気であれば問題は何一つない不老不死。
 だが病にかかれば、それは崩れ去る。
 母様は流行り病に侵されたのだ。

 その病は確実に体の芯まで、指の先から爪先まで、内臓を侵し、死に至らしめる。
 母様のかかっていた病には、薬などなかった。

 ははは!
 笑えるよな!
 不老不死だけに注目して、病のことは置いてけぼり。
 それじゃあ死人は減らないさ。
 いや、だからこそ世の中が回っているのかもな。
 無様に恥知らずに回っているんだ。
 そんな世の中は嫌だ。糞食らえだ!

 嗚呼、父様はいつも母様のことを置いて仕事に出る。
 それが家の為、母様の為とわかっているが……妹はわからないだろう。
 妹が母様の状態をわかる様になった。
 それからは話をあまり交わさなくなった。

 妹は母様に依存し、母様を支えようとしていた。
 だから俺は勇気を出して、妹をとめ、語りかける。

「俺たちで母様を支えよう。二人で居れば怖いものなんてない。母様の病気も吹き飛ぶ」

 妹は目をパチクリさせたが、微笑んで返した。

「私とお兄様が半人前でも、二人揃えば一人前ですね!」

 二人揃えば一人前、その言葉が俺にとっては嬉しかった。
 そうだ、二人なら完璧なんだ。
 俺たちは互いを補いあえる。
 強く、勇ましくあれるんだ。

 長男しか後継者になれなくとも、妹が支えてくれる。
 母様を支えた様に支えてくれる。
 きっとそうだ。
 でも、だからといって現状に満足してはいけない。

 俺は修行にのめり込む。
 それは愛する家族の為に。
 きっと俺が強くなった頃には妹も強くなる。
 家を二人で支えられる。
 その頃には母様も病が治っている筈だ。
 父様に疑心を持っている妹も、その心を健やかにし、笑っている筈だ。

 そう信じた。
 信じていたかった。

 だが現実とは酷(むご)いものだ。
 嗚呼、母様が冷たい。
 妹が泣いて喚いている。
 従者は静かに袖で涙を拭っていた。

 あれだけ温かかったのに……今はその体温を母様は失くしていた。
 俺の頬に熱い雫がつたる。
 目頭が熱い、目が焼けそうだ。

 母様の最期を看取れなかった。
 いや、看取らないほうが幸せだったのだろう。
 最期を見るには俺はあまりにも未熟者すぎた。

 だが俺より未熟な妹は母様の最期を看取った。
 俺より未熟な筈だったのに。
 妹は嘆く。
 それは母様が死んだ絶望にか?
 父様がいない現実にか?
 はたまた両方か?

 嗚呼、俺は憎いよ。
 俺の母様は流行り病で死んだうちの一人としての扱いを受ける。
 何千、何万のうちの一人。
 きっと存在は残らない。
 なんて虚しいことか。

 俺たちは生きていたのに。
 存在はなかったことになるんだ。
 世の中は残酷だよな。だって大切なものが簡単に奪われていくんだもの。

 そんな世の中に俺は何を遺せるんだ?


 ~~~~


 母様が棺桶に入れられた。
 華がいっぱい手向けられた、それはそれは美しい棺桶だった……と思う。
 俺には美的センスがないからな。
 だが死化粧を施された母様は悲しいほどに綺麗と思えた。

 父様の目が死んでいる。
 嗚呼、父様も悲しんでいるんだ。
 きっと泣いていた。
 男は泣かないと思っていたんだけどな……案外、俺も父様も泣くもんだ。

 妹はいつまで経っても泣いている。
 回らない頭で、そんなに泣いて脱水症にならないのか?と考えた。

 とうとう母様が火葬される。
 中で燃えるんだな。こんな狭い空間で一人焼かれるんだな。
 母様が燃やされる、俺はいつかの幸せを思い出した。
 思い出して只々泣いた。
 泣きながら骨を骨壷に入れた。

 後は地面に埋められるだけ。
 母様は一人で、冷たい地中で眠るんだ。

 ……そうだ!眠っているだけなんだ!

 きっと起きたら笑って頭を撫でてくれるんだ!
 ……なんて現実逃避に走ってみる。
 だけど結局は虚しいだけ。
 何度、俺は虚しい思いをしなければならないのか。

 だが、虚しくても俺には遺された家族が居る。
 俺が、俺が支えないと。
 強くあれ、体も、心も。

 もう父様を空虚で満たさない為に、妹に涙を流させない為に。
 俺は強くならなければならないんだ。
 だから俺は毎日修行にのめり込む。

 母様が居ない現実から逃れる為に。

 だが俺は修行をしていると、吐き気を催し、我慢出来ずに吐いてしまう。
 風邪か?そう思い、吐瀉物を見る。
 目を疑った。

 地面が真っ赤に染まっていた。

 俺はその時に確信した。
 あ、病気だ……と。


 ~~~~


 あれから何年も経った。
 妹は家を出て行ってしまった。
 俺の病気に気づかずに。
 まあ、気づかれない様に気丈に振る舞っていたんだけど。

 悲しいことに俺の病気は母様と一緒の病気だ。

 俺は布団へと倒れ込む。
 もう夜か、暗いな、寂しいな。

 なあ、俺たちは二人揃えば一人前だろ?
 一人が欠ければ半人前だろ?
 俺たちは二人で一つの筈だ。
 お前が居なきゃ寂しいんだ、布団にくるまっていても寂しさは何ともならないんだよ。
 俺の為と思って戻ってきてくれよ、妹よ。
 いや……。

「愛しい葛葉……帰ってこいよ……」

 最期に、お前と一緒に酒を飲みたかったなぁ。
 嗚呼、眠い。
 おやすみ、世界よ。
 さよなら、葛葉よ。


 ~~~~


 一人の青年は半人前で死んでいった。
 誰かを待ちながら死んでいった。
 一人の女は暗い夜の中で呟く。

「長男が死にましたわね」

 女は知っていた。
 だが病など如何でも良いと思い、家を出た。
 後悔はなかった。
 だが年月をかけたら気づく。
 己がどれだけ無情なことをしたかと。

 後悔は後からやってくる。
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