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異常で優しい愛
しおりを挟むあの日、貴方は私を突き放した。
その突き放した手が愛おしくて、私を見下す目が美しくて。
私は恋い焦がれました。
貴方という善に。
人とは罪を犯せば犯すほど善から遠ざかる。
だからこそ欲してしまう、人を寄り付けない、遠ざけさせる、その善に。
~~~~
「殺様ぁぁぁぁぁぁ!私と付き合って!」
「地獄に堕ちた亡者が私に近寄るな!!」
黒縄地獄で交わされる会話。
その日、殺は強盗殺人を犯したら堕ちるという黒縄地獄の様子を確認に出かけていた。
そこで、また殺はある少女の亡者に気に入られてしまっていたのである。
「はぁ、鬱陶しい。貴方と私は違うのですから諦めてください」
「やーだ!」
「うわぁ、殺したい」
「殺してよくってよ」
名も知らぬ少女は笑う。
それは幸せそうに、愉快げに。
そんな少女を見て殺は溜め息を吐きながら呆れていた。
殺は罪人の気持ちがわからない。
だからこそ無慈悲でいられた、穢れなくいられた。
だがそれは本人が気づいていないふりをしているだけで、穢れているとわかっていた。
裏切り者殺し、それを正当化して殺は生きている。
けれどそのことを知らない、無知な者は殺を神聖な者と崇め奉る。
少女の亡者もその一人だ。
こういった輩は最初は神聖とする者を崇めるが、都合が悪くなるとその者を糾弾する。
だから殺は自分のことを知らずに近寄る者が嫌いなのだ。
殺は己が腰にまとわりつく少女を剥がしてから突き飛ばす。
すると少女は笑った。
「やはり貴方はそうでなくっては」と、罰を受けているのに何故か涼しげに笑っていた。
~~~~
「はぁぁぁぁぁぁぁ……」
「何じゃ?殺、またあの亡者に告白されたのか?」
「告白!?」
御影のさり気ない言葉の中に告白という重大な言葉があったことに陽は戸惑いを隠せないでいた。
陽は心中が修羅場になることを覚える。
何せ自分の恋人が告白されたのだぞ、と。
「相手は美人ですの?」
「ムカつくくらいに整っていますよ」
陽は殺に告白する者が美人だと聞いてカタカタ震えだす。
少しだが眼鏡にもヒビが入った様だ。
陽は殺が自分に惚れきっていると慢心がない。
だが慢心がないことは自信というものにも響くものだ。
陽は「大丈夫」と繰り返し呟き、人という字を手に書いて飲んでいる。
「手に人を書くのは緊張している時ですよ。そこまで動揺しなくても私は陽のことが好きですから」
「殺……!」
「お熱いことですの!」
Mが殺と陽の間に入って二人を茶化す。
それが恥ずかしくて陽は「五月蝿い!」と叫び、Mに平手打ちを食らわした。
部屋中に喘ぎ声が響く、そんな中で美鈴は小夜子と冥王とひそひそ声で話していた。
「何を小さな声で喋っているんだ?」
サトリが冥王の膝にちょこんと座る。
冥王はサトリが来ることくらいは読めていたので動じることもなく、ただ子供をあやす様に頭を撫でるだけだった。
「いや、少女の亡者もしつこいからな。撃退方法を考えていたのだ」
「撃退方法?」
サトリは興味深々で食いつく。
すると今度は美鈴が口を開いた。
「殺様が直々に殺せば少女も嫌になるのでは?」
かなり物騒な言葉が飛び出し、皆が凍りつく。
だが殺は凍りつく皆に入らなかった様だ。
「そのアイデアいただきます!」
良い案を貰ったと殺は唇に弧を描いて笑う。
皆は少し動揺する。
何せ殺自身を好いてくれる者だぞ、それを殺が自分で殺すのはあまりに残酷なのではと。
だがしかしそれは殺にとって残酷ではなかった。
生きていて都合の悪い者は消す。
それが殺だ。
どう足掻いたってそれが変わることは一生ない。
「さて……明日、黒縄地獄へ行きましょうか」
愉快なことに目を細める。
その姿は無邪気に生き物を殺す残酷な子供だった。
~~~~
殺が水を得た魚の様になった昨日から今日という日が来た。
殺は少女の下へ向かう。
するとそこには相変わらず拷問から逃げる少女がいた。
拷問から逃げていた少女は殺に気づき、殺に駆け寄る。
「……!殺様!……ん?その刀は?」
少女はいつもは殺が携帯していなかった刀を見て不思議がる。
殺はそんな少女を見て笑顔で答えた。
「これは……貴方を殺す為のものです!」
刹那だった。
一瞬で刀が鞘から抜かれ、少女を真っ二つに斬り裂く。
刀が灯す光は紅く染まった。
少女の血はどろりと刀にまとわりつき、生臭い臭いを放っていた。
斬られた体からは内臓がはみ出し、内容物も出ている。
だがそんな光景は殺は見慣れているから冷静だった。
「今日、貴方を殺すのは私です」
「……それは楽しい時間になりそうです!」
真っ二つだった体が、ぐにゃぐにゃと動き出し、くっついていき、再生を成功させる。
再生を果たして真っ先に発言したのは「楽しい時間になりそうです」だ。
正直言うと殺はかなり少女に対し引いた。
少女は血に染まった刀を見て愉悦に浸る。
「貴方の刀の錆になれて良かった」
少女は歪んでいた。
目を細め、殺の刀に触れ様とする。
だがそれは殺がまたも振った刀によって阻まれた。
指が空中を舞う。
「きゃっ!指で触れた!」
「いつまで笑っているのです?亡者は苦しまないと」
そう言うと殺は今度は少女を一瞬で細切れにした。
だが少女はやはり再生をする。
亡者の再生力とは凄まじいものだ。
生きていないのに、生命を感じさせるものがある。
「次は目を潰しましょう」
「貴方が見えなくなるのは残念です」
殺は容赦なく目玉を刀で抉る。
器用にくるりと剥き出せば少女は「痛い痛い」と笑った。
~~~~
何度も少女を殺す。
だが少女は殺を拒むことなく笑顔で死を受け入れる。
それを見て、見続けた殺は吐き気を、嫌気を、そして虚無を覚えた。
「何故貴方は笑う!殺されているのですよ!それの何処に笑いがある!?」
殺はそう叫びきると少女の前で嘔吐した。
気持ち悪い、何故嫌がらない?
愛した者に殺されるのは嫌ではないが、何回もだと虚しくなるだろう。
それなのに、何故?
「殺様、泣かないで」
「え?……あれ?」
殺は気づくと泣いていた。
何故、泣いているのかはわからない。
だが一つだけ言えるとしたら悲しかった。
少女は殺の頬に手を伸ばす。
殺はその手が何故か嫌ではないと思えてしまった。
だが次の瞬間に少女は殺の頬を叩く。
「痛っ!」
「振り払いなさい。悪の手は」
「悪……?」
殺は唐突に思い出す。
この亡者は人を殺したのだと。
だからこそ、この地獄に堕ちている。
だが殺は少女を無意識のうちに生きている者として扱ってしまっていた。
無慈悲な筈だったのに、殺は長生きしすぎていた様だ。
長く生きていれば、様々な感情が沸き立つ。
生きているからこそ無慈悲になれない。
所詮は人間なのだ。
殺は人間だったまでだ。
「貴方と初めて会った時、貴方は私を突き放した」
「……当たり前です。罪人ですから」
殺は叩かれた頬を抑えて少女を睨む。
殺の禍々しい目に睨まれた少女はその身を快感で震わせた。
その状態のままで少女は語る。
「そうです。当たり前です、私は罪を犯した。だから突き放すのです。……貴方は善だ、人を寄り付けないほどに清らかだ。だから私は貴方に憧れた、罪を犯せば遠くなる善に憧れた。なのに貴方は先ほどの私の手を振り払わなかった!何故?!」
少女は少し悲しげな声で、泣きそうな声で叫んだ。
「私だって、いつまでも善ではないのです……」
殺は小さな消え入りそうな声で呟いた。
少女はその言葉を聞いた瞬間に泣いた。
「貴方が悪になる必要はないのです!貴方は常に罪人に罰を与えただけだ!それの何処が悪い!?貴方は誰がどう糾弾しようが善の存在だ!そしてその善に罰せられる私は幸せ者だ!」
少女は自分を幸せ者と語る。
その目はとても真剣で、嘘などない様に思えた。
亡者なのに、嘘をつかないとは……ある意味では奇妙だ。
そして殺は少女の目に見惚れていた。
真っ直ぐに、殺しか映さない目玉に。
だが殺は正気に戻り、叫ぶ。
「善に罰せられるのが幸せって!殺されるのですよ!怖くないのですか?!」
少女はその問いを聞くと、少しの間黙った。
殺はどうしたのかと思いながら少女を睨む。
すると少女は静かに笑んだ。
「怖いけど、貴方ならば幸せなのですよ」
歪んでいる。
それが殺の感想だった。
この少女は絶対に正気ではない。
そう殺は確信をした。
「貴方ならば、私を覚えてくれるでしょう?」
「は?」
殺は少女の言葉を聞いて呆然とする。
確かにこんな狂気染みた少女は忘れられないが、それがどうしたのか?
すると少女は殺の間抜けな顔が面白かったのか、クスクスと笑っていた。
「私は誰かに覚えてもらいたくて罪を犯したのです。怪盗になって、名を残すつもりでした」
「……」
殺は少女の話に耳を傾ける。
昔に平等王に教えられた。
亡者や罪人にも罪を犯した理由があると。
だから少女にもちゃんとした理由がある筈だ。
そう考えて耳を傾ける。
だが少女が罪を犯した理由はあまりにも間抜けだった。
「怪盗気分で盗みを行なっていると人に見つかりまして……警察に言われないようにと殺してしまったのです」
「……聞いて損した」
「あはは!悪の話は聞いても無駄なのですよ!」
少女は殺の拗ねた様な顔を見て満足したのか更に笑う。
だが殺は少し拗ねたままだが、言葉を発した。
「それでも貴方は誰かに覚えてもらいたかった。だから殺しをチャンスとした。だが、結局は覚えてもらえなかった。虚しいですね」
「そうです、虚しかったです。でも貴方ならば何故か覚えてくれる気がした。だから縋った」
少女は下を向く。
少女の顔から雫が溢れていっているのがわかった。
雫は地面を濡らす。
だが雫が垂れたところで、そこに美しい草木が生えるわけではない。
所詮はただの涙だ。
殺が最も嫌う涙だ。
「私は貴方を覚えますよ。ストーカーとして」
「え?!」
少女は殺の方を見る。
殺は笑っていた。
まるで悪戯を成功させた子供の様に笑っていた。
少女は殺の笑顔を見て更に泣き出す。
「最期に殺様の笑顔が見れたぁぁぁぁぁぁ!もう思い残すことはない!」
少女は幸せそうに笑い泣きをしてから、殺にあることを言う。
「私、転生が決まったのです」
「……え?」
「地獄での転生者の数合わせに選ばれて、明日」
「……そうですか」
殺は何かを考えているのか下を向く。
少女は笑顔で殺を突き放す。
もう夜中だと、早く帰りなさいと。
その日、殺は暗い心境で帰路についた。
~~~~
「よー!遅かったじゃねえの?少女には諦めてもらえた?」
「サトリ兄さん……」
殺は人殺し課へ帰るやいなや、サトリに抱きつく。
その様子を見た皆は、ただ事ではない何かが起こったと思い、慌てて殺の方へ向かった。
「殺様!?どうしたのですの!?」
「殺!何があった?!」
「サトリ兄さん……」
「ん?何だ?」
サトリは殺の声を聞こうと耳をすます。
すると殺は大きな声で叫んだ。
「心を読む力をわけてください!」
「無理」
「即答!?」
殺はサトリの即答を聞いて地面にうずくまる。
サトリはそんな殺に呆れながらも心を読んだ方が早いと判断し、心を読んだ。
そして更に呆れた。
「お前、少女に何て声をかければ良いかわからなかったの?」
「はい……」
「だから俺の能力をねー……ふーん」
サトリは殺を睨む。
睨まれても特にどうともない態度の殺にサトリは溜め息をついた。
「はぁー、それで良いんだよ」
「は?」
殺は素っ頓狂な声をあげて、サトリを見る。
見られているサトリは仕方がないと言わんばかりに説明をする。
「心を読んで、相手の聞きたい言葉を言うのは簡単だ。だがお前は心が読めない。だから考える。人はな、考えてもらった言葉を聞く方が幸せなんだ。だからお前は今、相手にとって嬉しいと言ってもらえるようなことをしている。だから良いんだよ」
「考えて……」
殺は再び悩む。
それをサトリは見て笑顔になった。
「案外、お前もあの子が好きだったりしてな」
そんな声は人殺し課に響くこともなく、ただ虚空へと消えていった。
~~~~
あれから何時間も経ち、朝が来た。
殺は少女にかける言葉を考えた。
でも、この言葉しか浮かばなかった。
かっこいい台詞なんて案外浮かばないものである。
それとも自分がかっこよくないのか。
殺はにやりと笑い、外へ出る。
黒縄地獄へ出かける。
いつも人が拷問を受けている場。
そこにあの少女はいた。
「おい」
「……殺様!」
少女はいつもみたいに笑顔で殺に駆け寄る。
だが、殺はその体を突き放した。
少女は地面に尻餅をつく。
「痛……」
「これだけ言っておく」
「ん?」
少女は尻に付いた土を払いのけながら立つ。
そして殺の方を真っ直ぐに見た。
いつもの様に、真っ直ぐに。
「金輪際、地獄へ来るな!」
「……それは今度は天国で会おうって?」
少女はにこにこ笑う。
そのまま殺に手を伸ばそうとする。
だが殺は手を払いのけた。
「天国にも来るな」
「え?」
少女は間抜けな声を出す。
そんな少女を見ながら殺は、少女に怒鳴る様に喋った。
「何方にも来るな!人間界で永遠に生きろ!そうすれば忘れられないでしょう!」
殺は肩を大きく揺らして息をする。
少女はそんな必死な殺を見て笑ってしまった。
「何がおかしい?!」
「いえ、貴方も無茶を言うなーって。でも……永遠に生きられれば忘れられませんよね!なってみせます、永遠に生きた初めての人類に!」
「わかればよろしい……」
殺は少女を突き放す。
それは少女に時間が来たことがわかったからだ。
涙の別れではない。
寧ろ馬鹿みたいな別れだ。
だが、そんな馬鹿みたいな当たり前に終わりを告げるのは少し惜しかった。
だから殺は少女の消えゆく間際に言葉を残す。
「今度こそは……平凡な生を」
少女も地獄が恋しくなる様な呪詛を……。
~~~~
「おっぎゃあ!おぎゃあ!」
「可愛い赤ちゃんですよ!」
今度の私のお母さんらしき人と病院の先生が幸せそうに話している。
そうだ、私は転生したんだ。
殺様、どうなっているのかな?
この記憶もいずれ消えてしまうのかな?
でも忘れたくないよ。
貴方と出会った日。
『私に近寄らないでくれます?亡者が』
『すいません……!』
貴方は私を突き放した。
紅い世界の中に突き放した。
だけど……。
『血塗れで汚い。ちょっと拭くからじっとしてなさい』
そうやって私の頬を拭いてくれた。
そうして微笑んでくれたんだ。
『綺麗になりましたね』
そうやって貴方は笑んだ。
それが嬉しかったの。
私の大切な思い出。
嗚呼、私の名前が決められた様だ。
呼び名だけなら懐かしい名前。
綾(あや)。
貴方と同じ名前がついたよ。
これで貴方を忘れられなくなるかもね。
貴方が私を忘れない様に。
言葉とは呪詛となる。
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