地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

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殺と二人の兄

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 殺はサトリと御影に昔何があったか大体を察している。
 彼は観察眼が鋭い。
 二人に初めて会ったときに表情を見て『嗚呼、過去に何か辛いことがあったんだな……』と考えを巡らせた。
 思わず「辛いのですね……」と口に出してしまったときは二人は驚いて目を見開いていた。

 二人の表情は辛さなど微塵も感じさせない、そんな顔つきを必死にしていた。
 そんな努力は辛いだろう。
 殺は小さいながらも大人の二人を抱き締めて言った。

「もう大丈夫ですからね」

 殺の精一杯の慰めの言葉は二人の心に残った。

 殺はサトリと御影に愛されている。
 サトリと御影を必死に笑顔で「大丈夫、大丈夫ですから」毎日そうやって子供に本を読む聞かせる様に言葉を発し、穏やかに二人を抱き締めているからだ。
 必死な殺に心が辛くなるので最初は嫌がってた二人も、今では殺の頭を愛おしそうに撫でて抱き締めかえしている。

 殺はサトリと御影が大好きである。
 二人の優しさが居心地いいからだ。
 二人と接していくうちに二人に憧れを抱き、いつしか追いつきたいと思う様になった。
 でも気付いた。
 彼らは置いていってなどなかったのだ。
 いつも振り返って追いつくまで待っていてくれる。

 なんて優しいのだろうか。

 殺はいつも頭を撫でられ抱きかかえられる。
 とても幸せな空間。
 あまり笑わない殺がふにゃりと笑う。
 それを見るのがいつしかサトリと御影の楽しみになっていたのは内緒。



 ある日のこと、サトリと御影が殺を連れて出掛けることになった。
 殺は表情を変えないながらも楽しみにしていて年相応に見えてしまう。
 殺の周りの空気はまるでお花畑みたいで、心なしか花が殺の上を舞っている様に見えた。

 サトリは「楽しみだなー!」とウキウキと出掛ける日を待っている。
 御影はそんな二人の様子を見ながら可愛いなと頭の中で考えて、にこっと笑った。
 御影は笑顔で「明日が楽しみじゃのう……」そう呟いた。



 出掛ける当日。
 殺は少し口数が少ないのは遠出をするのが初めてだからであろう。
 緊張しながら張り切っている殺を見ると本人には失礼だがつい笑ってしまう。

 たかが出掛けるだけでそこまで張り切らずとも……。
 少しニヤついた口元を引き締めてサトリは殺に注意事項を伝える。
 知らない人にはついていかないこと……。

 殺はそこまで子供ではないと少しだけ怒ったが、勿論のこと約束は守ると真顔で答えてきた。
 殺は約束ごとや命令になると何でもこなす。
 こういうときに便利な性格だ。
 そしてもう一人……。

「絶対に放浪しないでね。御影」
「気をつける……」

 自由人な御影は目を離すとすぐにどこかに消えてしまう。
 長年に渡り御影と一緒に居たが、御影は迷子を繰り返すのだ。
 ちゃんと先に釘をささなければいけない。
 まぁ、さしても無駄だが……。

「では、出掛けるか!」

 御影の威勢の良い大声とともに殺の家の玄関を出る。
 向かう先は店が軒並ぶ街だ。
 初めて街に出た殺は目を見開いている。
 その目はとても輝いてまるで宝石みたいに見えて美しい、そう思えてしまった。
 子供の純粋無垢な瞳とはこんなにも眩い光を放っているのか……と二人はお互いに考えていた。

「甘味……糖分が欲しいです」

 殺が期待した目でサトリと御影を見てくる。
 今の殺の目で見つめられたら何でも買い与えてしまう自信が二人にはあった。

「甘味じゃな!どれ、兄さんが奢ってやろう!」
「えっ?いいのですか?」
「勿論!」
「テメェ!」

 御影の抜け駆けにサトリは心底悔しそうに唇を噛み締めた。
 なので甘味屋では先に殺の隣りに座り、御影だけにドヤ顔を披露して「優しい兄さんなら俺の分も奢るよな!」と殺の前で言ってのけ、ただ食いを成功させる。

 御影はサトリの分まで奢らされ、若干だが気が滅入る。
 それに気づいた殺は御影に餡蜜を一口差し出す。

「御影兄さん!笑って!これ美味しいですよ!」

 殺なりの気遣いに御影は心がほっこりとする。
 殺はなんと優しいのだろうか、流石は自慢の弟だ。
 御影は殺に『あーん』してもらい、幸せで天に召されそうになる。

「どれ、こっちもやろう」

 御影は団子を一つ殺に渡す。
 それを食べた殺は頬っぺたを抑えて幸せそうに笑っていた。
 殺の時折見せる笑顔にサトリと御影は幸せに悶える。

 サトリと御影は殺に甘過ぎるのだ。
 将来は馬鹿共という称号を貰うとは知らずに……。





 甘味屋を出て、街を再び歩く。
 すると殺は文房具屋の前で立ち止まった。
 それを見たサトリは好機と言わんばかりに殺の前に楽し気に立ち「欲しい物を買ってあげるよー!」とミュージカル風に歌って告げた。

 最初、御影に先を越された悔しさと怒り、殺に対する愛情を込めて陽気に歌う。
 殺も楽しそうに小声で歌に合わせて歌う。
 その姿に御影は二人共可愛すぎると顔を手で覆い隠していた。

 文房具屋に入って殺は早速スケッチブックと鉛筆、色鉛筆を手に取った。
 なるほど、絵を描くのが好きなのかと考えていると……。

「……二人の誕生日までに練習しなければ」

 そう小声で聞こえた。
 そういえば自分たちの誕生日はもうすぐだ。
 まさか……絵をプレゼントしてくれるのか!?
 二人は勝手に納得し早くも額縁はどんな物が良いか悩んでいた。

 殺は嬉しそうにスケッチブックなどを購入して店を後にする。
 サトリと御影は最早ご満悦だ。
 いつから親バカみたいになったのかは誰も……閻魔にしかわからない。

 街には玩具が出店で売られてあり風車(かざぐるま)が風でクルクル回っている。
 その姿は凛としていて美しい赤色だった。

「お揃いじゃな」

 いつの間にか風車を手に取った御影が殺に話しかける。
 殺は別に玩具には興味ない。
 ただこの風車に惹かれてしまった。
 殺の髪と目の色と一緒な風車を御影は購入する。

 サトリは「殺みたいに凛々しくて綺麗だな」と、嬉しそうに答えた。
 私は綺麗なのかなと疑問を持った殺は二人に訊ねる。

「私は綺麗なのですか?」

「美しい。強さと勇気、優しさを兼ね備えている王者」

「凛々しい立姿はまさに神。尊いのじゃ」

 即答で返事が返ってきた。
 それも、とても殺を褒めちぎっている。
 それが二人の本心だと殺はお世辞の可能性を疑わない。
 だって二人が嘘をつくことはないからだ。
 殺は二人の返事を聞いて少し照れながらも「ありがとうございます」と笑顔で答える。
 すると二人が笑顔になった。

 その笑顔はいつもの空元気ではない。
 本当の笑顔だった。
 その笑顔を見た殺は小さな声で「良かった」そう言葉をもらした。

 殺は景色が良いところに行きたいと、そう言った。
 サトリと御影はならばとっておきの場所があると胸を張って言いのけた。




 夕方……。
 彼等は小高い丘に居た。
 そこからは街が一望できる。
 夕焼けに紫の闇が混じっていく。
 地獄から離れた街は朝も昼も夜もある。
 紅い夜でもない普通の夜だ……。

 普通の夜が久しぶりで殺は少し感傷に浸る。
 昔、人間界で過ごしたこと……。
 今、この地獄に来て居場所があって本当に良かったと。

「もうそろそろ帰ろうか」

 殺を真ん中にして手を繋いで歩く。
 帰り際にまだ遊びたかったとぼやく殺に、二人は流石にその願いは聞けないな、と笑って答えた。
 殺はうとうとしながら帰路につく。

 家に帰ると殺は疲れたのか玄関で眠ってしまった。
 とても幸せそうな寝顔、そしてよだれの海を早くも作りサトリはよだれをハンカチで拭き、御影は殺を寝室まで運ぶ。
 敷布団を敷いて殺をゆっくり降ろして掛布団を掛ける。
 殺は心地良さそうにスーと寝息を立てて眠っている。

 サトリと御影は愛おしいものを見る目で殺を見守る。
 今度こそ守り通したい。
 そう彼らは決意を新たに固めて殺の家を去る。

 帰り道のことだった。
 二人は静かに道を歩いて進む。
 まるで二人の人生の様に荒々しい道のりは容赦なく二人の行く手を阻む。

「相変わらずこの道のりは辛いな」
「そうじゃのぅ」

 二人は分かれ道で別れを告げお互いの道を行く。

「じゃあな」
「また明日」

 二人は例え帰り道で別れを告げようが相棒として別れを告げることはないだろう。
 二人を繋ぐ絆……鎖は永遠に消えることはない。
 お互い鎖を己に巻きつけて永遠を生きることを誓う。
 あの日からそうやって生きてきた。

 だが、やっと本当に笑える様になった。
 これ以上はもう奪わせない。
 守り通したいものが沢山出来すぎた。

 絶対に守り通してみせる……。
 絶対に……。




 カラカラ……。
 障子の開いた風の通る広い和室。
 誰も居ないその部屋で風車は一人でに回る。
 それは動きだした運命の歯車の様に……。


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