地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

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復讐は蜜の味?

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「依頼内容は以上……わかった?あれが現れた以上、仇を取るんだよ。悔いの無いように。健闘を祈る」

 人殺し課には現在、重い空気が漂っている。
 サトリと御影が放つドス黒いオーラは簡単に人を一人殺せそうな勢いだ。

 閻魔が依頼を持ってきたのはいいが、これは流石に怖いと殺は考える。
 そうしてふと思い出した。
 昔の彼らの辛そうな顔を。
 思い出した瞬間にサトリと御影の苦しそうで憎悪に塗れた表情と閻魔の仇討ち発言を今回の依頼と結びつけてみる。

 でも事実はわからない……。
 二人に真実を訊いてみる。

「そろそろ話すときですよ」

 殺は心配と不安が入り混じった、なんとも言えない表情で訊く。
 二人には残酷だが訊くしかない。
 二人は顔をあわせて辛そうな表情で昔を語り始めた。

「昔に御影と一緒に人間界の神社で肝試しをしたら女の化け物に襲われて俺ら以外みんな死んだ……」
「女は永遠に人を殺さなければいけない呪いをかけられてたが、その後神社に封印されたらしい。そこはサトリと肝試しをした場所じゃ。
 ……あそこは人間界から抹消された筈。だが何故か地獄で蘇り今に至るのじゃな……」

「俺が……」
「儂が……」

「「強かったら……」」

 二人の声は悲痛な叫びに聞こえた。
 でも殺には言うべきことがあった。
 殺は二人の方に、下駄の音を響かせながら堂々と近づいていく。

「今はもう強いですよ」

 殺は二人の前で腕を組んで立ち、そう発言をした。
 サトリと御影は如何いうことかと思い、キョトンと殺の方を見つめている。
 そんな二人を見て殺は少し笑った。

「昔から私を守ってくれていて、混合者のときも勇ましい姿を見せてくれたではありませんか。私は信じてます。お二方が幸せな未来を掴み取ることを……」

「殺……」

 殺の発言に二人は少しだけ幸せそうに微笑み殺の頭を撫でた。
 殺はサトリが撫で易い様にと畳の上で正座している。
 殺は撫でられるのが気持ち良いのか、自然と二人に近づいていた。
 それをサトリと御影が抱き締める。

「大丈夫です。大丈夫ですから……」

 久しぶりの殺の必死さに二人は頑張って殺を……皆を守らなければと思った。
 そう思っていれば不思議と陽とMも近寄ってきて全員纏めて抱き締める。
 この身体中に集まっている体温を守りたい、今度こそ奪わせない。
 そう静かに心の中で誓った。





「あの神社は生きている……」

 閻魔は自室でそう呟くと仕事の書類に目を通した。


~~~~


「本当にここでいいのか?」

 そこは異次元への入り口みたいなものになっていた。
 柳の木が鬱蒼と生い茂り雑草がユラユラと揺れている。
 長い山道に少し怯むサトリと御影を見るのは心が痛む。

「行くぞ……」

 陽が声を発したのをきっかけに全員が山に踏み入る。
 山道はくねくねとうねっていて生きているみたいだ。蛇を思い出す……。

「うふふふふふ」

 どこからか聞こえてくる声……。
 それはサトリと御影だけには覚えがあった。
 御影が「走れ!!」と促してくる。
 その声に驚き、急いで走った頃には後ろからドゴォと音がした。
 走りながら後ろを振り返れば血塗れの女が地面に自ら減り込んでいた。

 恐らく皆を殺すつもりだったのだろう。
 女は顔をあげて「うふふふふふ」と笑っている。
 こちらを見る女は首をぐるぐる回す。
 そうして手足を車輪の様に回して走ろうとしていた。

 悍ましい……。
 サトリと御影はどれほどの恐怖を体感したのだろうか……。
 するとMが「足止めしますわ!」そう言って道の両端に生えていた木々に縄を張り女が進めない様にする。

 女は縄に引っかかりもがいている。
 こちらを見る目は憎しみそのものだ。
 女から溢れでる力は中々強大で力が外から入っている様に思えた。
 だが力の出どころは?
 そう冷静に考えていると御影が口ごもりながらあることを言う。

「殺……」
「何です?御影兄さん」
「実はもう呪いを解く力は習得してあるんじゃが……」
「ん?」

 殺は思い出す。
 そういえば女は呪われて人を殺している。
 呪いを解けば万事解決ではないか。
 そう思い、殺は御影に呪いを解けと言おうと口を開けた瞬間だった。

「正直、奴が憎くて消霊をしたいと思っている。……もう閻魔から許可を得ている」
「……」

 殺は黙るしかなかった。
 サトリと御影の辛い記憶に共感も出来る。
 仲間を、家族を失うことは当事者でないとわからないと皆は言うかもしれないが、辛いことだけは確かにわかる。

 殺も大切な兄さんたちを傷つけた女を許せない。
 だから親友としてなら……弟としてなら二人の消霊という選択を静かに応援するだろう。
 だってそれは友人には止められないのだから。

 だが……。

 上司としては簡単に禁忌の消霊を許可したりしなかった。

 例えどれだけ共感出来ても仕事上、許さないだろう。
 閻魔は一体何を考えているんだ?
 だが今はそんなことを考えている場合ではない。
 殺は御影に上司として命令する。

「消霊は許可しません」
「何で!?」

 殺と御影の会話を聞いていたサトリが睨んで叫ぶ。
 だが知ったことではない。

「上司として命令したのですよ。この課の長は私です。命令を聞きなさい」
「もう閻魔から……」

 サトリは勢いよく言葉を発しようとしたが出来なかった。
 誰もが殺の感情がわからない殺のポーカーフェイス、それが長年付き合ってきた彼らになら、その時の感情くらいわかる。
 殺が今にも泣きそうな顔で言っていることくらい……。




 走り続けて神社の境内に入る。
 荒れ果てているその場所からは妖力が溢れかえっている。
 恐らく時が経つにつれ女の呪いが神社に宿ったのであろう。
 まるで生きている様に思えた。

 サトリと御影は苦しそうに悩んだ顔をしている。
 命令と私情……どちらをとるかで悩んでいる様だ。
 殺は二人がどちらをとるかは彼ら次第とした。  



 御影は悩んでいた。
 女を消霊するか命令に従うか……。
 確かに消霊はやってはいけないこと。
 だが殺したい気持ちもあった。
 そうして思う、自分は運命に試されているのだと。

 サトリに迷いはなかった。
 女を消霊すれば仇を討てる。
 だから彼は刃を構えた。
 いずれ追いついてくる女に向けて……。



 サトリが刀を取り出したのを御影は諌めない。
 御影は上の空といった感じだ。
 殺は御影にサトリを止める様子が見られなかったことで私情を取ったか……とそう考えていた。
 だが、女が現れた瞬間にその予想は裏切られた。

 女がゆっくりとニタニタ笑って近づいてくる。
 最悪の場合は二人を止めて女を地獄に連れて行くつもりだった。

「うふふふふふふ!!」
「おらぁぁぁぁぁぁぁ!」

 サトリが刃を振るう。
 その刃は金属音を響かせていて、女のところには届かなかった。

 大番狂わせだ。
 御影がサトリの攻撃を防いでいる。
 サトリは「何で!?どうして!?」と訳がわからないかの様に叫んでいる。
 御影は女の頭を踏みつけ、動けない様にする。
 そして御影はサトリに冷静に仕事口調で答えた。

「これは復讐ではない、仕事じゃ。許可がおりたからといって簡単に禁忌を犯すのは許されぬ」
「でも!「でもではない!これは仕事なのじゃ!」

 サトリは恨めしそうに御影の顔を見つめたが、すぐに泣きそうな顔になっていた。
 何せ昔は守ると決めていた御影が泣いていたのだから……。
 ねぇ?何で泣いているの……。
 そう言わんばかりの表情で御影を見つめる。

「復讐はしたかった……でも禁忌をサトリに犯してもらいたくないのじゃ!儂は、儂らは普通でいいのじゃ!」
「!」

 サトリは泣きそうになりながら呟く。

「そうだよね……俺らは普通がいい」

 そうやって呟く。

「だから……俺はもう復讐は出来ないよ。ごめんな……みんな、ごめん」

 泣きながら一人で喋るサトリにみんなは黙るしかなかった。
 これが彼らの選んだ道。
 何も言わないし、言うこともない。

「うふふふふふふ!!」

 女は相変わらず奇妙な笑い声をあげながら手足をばたつかせる。

「呪いを解くぞ!」
「ああ!」

 サトリと御影は呪いを解くことを選択した。
 彼らは私情を取らずに仕事を取ったのだ。
 殺は其の後の浄化は二人に任せた。
 何せ二人の間のことであるうえに自分が浄化をしたら力加減を間違えて消霊してしまうかもしれないのだから。


~~~~


 二人は呆然と立ち尽くしていた。
 呪いはあっさり解けたのだから。
 呪いが解かれた女は普通の女でこれ以上は人を殺さなくて済むと喜んでいた。
 だが喜びで終わる訳がない。

「その方を地獄へ連れて行きますよ。」

 殺の残酷な発言が場の空気を凍らす。
 女の顔が悲惨なことになっている。
 何せこれから地獄で裁かれるのだ。
 女はまた無限の苦しみを味わう。

 女は泣き叫ぶ。
 それをサトリと御影が見下ろす。
 復讐も出来ず、女も狂い泣き、誰も報われない結果だった。
 二人は「これで良かったのか?」と呟いていたほどだ。

 それから暫くして女は地獄の中でも辛い地獄、無間地獄へと落とされていった。
 最後まで女は泣きながら「嫌だ!嫌だ!」そう叫んだ。




 カラン、カラン、カラン

 下駄の音が閻魔殿に広がる。
 殺は閻魔の前に立ちはだかる。
 そして疑問を投げかけた。

「どうして消霊の許可を与えたのですか?」

 殺の目はいつも通り冷たい。
 だが今は更に冷たい。
 そんな殺に臆することなく閻魔は笑って答えた。

「確かに私は慈悲を与えたらいけない。だが親としてなら彼らの復讐を応援したかったからだよ」

 その目はとても優しい目をしていて、まるで仏のようだった。
 その目を見た殺は何も言えなくなる。
 無言の圧力か何かだろう。

「貴方って人は……そうですよね。それが貴方です。本当に今更でした」
「こんな私を受け入れてくれるのは君だけだろうね。末永くよろしくね」
「はいはい、では仕事」

 殺は人を殺す様な目つきをしていたのが嘘のように穏やかな目に変わる。
 二人は少し笑顔を見せながら仕事を再開した。
 そう、これが閻魔大王。
 無邪気な、罪を裁く王。

 彼は人間には慈悲を与えないが、親としてならば簡単に禁忌を許してしまう。
 それほどまでに家族想いなのだ。
 家族が大好きな王は、はたして罪を裁くのに適しているのか?
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