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殺と陽
しおりを挟む「はぁー、良い夢を見た」
そうやってご機嫌な陽は家事をこなしていく。
今日は休日がもらえたのでいつもの家ではなく実家に帰っているのだ。
今や誰も居なくなって掃除もされていなかった部屋が陽によって息を吹き返している。
さあ、何故に誰も居ないかって?
理由は簡単。
両親は陽と違って自由気儘に世界を放浪しているからだ。
たいして深い理由などない。
今日は陽にだけいつも頑張っているからご褒美で休みが与えられた。
陽は嬉しそうに御影やサトリ、Mに対してざまぁみやがれと思いながら朝餉の支度をする。
そういえば……殺は何をしているのだろうか?
彼の頭の中は殺のことでいっぱいだ。
確か出張に行くとか言っていた様な……。
その時だった。
コン、コン、コン。
戸を叩く音がした。
陽は客人かと思い急いで玄関まで走り抜ける。
玄関まで走ったおかげで息が切れかけだが客人は用があって来てるのだ。
出ないわけにはいかない。
「すいません、遅れて……用は?……!?」
「どうも。陽」
にやりと笑う客人は見間違うことなどはない。
殺だった。
何故?どうして?
そうやって混乱する陽に殺は笑って答える。
「出張先が貴方の実家に近くて、宿に泊まって金を使うより貴方の家に泊まる方が予算が浮いて良いかなと思って」
「いやいや!良くない!」
陽は焦る。
何せ今の醜態を見られてしまったのだから。
実は今現在の服装は猫さんの絵が描かれたエプロンなのだ。
地味に恥ずかしい。
こんな状態で更に家での醜態を見られたら……考えるだけで嫌になるものだ。
……背後からガタガタと音が鳴る。
嫌な予感が陽を襲っていく。
「あ~ら、殺様。どうしたのかしら?」
「ちょーっと泊まらせてもらおうと思って」
嫌な人が来た。
感想はそれだけである。
殺が泊まると言った瞬間に陽の姉は笑んだ。
それだけで悪寒がする。
「泊まってどうぞ、殺様」
「ちょっと姉様!何を勝手「何か文句でも?」
「文句はアリマセン」
最終的に予想通りの結果になり思わず片言になる。
結局は自分は家庭内カースト最下位だ。
逆らえる筈もない。
殺は笑顔でお邪魔しますと玄関にあがっていった。
いつもと違う家……までなら良かった。
何故、実家に殺があがりこんできているのだろうか?
今日の朝餉は少し味噌汁の味噌を入れ過ぎてしまった気がするので若干だが殺の反応を気にしてしまう。
殺はそんな陽に気づいたのかまた笑んで「美味しいですよ」と語りかける。
その笑顔にドキッとしてしまい思う様に箸が使えない。
緊張してしまってご飯を食べるのがやっとなほどだ。
「こんなに美味しいご飯が毎日食べられたら良いのですが……」
そう囁く殺の顔はどこか色っぽい大人の様だ。
だがその後の無邪気なおかわりがまたギャップ萌えというものを呼んでしまい陽はどうすればいいか分からず、ただご飯のおかわりをつぐだけであった。
「エプロン姿は可愛らしかったですね」
黒歴史を突いてくる殺に若干だが怒りをぶつけたい気分になるが、それだといつもの様に子供扱いされてしまう……。
陽は少しだけ学んで殺の前で発言した。
「また見たかったら家に来ればいい」
ドヤ顔で大人っぽく言えたと満足するが、この時、気づいていなかった。
満足してたのは自分ではないと……。
陽は家事をこなしていく。
それはもう主婦顔負けレベルだ。
そんな彼を見つめながら殺は陽の姉に問う。
「貴方は何故、家事をしないのですか?」
陽の姉は笑いながら話した。
昔の失敗話を楽しそうに。
それはもう料理も洗濯も食器洗いも何もかも全て駄目だったらしい。
それが原因で陽に家事をしなくていいとまで言われて現在にいたるというわけだ。
陽の姉はまだ話す。
「うちの子は本当に有能で優しい子ですわ。だから……あの子は貴方に任せるわ」
「……言われなくてもわかってますよ」
この話の意味を殺は分かっている。
絶対に危険な目に遭わさない……絶対に愛し続ける。
実際に殺は陽が自分を好いていることは知っていた。
そして殺も陽のことを好いている。
だが殺はまだ告白はしない。
まだ、完全に好いてもらっているわけではないと思っているからだ。
陽の好きはまだ憧れに近い部分もある。
憧れとして好かれるより男として好かれたい。
これはただの殺の我儘だ。
殺は陽を見つめる。
その心と体が奪えられたらどれほど満足出来るか……。
殺の頭は陽のことでいっぱいになってしまっていた。
「お茶でもどうだ?」
気づいたら陽がお茶を持って来てくれていた。
貰ったお茶を飲みながら今度は仕事のことを考える。
あと数十分で仕事場に行くために出かけなければ。
殺は陽と離れると思うと憂鬱になる。
すると陽が「お仕事……頑張れ」そう呟いた。
その顔は緊張しているのか真っ赤である。
殺は陽の可愛らしさに胸を貫かれながらも「頑張ります」彼の期待に応える為にそう必死に答えた。
殺が仕事場に行った後のことだった。
そういえば殺はお弁当がなかったような……。
そう考えると気づいたときにはお弁当が完成していた。
陽は作ったは良いがどうしようかと悩んだ。
何せお弁当を届けるのが恥ずかしいからだ。
まるで愛妻弁当の様な気がして……。
だが殺の食生活はかなり悪いとしっている。
それにお弁当が勿体無い。
陽はこっそり持って行くことにした。
~~~~
陽がお弁当を抱えている光景はなかなか良いものだ。
そう殺は達観する。
昼の仕事場で見た光景は癒しを提供してくれるものであった。
ひょこひょこと歩いてお弁当を置いていく姿は愛らしくてすぐさま抱き締めたくなるほどのものだ。
殺はお弁当を持って蓋を開けて卵焼きを一口食べる。
健康に気をつかったのか味つけは控えめだがほんのり甘い。
やはり好み通りに作ってくれたか。
殺は必死にお弁当を作る陽を少しだけ想像して微笑みを浮かべた。
夜の七時に殺は陽の下に帰って来た。
少し疲れた様子だが、陽の姿を見た瞬間に彼の頭を撫でる。
陽は少し困惑しながらも気持ちがいいのか、その身を殺に委ねる。
暫く続いた幸せの時間は陽の姉のからかいによって終わりを告げた。
夕餉はいつもより少し豪華だった。
高い肉を奮発して買ったのだ。
殺は目を輝かせて肉を見つめている。
其の日は殺のおかわり連覇で幕を閉じることになる。
まったく遠慮がない姿に逆に尊敬してしまう。
~~~~
夜の皆が寝静まった時間、殺は陽の部屋に行く。
障子を静かに開けるとすーっと寝息を立てて眠っている陽がいた。
殺は陽の隣に寝そべり彼の髪を触る。
サラサラな髪は月夜に美しく映えて天女の様に優雅だ。
暫く頭を撫でていると陽は擦り寄ってくる。
それが愛しくて仕方がない。
また来ていい。
その言葉が頭をよぎる。
だが入り浸ってしまえば陽を独占したくなる。
まだ陽は自分を好いてくれていないんだ。
だから、今だけは……。
そう考えながら殺は陽を抱き締めていつの間にか眠ってしまっていた。
朝、起きたら隣に殺が居たことに陽は驚く。
隣どころか抱き締められている。
どうしようかと悩んでいたら殺は寝ぼけながら……。
「陽……絶対に守りま……す。愛しています」
そう呟いた。
それを聞いてしまったうえに幸せそうな寝顔を見てしまったら、もうどうすることも出来ない。
仕方がないから陽は抱き締められたまま暫く眠ることにした。
陽の姉にからかわれるまで、あと五分。
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