地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

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幸せを求めて

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 絶望が世の中を襲う。
 いずれそうなると誰かが言った。
 でも、そんなことは信じていなかった。
 この幸せはずっと続くと思っていたから。
 でも結局のところは駄目だ。
 壊れるのが運命だったんだ。
 だがこのまま壊されてたまるか。

 これは幸せを求めた者の物語。
 五人の英雄が集う前の物語……。




「おはようございます、閻魔大王」

 少し低めの声が閻魔の起きたての頭に響いてくる。
 目を擦って上を見上げれば呆れたような顔をして溜め息を吐いている殺が居た。
 どうやら閻魔は仕事の合間に眠ってしまっていたみたいだった。
 そうしていつもお決まりのパターンが彼を襲う。

「貴方の分の書類は片付けておきました」

 そう、嫌味まじりの言葉をかけられ持っていたペンで頬をグリグリと甚振られるのだ。
 これが地味に痛くて閻魔はいつも起き立ちは涙目である。
 閻魔は殺に「痛い」と文句を言うが殺はどこ吹く風か知らん振りの態度である。
 その態度に閻魔は拗ねてしまい、また寝ようとするが今度は頭を叩かれる。

「痛い!殺ちゃん酷い!もう知らないから!」

「いつまで駄々をこねているのですか。仕事をしてください」

「ぐっ……!」

 正論で返された言葉はどこかへ消えていく。
 閻魔が最終手段の逃走を図ろうとすると殺が先に部下へ合図を送り戸を閉める。
 殺は閻魔のことなら全て見透かしているのだ。
 閻魔は今日も扉に顔をぶつけてしまい肌が少し赤くなっていた。
 それを見るのも殺にとっての日常。
 殺は今日も自分に負けた閻魔を見て少し笑ってみせる。
 閻魔はムキになりながら精一杯の悪口を叫んでいるが、最後の言葉に「大好き」をつけてしまえばそれは意味がない。
 殺はそんな閻魔を見るのが楽しくて好きだった。

「暑いですね……」

「ん?」

 殺は着崩した狩衣をヒラヒラとして風を得ようとしていた。
 その光景を見た閻魔はもう夏かと閻魔殿の天井を見上げる。
 もうそろそろ冷房を効かせようか。
 そう悩むが経費のことを考えてまだまだ先にしようと結局は決める。

 それをまた見透かした殺は「少しは節約に励んでください」と注意をして冷房を入れた。
 殺は何も考えずに冷房を入れたのではない。
 目の前で冷房を入れることによって閻魔に節約をしないと、という危機感を持たせようとしているのだ。

 閻魔は青い顔をしながらリモコンを奪い取ろうとするが機敏に動く殺に閻魔は勝てる筈もなく節約をすることを約束させられる。

「殺ちゃん酷い!!」

「貴方が暑さに耐えられても他の者は耐えられないかもしれないのですよ。早めに冷房を効かせて、そして節約をしてもらいたいものです」

「そんなぁ」

 閻魔は今度は反省したかの様な表情をみせる。
 ここまできたらもう問題ない。
 ちゃんと反省している。
 殺は閻魔の扱いに関してもずば抜けて才能を発揮していた。
 殺は彼に「反省したなら新たな仕事を終わらしてくださいね」と優しく囁く。
 その際は必ず閻魔の頭を撫でる。
 閻魔はその手に顔を無意識に擦り付けてしまう。
 まるで主従逆転みたいな光景だ。
 閻魔は殺の手を求める、殺はそんな閻魔を少し恍惚そうに見つめる。

 思わず周りの者が息を飲んでしまう。
 妙に艶めかしい光景は最近始まったこと。
 夏になると閻魔は無意識に冷たい殺の手に縋り付くのだ。
 夏の名物といったところだろう。
 そしてそれをドキドキして見る新入りも風物詩だ。

「殺、何をまたSMクラブを始めてるんだ?
上司の閻魔大王あ.い.て.に」

「殺~~!!こっちの仕事は終わらして来たぞ~~!」

「チッ!」

「明らかな舌打ち!!」

 声をかけて来たのはもはやお馴染みの御影とサトリだ。
 仕事を終わらせれば毎回、殺と閻魔に会う為に仕事をもらいに来ている。
 これもいつも通りの日常。
 二人共、酷い対応をされていても殺から離れはしない。
 それほど親バカなのだ。
 それを言うと閻魔も親バカにはいるが。

「今日は差し入れ持ってきたぞ!」

「このアイスは珍しいんじゃ!並んで買ってきたぞ!」

「並んだのですか……。まぁ、いいです。いただきます」

 氷の中に埋もれていたのは期間限定のアイスだ。
 しかも何故か大量である。
 おそらく御影がズルをしたのだろう。
 分身などを使って……。
 けれどそんなことを想像したが証拠はない。
 殺は彼らの好意を甘んじて受け入れアイスを食すことにした。

 一口食べれば爽やかな甘みが口の中に広がり冷んやりとする。
 味はどうやら苺味のようだ。
 閻魔は感激しながら嬉しそうにシャリシャリとアイスを食べ進めていく。
 そんな光景を眺めるのが一番の幸せだと殺は一人で考えた。

「そうだ。今日は陽の光を浴びてこようかなぁ」

 閻魔は浮かれているのかふらっと外に出かけようとする。
 そんな閻魔の着物の袖を掴み殺は闇に満ち溢れているような声で「しーごーとー……」と連呼した。
 もちろん、この声に勝てる者は居ない。
 閻魔は仕事を終わらせなければならないと自分の椅子に腰かける。
 少し辛そうな顔をした閻魔をみた殺はまた一つ溜め息を吐きながら「それを終わらせれば外に出してあげますよ」と呟いた。

~~~~

「はぁーー!終わった!」

「では出かけましょうか」

 閻魔はその言葉を待っていたかのように喜びながら「うん!」と盛大に返事をした。
 御影もサトリもついていくことに決まりついでに必要な物を買いにいくことになる。

 チリーン、チリーン。

 風鈴の音が鳴る。
 風車(かざぐるま)が風に吹かれ回る。
 冷たい食べ物が出回り好んで食される。

「風車だーー!!水羊羹だ!!」

「こら!大王、うろちょろしない!」

 殺は閻魔を軽く叱りつける。
 だが当の本人は水羊羹に心を奪われている様だ。
 色気より食い気というのはまさしく今の状況に当てはまるだろう。
 そんな状態の閻魔にサトリと御影は便乗して食べたい和菓子を要求してくる。
 殺は仕方ないと判断を下し三人を引きずりながら店に向かった。

 店の中は繁盛している店なのかある程度は人が多い。
 少しだけ待ち時間が必要といったくらいだ。
 本当に少しだ。
 だが三人は待てないらしい……。
 早く!と駄々をこねている。
 そんな三人を見て殺は疲れた風に頭を抱えた。
 そんな時……。

「四名様でお待ちの……いっ、イケメン集団様ーー!!」

 誰だ、こんな低脳なことをするのはと思った瞬間……。

「さあ、行くよ!」

「貴方ですか!!閻魔大王!!」

 思わず殺も大声を上げる。
 確かにふざけてこんなことをやる人は居るかもしれないが閻魔大王という者が何をやっているんだと殺は頭の中で盛大に叫んだ。
 その瞬間に更に周りから痛い視線が集まるが殺はそれを無視して閻魔を叱る。

「仕事は嫌だと言うわ、やりたいこと優先するわ、待ち時間を待てないわ、それに謎の名前にするわ……貴方は子供ですか!?」

 殺は瞳孔を開かせながら叫ぶ。
 三徹目に突入したから仕方ない。
 今まで直接怒ることがあまりなかった殺が怒れば閻魔は焦る。
 殺は閻魔の頭を掴みながら呪文のように何かを唱えている。
 閻魔は更に焦る。
 どうすればと。
 その結果……。

「殺ちゃん……ごめんね!!」

 頭を抱えこみながら顔を埋めて地面に膝をくっつけて謝る。
 殺はその瞬間に鼻血を噴き出した。
 そう、彼は萌えたのだ。
 ごめん寝に。

「……わかったのなら別にいいです。それより早く食べに行きますよ」

「殺ちゃん!!」

((良かった……。丸く収まって))

 サトリと御影は心の中で安堵を覚えながら店員の案内に従い席についた。


「いやぁ、食べた食べた!」

「呑気でいいですね。大王」

「辛辣じゃな」

「だな」

 閻魔は満足そうにクルクル回りながら歩く。
 それを危ないと注意しながら殺は荷物を持って歩く。
 荷物持ちは基本殺が担当する。
 彼は人の手を煩わせたくないのだ。
 殺は誰かに苦労をかけたくないのが本心だからこそ閻魔の仕事を受け入れてしまう。
 それはもう日常の一部だ。

「楽しかったな~~!」

 皆が口々に良かったですねとにやけて答える。
 その空気は幸せに溢れていてまたこんな風に出かけられたらと考えてしまう。
 閻魔は殺にふざけ半分でおんぶしてと頼んだ。
 殺はそれを命令と受け取ってしまい本当におぶってしまう。
 彼はおぶられるとは思ってなかったようで焦りに焦る。
 殺はそんな閻魔を見てようやくおふざけと分かり閻魔に少し意地悪をした。

「素直な貴方が可愛いのに……」

「~~!!」

 子供みたいに扱われて閻魔は恥ずかしいのか殺の肩に顔を埋めた。
 閻魔殿まであと少し、長いようで短い帰り道を歩いてゆく。
 声にならない声を発している閻魔を愛おしく思う殺は、この道のりを歩み終われば楽しい時間は終わるのか?と思ってしまった。
 昔はそんなこと考えなかったのにと殺は一人虚しい思いにふける。



 閻魔殿につくと部下が笑顔で「おかえりなさいませ」と出迎える。
 その瞬間を迎えた殺は、ああ、楽しい時間は遊びが終わっても続くものなのかと思い、胸が暖かくなるのをまた覚えさせられた。

「楽しかったね」

 殺に笑顔を向ける閻魔はとても美しい。
 それを直視しながら彼は閻魔に向かって言葉を放った。

「今も楽しいじゃありませんか」

 その言葉は閻魔にとっては予想外だった。
 だが彼もすぐにふにゃりとした緩い笑顔で「そうだね~~」と返した。

 閻魔は一人願った。
 この幸せが出来るだけ長く続くことを……。
 幸せが手放せないが為に真実を伝えられなくなった彼は一人、闇の中に沈んでいく感覚に落ちてしまった。


~~~~


 あれから時が経った。

「おはようございます、閻魔大王」

 今日も声が響く。
 上を見上げれば殺が書類を持って機嫌が悪そうな顔で閻魔を見ていた。
 閻魔は、あー……また寝ちゃってたか……と怒られる覚悟を決める。
 だが珍しいことに彼は怒らなかった。
 けれど、まだ金銭面が厳しいのに殺はまた冷房を入れる。
 例年通りの節約しろアピールだ。
 一応このアピールは有効でかなり使えるうえに涼しい空気になる為、熱射病で倒れる者も少なくなり一石二鳥だ。

「殺ちゃん……。節約するからぁ……冷房を強にしないでぇ……」

 殺はさりげなく冷房を強にする。
 すると人殺し課の面々が集まってくる。
 おそらくは冷房の情報が回ってきたのだろう。
 人殺し課には冷房はまだ完備されていないのだ。
 集まれば次々に文句が溢れ出てくる。

「冷房を完備するのですわ!!」

「僕は暑いのは苦手です」

「暑いぜ!」

「冷房をくだされぇ」

 殺は己の欲望を解き放っていく仲間たちにバッサリ「贅沢言わないでください」と言い放ち閻魔に書類を渡す。
 皆はそんな殺に鬼畜と言葉を投げるが殺にはまるで効いてもいなかった。

 冷房のことで閻魔の前で戦争になる人殺し課は今日も平常運転だ。
 そんな彼らを見て閻魔は幸せそうに笑った。


 良かった。
 まだ幸せがあったんだ。
 私を闇の中から見つけてくれてありがとう。
 幸せにしてくれてありがとう。
 何より……。

 生きていてくれてありがとう。
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