地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

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旧友と殺と陽と

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「殺様、今回の取引は……とか言う前にその黒い服の方は一体?」

「嫁」

「明らかに男なのに嫁なのですね」

 そうやってケラケラと殺の目の前の青に近い銀髪の男は笑う。
 彼は今、よくわからないこの状況でもこれが面白いとでも言う風に笑う。
 だが殺は呆れながら目の前で女性が注いだ酒を一杯浴びれば不機嫌な目で旧友、もとい取り引き相手の彼、真(しん)を睨んだ。

「何か悪いのですか?」

 そう威圧的に話しを進めれば真は「すみませんね」と愛想笑いを浮かべて酒の一気飲みをした。
 そしてこの場にとくに関係も無いのに呼び出された陽は未だに混乱をしていて、如何すればいいのか迷っている。

 その中、殺は面倒くさそうな顔つきで取り引き内容を確認しながら陽の頭を撫でている。
 こんな仕事をしながらの状況でも殺は陽に構う余裕があるのは流石としか言いようがない。
 陽は照れ隠しで殺の頭を叩いたが殺にとっては癒しにしかならない。
 そんな空気の中、真は陽をじっくりと見つめている。
 まるで彼を品定めしているかのように。

「……良い嫁ですね」

「そうでしょう、自慢の嫁です」

 陽の顔が茹でたタコのように真っ赤に染まっていく。
 口をパクパクを開き、よほど恥ずかしかったのか若干だが涙目になっている。
 それを見た真はまた愉快そうに笑う。
 殺も陽を愛おしそうに見つめて笑顔を浮かべていた。

 歳上の二人と接待の為に用意されていた色っぽい女性たちに囲まれた陽は逃げる道を徐々に塞がれていき、最終的に殺の背中に隠れてしまう。
 それが殺を喜ばせると知らずに……。
 真も陽を見て「おやまぁ、可愛らしい嫁ですね」などと殺に酒を注ぎながら語りかける。

 彼らは酒を飲みながら進展も何もせずに、本当に仕事をする気なのか?やる気があるのか?と訊きたくなるくらい芸子さんたちと遊んでいた。
 それに痺れを切らした陽は殺の袖を掴んでから酒を飲むのを一旦止めろと言おうとした。
 だが……

「袖を掴んで上目遣いとは……なかなかの甘え上手ですね」

「えっ?ちょっ!違っ!」

 そんなこと待ったなしで殺が陽を抱き締める。
 その手は振り解けずに彼を力強く包んでいっている。
 その光景を見た真や女性たちは固唾を飲みながらも、先の展開が如何なるかと期待に満ちた目で眼前の彼らを見届けようとする。

 陽のすぐ目の前に殺の顔が迫っていく、それは接吻を懇願しているかのようにゆっくり……ゆっくりと近づいていった。
 そうして、とうとう多人数の中で長くてねっとりとした濃い接吻を果たしてしまった。
 陽は息が苦しかったのか涙目で息を乱して殺の腕に抱かれて、そのまま凭れかかっている。
 殺は少し酔いが回っていたのだろう、ちょっとだけ赤い顔をあげれば満足したかのように、また酒を飲んでいた。
 周りの女性たちは黄色い歓声を上げていて、真にいたっては固まってしまっている。

「……ははは、これは予想以上ですね」

「予想なんてするだけ無駄ですよ。毎回予想をぶっ飛んで来ますからね」

 酒を飲んでいないのに赤く蕩けた顔つきの陽を真は思わずおかしな目で見てしまう。
 本人も一瞬だけ何を考えているんだと勢いで床を破壊してしまった。

「……何をしているのですか」

「すいません、自分でもよく分かりません」

「弁償代は払いませんよ。それと取り引きの内容」

「……はい」

 殺と真は仕事をようやく進めていく。
 先ほどまでは仕事をなめているのでは?と思わせるような態度に反して順調に進んでいっている。
 それにしても、いつも真面目な殺が仕事を後回しにしようとするとは……。
 いや、むしろ旧友の前だったから気を張りすぎないようにした結果なのだろう。
 陽は一人、殺を分析しながら用意されていたご飯を頬張っていく。

 普段なら絶対に入れないほどの高い値で有名な老舗のご飯を幸せそうに頬張った陽は急に眠たくなって床に倒れこんでしまった。

「おやおや、まだ子供なのですねぇ」

「リスみたいに頬を膨らます姿は本当にレアなのですよ。チッ、仕事に夢中で気づかなかった……」

 二人はお互いに微笑ましそうに眠っている陽を眺める。
 彼は今、どんな夢を見ているのだろうか?その寝顔は柔らかく微笑みを浮かべていて口元が緩んでいる。
 きっと幸せな夢に違いないのだろう。
 規則正しい寝息を立てて丸まってゴロゴロと寝ている彼は可愛いの一言に尽きる。
 殺と真は即座に携帯を取り出して連写機能を使い写真を大量に撮っていった。
 写真を撮り終えれば殺は隣の真を睨んでいた。

「……私、何かやらかしました?」

「いや、何で貴方まで写真を撮っているのかな?と思って。まあ、陽が可愛すぎるのは認めます」

 沈黙の時間が流れていく。
 それはもう一方的に殺が捕食者としての目を光らせて真を睨みつけているだけだが……真はもはや殺に怯えて動けないでいた。
 真と殺は確かに旧友で仲が良い、だからこそお互いに遠慮が無さすぎてお互いのものを勝手に取りあったりするのだ。

 そのてんがあるから地味に信頼出来ないのである。
 浮気など陽はしないと思うが、もし真が無理矢理に彼を手篭めにしたら……そう思うと殺はいてもたってもいられなかった。
 そして真は何故、自分が陽に惹かれたのかを考えてしまって頭が混乱を起こしている。

 だが友人の嫁を奪うわけにはいかない。
 今までお互いものを奪いあったりしたが今、陽を無理矢理に奪えば確実に殺との喧嘩という名のリアルの殺し合い(一方的)が始まってしまう。
 真はそう考えて殺の方向を向いてなるべく平和に終わる言葉を探した。

「……思わず写真を撮っちゃいました。流石は殺様の嫁、友人として嬉しいですよ」

「……ありがとうございます」

 どうやら殺し合いは避けれたようだと真は安心をする。
 彼は確かに殺とよく取り合いをしていたが流石に今回、陽を取り合えば絶対的に友情にヒビが入るとまともな判断をくだした。
 一度でも欲しいと思えば我慢出来なくなるタイプだが今日は我慢出来たと一安心しながらまた仕事を進めていく。

~~~~

「……あとはこれを購入したいですね」

「了解です。仕入れ次第、即座にお届けします」

 緩やかに時間が流れる。
 彼らは酒を飲みながら昔の話に花を咲かせる。
 昔はあの場所で遊んだ、あんなことをした、そんないわゆる普通の思い出。
 だがそれは殺にとって幸せな思い出、そんな昔を思い出しながら笑みを浮かべた。

~~~~


「……うーん」

 眠りから覚める。
 気がつくと先ほどまで宵闇に包まれていた空が光を灯し始めていた。
 横たわっていた体を起こせば真が眠っている。
 それを見てかなり酒を飲んでしまったのかと陽は呆れ果てていた。
 そうして広い部屋を見渡せば殺の姿がない、彼の姿がないだけで陽は不安になってしまう。
 不安を覚えた彼は廊下を出て殺を探しに向かった。



「殺!!」

 彼は外をずっと見つめていた。
 煙管を咥えながら陽の声がする方向へ向き直す。
 陽はどんどん殺に近づいていく、それは不安そうな顔つきで。
 やっと目の前に来た陽の腕を引っ張り自分の元へと抱き寄せる。
 彼はいきなりのことに心拍数をあげながらも殺と目を合わせていた。

「貴方はずっと私から離れないでいてくれますよね……?」

「えっ?あっ、ああ!もちろん!」

「そうですか……良かった」

 殺の突然の質問に動揺しながらもしっかりと答える。
 殺は陽を抱き締めながら「良かった」と呟いていた。

「……僕はずっとお前の側にいてやる。だからお前もずっと一緒に……居てくれ」

「はい、ずっと一緒です」

 彼らは朝日に照らされながら暫くその体を抱き寄せあった。
 この幸せが永遠に続くようにと願いながら。
 平和がこの世界に訪れるようにと想いながら。
 いつか来る恐ろしい未来を変えることを考えて幸せが溢れる世界を望みながら。
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