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とある従者と主人の話
しおりを挟む閻魔は殺を静かに見つめていた。
鬱陶しい程に目で追いかけてから目線を殺から外す。
殺はそんな閻魔を少しだけ見てしまい、自分が何かやらかしてしまったのかを考えたが、思い当たることが何もない為に考えることを止めて用事を済ませてすぐに閻魔の部屋から出ることにした。
「殺ちゃん……」
部屋から出て行った彼には聞こえない。
閻魔は頭を抱えてしまう。
何故なら殺は閻魔すらも後退りして怯えてしまうほどの力の強さを持っていたからだ。
それも、もう何百年も前から。
最近はまた懐かしく思える力が彼を包んでいて、いったいそれが何なのかをずっと考えていたが前日にそれが不幸の鬼の力と判明した。
それは良い、だが殺はそれが無くても閻魔にとってはとても恐ろしい。
彼は努力家だ、殺は努力を重ねて強くなり、神の上に立ったのだ。
そう、強くなったのだ。
彼は知らないが彼自身は敬愛する兄の御影や先輩の神よりも圧倒的に強くなっている。
殺はその悍ましい力をまだ全力で使っていない。
本当は彼はいつでも全力でその力を使える筈だ。
だが彼は殺したくないという考えが頭の中にある為に躊躇をしてしまうのだ。
だが、もし、躊躇が出来なくなったらどうなるのか?
今はまだわからないが、躊躇をしなくなったら確実に敵は死んでしまうだろう。
その位、彼は強くあるのだ。
前回、久遠の部下との戦いでは敵を殺しかけたと聞いた。
躊躇いもなく敵を斬り殺す寸前だったのだ。
もし殺してしまったら殺は後悔するだろう、きっと思い悩むだろう。
殺が辛い目にあうのを閻魔は避けたいのだ。
だが閻魔が危惧しているのはその先。
殺が殺しを仕事と割り切ってしまうことだ。
彼は仕事なら何でもするだろう、残酷なことでも笑顔を見せて、優しい彼は優しい笑顔で仕事をやり遂げる。
殺は優しさの他にそんな残虐性も兼ね備えているのだ。
その残虐性は今までの環境の所為かも知れないが最早そんなことはどうでもいい。
殺しを仕事と割り切った時、それは恐怖の時だろう。
優しさなんてわからなくなる程に皆が殺の力を知り、恐れおののくだろう。
その先はまだ考えたくもない。
「すいません、閻魔大王。ちょっと忘れ物を」
「あっ……ああ、殺ちゃんか。入ってどうぞ」
「失礼します」
殺は閻魔の悩みなど露ほども知らないかのようにいつも通りの真顔で忘れ物を探す。
閻魔は殺が変な気を起こさないかを常日頃から考えてしまっている。
例えば裏切りなど……。
「裏切りなど私がするとお思いですか?」
「……っ?!」
閻魔は自分の周りの空気が変わったことに気づく。
殺はいつも通りの真顔ではない。
恐らくは笑っているのだろう。
だが閻魔の瞳には笑顔という可愛らしいものなど映っていない。
その目は奇妙に細まり、唇は妖艶に弧を描いていた。
空気が身体に重くのしかかる。
息が出来ないかの様な感覚に襲われながらも閻魔は平常を装う。
だが、それすらも見破られている様な気がして手が震えてしまう。
殺は笑顔を見せる。
「貴方に救ってもらったこの身は、貴方に尽くすのが筋です」
裏切る気など微塵も感じられなかった。
閻魔は今更だが思った。
そういえば殺は裏切りなどが嫌いだったと。
必要以上に恐れ過ぎていた、閻魔大王とあろう者が情けない程に。
殺は言葉を続ける。全てわかりきっている様に。
「私は今更、殺しなどで悩んだりしませんよ。力はもう使おうと思えば全力で使えます。殺しは必要な時か必要ではない時かは自分で考えますので心配なさらずに、もう殺しは仕事と割り切っているので貴方様が悩まなくってもいいのですよ」
頭の中を覗かれている気がして恐怖に囚われる。
だが、目の前に居る殺は真剣だった。
全て自分のことを包み隠さず答えていく真摯的な態度はいつもの殺だった。
やっぱり殺は殺だ。
昔から変わらない自分の家族。
きっとこれからも変わらないのだろう。
勝手に強大な力に恐れて変な態度をとってしまうなんてと閻魔は殺に謝りたい気分であった。
「うー……勝手に悩んでごめん。深く考え過ぎてたよ」
「昔から無駄なことに頭を悩ますのが閻魔大王と思ってますから今更です」
「さりげなく酷くない?!」
「思い当たる節しかないでしょう」
「……確かに……」
では、忘れ物は回収できたので、そう言って彼は扉を開けて部屋を後にする。
広い部屋に少しだけ響く扉の音を聞きながら閻魔は悩み事が減ったのが楽になったのかいつもとは違い仕事に向き合ってみる。
この位、真面目だったらいつも殺に怒られることはないのだろうかと考えれば日常を思い出して顔がふにゃりと緩んでいた。
今日くらいは仕事に向き合おう、そう決めた閻魔は亡者の裁判に間に合う様に足早に閻魔殿の裁判所へ向かった。
~~~~
仕事は難なく終わらしていく。
今日の分の裁判を終わらせれば「今日は真面目でしたね」と少しはにかんだ笑顔の殺に褒められる。
残っている仕事はあとは事務的な仕事のみで閻魔は自室に一人で戻る。
閻魔は今日の殺の真剣な態度を思い出して笑いかけるが、すぐさま無表情になった。
『殺しなどで悩んだりしません』
『力はもう使おうと思えば全力で使えます』
『殺しは必要な時か必要ではない時かは自分で考えますので』
『もう殺しは仕事と割り切っているので』
何故、殺がこのことを話しているときは気づかなかったのだろう?
全部、自分が危惧した方向に全てが完了しているでは無いか。
殺しで悩まないと彼は言っていた。
彼は非常に残虐な一面を閻魔にわざと見せたのだ。
それに力はもう全力が使えるといっていたが、殺の全力は職員や閻魔は見たことがない。
ならば殺はどれだけ強大になったのか?
今思えば何故、あの時にあんな状況で安心できたのだろうか。
まるで精神を操られていたみたいだ。
いや、今も。
そう閻魔はまた頭を抱えた。
だが、全ては自分がこうなってほしいと願った風にはいかないことはわかっている。
だからこれから先は殺がどうなるかは彼の理想次第だ。
彼のことは彼が決めるのだ、それが当たり前だ。
そう思いながら閻魔はこれから現れるだろう敵に同情した。
だって、殺の力はもう閻魔という自分ですら恐怖しか覚えないから。
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