58 / 167
とある従者と主人の話
しおりを挟む閻魔は殺を静かに見つめていた。
鬱陶しい程に目で追いかけてから目線を殺から外す。
殺はそんな閻魔を少しだけ見てしまい、自分が何かやらかしてしまったのかを考えたが、思い当たることが何もない為に考えることを止めて用事を済ませてすぐに閻魔の部屋から出ることにした。
「殺ちゃん……」
部屋から出て行った彼には聞こえない。
閻魔は頭を抱えてしまう。
何故なら殺は閻魔すらも後退りして怯えてしまうほどの力の強さを持っていたからだ。
それも、もう何百年も前から。
最近はまた懐かしく思える力が彼を包んでいて、いったいそれが何なのかをずっと考えていたが前日にそれが不幸の鬼の力と判明した。
それは良い、だが殺はそれが無くても閻魔にとってはとても恐ろしい。
彼は努力家だ、殺は努力を重ねて強くなり、神の上に立ったのだ。
そう、強くなったのだ。
彼は知らないが彼自身は敬愛する兄の御影や先輩の神よりも圧倒的に強くなっている。
殺はその悍ましい力をまだ全力で使っていない。
本当は彼はいつでも全力でその力を使える筈だ。
だが彼は殺したくないという考えが頭の中にある為に躊躇をしてしまうのだ。
だが、もし、躊躇が出来なくなったらどうなるのか?
今はまだわからないが、躊躇をしなくなったら確実に敵は死んでしまうだろう。
その位、彼は強くあるのだ。
前回、久遠の部下との戦いでは敵を殺しかけたと聞いた。
躊躇いもなく敵を斬り殺す寸前だったのだ。
もし殺してしまったら殺は後悔するだろう、きっと思い悩むだろう。
殺が辛い目にあうのを閻魔は避けたいのだ。
だが閻魔が危惧しているのはその先。
殺が殺しを仕事と割り切ってしまうことだ。
彼は仕事なら何でもするだろう、残酷なことでも笑顔を見せて、優しい彼は優しい笑顔で仕事をやり遂げる。
殺は優しさの他にそんな残虐性も兼ね備えているのだ。
その残虐性は今までの環境の所為かも知れないが最早そんなことはどうでもいい。
殺しを仕事と割り切った時、それは恐怖の時だろう。
優しさなんてわからなくなる程に皆が殺の力を知り、恐れおののくだろう。
その先はまだ考えたくもない。
「すいません、閻魔大王。ちょっと忘れ物を」
「あっ……ああ、殺ちゃんか。入ってどうぞ」
「失礼します」
殺は閻魔の悩みなど露ほども知らないかのようにいつも通りの真顔で忘れ物を探す。
閻魔は殺が変な気を起こさないかを常日頃から考えてしまっている。
例えば裏切りなど……。
「裏切りなど私がするとお思いですか?」
「……っ?!」
閻魔は自分の周りの空気が変わったことに気づく。
殺はいつも通りの真顔ではない。
恐らくは笑っているのだろう。
だが閻魔の瞳には笑顔という可愛らしいものなど映っていない。
その目は奇妙に細まり、唇は妖艶に弧を描いていた。
空気が身体に重くのしかかる。
息が出来ないかの様な感覚に襲われながらも閻魔は平常を装う。
だが、それすらも見破られている様な気がして手が震えてしまう。
殺は笑顔を見せる。
「貴方に救ってもらったこの身は、貴方に尽くすのが筋です」
裏切る気など微塵も感じられなかった。
閻魔は今更だが思った。
そういえば殺は裏切りなどが嫌いだったと。
必要以上に恐れ過ぎていた、閻魔大王とあろう者が情けない程に。
殺は言葉を続ける。全てわかりきっている様に。
「私は今更、殺しなどで悩んだりしませんよ。力はもう使おうと思えば全力で使えます。殺しは必要な時か必要ではない時かは自分で考えますので心配なさらずに、もう殺しは仕事と割り切っているので貴方様が悩まなくってもいいのですよ」
頭の中を覗かれている気がして恐怖に囚われる。
だが、目の前に居る殺は真剣だった。
全て自分のことを包み隠さず答えていく真摯的な態度はいつもの殺だった。
やっぱり殺は殺だ。
昔から変わらない自分の家族。
きっとこれからも変わらないのだろう。
勝手に強大な力に恐れて変な態度をとってしまうなんてと閻魔は殺に謝りたい気分であった。
「うー……勝手に悩んでごめん。深く考え過ぎてたよ」
「昔から無駄なことに頭を悩ますのが閻魔大王と思ってますから今更です」
「さりげなく酷くない?!」
「思い当たる節しかないでしょう」
「……確かに……」
では、忘れ物は回収できたので、そう言って彼は扉を開けて部屋を後にする。
広い部屋に少しだけ響く扉の音を聞きながら閻魔は悩み事が減ったのが楽になったのかいつもとは違い仕事に向き合ってみる。
この位、真面目だったらいつも殺に怒られることはないのだろうかと考えれば日常を思い出して顔がふにゃりと緩んでいた。
今日くらいは仕事に向き合おう、そう決めた閻魔は亡者の裁判に間に合う様に足早に閻魔殿の裁判所へ向かった。
~~~~
仕事は難なく終わらしていく。
今日の分の裁判を終わらせれば「今日は真面目でしたね」と少しはにかんだ笑顔の殺に褒められる。
残っている仕事はあとは事務的な仕事のみで閻魔は自室に一人で戻る。
閻魔は今日の殺の真剣な態度を思い出して笑いかけるが、すぐさま無表情になった。
『殺しなどで悩んだりしません』
『力はもう使おうと思えば全力で使えます』
『殺しは必要な時か必要ではない時かは自分で考えますので』
『もう殺しは仕事と割り切っているので』
何故、殺がこのことを話しているときは気づかなかったのだろう?
全部、自分が危惧した方向に全てが完了しているでは無いか。
殺しで悩まないと彼は言っていた。
彼は非常に残虐な一面を閻魔にわざと見せたのだ。
それに力はもう全力が使えるといっていたが、殺の全力は職員や閻魔は見たことがない。
ならば殺はどれだけ強大になったのか?
今思えば何故、あの時にあんな状況で安心できたのだろうか。
まるで精神を操られていたみたいだ。
いや、今も。
そう閻魔はまた頭を抱えた。
だが、全ては自分がこうなってほしいと願った風にはいかないことはわかっている。
だからこれから先は殺がどうなるかは彼の理想次第だ。
彼のことは彼が決めるのだ、それが当たり前だ。
そう思いながら閻魔はこれから現れるだろう敵に同情した。
だって、殺の力はもう閻魔という自分ですら恐怖しか覚えないから。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
扱いの悪い勇者パーティを啖呵切って離脱した俺、辺境で美女たちと国を作ったらいつの間にか国もハーレムも大陸最強になっていた。
みにぶた🐽
ファンタジー
いいねありがとうございます!反応あるも励みになります。
勇者パーティから“手柄横取り”でパーティ離脱した俺に残ったのは、地球の本を召喚し、読み終えた物語を魔法として再現できるチートスキル《幻想書庫》だけ。
辺境の獣人少女を助けた俺は、物語魔法で水を引き、結界を張り、知恵と技術で開拓村を発展させていく。やがてエルフや元貴族も加わり、村は多種族共和国へ――そして、旧王国と勇者が再び迫る。
だが俺には『三国志』も『孫子』も『トロイの木馬』もある。折伏し、仲間に変える――物語で世界をひっくり返す成り上がり建国譚、開幕!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる