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旧友の少女
しおりを挟む「仕事が終わった……」
そう呟いて殺は帰る準備をする。
いつもなら彼は帰る前に桜子を撫でて一息つくのだが今日はそれをせずに荷物を片付けていた。
急いで帰り支度をする彼はどこかとても楽しそうでいつもより心が穏やかといった様子だ。
「何か楽しみな用がお有りなのですか?殺様」
仕事を終わらせたのは皆が一緒だった。
いつも疲れて帰っていく殺が今日は楽しそうだったが為にMは気になって訊いてしまう。
「旧友と飲みに行くのですよ」
彼は嬉しそうに言う。
殺は旧友と会うのが楽しみだったのだ。
「それは急がないとな」
陽は羨ましそうに殺を眺めながら彼の帰り支度を手伝ってやる。
殺は陽に感謝しながら支度を終わらして出かけようとした。
だが……。
「遅いから来てやったわよ」
「グファ!」
そう声が響くと同時に殺が吹っ飛ぶ。
あまりに一瞬のことで誰もがついていけなかったが一つ言えることは誰かが殺に頭突きを食らわしたということだった。
「相変わらず良い突進をして来ますね……美優」
美優と呼ばれた者が頭を上げてからにっこり笑う。
世間でゴスロリと呼ばれる衣装を身に纏ったツインテールの紫髪の美少女は「来てやったんだから感謝しなさい!」と殺に指を向けてドヤ顔をする。
「美優ちゃんか!久しぶりじゃのう!」
「美優ちゃん、お久ー」
「御影兄さん!サトリ兄さん!お久ぶりです!」
サトリと御影は美優をしっているのは当たり前だった。
状況についていけない陽は取り敢えずMと一緒に殺を抱き起こすしかすることが出来なかった。
「えっと……そちらが殺の言っていた旧友か?」
「そうです、陽は真と会ったことがあるでしょう。あれと三人でよく遊んでました」
「真って誰ですの?私だけ一番話についていけてないですわ!」
Mが嘆きながらもゴスロリ美少女に近づいてさりげなく名刺を差し出している。
美少女と友人になりたいのだろう。
「葛葉ちゃん?よろしくね!因みに私は美優っていうの!知らない人はよろしくね!」
美優は声高らかに簡潔に自己紹介を終わらせた。
おそらくは大雑把と言える性格なのだろう。
そしてすぐ彼女は何かを思いついた様に手を叩いた。
「皆で飲みに行かない?!」
「え?!」
「だって大勢の方が楽しいし、真は今日は来れなくなったでしょう。その穴埋めと思えば」
「凄い大人数ですね」
殺は知っている。
美優には逆らえないことを、彼女は暴君なのだ。
彼女の所為で沢山の厄介ごとを受けてきた、更には逆らうと一方的な大喧嘩になる。
だから逆らわない方が身の為なのだ。
そのことを知らない陽とMに殺はひやひやしながらもYesを言うしかなかった。
夜の街に灯がともる。
仕事を終えた人たちで夜の街は賑やかになる。
皆んな自分へのご褒美として酒を浴びるほど飲むのだ。
一軒の広い居酒屋に殺たちは入る。
入ってすぐにビールと焼き鳥を頼む彼らは社畜のプロだ。
「ぷはー!やっぱり仕事終わりのビールは最高!」
ゴスロリの美少女はおっさんくさい言動をすれば店員が運んできた焼き鳥に手を伸ばす。
焼き鳥は少女の口へ運ばれていき胃を満たしていった。
「はあ、面倒だ……」
「まあまあ、良えじゃろう?あっ、店員さん!枝豆を!」
「焼き鳥はうまーですわ!」
「これは俺のだかんな!」
「サトリ!それは僕のビールなんだが?!」
「貴方たちは楽しそうですね……まあ、楽しまなければ損ですし。店員さんビールおかわり!」
なんだかんだ言いながらも彼らはビールを飲み、焼き鳥を頬張る。
久しぶりの飲み会に浮かれているのが正しい表現だろうか。
「もしかして……その眼鏡の男の子が殺の彼女?」
「彼女って……「はい」
「即答!!」
陽は美優の発言に戸惑っていたが、殺はビールを飲みながら答える。
酒豪な彼は顔色一つも変えずに凛としていた。
「ふーん……」
「えっ……あ……あ」
美優は穴があくんじゃないかと思える程に陽を見つめる。
陽はそれが怖いのか、少し後退りをした。
「……可愛い!その滲み出る可愛い空気……気に入ったわ!」
「えっ?あ……ああ、ありがとうございます」
陽は何故かありがとうと言う。
何故か知らないが美優に気に入られて陽は安心をした。
その隣ではMが必死に焼き鳥を食べている。
「いつも殺は貴方のことを自慢しているのよ。惚気ってやつ」
「ちょっ!それは」
「何よー、話したら駄目なの?寡黙な俺様が良いの?」
「そういうわけでは」
「何よ!五月蝿いわね!」
少女のボディーブローが殺に決まる。
彼女は力が強い、だからこそ殺は地面にうずくまることになった。
「殺!大丈夫か?!」
「きっと大丈夫ですわよ」
「そんな訳あるか!殺!しっかり!」
陽はMと短い会話を終わらしてから殺を起こす。
「大丈夫です……」
「良かった……」
「良いわねー、ラブラブでー」
一瞬だが殺は恨みがましく美優を睨む。
だがそれを彼女はさらりとかわして酒を飲んだ。
皆は酒を、それはそれは沢山と言えるほど飲み進める。
何にもない日常の一日が終わりに近づいていく。
~~~~
「うー……もう飲めませんわー」
「はいはい、早くタクシーに乗れ」
最後の一人をタクシーに押し込む。
酔い潰れて一人では帰れずにいる同僚を家に帰す作業はもう終了だ。
「っ……ふふふっ……」
少女は笑う、月の紅い灯りに照らされ静かに笑う。
先程までの豪快な笑みではない。
それは狂気を映し出していて、見る者を不思議と惹きつける妖艶な笑み。
だが近づいてはならない、そう本能が察知してしまう。
「さあ、仕事の話をしましょうよ。殺」
「ああ、そうだな」
二人を包む空気が変わる。
和やかな時間はもう終わりを告げたのだ。
そうだ、幸せな時間なんて永遠に続くわけがない。
生きている限りは幸せな時間と別の時間があるんだ。
彼らは裏の仕事の話をする。
だが、それは彼らには嫌な話の筈なのに辛い顔を見せない。
辛いことは社会には必ずある、それをしなければならないこともある。
だから慣れるのだ。
慣れるしか他にない。
「殺……」
「……何ですか?」
少女の裏の顔が一瞬だが崩れる。
「私たちは社会を正しく導く為の善の悪党よ……。だけどね、善がある限り完全に悪党になることはないの」
「何が言いたい?」
殺はにこりと滅多に見せない笑みを浮かべる。
それが奇妙で歪んでいるとしか言いようがない。
「悪に慣れないで」
「……」
少女が放った言葉は何を意味するのか?
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