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優しい夜
しおりを挟む夜は嫌い。
そう彼は言う。
暗い世界の中では自分がどこに居るのかすらも分からなくて。
~~~~
真っ暗な夜。
殺と陽、二人で残業をこなしていつの間にか夜の遅くの時間になってしまっていた。
他の三人は仕事を早々に切り上げて帰ってしまったので、それを恨みながら殺は働いていた。
だが陽と二人きりという事実にも心を躍らせていたのも事実だ。
案外悪くない、そう彼は一人で思う。
雑談を交わし、時々に休憩を挟む。
ちょっとした時間が楽しくて自然とはにかんでしまう。
これも好きな人と一緒にいる所為なのだろうか?
何の意味も持たない雑談も、変わりゆく表情も、全てが愛おしい。
二人きりも悪くないんだ。
いつもの賑やかな人殺し課も好きだ、だが今の二人きりも楽しい。
自分は我儘になってしまった様だと殺は少し笑う。
「もう暗い夜の時間だな」
陽は少し残念そうな顔をした。
残業も終わらせてしまえばあとは帰るだけ。
恋人と居られる甘くて楽しい時間も終わりを告げてしまうのだ。
本当ならこの後に何処かの居酒屋に誘って酒を飲むのも良いが、明日も早くのうちに仕事なのだから早めに帰った方がいい。
だけれども寂しい。
昔は寂しいとは思わなかった。
思う必要も無かったから、だけど仲間を知ってしまった。
だから一人になるのが寂しい。
いや、帰ったら陽には姉がいる。
それが陽の救い。
だけれども彼は、それでも今日だけは帰りたくないと思えてしまう。
それほど今日が二人きりで居れて嬉しかった、幸せだったのだ。
幸せは陽の心を癒していって少しの我儘を産んだ。
一緒に居たいんだ。
それが陽の願い。
だから陽は断られるかもしれないが願いを口に出す。
「一緒に居たい……」
「……陽」
陽は断られるのではないかと少し思ってしまう。
だが一方の殺は一緒に居たいという恋人の願いに嬉しさを感じて悶えていた。
一緒に居たい、その願いは二人一緒だったのだ。
考えてもみよ、一緒に居たいから恋人になるんだ、それが普通なのだ。
恋人の願いを叶えるべく早く返事をしなければ。
はい、と答えようとしたときだった。
「夜は怖いんだ」
愛しい恋人は何かに怯えた様に呟く。
夜が怖いという言葉を震えて話す彼はどこか弱々しい。
「……何で夜が怖いのですか?」
殺は訊ねる。
今、聞いていた方が良いと判断したまでだった。
大切な恋人の怖いもの、それを知って取り除いてあげたい。
少しでも助けたい、純粋にそう思った。
「自分がどこに居るのかわからなくなるから」
馬鹿らしいよな、そう彼は笑う。
だが殺は馬鹿にせずに彼の話に耳を傾ける。
いつも正面から人と向かう、それが殺だから。
「真っ暗闇で自分は進んでいるのかも存在しているのかもわからない。だって僕は何も出来ないから」
「何も出来なくなんかありませんよ」
「うん、それは嫌というほどわからされた。だけど……」
「だけど?」
陽は少し話を途切れさせる。
話すことも怖いといった風に。
でも真剣に聞いてくれている殺には言わなければ、そう思い陽は話す覚悟を決める。
「真っ暗闇に皆んなが連れ攫われる気がして怖いんだ」
「……」
「今のいつ死ぬかわからない時代では黒色が皆んなを連れていってしまう気がして……だから怖い」
「陽……」
「ごめんなさい。僕は……何を言ってるんだろうな……ごめんなさい、忘れてく」
言いきらないうちに殺は陽を抱きしめる。
泣きそうな彼を優しく包み込めば真面目な顔で彼を見る。
「大丈夫です。私が皆を死なせませんから」
その言葉はとても安心してしまう。
世界で一番大好きな人の世界で一番信用出来る言葉。
きっと本当なのだろう。
少しだけ殺は触れるみたいに陽に口付ける。
安心させる為に、彼の涙を流させない為に。
そして笑顔を見せて言葉を放つ。
「夜は暗いだけではありませんよ。夜には美しく光る月が登ります。月だけではなく満天の星、虫の静かな鳴き声。辛いだけではありませんよ。それに怖かったら私が居ます。今日だけではなくいつまでも一緒に居ましょう」
一緒に居てくれる。
陽にはそれがとても嬉しかった。
陽は殺を抱き締めかえす、愛しい者を抱き締める。
「暗い夜のときは私が導きましょう。だから私の側に居てください」
彼は笑顔でそう言った。
無論、答えは「はい」に決まっている。
それ以外は陽は持ち合わせていなかった。
~~~~
彼らは仕事場から一緒に出る。
一緒に居る、その言葉通り今日は殺の家に陽がお泊まりをすることになった。
お泊まりが余程楽しみなのか陽はずっとそわそわしている。
「陽」
「何だ?」
「今度、星を見に行きましょうか」
「……!ああ!楽しみだ」
彼らは笑う。
お互いを支え合う彼らはきっともう大丈夫なのだろう。
だってずっと側に居てくれる相手が居るから。
夜は怖い。
だが恐怖だけが夜じゃない。
大切な人が教えてくれた、夜には美しい月が登り、星が輝き、柔らかな虫の声が鳴り響くと。
どれもこれも大事なこと。
夜が怖ければ灯をともせば良い。
誰かを照らす灯になれば良い。
いや、きっと誰もが灯なんだ。
誰もが誰かを照らす灯になれるんだ。
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