地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

文字の大きさ
65 / 167

優しい夜

しおりを挟む

 夜は嫌い。
 そう彼は言う。
 暗い世界の中では自分がどこに居るのかすらも分からなくて。



~~~~


 真っ暗な夜。
 殺と陽、二人で残業をこなしていつの間にか夜の遅くの時間になってしまっていた。
 他の三人は仕事を早々に切り上げて帰ってしまったので、それを恨みながら殺は働いていた。
 だが陽と二人きりという事実にも心を躍らせていたのも事実だ。
 案外悪くない、そう彼は一人で思う。

 雑談を交わし、時々に休憩を挟む。
 ちょっとした時間が楽しくて自然とはにかんでしまう。
 これも好きな人と一緒にいる所為なのだろうか?
 何の意味も持たない雑談も、変わりゆく表情も、全てが愛おしい。
 二人きりも悪くないんだ。
 いつもの賑やかな人殺し課も好きだ、だが今の二人きりも楽しい。
 自分は我儘になってしまった様だと殺は少し笑う。

「もう暗い夜の時間だな」

 陽は少し残念そうな顔をした。
 残業も終わらせてしまえばあとは帰るだけ。
 恋人と居られる甘くて楽しい時間も終わりを告げてしまうのだ。
 本当ならこの後に何処かの居酒屋に誘って酒を飲むのも良いが、明日も早くのうちに仕事なのだから早めに帰った方がいい。
 だけれども寂しい。

 昔は寂しいとは思わなかった。
 思う必要も無かったから、だけど仲間を知ってしまった。
 だから一人になるのが寂しい。
 いや、帰ったら陽には姉がいる。
 それが陽の救い。
 だけれども彼は、それでも今日だけは帰りたくないと思えてしまう。
 それほど今日が二人きりで居れて嬉しかった、幸せだったのだ。
 幸せは陽の心を癒していって少しの我儘を産んだ。
 一緒に居たいんだ。
 それが陽の願い。
 だから陽は断られるかもしれないが願いを口に出す。

「一緒に居たい……」

「……陽」

 陽は断られるのではないかと少し思ってしまう。
 だが一方の殺は一緒に居たいという恋人の願いに嬉しさを感じて悶えていた。
 一緒に居たい、その願いは二人一緒だったのだ。
 考えてもみよ、一緒に居たいから恋人になるんだ、それが普通なのだ。
 恋人の願いを叶えるべく早く返事をしなければ。
 はい、と答えようとしたときだった。

「夜は怖いんだ」

 愛しい恋人は何かに怯えた様に呟く。
 夜が怖いという言葉を震えて話す彼はどこか弱々しい。

「……何で夜が怖いのですか?」

 殺は訊ねる。
 今、聞いていた方が良いと判断したまでだった。
 大切な恋人の怖いもの、それを知って取り除いてあげたい。
 少しでも助けたい、純粋にそう思った。

「自分がどこに居るのかわからなくなるから」

 馬鹿らしいよな、そう彼は笑う。
 だが殺は馬鹿にせずに彼の話に耳を傾ける。
 いつも正面から人と向かう、それが殺だから。

「真っ暗闇で自分は進んでいるのかも存在しているのかもわからない。だって僕は何も出来ないから」

「何も出来なくなんかありませんよ」

「うん、それは嫌というほどわからされた。だけど……」

「だけど?」

 陽は少し話を途切れさせる。
 話すことも怖いといった風に。
 でも真剣に聞いてくれている殺には言わなければ、そう思い陽は話す覚悟を決める。

「真っ暗闇に皆んなが連れ攫われる気がして怖いんだ」

「……」

「今のいつ死ぬかわからない時代では黒色が皆んなを連れていってしまう気がして……だから怖い」

「陽……」

「ごめんなさい。僕は……何を言ってるんだろうな……ごめんなさい、忘れてく」

 言いきらないうちに殺は陽を抱きしめる。
 泣きそうな彼を優しく包み込めば真面目な顔で彼を見る。

「大丈夫です。私が皆を死なせませんから」

 その言葉はとても安心してしまう。
 世界で一番大好きな人の世界で一番信用出来る言葉。
 きっと本当なのだろう。

 少しだけ殺は触れるみたいに陽に口付ける。
 安心させる為に、彼の涙を流させない為に。
 そして笑顔を見せて言葉を放つ。

「夜は暗いだけではありませんよ。夜には美しく光る月が登ります。月だけではなく満天の星、虫の静かな鳴き声。辛いだけではありませんよ。それに怖かったら私が居ます。今日だけではなくいつまでも一緒に居ましょう」

 一緒に居てくれる。
 陽にはそれがとても嬉しかった。
 陽は殺を抱き締めかえす、愛しい者を抱き締める。

「暗い夜のときは私が導きましょう。だから私の側に居てください」

 彼は笑顔でそう言った。
 無論、答えは「はい」に決まっている。
 それ以外は陽は持ち合わせていなかった。



~~~~


 彼らは仕事場から一緒に出る。
 一緒に居る、その言葉通り今日は殺の家に陽がお泊まりをすることになった。
 お泊まりが余程楽しみなのか陽はずっとそわそわしている。

「陽」

「何だ?」

「今度、星を見に行きましょうか」

「……!ああ!楽しみだ」

 彼らは笑う。
 お互いを支え合う彼らはきっともう大丈夫なのだろう。
 だってずっと側に居てくれる相手が居るから。



 夜は怖い。
 だが恐怖だけが夜じゃない。
 大切な人が教えてくれた、夜には美しい月が登り、星が輝き、柔らかな虫の声が鳴り響くと。
 どれもこれも大事なこと。
 夜が怖ければ灯をともせば良い。
 誰かを照らす灯になれば良い。
 いや、きっと誰もが灯なんだ。
 誰もが誰かを照らす灯になれるんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

扱いの悪い勇者パーティを啖呵切って離脱した俺、辺境で美女たちと国を作ったらいつの間にか国もハーレムも大陸最強になっていた。

みにぶた🐽
ファンタジー
いいねありがとうございます!反応あるも励みになります。 勇者パーティから“手柄横取り”でパーティ離脱した俺に残ったのは、地球の本を召喚し、読み終えた物語を魔法として再現できるチートスキル《幻想書庫》だけ。  辺境の獣人少女を助けた俺は、物語魔法で水を引き、結界を張り、知恵と技術で開拓村を発展させていく。やがてエルフや元貴族も加わり、村は多種族共和国へ――そして、旧王国と勇者が再び迫る。  だが俺には『三国志』も『孫子』も『トロイの木馬』もある。折伏し、仲間に変える――物語で世界をひっくり返す成り上がり建国譚、開幕!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...