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違いあう定め
しおりを挟む「殺す」
怒りに満ちている彼はもう我を失っていた。
激しい憎悪に満ち溢れたその目は見るだけで恐怖を覚えさせられる。
砲牙は大量のナイフを手に取り投げる。
だが殺はそれを弾き飛ばしていく。
威力こそ岩をも砕くほどだが弾き飛ばしてしまえばなんてことない。
なんてことない筈だった。
グサリと音がする。
全てのナイフを完璧に弾き返した筈の殺の腹に一本のナイフが深く刺さっていた。
体を支配する鋭い痛みに殺はようやく表情を崩す。
「貴方……いったい何をやったのですか?」
「モノを動かしただけだよ」
そう言い終わる前にナイフが宙に舞う。
一度地面に落ちていた筈のナイフがゆっくりと空中に留まっていた。
殺はやはり厄介だと思いながらも前を見据えて戦闘準備を整える。
「俺のモノなら全部意のままに動かせられる。何処から来るかわからないナイフに怯えて死んじまえ」
次の瞬間にナイフが全て殺に目掛けて飛んでいく。
それを殺は全て弾き返すが、また宙に浮いて攻撃を加えてくるので意味が無い。
「ははは!ざまあみろ!」
「調子に乗るな」
殺の目が光る。
沢山のナイフが飛んできたと思えば殺はそれら全てを掴み取ってしまっていた。
一瞬の出来事だった。
「馬鹿な!」
殺は全部のナイフを砲牙に向けて投げる。
だが砲牙は笑った。
「意のままに操れるって言ってるだろ!死ね!」
そう言いナイフの軌道を殺に向けて変える。
殺に逆に攻撃をした筈だった。
だが……。
「居ない?!」
殺は何処にも居なかった。
否、居た……背後に。
あの一瞬で彼は移動していたのだ。
「ガハッ!」
殺は躊躇いも無く砲牙を斬り刻む。
砲牙は先読みを怠っていた、その場凌ぎでナイフの軌道を変えることが出来ることに慢心をしていた。
「敵をしっかり見ないとは駄目ですね」
殺は息も絶え絶えの砲牙に向かって笑顔で言葉を投げ掛ける。
斬り刻まれた傷は深く、足を止めるには充分な理由になる。
「うるさい!」
そんな砲牙の声をものともせずに、殺は彼に近づいた。
砲牙は殺が自分の目と鼻の先に来たことを良いことにナイフと刀を振り上げる。
だがその手は動かなかった。
いや、動けないが正しいだろう。
振り上げた腕には何かの呪符が貼り付けられていた。
「なっ……!これは?!」
「御影兄さんに呪術を学んでまして……実験台になってくれませんか?」
拒否権がない笑顔に砲牙は戦慄を身をもって覚える。
体が竦むという初めての経験、圧倒的な力の差。
それら全てが恐ろしくて砲牙は逃げようとする。
だが足に自分が落とした刀を突き刺されて痛みに悶え動けずにいた。
足に穴が空くと思ってしまうほどグリグリと刀を動かされる。
痛みという感覚を恨めしく思いながらなんとか逃れようともがいた。
「貴方が悪いのですよ。死んで後悔しろ」
閻魔に手を出したが運の尽きだった。
紅い闇が殺の刀を覆いつくす。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
真っ紅な闇に包まれた斬撃を受けた砲牙は苦しみに身を焦がす。
紅い闇が体を焼き尽くしていく様は見る者に恐怖しか与えない。
痛い、死にたい。
そう思えるほどの苦しみが絶えず襲ってくるのがとても恐ろしくて。
きっと殺に殺された者は死にたいと願いながら死んでいった。
それが砲牙にはわかってしまった。
「ぁぁぁぁぁぁ!!」
悲痛な叫びは止まない筈だった。
だがそれが終わる時が来た。
「そこまでだ」
殺は声の方を向く。
するとそこには黄色の可愛らしいドレスを身に纏った少女が閻魔に刀を突き立てていたのだ。
「閻魔大王!!」
「その子を返してくれませんか……?そうしたら離します」
殺は少女を見つめる。
嘘はついていない様子だったので閻魔を優先して砲牙を放した。
「龍牙……なん……で?」
「僕たちの一時的な用は済みました……では」
龍牙と呼ばれた少女は砲牙を背負って突如現れた闇に消えていく。
「一時的な用とは……?」
殺は疑問を残しながら閻魔を治療する為に病院の手配をする準備をした。
~~~~
「龍牙……何故あいつを殺さなかったの?」
「見てわからないか……?あれは危険だ」
二人の姉弟は静かに帰路に着く。
傷だらけの弟を見た姉は自分の不甲斐なさを悔やみ出来るだけ優しく接する。
「ごめん……助け、遅かった」
「ううん、龍牙は悪くない。悪いのは負けた俺。でも次は勝つ、殺してみせるよ」
砲牙は姉を労わり気丈に振る舞った。
それが龍牙にはわかり、どうすれば彼が気を遣わなくてすむかを考える。
優しい弟を、優しい家族たちをどうやったら幸せに出来るか。
今は龍牙に答えは出なかった。
「帰ったらご飯食べよう……」
「うん、俺頑張ったから祝ってよ」
「勿論」
姉弟は少し笑顔で帰りを急いだ。
きっと幸せになってみせるのだと願いながら。
~~~~
「幸さん……封印とは?」
夢の中の世界。
殺は不幸の鬼に疑問を率直にぶつける。
不幸の鬼は少しだけ申し訳ないという顔をしながら言葉を放つ。
『すいません。家族たちが世界を壊さない様に実体を閻魔君に封じたのです。』
「何故に言わなかったのです?」
殺は出来るだけ優しく訊ねる。
『記憶が完全ではないのです……。それと兄様……翠の肉体の封印さきも覚えてないのです』
「よりによって敵大将の封印さきが……」
殺は頭を悩ませた。
もし敵が封印を破ってしまったら恐ろしいことになる。
不幸の鬼が恐れる兄とはどれほどに強大な力の持ち主なのだろうか?
きっと今の殺では太刀打ち出来ないだろう。
それでも殺は前を向いた。
仲間を守りたいが為に、自分の為に。
きっと守れる。
だって大切な強い仲間がついているもの。
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