地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

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居場所

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 殺はまた溜め息を吐く。
 今日は嫌な日だと溜め息を吐くのだ。

「まだ続いていたのか……あの儀式が」

 下を向いて言葉を綴る殺の手は強い握り拳を作っていた。
 その握り拳からは少しだけ血が滲み出ている。
 彼の表情は暗い、だがただ単に暗いだけではない。

 怒り

 そう、怒りが溢れ出ているのだ。
 何故、殺はここまで怒りを抑えられずにいるのか?
 理由は簡単である。

 生贄の儀

 彼が地獄へ来るきっかけとなった儀式が今、この時代まで続いているからであった。
 高度経済成長を成し遂げていても一部の閉鎖された環境の村では未だ生贄の儀が続いている。

「嗚呼、忌まわしい。嘆かわしい」

 そう呟く殺は生贄を迎え入れる準備を始める。
 自分と一緒の村で育ち、今この現代で神に捧げられた哀れな幼子を迎え入れる準備を始めた。


~~~~


「初めまして、私は殺という者です。貴方は?」

「初めまして、私は翔(しょう)と申します」

 小さな姿、まだ歳は十を迎えていないのではと思わせる。
 初めて地獄へ来たにも関わらず、翔という特別な元人間は堂々としていた。
 殺と同じ村出身、同じ特別な存在。
 翔は鴉の様な真っ黒な目で殺を見つめる、その目だけは堂々とした態度とは違い不安を孕んでいた。

「どうしました?」

「いえ……何もありません」

 長い美しい黒髪を揺らし翔は上を向く。
 何故、上を向いたのかはわからない、だが少女が行った行動についていちいち考えるのも煩わしい。
 殺は地獄の施設、これから少女が住む場所へと案内をすることにした。

~~~~


「此処が食堂になります」

 殺は既に背後に振り返ることを憂鬱としていた。
 やっと少女が上を向いた意味がわかる。
 涙を流すことを翔は我慢していたのだ。
 思えば十も迎えぬ幼子、いきなり地獄へ神へと捧げられては辛いだろう。
 背後からは啜り泣く音が聞こえてくる。

「少し御飯を頂きましょうか、ちょうど昼時ですし」

 殺は御飯を食べさせれば少女がちょっとだけ落ち着いてくれるのではと考えた。
 否、落ち着かなくて良い。
 未だ地獄は少女にとっての居場所になっていないのだから。
 だから居場所でない場所で落ち着かなくて良い、ただ少し本音を訊く為だ。

「「いただきます」」

 二人の声が重なり合う。
 食堂中の視線が殺と翔に注がれる。
 無理もない、何せ皆の上司が泣いている少女と一緒に居ると気になって仕方がないのだから。

「……美味しい」

「そうですか、なら良かった」

 翔は小さな声で御飯が美味しいことを伝える。
 それを見た殺の顔はどこか穏やかだ。
 殺はお茶を少し飲んでから言葉を放つ。

「無理せず泣いて良いのですよ、此処は未だ貴方の居場所と呼べるべき場所ではありません。だからこそ泣いて良いのです。辛い時に流さずして何が涙ですか」

「……泣いて……良い……の?」

 勿論と言う前に既に目の前の少女は泣き出してしまっていた。
 殺は少女の涙をいくらでも拭く為にはんかちを用意する。
 そして少女、翔の本音を聴こうと前を向いた。

「貴方にとって一番辛かったことは何ですか?」

 直球。
 だが、これほどまでにシンプルで真相にありつける質問はないだろう。

「皆が……私を生贄に……捧げるまで優しかったのが辛かったのです……」

 翔は殺に涙を拭われながら悲しげな声で気持ちを言葉にしていく。
 少女の涙と共に言葉が溢れ出る。

「何で……私の……最期まで笑えるの?どんな……気持ち……で……私を神へ捧げたの?今までの……優しさは……?本物?……偽物?」

 翔は優しさが本物か偽物かで訳がわからなくなっていたのだ。
 殺は翔の頭を撫でて言の葉を紡ぐ。

「……優しさは本物か如何かは今ではわからないことです。ですが貴方は皆の態度を優しさと思った、ならばそれを優しさと思えば良いのです。貴方は皆の愛情を一身に受けて育ったと自信を持てば良いのです」

 殺は相も変わらず穏やかな顔だ。
 翔も少しだけ落ち着いてきている。

「私が……皆の愛情を受けて……育ってきた?」

「ええ、そうですよ」

 少女は涙で濡れた己が顔を上げる。
 殺は最後の一滴の雫を拭い自信満々な表情をしてみせる。
 それが殺にとっての証明だった。

「貴方は考えすぎです。生贄に捧げられたのならば、もう人間だった頃のことは考える必要はない。けれども私は貴方の考えすぎるところを悪くは思いませんよ。考えることは仕事で必要なことですから」

 殺は少し笑顔をみせる。
 その笑みには慈愛の心が見え隠れし、見る者を自然と惹きつけてしまう。

「今までのことはもう思い出としてしまえば良いのです。これからは未来のことを考えましょう」

「未来……」

「はい、貴方には未来が有ります。そしていずれ此処が居場所となりますよ」

 殺は御飯を食べきり食後のデザートを食べる準備をしていた。
 揺るがない自信、少女には未来が有ると確信しているのだ。

「おかしいですね……生贄なのに未来が有るとか」

「私も元生贄ですから、おかしくはないのですが」

「……はい?!生贄?!」

 少女は衝撃的な事実を知って思わず椅子から転げ落ちる。
 それを殺は相変わらず慈愛に満ちた表情で見つめている。

「私が貴方の未来の何よりの証拠です。これ以上の証明は無いでしょう?」

「……私にも、これからが有るんだ……!」

 少女は少しずつ気分が高揚していくのを感じていた。
 生贄として育ってきた、未来が無いと思ってきた。
 それが覆される。

「私……自信を持って良いのですか?!」

「自信は持った方が得ですよ」

 殺はずっと笑みを浮かべて答える。
 少女はだんだんと顔を明るくしていく。
 そして殺と翔のやりとりを見ていた者達が歓声を上げた。

「お嬢ちゃん!これからは此処が居場所になるぞ!」

「此処は楽しいわよ!ちょっとブラックだけどね!」

「未来は俺たちが作っていってやるぜ!」

 殺はお茶を飲み干してから更に優しげな笑みを作り、愛情に満ちた声で翔に話しかけた。

「如何です?もう泣く必要なんてありませんよ。今、この場をもって此処は貴方の居場所となった。少し五月蝿いですがこれくらいがちょうどいいですよ」

「此処が私の居場所……!皆さん!ありがとうございます!」

 翔の周りはもう笑顔で満ち溢れていた。
 それに、何より本人が笑顔なのが喜ばしいことだ。

「良かったです。貴方にも幸せが訪れて」

 食後のデザートを食べながら呟いた言葉は周りの五月蝿い歓声に掻き消されていったとか……。


~~~~


 あれから数日が過ぎた。
 翔は仕事を覚える為に必死で努力をしている。
 それを間近で見ながら殺は翔の未来を信じて更に彼女の道しるべになれる様に突き進む。
 殺にとって翔は後輩、ならば先輩が道を切り開くことをせねば。
 殺は少し笑ってから仕事に手をつけた。
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