地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

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美しきは

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 イザナミはかつてない程に固まっていた。
 先ほど、殺の前で転がりながら転んで目を回らせた失態……もはや恥以外の何物でもない。
 イザナミは自分が幻滅されただろうと思い、すぐに涙目になる。
 だが、とうの殺は少し笑って手を差し伸べたのであった。

 殺はイザナミに幻滅したのではない、寧ろ好感度が上がっていたのである。
 引き篭もりに反してお茶目な性格、そう彼は思ったのだ。

「私を招き入れていただいてありがとうございます。イザナミ様」

「あ……あ」

 イザナミは焦る、何せ目の前に立っているのは自分の想像を遥かに超えた絶世の紅い美青年だったからだ。
 言葉を失いそうになる程の鮮明な美しい紅い色。
 紅い切れ長の瞳は全てを映し出しているように景色を映す。

「とっ、取り敢えずお茶でも如何ですか?!」

「お茶まで出してくれるとは、優しい方なのですね」

 殺に優しいと言われれば、ついドキリとしてしまう。
 身体がまともに動かない、まるでブリキの玩具になったような気分だ。
 イザナミはぎこちない動きを見せながら殺を自室へと招いていった。


~~~~


「美味しいお茶ですね」

「そ、それなら、よ、良かったです!!」

 相変わらず口調が普通に戻らない。
 いや、これが彼女の他人と居る時の普通なのだ。
 一人だとお喋りの練習を兼ねて、饒舌に語れる。
 だが誰かと会話を交えるとなると話は別で、急に上手く言葉が発せなくなる。

 イザナミは自分が上手く言葉を話せないことに落ち込み、更に帽子を深く被り顔を見えないようにした。
 その行動に殺は疑問符を頭の中に浮かべる。
 そして、それを言葉に変えてイザナミに訊ねるのも殺らしいだろう。

「貴方は何故、帽子と覆面を被っているのですか?」

「そ、それは……」

 言えない。
 自分の身が酷く穢れて他人に見せられないなんてあまりにも虚しくて、言葉に出したくなかった。
 それに今、目の前に居るのは自分とは比べ物にならないほどに美しい男性だ。
 それが余計に言葉を失わせていく。

 嗚呼、何で自分はこんなにも醜いのか。
 何故、変わりたいと願ってしまったのか。
 イザナミは変わりたいと思ってしまったことを後悔する。
 所詮、自分は醜いのだ。
 眼前の男のように美しくはなれない。

「貴方は美しい。誰が何と言おうが美しい」

 突然の言葉にイザナミは戸惑うしか他ならなかった。
 今、彼は自分を何と言ったか。
 美しい、否、そんな訳がない。
 だが彼、殺は言葉を続けていく。

「貴方は美しいと私は思いました。貴方は純粋で優しく儚い方だ。すぐに散ってしまいそうなくらいに脆い」

 脆い、確かにそうだ。
 自分は弱いのだ、だからこそ自信をすぐに失ってしまう。
 イザナミはその言葉を聞いて更に自己嫌悪に陥った。
 だが……。

「貴方はすぐに散ってしまいそうでも、きっと散り際までも強い。いや、強かった。誰よりも痛みに耐え抜いてきた貴方は強く勇ましく美しい。私はそう思います」

「でも……!」

「でも?」

 イザナミが珍しく自分から言葉を発した。
 それも必死にだ。
 必死に自分の醜さを語っていく。

「私は穢い思いを抱き、蛆虫に集られた身……。夫を殺そうとする姿はきっと誰よりも醜かった筈です!夫は……私に会いたかっただけだったのに……。いえ、元夫ですね……」

 殺は黙る。
 少しだけ考えて黙った。
 自分が尊敬している存在が、己を嫌っている。
 それが何よりも悲しくて仕方がなかったのだ。
 殺はイザナミに優しく語りかける。

「人でも、神でも、何かを殺そうとしている時は醜いものですよ。それに貴方は私の紅色を美しいと思っていたでしょう?」

 図星だった。
 確かに殺の紅色を美しいと思って羨ましがっていた 。
 何故、彼はそれがわかったのかイザナミには理解が出来なかった。
 まるで全てを映し出しているかのような紅い眼……、本当に全てを見ているように思えてしまい、イザナミは恐怖に陥った。

「貴方は美しい。少なくとも私よりかは美しい。私は人に忌み嫌われ、この身を穢い血で真っ紅に染め上げてきました。貴方が美しいと思ったのは、唯の穢い血ですよ、イザナミ様」

 穢い血、その言葉に彼は幾千もの修羅を超えてきたのだと身をもって知らされてしまう。
 自分が美しいと思っていたものが、唯の鮮血だった。
 そう思えばイザナミは更に自嘲気味た笑みを浮かべる。
 自分は穢いものと美しいものの区別もつかないのかと。
 だが殺は更に笑った。

「実は、皆が最初に私の紅色を美しいと言うのですよ」

「……え?」

 イザナミは一瞬だけ混乱した。
 穢れたものを皆が美しいと言った事実に驚いたのである。
 殺は少し真剣な表情を見せてイザナミに言葉をおくった。

「所詮はそんなものです。実際は美しいものでなくとも、他人は自分の感性で美しいと思える。だから貴方が自分を穢いと思っていても、周りは違う。貴方を美しいと思うのです。……実際に閻魔大王が美しい方だと仰っていましたよ」

 自分が穢いと思っていても周りは違う。
 その言葉にイザナミは長年にわたった悩みがいかにどうでもよかったかがわからされてしまった。
 自分は確かに穢い、でもそれを美しいと言ってくれる人は確実に居る。
 実際に目の前の殺が美しいと言ってくれた。
 それがイザナミにとって何よりも嬉しいものであった。

「私は……美しいのですか?」

「ええ、美しく強いお方だ」

 イザナミは微かに笑う。
 覆面で隠されていても笑顔は隠しきれないものだ。
 イザナミは嬉し涙を流して殺と目線を合わせる。

「その覆面と帽子はもう要りませんよね」

「ええ、要りません」

 覆面と帽子を外したイザナミの姿は日の光に照らされ眩く光り輝いていた。
 その姿を穢いと言う者はおそらくは居ないと思うほどに……。


~~~~


 その日からイザナミは変わった。
 彼女は覆面と帽子を外して外へと赴くようになったのだ。
 その証拠に地獄の閻魔殿では、仕事の書類を持ってきたイザナミの姿を見た者が沢山居る。

 殺は閻魔殿へと赴いたイザナミに歓迎の言葉を送る。
 それは営業スマイルではなく、本当の笑顔でイザナミを歓迎する。

「ようこそ、閻魔殿へ。今、茶を淹れますからゆっくりと休んでいってください」

「ええ、休ませてもらいます。それと殺殿……」

「……?何ですか?」

 イザナミは殺の方へと向き直す。
 そうして笑顔になった。

「私を変えてくれて、ありがとうございます」

「……私が変えたのではないのですよ。貴方が自分から変わったのです」

 そう穏やかに殺は呟き、茶を淹れる用意をした。
 イザナミは、それをまた笑顔で眺めたそうな。
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