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悪夢との戦い

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 悪は刀を抜いた。
 それが戦闘の合図である。
 死が隣合わせの戦い。
 修羅が解き放たれる。

「俺ちゃんに勝てるかな?」

「くっ……!」

 悪はすばしっこく走り回り、時折だが陽に攻撃をいれる。
 それを陽はギリギリで防いでいた。
 悪の早い攻撃、それが読み切れずに陽は少しずつ傷を受ける。

「さあさあ!ショータイムの始まりだ!」

 瞬間に悪は陽の足下を刀で斬り刻もうとした。
 だがそれを陽は見切って上空へ飛び上がり、避ける。
 けれども、それを悪はわかっていたのか陽が飛んだ先に現れ彼を斬り刻んだ。

「ぐぁっ!」

「ははは!」

 陽の短い悲鳴があがる。
 それが面白いのか悪は狂ったかのように腹を抱えて大笑いした。

「早く諦めなよ!」

「……嫌だ!」

 彼らは剣を交える。
 幾千もの斬撃が彼らの思いをあらわす。
 殺を悪夢から解放したい陽。
 翠の為に世界を取り戻したい悪。
 二人の攻撃で夢の世界に傷がついていく。

「無駄なんだよ!」

 悪が刀を陽の顔に突き刺そうとする。
 だがそれを陽は避けながら悪に僅かな一撃を食らわせた。
 悪の右腕に擦り傷が出来る。
 それに対して悪は悔しそうな顔をした。

 否、悔しいのだろう。
 見下していた存在に一撃を食らわされるのは屈辱にしか他ならない。
 だが悪もやられるだけじゃあ終わらなかった。

 彼は、陽の攻撃をさらりと軽い身のこなしで受け流し深い斬撃を右腕に食らわせた。
 陽は痛みに顔を歪ませる。
 それに機嫌を良くした悪は更に陽を殴った。

「がっ!」

「痛いだろ?諦めたら一瞬だよ」

 諦めろ。
 そう悪は促す。
 だが陽は諦めなかった。
 諦めなかったからこそ刀を振り回した。
 乱雑で読みにくい攻撃が悪を襲う。

 乱雑だが武道の芯がしっかり通った攻撃。
 だからこそ悪は陽に手こずった。
 陽は必死の形相で悪を殺そうとする。
 それは殺を苦しめた悪が許せなかったから。
 殺の、自分の大切な世界を滅ぼそうとする存在が許せなかったから。

「面倒だな!」

「それは光栄!」

 陽は悪の言葉に皮肉で返す。
 彼らは鬼の顔を浮かべて攻撃を繰り出した。
 互いに守りたいモノがあっての戦い。
 それが彼らを昂らせた。

「死ねぇぇぇぇぇえ!」

 悪が陽の腹に刀を突き刺す。
 だが手ごたえなど何一つ感じなかった。
 そのことに悪は疑問を浮かべる間もなく陽に背後をとらえられる。

「そいつは残像だ!」

 陽はほんの一瞬、高速に動くことによって残像を作り出した。
 だが悪も黙って殺られない。

「うォォォォォォォ!」

「何!?」

 悪は陽の刀を避けて陽の間合いに入る。
 間合いに入った悪は陽の心臓付近に刀を刺した。
 今度は残像ではない、本物だ。
 だからこそ手ごたえがある。
 だが陽は寸前で体を移動させたので心臓には刀が刺さらなかった。
 だが勿論のこと痛みはある。

「ぐ……あぁ……」

「ははは!ざまあないな!」

 陽はよろめく。
 そんな陽に悪は近づいてとどめをさそうとした。
 だが陽はまだ諦めてなどいなかった。

 悪の手に何か鋭いものが刺さる。
 それは研ぎ澄まされた骨であり、陽の手から生えていた。
 陽は己の力を発揮し悪に一撃を食らわす。

「まだまだ!」

 陽の手から鋭い骨が高速で飛んでゆく。
 それを悪は只管に避けた。
 無限に現れる骨に悪は苦戦する。
 やがて悪は骨を避けきれず頬に擦り傷を負う。

「如何だ?」

「なら、俺ちゃんも力を使っちゃお」

 瞬間に陽は驚愕を隠せなくなる。
 なんと悪が何十人にも増えており、陽を囲んでいたのだ。
 全ての悪が刀を振りかぶる。
 それは全方向からの攻撃をあらわしていた。
 手出し無用とされていた皆は焦った。

「陽ゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

 サトリが手を伸ばす。
 Mが鞭を取り出そうと焦る。
 御影は刀を手に取り、戦いに出ようとする。

「死んじまえ!」

 悪が叫んだその瞬間に陽は悪の攻撃を食らう。
 陽の姿は攻撃の際に巻き起こった土煙によって見えないでいた。
 悪は勝利を確信する。

「ばーか!だから諦めたら良かったんだ!」

 悪は大笑いする。
 だがその時だった。

「まだ諦めてないぞ」

「なっ!?」

 煙がだんだん消えてゆく。
 するとそこに現れたのは陽の死体ではなく、球状の何かだった。
 その中から陽の声が聞こえる。
 陽を包んでいたもの、それは無数の骨であった。
 死神だからこそ使える能力なのだろう。

「生きているからって何だ!俺ちゃんは無数に居るぞ!」

 悪は仕留めたと思っていた獲物が生きていたことに悔しさを隠せずに叫ぶ。
 その間、陽はずっと下を向いて何かを考えているようだった。

「何を考えてる!?」

 悪は苛立ちを隠せずに大声を出す。
 すると陽は不敵に笑った。

「実戦では使ったことはないが……使ってみるか」

 そう呟く彼は何かを詠唱した。
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