地獄の日常は悲劇か喜劇か?〜誰も悪くない、だけど私たちは争いあう。それが運命だから!〜

紅芋

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女王、君臨

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 いつもと変わらない朝。
 変わるとすればスケジュールだろうか?
 殺の今回の予定は天界のお偉方の姫様と会うこと。
 それにしても天界とは地獄とは違って恐ろしくない、空気の澄んだところだ。
 そう殺は呑気に考えて姫様方が住む城へ向かう。

 城の中へ入れば其処は別世界だ。
 殺の住む家も豪華だが、この城は桁が違いすぎる。
 おそらくは何百、何千の姫様が住む為に規模が大きくされているのだろう。

「こちらになります。暫くお待ちくださいませ、殺様」

 予定の時間が来る前に殺は一人で広い和室で座って茶を飲んだ。
 この男は予定の十分前に来ることを絶対にしている。
 殺は暫くずっと座り続けた。

 五分くらい経った頃だろうか?
 障子の向こうからペタペタと足音が聞こえてくる。
 殺は案外早いものだと思いながら姫に会う為に正座をした。

 すぱーん、と勢い良く障子が開く。
 現れた姫の容姿は美しく、赤い鋭い目と橙色の髪が特徴的だ。
 鮮やかな赤の着物が彼女を包む。
 殺はこれまた絶世の美女が来たもんだと思いながら姫に挨拶をした。

「はじめまして、菖蒲姫様。私は殺と申します。以後お見知りおきを」

「見損ないました。殺様……いえ、殺!」

「は?!」

 挨拶をしただけなのにいきなり見損ないましたなどと発言をされて殺は若干だが……否、かなり驚いてしまう。
 何を言っているのか、よくわからない状況で姫は殺に言葉の弾幕を打つける。
 その間は殺はずっと鳩が豆鉄砲をくらったかのような様子だ。

「私は男社会で逞しく生きる女の貴方に惚れ込んでいたのに!それが何であっさりと男になるのですか?!貴方は女を裏切ったのですよ!!」

「は……はぁ」

 殺は姫の怒りの表情に少し恐れを覚えつつ返事らしきものを取り敢えず返す。
 姫の怒りは苛烈だ。
 背景に炎が上がっているように見えるほどだ。
 この女はおそらくは喜怒哀楽が激しいのだろう。
 それが何となく殺にはわかってしまうものだ。

「男共の中で凛と美しく佇む貴方……私は憧れてたのです!貴方は男になる必要はない!」

 姫の怒りは止まらない。
 背景に炎が見えると言ったが姫は実際に燃えていた。
 姫はだんだんとニヤついてくる。
 それも奇妙に見えて仕方がない。
 そうして姫は笑ってあることを提案してきた。
 それも拒否権はないように。

「私と勝負しませんか?」

「……それが貴方に何のメリットがあるのです?」

 姫は口を大きく開けて悪役のように笑う。
 そうして今、殺にとって最も避けたいことを言ってのけた。

「貴方が負けたら、貴方が女に戻るのですよ」

「なっ……!?」

 負けたら男から女に戻る。
 それは負ければ陽の旦那さんになる夢が叶わないことをあらわしていた。
 それに殺は今、女に戻ろうとしたら戻れる状況だ。

 殺は男になる呪いをかけられていた。
 それは解くことも困難を極めたうえに、女の格好をさせれば呪いが暴れだして死ぬ可能性があった。
 でも今は違う。

 殺は呪いを受け入れた。
 だから呪いは完了して無効化された。
 なので今なら女の格好をしても、女に戻っても大丈夫なのだ。

 殺はこのことがわかっているからこそ姫の誘いに乗らないつもりでいた。
 だって今の勝負を受けても自分にメリットがないもの。

「私にはメリットがないので勝負には乗りません」

「そうですか……。なら今、考えていたことは無効にしましょうか?」

「……どういうことです?」

 姫の怪しげな態度に殺は少し退く。
 姫、改め菖蒲は楽しそうに口を歪めた。

「この勝負、貴方が勝ったら天界の姫は地獄に忠誠を誓うことを約束しようとしたのです」

「……」

 この菖蒲、実はお偉方を超えて姫の頂点に君臨している状態だ。
 小夜子など眼中にないほどに。
 そんな菖蒲が姫たちに命令を下せば聞かぬ者は居ない。

 だからこそ殺は悩んだ。
 ここで姫の勝負に乗り、勝ったら天界の姫を手中に収められる。
 それは仕事が円滑に進むということだ。
 条件的にはかなり良い。

 だが負ければ女に戻る。
 殺は悩む、だが殺は仕事を円滑にする為なら私情は挟まない。
 それが彼の鉄則。

 だから選んだ。
 仕事を円滑にすることを。

「その勝負、乗ります」

「仕事真面目な貴方なら乗ると思いました。勝負は明日です。それと貴方、五人の英雄でしょう?」

「それが?」

「英雄は仲間と来なきゃ。私も五人で立ち向かいます。勝負は一対一で」

「それだと明日の仕事が……」

「一日くらいは良いでしょう?では決定です」

 菖蒲は、そう言葉を残して去っていく。
 この菖蒲は自分が絶対といった女だ。
 殺はやれやれと溜め息を吐きながら明日の勝負のことを考える。

 菖蒲という女、それは仕事と力で成り上がった存在と聞く。
 何よりも女性を優先し、女性の為の社会を作ってきた。
 その指揮力、手腕は認めざるを得ない。
 それと力、彼女は武道に長けている。
 それも誰もが追いつけないほどに。

 そんな彼女に少しでも油断を見せてみろ。
 油断が生じた時には殺でも命がないだろう。

 だが、それは油断した時のみの話だ。
 真面目に戦えば殺は勝利を得られる。
 ただし問題は残りの四人だ。
 四人が全員負けた時、殺は戦わずとも敗北を決する。

 相手が集めてくる四人に殺は不安を隠せないでいた。
 取り敢えず今は勝負のことを人殺し課に伝えよう。
 殺はそう決めて広い城を去ることにした。


~~~~


「どういうことですの!その勝負に何故乗ったのですか?!」

「仕事の為」

「ぁぁぁぁぁぁ!もう!仕事馬鹿!」

 勝負のことを話せばMが殺に呆れながら大声で叫んだ。
 それは殺が女に戻りたくないとわかっているが為である。
 女に戻りたくないのに仕事の為に勝負に乗る、そんな仕事馬鹿の殺に呆れたのだ。

「勝負は明日か……。いったい相手はどんな奴なんだ?」

「女子に手荒な真似をしたくないのぅ……」

「身勝手な女には良いんじゃね?」

 皆は口々に勝負のことを話し出す。
 殺が勝負を受けた以上はもう避けられない。
 皆が勝負に向けて己の士気を上昇させる。
 そうでもしないと手強い相手には勝てないのだ。

「はぁ……厄日だ……」

 そう呟く殺は士気を上げるどころか疲れ果てていた。


~~~~


「殺様……何故、男なんかに……」

 菖蒲は自室で一人で嘆く。
 敬愛していた殺が男になったことがあまりにも衝撃的だったからだ。
 尊敬していた、憧れていた。
 でもそれは女だったから。

 男になったことは女を裏切ったこと。
 菖蒲にはそうとしか思えなかった。
 あれだけ色がついていた世界が色褪せていく。
 殺が男になったことは菖蒲の世界の色を失わせるのには充分だった。

 だから菖蒲は世界の色を取り戻そうとした。
 失われたのなら取り戻せば良い。
 奪い返すのだ、己の憧れていた殺を。

 これは戦争だ。
 己を奮いたたせる戦争だ。

「「「「菖蒲様」」」」

「入って良いですよ」

 さあ、勝負は明日。
 女がきっかけの戦いの運命とは?

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