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Mission 3*言えない気持ち
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しおりを挟む土曜日の夜にはすっかり熱も下がり、圭はまた私を抱いた。
日曜日、このまま一日中ベッドで過ごすのを避けるため、私は圭より先に起きて朝食を準備した。
「伊織の食器、買いに行くか」
朝食を食べながら、圭が言った。私は返事が出来なかった。
そんなの……恋人みたい……。
「お前、ハゲるぞ」
「はっ?」
「真面目過ぎなんだよ。もっと簡単に考えろ」と言った圭は、呆れ顔。
「料理の出来ない幼馴染に頼まれて仕方なく作りに来てやる、くらいに思っとけ」
幼馴染……。
少し、胸が痛んだ。
「ただの幼馴染はHしないじゃない……」
「『ただの』じゃなきゃいいだろ」
「そんなの……」
要するにセフレじゃない――。
「俺はお前をセフレだなんて思ったことないぞ」
圭は昔から、私が口に出さなくても考えていることを察する。
私ってそんなにわかりやすいかな……。
「伊織、この話を突き詰めていったら俺はお前が聞きたくない言葉を言うことになるけど?」
圭がみそ汁を啜りながら言った。
「言っただろ。俺はもう黙って待つつもりはないぞ」
私は圭が嫌いだ。
「圭のバカ……」
自分の弱さを思い知らされるから。
「お前はもう少しバカになれ」
圭を愛していると思い知らされるから。
「嫌い……」
圭に愛されたいと願っていることを思い知らされるから。
「知ってるよ」
そう言った圭は、なぜか嬉しそうだった。
火曜日。
私は野々村さんと資料室にいた。
「昨年度の決算データをプリントアウトして欲しいんだ。六部ね」
「わかりました」
私はデータの入ったディスクをパソコンに入れた。
「合コン、行かなかったの?」
野々村さんがドアの前で振り返った。
「えっ?」
「西岡と三浦が話してたから」
「ああ……はい。明日の夜、またセッティングしてくれるそうです」
「そっか」と言った野々村さんの表情は、少し寂し気だった。
「週半ばだし、飲み過ぎないようにね」
「はい」
野々村さんの表情の理由は多分……西岡さん。
私は勘のいい方だと思う。他人ごとに関しては。
私はディスクのデータを六部ずつコピーし、一冊ずつホッチキスで止めた。ディスクを元の場所に戻す。
私は資料室の隅にあるドアを見た。サーバールームに続くドア。
データの改ざんにしても極秘情報の入手にしても、ここからなら簡単だろうけど……。
サーバールームに立ち入れるのは、サイバーセキュリティ会社・プロテクターの担当者のみ。月に一度のメンテナンスには、資料室の鍵を管理している社長か副社長、野々村さんの誰かが立ち会うことになっている。
けど、メンテナンスの正しい手順なんて、素人ではわかるはずがない。
システムに侵入して敵に気付かれるのは避けたい……となると……。
私は棚の一番上に並ぶセキュリティシステムの設計書を見上げた。
蓮兄に頼んで、夜か休日にやるか……。
私は資料を抱えて資料室を出ようとドアノブに手を掛けた。
あれ……? そう言えば……。
私は腕時計に目を落とす。秒針が十二を指すと同時にドアを開けた。廊下に誰もいないことを確認して、わざと資料を落とした。しゃがんで資料を拾う振りをして、時計の秒針を見つめる。
ビーーーーーッ
資料室のドアの上に取り付けられた小さな箱から、耳をつんざく機械音が鳴り響く。
腕時計の秒針はきっかり二十秒。
オフィスからバタバタと複数の足音が聞こえ、私は資料を拾い上げた。
「古賀さん!」
野々村さんと西岡さん。
「どうしたの?」
「あの……資料を落としてしまって……」
私は突然のアラームに驚いた振りをした。
野々村さんが資料室内のセキュリティーボックスに鍵を差し込み、アラームを止めた。
「とりあえず、出ようか」
「資料室のドアは一定時間開けっ放しだとアラームが鳴るようになっているの」
「そうなんですか……」と言って、私は二人に頭を下げた。
「すみませんでした」
「ううん。ちゃんと説明していなくてごめんね」と、西岡さん。
「これからは気を付けて」と、野々村さん。
私は二人の後に続いて歩き出した。
西岡さんが『一定時間』と言ったことが気になった。野々村さんもそれが二十秒であることは言わなかった。
正確な時間を知らない……?
例えば物陰に隠れていて、資料室から出てきた人に気づかれずに、ドアが閉まる前に侵入するなんて出来るだろうか?
不可能だ、と思った。資料室のドアは重くて、目一杯開けた状態からでも閉じるのにかかる時間は五秒程度。その間に、先に出た人に気づかれずに侵入するなんて神業だ。
資料室に入るには、鍵が不可欠か。
アラームを聞きつけた副社長と三浦さんが正面から歩いてくる。
私は眼鏡のブリッジを上げて、オフィスに戻った。
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