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2.噂
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しおりを挟む「いや? 天谷とはそういう関係性じゃなかったのかと思ってさ」
「さっきから何なんですか! いちいち癇に障る言い方を――」
「――ま、あいつは女を見下したり、何かを強いたりするタイプじゃないよな」
「課長はそういうタイプですよね!? 残念ながら私の苦手なタイプなので――」
「――残念なんだ?」
本当に、朝から随分と感情を逆なでしてくる。
何なのよ! もうっ!!
「残念です! 黙っていればいい男なのに」
「それは、どうも」
「褒めてませんから!」
「あはははっ」
ムカつくっ!
私は気持ちを静めようと、手元のカフェオレを飲んだ。
甘い。
気持ちが落ち着くどころか、益々苛立つ。
無意識に、眉間に皺をつくる。
「飲みなれないもん、飲むからだ」
「え?」
「ほら」
自分の目の前に置いたままのカップを私の前に置き、代わりに私の手の中のカップを抜き取った。
「何ですか?」
「ブラック」
「じゃなくて――」
課長がカップを持ち上げ、口元に寄せる。そして、そのまま、飲み口に唇を押し当てた。
――――っ!?
「あま……」
「何してるんですか」
「おま――木曽根が残したカフェオレを飲んでる。ん? カフェオレであってるか?」と言いながら、課長がカップの側面を見る。
マジックでアルファベットが書きなぐられているが、恐らく店員同士でだけわかるカフェオレの略語だろう。
私の目の前のカップには、BKと書かれている。
「いや、カフェオレですけど」
「うん。で、それはブラックだ」
「それは分かってますけど」
「じゃ、さっさと飲め。遅れるぞ」
課長の言動の意図がわからないまま、私はカップに口をつけた。
口の中に甘さが残っていたせいで、いつも以上に苦く感じる。
が、やっぱりしっくりくる。
ブラック派の私が甘いものを求める時には、求める理由があるのだ。
今はその理由がなかった。
ほうっと肩から力を抜くと、飲みたくもないものを注文した自分が滑稽に思えた。
自分から直を思い出すようなことをして……。
「なぁ、木曽根」
カップに口をつけたまま横目で見ると、課長が肩肘で頬杖をつき、私を見ていた。なんだか、やけに楽しそうというか、嬉しそうに。
「俺がお前を『お前』って呼ぶ理由を考えろ」
「ふぁい?」
カップに口をつけたままだったから、変な発音になった。
「周囲の雑音を忘れたくなったら、それを考えろ。で、答えがわかったら教えろ」
「……はぁ」
「じゃ、先に行くわ」
課長はカフェオレのカップを持って、立ち上がった。
「行ってらっしゃい」
意味が分からないまま、私は彼を見送った。
課長は振り返ってじっと私を見たけれど、何も言わずに店を出て行った。
まったく、意味が分からない。
けれど、さっきまでの憂鬱さが少しだけ軽くなった気がした。
が、それはすぐに元に、いや元以上に重く圧し掛かった。
「自分を振った元カレの今カノを脅したんでしょ?」
「誕プレの指輪を婚約指輪だとか言い出したって」
「慰謝料払えって暴れたらしいよ」
「え。私は、最後だからって元カレに馬乗りになって妊娠しようとしたって聞いたけど」
社屋に足を踏み入れてからずっと、チラチラ、ジロジロと視線を向けられ、ヒソヒソ、ガヤガヤと聞こえたり聞こえなかったりする声で囁かれた。
その内容は唖然呆然とする内容だが、すぐに林海きらりが巻いた噂だとわかった。
彼女は最悪な評判でありながら、父親が専務であることからすり寄る人間が多い。
男なら、一晩でも遊びたい、あわよくば気に入られて専務の名前で後押ししてほしい。女ら、彼女に群がる男のおこぼれが欲しい、あわよくば高スペックの男を紹介してもらって玉の輿に乗りたい。
付け加えると、彼女は稼ぎのほかに父親から稼ぎと同額程度の小遣いをもらっているらしく、羽振りがいいらしい。
とにかく、そんなしょうもない思惑で、林海きらりはいつも人に囲まれていた。
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