復讐溺愛 ~御曹司の罠~

深冬 芽以

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「いいよ。どうしても返してもらわなきゃ困るものもないし」

「ごめん」

 差し出された紙袋はお弁当バッグほどの大きさで、私が差し出したのは一泊分の旅行バッグくらいの大きさ。

 受け取った袋の中身は、本とネックレスと腕時計と、お揃いのマグカップの片割れ。

 本以外は、直からのプレゼント。

 これより、置いてあった通勤用のスーツを返してほしかった。

「梓、あの――」

「――林海さんは知ってるの?」

「え?」

「直がここに来ること」

「……うん」

「良く許してくれたね」

「……うん」

 嫌だ。

 気づきたくないのに、気づいてしまう。

「私が妊娠しているか聞いて来いとでも言われた?」

「……っ」

 図星らしい。

「ついでに、慰謝料の請求をやめるように説得して、とか?」

「……ごめん」

 直は、こんな男だったろうか。

 すごく優しくて、あまり話し上手じゃなくて、ちょっと気が弱いけど、それでも、自分の主張ははっきりと自分の言葉で言える人だった。

 だった、はず。

 今の彼は、まるで別人のようだ。

 おどおどして、もごもごして、謝ってばかり。

 そんな姿がなんだか哀れで、聞かなくていいことを聞きたくなってしまった。

「ねぇ、直」

「うん」

「林海さんのことが好きなのよね?」

 直は顔を上げ、目を見開き、それからまた視線を落とした。

「……うん」

 全然そう見えない。

「彼女と関係を持つ前に、言ってくれたら良かったのに」

「……ごめん」

「もう、いいよ」

 なぜ、私が虐めているように思えるのか。

 きっと、ドアの向こうの課長も思っているだろう。

「……慰謝料のことなんだけど」

「正当な金額を請求します」

「俺はっ! 仕方ないと思うけど、彼女は――」

「――パパが出してくれるんじゃない?」

「パパ?」

「専務」

「いや、それは……」

 課長じゃなくてもイライラしてきた。

「言いたいことがあるなら言ったら? 最後だろうし」

 思わず、私もかなりきつい言い方になってしまう。

「……梓は、東雲課長と付き合ってるって本当?」



 ……は!?



 予想外の問いに、ほんの少しだけ間が開いてしまった。

「うん」

「好きなのか?」

「……うん」

 また、間が空いてしまい、何となくドアの向こうの課長のイライラを感じ取ってしまう。

「別れて……そんな経ってないのに?」

 課長の言う通りなのだろうか。

 直は私に未練があるのだろうか。

「直。私、直に裏切られたって知って、すごく悲しかったの。そうは見えなかったかもしれないけど、本当に苦しかった」

「……」

「か――皇丞は、全部わかってて受け止めてくれた」

「それにしたって、早いだろ!? もしかして、梓も俺と付き合ってる時から課長と、その……」

 これが、彼の本心だろうか。

 私が結婚したいと思うほど愛した男の、本心だろうか。

 それとも、新しい女きらりに吹き込まれたのだろうか。

『木曽根さんだって直くんを裏切ってたんだよ! 慰謝料なんか払う必要ないよ』とでも。



 ああ、目に浮かぶわ……。



 もしそうだとしても、その言葉に惑わされて私を疑っているのは、直本人だ。
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