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5.月夜
13
しおりを挟む「酔ってても恋人への気遣いを忘れないなんて、疑いもなく本音だろ」
「はぁ……」
せっかく褒めてもらっているのだが、記憶にない上に呂律が回っていなかったことが恥ずかしい。
「ベタだけどな? 俺もそんな風に愛されたいって思った」
「……ベタ、ですね」
「俺って、意外とチョロいらしい」
皇丞がまた、子供みたいに顔をくしゃっとさせて笑った。
今日、彼のこんな風に笑った顔を、何度見ただろう。
「ま、それ以前に気になりだした理由は他にもあるんだけど」
「え、なんですか?」
「それはまた、おいおいな」
「いや、気になるんですけど!」
「お前が敬語を使わなくなって、ついでに俺がお前を好きな気持ちの半分でも俺を好きになったらな?」
今度は、大人の色気漂う微笑み。
本当にズルい。
こんな風にころころ変わる表情、私の気持ちがついていけない。
「そろそろデザートにするか」
「……はい」
皇丞が渡されていたボタンを押し、デザートを持って来てくれるように言う様を、バラ越しに眺めていた。
記憶にない自分の言葉が誰かの心を動かすなんて、どうにも複雑だ。
だって、その時の自分がどんな気持ちでそう言ったのかもわからない。
直に疑われたくないと思っていたのは事実。
なぜなら、忘年会の前に忘年会について聞かれたことで、男性のいる飲み会に行ってほしくないんだろうなと思っていたから。
課の忘年会? 部の忘年会? 他部署と合同じゃない? 二次会は行く?
まとめてじゃない。
一つずつ、日を変えて聞かれた。
でも、さすがに気づく。
で、言った。
『二次会には行かずに帰るよ』
だからと言って、帰ったら電話しろとか、その後で会おうとか言われたわけじゃない。
あ、でも、電話がきたか。
直が時々、とても不安そうに見えることがあったのは、付き合い始めの頃からずっと。
私は直にそんな表情をさせたくなくて、男性との距離には気を付けていたし、メッセージには早めに返信していた。
それで直が安心するのかはわからなかったけれど、私にできたのはそれくらいだったし。
それも、別れる少し前は仕事の忙しさにかまけて、直と距離があった。
そこに、きらりがつけ込んだわけだ。
「バラ、好きだったか?」
バラの向こうで、皇丞が微笑む。
「好き……かな。あまり花に興味がなくて。でも、綺麗だなと思う」
また、余計なひと言を挟んでしまう。
皇丞が相手だと、どうしていつも可愛げのない言葉が口をつくのか。
「プロポーズの時に花束は必要なさそうだな」
「……え?」
バラから皇丞に焦点が移る。
それは、私へのプロポーズ……ってこと?
まさか、と思った。
だから、言った。
「うん。そういう憧れはない」
私の言葉に、皇丞が少しだけ寂しそうに微笑む。
「自己評価が随分と低くなったのがあいつのせいだと思うと、殴っときゃよかったと思うな」
「え?」
ドアがノックされ、支配人と、今度はコックコートを着た男性がワゴンを押して入って来た。
「デザートのカタラーナとモンブランになります」
「どちらも彼女に」と皇丞が手を差し出す。
どちらも美味しそうだから嬉しいけれど、さすがに食べ過ぎではと思わずお腹を押さえた。
ヴヴヴッとバイブ音が聞こえ、皇丞がジャケットの胸ポケットからスマホを取り出す。
発信者の表示を見て、明らかに面倒くさそうに口元を歪めた。
「悪い。食べてて」
立ち上がった皇丞は部屋の隅に向かって歩きながらスマホを耳に当てた。
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