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9.火種
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しおりを挟む皇丞が言っているのは、来週の火曜日に予定している新社会人向けワンルームコーディネートの撮影のことだろう。
撮影所を借りて、いくつかのコンセプトに合わせた部屋を実際に用意し、モデルも入れてCMと販促用の写真を撮影する。
「今日だったそうだ」
「は!?」
「え!?」
「広塚家具の担当者が撮影所に行ったら、トーウンコーポレーションの人間は誰も来ていなくて、さっきの電話だ。遅れるにしても一報入れるのが筋だろと電話したら、担当者の平井が出たもんだからお怒りになったわけだ」
それは怒るはずだ。
広塚家具は高級志向が売りだが、この数年で業績が悪化していたところを、新社会人でも手が出せる低価格商品の開発で危機を脱却しようとトーウンコーポレーションからコラボを持ちかけた。
「で、先方が言うには、撮影日の変更は月曜のうちに伝えてきていたそうだ。木曽根という女性に」
「私っ!?」
思わず自分を指さす。
もちろん、記憶にない。
というか、受けていない。
「先方が言うには、だ」
皇丞がうなじに手を当て、ため息をつく。
「先方の都合で変更になったからと、撮影所やモデルにはあっちで変更をかけていたらしい。でも、月曜に電話で変更可能かを確認したら、即答で了承されたと言っていた」
「え、あり得ないですよね」
平井さんがそう言うのも尤もだ。
なにせ、担当者である彼女が知らないのだから。
それに、撮影日の変更となれば、上司である課長と部長の了承も得る必要がある。
「とにかく、今日の撮影は中止になった。コラボ自体を白紙に戻すにしても、撮影を仕切り直すにしても、まずは先方に謝罪し、電話の件を調査する必要がある。俺は誰か捕まえて謝罪に行くから、平井はこの件の今後のスケジュールにストップかけろ」
「はいっ」
「私も手伝います!」
ドアに向けて身体を捻った彼女に言った。
「梓ちゃん……」
私は電話なんて受けていない。
けれど、今のこの状況でそれを主張するのは、責任逃れをしているようで言えなかった。
言わなければ、平井さんに誤解されてしまうとわかっていても。
「梓」
「はい」
皇丞を振り返る。
「社内の通話履歴は記録されている」
「えっ!?」
記録があれば、先方からの着信日時は分かるだろうが、誰が受けたかまでわかるのだろうか。
もしかして、通話の録音があったりしないだろうか。
「それでも、平井を手伝うか?」
すぐに意味がわからなかったが、きっと私の潔白を証明しようとしてくれているのだろう。
もし、本当に私のミスで、私がそれを隠しているのなら、通話履歴と聞けば狼狽える。皇丞はきっと、私の反応を見ているのだと思った。
「手伝います!」
皇丞が頷く。
「課長! 私は梓ちゃんを疑ってなんかいません」
平井さんの言葉に涙腺が緩みそうになるが、今はそれどころじゃない。
「謝罪から帰ったら対策を考えるぞ」
「はい」
私は平井さんと関係各所への電話連絡に追われた。
山倉さんは今後影響がありそうな企画の見直しや、予定されているイベントが中止になった場合の代替案も考えてくれた。
フロアにいて全く動かなかったのはきらりだけ。
いや、動いた。
皇丞が出かけて行ってすぐに部屋を出ていき、戻らなかった。
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