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9.火種
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しおりを挟む「――憶測で個人を貶めるような発言は控えてください。東雲広報課長は報告書に、証拠資料も添付なさるそうですので、すべてはそこで明らかになるでしょう。ですが、もしも専務の発言に証拠となる何かがあるのでしたら、是非ともご提出ください」
専務が、俵さんに気圧されている。
社長秘書といえども、重役相手にどうしてここまで強気に発言できるのか。
「室長!」
姿は見えないけれど、若い男性の声が廊下に響く。
俵さんが廊下の切れ目、非常階段に続く廊下を見ると、そこから専務秘書の男性が駆けてきた。確か、名前は兼子さん。
「兼子くん。専務がお戻りです」
「はいっ! 申し訳ございません」
「では、私は木曽根さんをお見送りさせていただきます」
俵さんがゆったりと、けれど決してゆっくりではない歩幅で私の横に来た。
「あの――」
「――社長の指示ですので」
そう言われてしまえば、私は何も言えない。
渋々、専務ときらりが歩き出し、兼子さんが後に続く。
「行きましょうか」
俵さんがエレベーターの扉が閉まらないように手で押さえ、私に乗るように促す。
私は従った。なんとなく、箱の奥に立つ。
俵さんが階数ボタンの前に立ち、五階を押した。
静かに扉が閉まり、降下を開始する。
「専務が失礼いたしました」
階数ボタンを見ながら、俵さんが言った。
「いえ」と私は彼の背中に言った。
「木曽根さん」
「はい」
「東雲課長は社長に、会議までに今回の件があなたのミスでないことを証明すると約束なさいました」
「え……?」
「それから、社長のお考えもあなたと同じです。『必要な時に、必要なだけ頭を下げるのが、十二階に席を置くものの務めだ』とのことです」
ついさっきの、社長の穏やかだけれど断固とした表情を思い出す。
「生意気を言いました。あれは、私のような一社員が言っていいことではありませんでした」
俵さんが身体半分だけこちらに向けて、ほんの少しだけ口元を緩ませた。
「あなたが言わなければ、私が言っていましたよ」
ポーンと柔らかな電子音と共に箱が停止した。扉が開く。
「梓!?」
私が反応するよりも先に、扉の向こうに立っていた皇丞が私を見て呼んだ。が、すぐに俵さんに気が付き、彼に向き直る。
「木曽根になにか?」
「いえ。お見送りを、と思いまして」
なぜか一色触発のようなピリッとした空気を感じて、私は急いでエレベーターを降りた。
「俵室長、ありがとうございました」
頭を下げる。
「いえ。では、失礼いたします」
扉が閉まる瞬間、室長が私を見て微笑んだ気がした。が、ほんの一瞬のことだったから、気のせいだと思うことにした。
皇丞は、帰社すると私が席にいなかったことで、また専務に呼び出されているのではと心配して上がろうとエレベーター前にいたと言う。
彼の優しさが嬉しい。そして、同時に申し訳ない。
家に帰った私は、皇丞に社長との会話を話した。
皇丞は黙って聞いていた。
表情が険しくなり、膝の間で組んだ手の爪が白くなるほど力を込め、それでも黙って聞いていた。
「素敵なお父様ね」
話し終えてそう言うと、彼はぎこちなく口角を上げた。
「それで?」
「え?」
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