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12.鎮静
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しおりを挟むか細い声でそう言ったきり、続きはなかなか聞けない。
この期に及んで、言い逃れを考えているのだとしたら、ある意味大物だ。
「無言は肯定と受け取るが」
そう言ったのは、副社長。
副社長は社長ほど穏やかでなければ気も長くない。
「きみは木曽根さんの恋人であった天谷くんを奪ったのだろう? なぜ木曽根さんを陥れる必要がある? 理解できないな」
「私は――っ」
「――ああ、いい。忘れてくれ。何を言われても到底理解できないし、同情にも値しない。我が社の顔に泥を塗ったのは事実であり、処罰の対象に変わりないからな」
「――っ!」
「先ほどは思いがけない方向に話が進んでしまったが、東雲課長が言いたかった『責任』について聞こうか」
『お嬢さんのしたことだけを責めるつもりはありません』
あれは、きらりを擁護するための言葉ではない。
俺は肩を落として項垂れる林海専務に目を向けた。
きらりの妊娠が嘘だったと知って、どん底まで落ち込んでいる。
本当に、孫の誕生を楽しみにしていたのだろう。だから、こんな場違いなところでも追及せずにはいられないほど、流産が辛かった。
それが全部嘘だった。
最愛の娘の、最悪な嘘。
同情はする。が、許しはしない。
「林海専務。木曽根が担当する会社の上層部に、彼女を担当から外すように進言しましたね」
「……ああ」
裏は取ってある。
先方の担当者も、突然上層部から指示を受けたという。
その上層部に林海専務が接触したことは、簡単にわかった。
広塚家具の件が梓のミスだと信じて疑わずにいたなら、彼女を御曹司の恋人の立場に胡坐をかいてまともな仕事をしない女だと思っていたのなら、これ以上会社の不利益になる事態を防ぐためだと言えたかもしれない。
だが、もう、それは通用しない。
「まさか、きらりのしたことだったとは……」
「現場に混乱を与えた責任について、どうお考えですか」
すぐ隣に座る副社長が専務に問う。
「辞任……を――」
「――なんで!? パパは悪いことしてないじゃない! 御曹司の恋人だからって偉そうに――」
「――専務の娘だからと偉そうにしているきみが言えることか? それに、梓のどこが偉そうだ!? 仕事が好きで、真剣に向き合っている。きみよりも何倍もの時間、何倍もの労力を費やしている。残業代をくすねるなんてコソ泥みたいな真似をしているきみと梓を比較するだけでも胸糞悪い!」
「皇丞!」
「東雲課長!」
数人に制止され、俺ははぁっと息を吐く。
悶々としていた感情がつい、口をついてしまった。
「残業代をくすねてるって、なんですか?」
梓が不思議そうに俺を見る。
「人の社員証を使って退勤時間を誤魔化していたんだ」
「社員証……?」
我が社は、社員証をリーダーにかざすことで出退勤記録をしている。
リーダーはロビーと各部のドア横にあり、外出や戻りもリーダーのタッチパネルで選択できる。
経理部はこの記録を元に給与計算を行う。
記録はデータ化されているから、確認が主な業務だ。
「林海きらりは、数日おきに社員証を交換していた。自分は他人の社員証で定時退社し、相手は残業した後で林海きらりの社員証で退勤する」
「誰がそんなこと……」
社員証を交換していた相手はサービス残業していたことになる。
そんなことをしたい人間などいるはずがない。
だが、きらりの出退勤記録とロビーの防犯カメラの映像を見比べた結果だ。
俺は欣吾に目くばせした。
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