137 / 208
12.鎮静
13
しおりを挟む想定外だ。
思わぬ伏兵を睨みつけるが、当人は満面の笑み。
「ザマーミロ」
心底楽しそうだ。
「なんでこんなこと……」
「復讐ですよ? その女は、気が弱い父親の奴隷が自分に見向きもしなかったことが面白くなくて、俺の恋人に俺との関係を仄めかしたんだ。一緒にいる時に何度もしつこく電話をかけてきたり、メッセージを送ってきたりして!」
きらりがガタンッと勢いよく立ち上がった。キャスター付きの椅子が転がって彼女から遠ざかってゆく。
「はぁ!? そんなことくらいでフラれたなんて、本気で好きだったわけじゃ――」
「――まともに! 本気で人を愛したことのないお前が言うな! 本気で好きだから不安になるんだ。本気で好きだから傷つくんだ! お前みたいに男を金で買うような女には、一生わからないだろうな!!」
「買ってなんか――……っ!」
タブレットを視界に入れたきらりの顔から血の気が引いていく。
俺はハッとしてタブレットを伏せたが、遅かった。
きらりが俊足で寄ってきて、背後からタブレットを奪い取った。
「なによ、これ! 何なのよ! 嘘よ! でっち上げよ!!」
きらりが半狂乱で叫ぶ。
対面の重役たちは何事が起っているのかわからず、呆然ときらりを見ている。
「私じゃない! 私じゃないわ!! こんなの私じゃない!!」
きらりがタブレットを振り上げる。
俺は咄嗟に立ち上がり、梓を抱き寄せた。
バキッともガンッとも聞こえる鈍い音が会議室に響く。
きらりがタブレットを机に叩きつける。何度も。
それを壊したところで、データが消去されるわけではないのだが、そんなことはどうでもいいし、きっとどうしてそうしているのかなんて彼女自身わかっていないだろう。
液晶部分がパリンと音を立てた時、俺の腕の中から梓が抜け出た。
「いい加減にしなさい!」
タブレットを振り下ろすきらりの腕を掴むが、既に振り上げるつもりで力が入っていたきらりの腕は止まらず、だが押さえつけられた反動で、タブレットだけが手から放り出された。
壁にガンッとぶつかって落下する。
その音と同時に、パァンッと張り詰めた風船が割れるような小気味よい音が響いた。
「自業自得でしょう! 人のせいにしてばかりいないで、反省しなさい!!」
完全に修羅場なのに、きらりの頬を叩いて黙らせ、叱責する梓の凛々しさに、思わず見惚れてしまう。
カッコ良すぎだろ……。
全員が梓にくぎ付け。
兼子ですら、目を丸くしている。
「あなたはもう専務の娘じゃない。誰も媚びてくれない。誰も庇ってはくれないわ」
「なによ! いい気になってんじゃないわよ! 私に男、取られたくせに!! 負け犬のくせに――」
「――冗談でしょう?」
梓がずいっときらりに顔を寄せる。
「あなたのお陰で御曹司の恋人に昇格よ? 誰が負け犬よ」
「~~~っ!」
叩かれた頬を赤くして、きらりが歯ぎしりをする。
無様だ。
頼みの綱の林海専務でさえ、助けてくれない。
もう、憎まれ口を叩くくらいが精いっぱい。
「遊ばれてるだけよ。飽きたら捨てられるんだから!」
「その時は私から捨ててやるわ。あなたみたいに惨めになりたくないもの」
「うるさい! なんにもわかってないくせに。あんたなんて――」
「――きらり!!」
ドンッと低く短い音。
天谷が拳を机に叩きつけた。
「いい加減にしろ。犯罪者に、なりたいのか」
「はんざ……」
きらりがその場に崩れ落ちる。
それで、終わり。
きらりは嗚咽を漏らして泣き始め、天谷と父親に抱えられて出て行った。
メールを見た者たちから逃げるように帰るしかないだろう。
林海きらりが放った火種は、この社屋を焼き尽くす勢いで燃え上がったが、彼女自身の涙で鎮火するという、なんともあっけない幕引きとなった。
25
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】憧れていた敏腕社長からの甘く一途な溺愛 ~あなたに憧れて入社しました~
瀬崎由美
恋愛
アパレルブランド『ジェスター』の直営店で働く菊池乙葉は店長昇格が決まり、幹部面談に挑むために張り切ってスターワイドの本社へと訪れる。でもその日、なぜか本社内は異様なほど騒然としていた。専務でデザイナーでもある星野篤人が退社と独立を宣言したからだ。そんなことは知らない乙葉は幹部達の前で社長と専務の友情に感化されたのが入社のキッカケだったと話してしまう。その失言のせいで社長の機嫌を損ねさせてしまい、企画部への出向を命じられる乙葉。その逆ギレ人事に戸惑いつつ、慣れない本社勤務で自分にできることを見つけて奮闘していると、徐々に社長からも信頼してもらえるように……
そして、仕事人間だと思っていた社長の意外な一面を目にすることで、乙葉の気持ちが憧れから恋心へと変わっていく。
全50話。約11万字で完結です。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
お見合いから本気の恋をしてもいいですか
濘-NEI-
恋愛
元カレと破局して半年が経った頃、母から勧められたお見合いを受けることにした涼葉を待っていたのは、あの日出逢った彼でした。
高橋涼葉、28歳。
元カレとは彼の転勤を機に破局。
恋が苦手な涼葉は人恋しさから出逢いを求めてバーに来たものの、人生で初めてのナンパはやっぱり怖くて逃げ出したくなる。そんな危機から救ってくれたのはうっとりするようなイケメンだった。 優しい彼と意気投合して飲み直すことになったけれど、名前も知らない彼に惹かれてしまう気がするのにブレーキはかけられない。
一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。
その肩書きに恐れをなして逃げた朝。
もう関わらない。そう決めたのに。
それから一ヶ月後。
「鮎原さん、ですよね?」
「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」
「僕と、結婚してくれませんか」
あの一夜から、溺愛が始まりました。
サディスティックなプリテンダー
櫻井音衣
恋愛
容姿端麗、頭脳明晰。
6か国語を巧みに操る帰国子女で
所作の美しさから育ちの良さが窺える、
若くして出世した超エリート。
仕事に関しては細かく厳しい、デキる上司。
それなのに
社内でその人はこう呼ばれている。
『この上なく残念な上司』と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる